第3話

『おかえりなさい。父さん。』

『父さんはよして下さい。まだ16ですよ。』

『でも父さんです。』

僕と25も離れた息子が言った。

僕が宇宙へ行った40年後にコールドスリープの技術が発明された。260年後まで眠ることが出来るが、これはとんでもなく高価だ。僕の親族は僕の特権でコールドスリープを無料で受けることが出来た。その時40歳の僕の息子とその妻、3歳の孫は260年眠っていて、昨日目覚めたというわけだ。ややこしくて頭が痛くなる。ところでこのコールドスリープは本当に素晴らしい技術で、起きた時に必要な情報は全てコンピュータにより脳内に送り込まれている。例えば貨幣が変わったとか、政権が交代したとか、法律が出来たとか、…クロワッサンが神になったとか。

僕の方は眠っていなかったのだからアナログな方法でも情報を伝えて欲しかった。

恨むぞNASA。おかげで僕はもうクラスで浮いてるんだ。


『お父さん、お食事です。』

『敬語はよそよそしいから辞めてください。』

『はい。』

僕は席についた。息子の妻がボタンを押すと食事が流れてきた。息子の妻はとても若くてきれいな人だと思ったけれど、その顔はほとんど整形で出来ているのだと思うと気持ちが悪い感じがした。ゲル状の食事は僕の食欲を全くそそらない。宇宙食の方がまだ美味しそうに見える。宇宙食は見えるだけでぼそぼそとしてあまり美味しくないのだけれど。


もったりとしたそれをスプーンに乗せて口に運ぶ。シチューの味がする…。しかし噛めば噛むほど不味いような気がして、僕は無理にそれを飲み込んだ。

『ご馳走様。』

食器は勝手に台所へ流れて行った。

ものを食べた感じがしない。


調べてみると自然由来の食材は今はほとんどなく、動物や魚を殺して食べるのは道徳に反するとして禁止されている。


何だか落ち着かないな。

僕は時間に取り残されてしまっている様だ。




ピロリン


メールが来た。壁いっぱいの液晶に山田が映る。……山田にアドレスを教えた覚えはない。

【勝手に携帯開いてメルアド貰ったわ。とりまメールしてみた。また明日】

人口音声が読み上げる。…………すごく鬱陶しい。

どうして用もないのにメールしてくるんだよ…



僕はキーボードを叩く。


【うぜぇ。用もないのにメールすんな。】


ピロリン


【そういう事言うからぼっちなんだよ】


僕はコンピュータをシャットダウンした。


◆◆◆


『っはよー!!』


山田がボクの背中を思い切りどついた。

一度拒絶した相手がここまで馴れ馴れしくしてくるとウザイを通り越して殺意が芽生えてくる。


『やめて。それ最悪死ぬから。』

僕は目を合わせずに早足で歩きながら言った。

『つっれないなー』


『お前ら急げーーもう予鈴なってるぞ』

担任教師が校門で叫んでいる。僕は全速力で昇降口まで走り込んで靴を履き替えた。




◆◆◆

『遅刻は山田だけか。』

山田は不服そうにじとーっと僕を睨んでいる。

『後ろにたってろ。』

『…へい。』


チャイムがなると昨日と同じ様にクロワッサンが配られた。

(う、ら、ぎ、り、も、の、)

僕は山田が口パクで言っているのに気付いていないふりをした。

僕は考えていた。

昨日のことがあってからクラスメイト達は僕と関わろうとしない。これは非常にまずい。冷たい宇宙船で過ごした青春を取り戻すために、何とかして好感度をあげなければならない。今日からはあまり目立つ行動はひかえよう。すまないな、山田。君と馴れ馴れしくすると早くもぼっち確定組みたいになってしまう。話しかけないでくれ。話しかけられても無視するが。



『今日は表彰がある。時風、前に来い。』

『はい。』


クラスメイト達が少しざわめく。

『時風 隼人 あなたは勇敢なる判断で火星でのミッションを成功させ、我が星の宇宙開発に大きく貢献した。その成果を讃え、ここに優秀星民としての権限を与える。』

《おぉーーー》

クラスメイト達が次々に拍手をする。

よし…

よし!!

好感度アップ!!

歓声が心地よい。


『すげーなー時風お前』

『なー、やっべーー』

僕が席に戻るとクラスメイト達はわらわらと集まってきて親しげに話しかけてきた。昨日まで目も合わせなかったくせに、こいつら。

まあいい。これでしばらくはぼっちから抜け出せる。悪いな山田。


『ほらお前ら席につけ。1時間目は家庭科だ。移動教室だぞ』

《はい》

チャイムがなった。

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