第23話 無知

家に帰ったレゲインは修理を終えた携帯の画面に目を見張っていた。

そこには軽い会話から段々とレゲインを心配する文を送る知り合いらしき人達が居たのだ。その人達がどんな人だったかも今は思い出す事も出来ない。

「何で……何も覚えてないのに……」

涙が溢れ頰を伝った。

胸を締め付けられる感覚に膝をつきしばらく泣き続けた。



多幡がようやく復帰し登校をした。

朝早くに登校したレゲイン、紗倉、佐々倉の三人は暇を持て余し部室で再会することとなった。

「おお、久しぶりだなお前達!」

三人を見た多幡は変らぬ様子で畳に座っている。だが、ひとつ変わったのは片腕がない事だ。

申し訳なさそうに顔を逸らすレゲインと紗倉を見て多幡は言った。

「無くなったのは命じゃない、ラッキーだろ? んな事より、お前ら入部決定か?」

実際に腕の事は諦めがついているのかは定かではないが、二人に気を使わせたくなさそうだった。

「所で、ここで何してるんだ?」

「中間への最後の足掻きだ」

それを聞いてもレゲインはキョトンとしていた。その様子を見た紗倉と佐々倉はレゲインが中間テストの事を知らないのだと察した。

「今日、中間テストだよ」

「なにそれ……えっ?」

前日まで紗倉も佐々倉もそんな予兆は全くなかった為、レゲインは一切知らなかった。そもそも教師の話すら聞いていなかったのだ。

「中間って何!?」

それに返ってきたのは、「期末テストの前のテストだよ」という紗倉の答えだった。

ノー勉でテスト用紙の前に座る事になった。

レゲインから見た五教科のできはそこそこだったが、それを二人に伝えると肩に手を置かれた。


返されたテスト用紙を持つ手を震わせレゲインは問う。

「保健のテストって何!?」

異性同士での話を躊躇ってしまう内容の問題全てに珍回答の書かれた回答用紙を机の真ん中に置く。

「……何をどうしたらそうなるの?」

レゲイン自身知らないのだ。仕方がない。

「もしかして、お前は人体錬成の構造を知らないとかじゃないよな」

その通りだ。

「何それ。ホムンクルスとかいうやつ?」

「ホムンクルスと普通の人の違いは?」

「フラスコの中か母親からか」

「父親と母親からどう?」

「え? 母親だけじゃないのか?」

すると多幡は机に手をつきレゲインの前に身を乗り出した。

「知りたいのなら手取り足取り教えてやろうか」

レゲインが戸惑っていると佐々倉が多幡を思いっきり突き飛ばした。

「先輩! 私達がいるのでそういう事やめてください!!」

「美羅ちゃん、それ以前にレゲインが危機に立たされてたよ。先輩ってそっちの人だったのね」

「えっ? 先輩の恋愛対象は異性ではないのですか?」

それに対して多幡は冗談のつもりで頷いたが佐々倉は間に受け問いただし始めた。

「所でさ、レゲインの他のテストは? まさか保健同様ゼロではないでしょ?」

「あぁ、ゼロではないけど……」

机の上に出された回答用紙は確かにゼロではなかった。全て赤点だ。

「今まで何を学んできたの!?」

「記憶ないんで知らないです。春歌だって赤点あったろ?」

「英語だけだよ。課題ガンバ……? どうやって編入したの?」

「記憶ないんで知らないです」

「エロ本とか買ったことは?」

「……何それ?」

本気のその返事に対して感じた穢れの無さに紗倉は涙した。本に挟まっていた写真の事など頭から抜けて。

「穢れって何のこと!?」

そんな事より早く昼食を取らなければ休み時間が終わってしまう。


居残りを受けたレゲインは帰ろうと下駄箱前まで来ていた。靴に手をかけた所でエベがふと聞いた。

「オグル探さないの?」

「探したいけど、情報が……」

赤点なので誰も教えてくれないのだ。

「あの部屋の資料見ればいいの」

「そんな事しねぇよ。怒られたくないし」

「でも、お兄ちゃん、本当は気になって仕方ないって感じなの」

事実だった。あの文を見てからできるだけ早く記憶を取り戻す事をよく考えていたのだ。

そうして外に出るとレゲインは唐突に振り返った。

「どうしたの?」

「そこに何かいた?」

「何も」

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