第7話

 さらに翌日。二人の姿はまたしても北風公園のベンチにあった。やはりうなだれていた。

「だからよ、なんだってセールスマンだと勘違いされるんだよ」

「いっそ、切り口変えたほうがいいんじゃないですかね。テレビ局のものですが、今アンケートを取ってまして、とか」

「それだって結局怪しまれるんじゃねえの」

 背もたれに肘をつけ、都中井は空を仰いだ。

「先入観って怖えなあ」

「気持ちはわかりますよ。インターホン鳴らして目に入ってくるのがその顔じゃあ」

「あ? また雪玉ぶつけんぞ」

「やめてくださいよ。めっちゃ痛かったんですから」

「弱っちいから痛いと思うだけだ」

「あんたが馬鹿力なんですよ」

 と、そこへとててと足音が近づいてきた。遠くから、走っちゃ危ないよ、と声がする。

「子供は元気ですね。俺も元気だと思ってたんだけどなあ」

「おっさんみたいなこと言ってんじゃねえよ」

「いた!」

 二人が近い声の主を見る。昨日の少女がこちらに駆けてきていた。

「お、昨日のガキじゃねえか」

「どうしたの?」

「きのうは、ありがとうございました」ていねいに少女が頭をさげた。

「どういたしまして」九郎が頭を下げた。

「これはおれいです」

 そういって手渡されたのは、折り紙で作られた雪だるまだった。

「すごいなあ、雪だるまだ」

「すみません、この子がお世話になったみたい——」

 少女の後ろからやってきた女性が一度頭を下げて、顔を上げた途端、固まった。

「あ?」

「萌?」

「もえ?」

「九郎、くん?」

 少女は都中井と顔を見合わせてお互いにきょとんとした。

「なんでいるの?」

「そっちこそなんでいるんだよ? あ、まさかこの子お前のこど——」

「違う! 私の患者さん」と言われて萌の姿をよく見てみれば、ダウンジャケットの下に白衣を着ていた。

「あ、なるほど」

「知り合いか?」九郎に都中井が興味津々に訊ねた。

「幼馴染です。東野萌ひがしのもえ。この人は俺の同僚の都中井赤士さん」

 どうも、と萌が頭を下げた。小さく都中井も頭を下げる。

「昨日、この子が二人にお世話になったみたいで。またここに来れば遊べるって言って聞かなくて」

「おともだちなの! あそぼ!」

「いいぜ、今日は何して遊ぶ?」都中井が懐に煙草を押し込んで聞いた。

「ブランコ!」

「おっけ、それは俺に任せな。いくぞガキンチョ」

 都中井がベンチから立ち上がって、ひょいと少女を抱え上げると、肩車をして公園中央のブランコまで走っていった。

「きをつけて遊ぶのよー!」萌が走っていく背に声をかけた。少女が元気に返事をした。

「なんで、九郎くんがここにいるの?」

「親父の手伝いだよ。大変だから手伝ってほしいって言われて、飛んできたんだ」

「そ、そうなんだ。おじさんの言ってたこと嘘じゃないんだ」

「萌は? 医者になったんだな」

「うん、隣の大学病院で働いている」

「あの子は?」

「北条真里ちゃん。私の患者さん」

「どこが悪いの?」

 うーん、と萌がうなった。

「言いづらいなら言わなくていいよ。プライバシーとかあるもんな。なんていうんだっけ、アウティング、だっけか。よくないもんな」

「ごめんね」

「いや、こっちこそ変なこと聞いてごめん。そういや、昨日あの子一人だったけど」

「急にあの子が病院を抜け出してね。探してたんだけれど、いろんなところを探し回ってたらいつのまにか戻ってて。それで九郎くんたちのこと聞いたの。ほんとごめんね」

「お前が謝ることじゃないだろ。つうかそもそも謝ることじゃない。俺も都中井さんも雪だるま作って楽しかったんだ。雪だるまなんて十何年ぶりかに作ったよ」

 九郎が笑った。そして話を聞いて察しがついた。あの子は重い病気か何かで入院をしていて、学校にいけない状態だということを。もう一度、あの子にクリスマスプレゼントに何がほしいか訊ねてみよう。せめて、何か入院生活の気がまぎれるようなものをプレゼントできたらいいなと九郎は思った。

「変な人に連れ去られてたらどうしようって気が気じゃなかったんだけれど、でも昨日のあの子すごく楽しそうでね。ありがとう」

 萌がそう言って寂しそうに笑った。

「結構やんちゃなんだな」

「本当はね。最近はずっと静かだったから心配だったんだけれど、あれくらいの子供なら本当はああやって元気なのが当たり前なんだよね」

 ブランコで都中井に背を押してもらってはしゃいでいる真里を見て、萌が自分に言い聞かせるように言った。

「悩みでもあんの?」

「え?」

「俺たち幼馴染だぜ? なんとなくそう思っただけだけどさ。話くらいなら聞くぜ」

「ううん、大丈夫。私はお医者さんだから、むしろ悩みがあれば聞きますよ?」

 ふふ、と萌が笑った。

「悩み、なあ。なあ、子供のいる親御さんにクリスマスに何をプレゼントしますか、ってアンケート取ってんだけどさ、なかなかうまくいかなくて。どうしたらいいと思う?」

「なにそれ?」

 萌にそう聞き返されて、なんと説明すればいいかと考えて、九郎は取り繕うように「今の仕事がそういうアンケートをとるものなんだ」と返した。

「うーん、そうねえ。根気よく頼めばいいんじゃない?」

「そんなもんか」

「そんなもの、って失礼な」

「いや、ありがと。参考になった。よし、俺もあの子と遊んで来ようかなあ!」

 九郎がブランコへと駆け出す。

「真里ちゃん、立ち漕ぎって知ってるかい?」と走りながら訊ねて、その背に萌が「危ないこと教えないで」と冷たくぴしゃりと言い放った。

 今、ちょうど都中井がそれを教えようとしていたところだったようで、真里を持ち上げてまたブランコに座らせた。後ろを向いてきょとんとした真里に、都中井が「人生黙っていたほうがいいこともある。今度教えてやるさ」と耳打ちした。

 ひとしきりブランコで遊び終えた真里が、雪だるまが見たいと言い出した。

「昨日作ったんだもんね」

 昨日、真里にさんざん言って聞かされたらしく、萌も知っているようだった。

「じゃあ見に行くか」都中井が真里を抱え上げると、ブランコに向かった時と同じように肩車をして雪だるままで歩いていく。

 その背を九郎と萌が追いかけて歩いた。

「九郎くんは、子供いないの?」

「いないよ。そもそも結婚してないし」

「そ、そうなんだ。都会って大変?」

「うーん、一人暮らしだからね。全部自分でやるのは大変だけど、慣れたかな」

「そっか」

「そっちこそ大変じゃね? 医者の仕事なんて漫画とかドラマでしか知らないけど、結構重労働って聞くぜ」

「まあね」萌が苦笑いを浮かべる。

「でも、それが私のやりたかったことだから」

「ふうん」

 肩車をされていた真里が後ろを振り向いて、「せんせいあれ!」と萌に声をかけて前を指さした。そこには二メートルほどの大きさの雪だるまと、それより一回り小さな雪だるまが並んで立っていた。

「本格的な大きさね」思わず萌が驚いた。

「傑作だ」と都中井が鼻で笑うと、

「けっさくだ」と真里も真似して笑った。

「よく大きなの作ったね」

 萌が肩車をされている真里に言う。

「おおきいのかっこいい」と真里が笑った。

「大変だったんだから。俺なんて筋肉痛になるかと思ったよ」

「もやしだからな」都中井が言って笑う。

「失礼なっ」

「仲良しな二人だね」

 萌が雪だるまたちを見て微笑んだ。

「ひとりだとさびしいけど、ふたりだとたのしい」

 真里がそういう。それを聞いて、九郎は確かに、と思っていた。

 もし、自分がサンタクロースの仕事を引き受けたとして、一人でやっていたら途方もなくてもっと困っていたに違いない。けれども、まだ会って間もないけれども都中井のおかげで救われている部分は大いにある。それは都中井も同じで、九郎がいなければ、きっと文句のひとつもろくに言えず投げ出そうとしていたかもしれない。そういう意味では、持屋に感謝しなければなあ、と思い返していた。

「確かに、二人だからこいつも寂しくねえだろうな」

「ですね、きっと寂しくないですよ。ほら、手もつないでる」

 九郎が雪だるまの重ねあっている枝でできた手を指さした。

「なかよし」と真里が笑った。

「仲良しだね」萌と九郎が言った。

「みんななかよし」と真里が言った。

「みんなか?」都中井が首を傾げた。

「みんななかよし」と真里がもう一度念を押すように言った。

「そうかもな」都中井が自分の頭の上で笑う真里に笑いかけた。

 ずいぶんと扱い慣れているような都中井を見ていた萌が、ふと腕時計を見た。

「いけない、もうこんな時間。真里ちゃん、帰る時間になっちゃった」

「もうすこしあそびたい」

 萌が困ったように首を振った。

「明日もまた来よう? 今日はここまで。明日もまたこのお兄さんたちが遊んでくれるって」

「おう、いつでも遊んでやる。明日はもっと遊んでやるぞ? だから今日はもう帰って早く寝な。明日いっぱい遊べるようにな」

 都中井がそう言って体をゆっくりとゆすった。頭上で真里がこくりと頷いた。

「なんだ、いい子じゃねえか」都中井が感心したような声を出した。

「いいこ?」

「ああ、いい子だ」

「まりいいこ」自分に言うように真里が言う。

「おう、真里はいい子だ」

「うん、真里ちゃんはいい子だよ」九郎が微笑む。

「じゃあ真里ちゃん、先生と一緒に帰ろうね」

 しっかりと頷いて、真里は萌に手をつながれて公園を後にした。少し離れてから、後ろを振り返って、真里が手を振った。萌が微笑みながら頭を軽く下げた。

 そんな二人に九郎と都中井は手を振り返した。

「俺らも頑張らなくちゃですね」

「ああ、また明日から頑張ろう」

 そう決意して、二人もまた公園を後にした。

 その日の夜、ちらりほらりと綿雪が輝いて舞い始めた。


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