第5話

「まず、サンタクロースは実在する。それは九郎君はもう知っているよね」

 はい、と九郎が後部座席で返事をした。

「実在って、スウェーデンかどっかでしたっけ」

 納得のいかない表情で都中井が言った。

「まあ、そういう説もあるよね。諸説あるんだ。フィンランド、スウェーデン、カナダにデンマーク——と主に北欧だね。けれども、本当はトルコのアナトリアが発祥とされているんだ。そこからサンタクロースは世界中に広まって、日本にもいる。その日本にもいるサンタクロースたちの一員が僕や、君たちの親父さんだ」

 何言ってんだ、と都中井の顔に書いてあった。

「何言ってんだって顔してるけれど、事実だよ。サンタクロースは実在するんだ。その証拠にほら、今は空を飛んでいるだろう?」

「あ、これほんとに飛んでんだ……まじか……」

 都中井が静かに目を閉じた。

「まじか……」

「まじだよ。さて、それでね、ここから本題で、今年は君たちにサンタクロースの手伝いをしてもらうことになった。ただでさえ人手不足なのに都中井くんの親父さんがぎっくり腰になるとはね……困ってたんだ。まあ、そろそろ引退していいんじゃないか、って話はしていたんだけれど、親父さん頑固でしょ? 聞いてくれなくてねえ」持屋が苦笑いをした。

「いくら頑固だからってちゃんと話してくれりゃいいのに」

 ぼそりと都中井が漏らす。

「まあ、言っても信じなかったでしょ」

「確かに」短く都中井が答えた。

「それで、サンタクロースの仕事なんだけれど、君たちは子供たちにプレゼントを配ることになっている。この車でね」

「この車で?」都中井が訊ねる。

「そう、だから君たちがこれを運転することになる。運転免許はあるよね?」

 持屋に尋ねられ、九郎がうなずいた。都中井は「まあ」と答えた。

「一応車だからね。運転方法は普通の車と変わらないから免許があればオッケーなんだ。さて、じゃあ次はプレゼントの配達方法だけれども——」と持屋が言ったところで、都中井が「ちょっと待ってください」と制した。

「なに?」きょとんとした顔をした。

「あの、えっと、サンタクロースが実在するとか、その他諸々? 一応納得したっつうか、そうしますけど、俺やるんすか?」

「そうだよ?」適当に都中井がうなずいて、

「あんたはやる気なの?」と九郎に尋ねた。

 え、と九郎は答えにつまった。

「なんでそんなこと聞くのさ? あ、やりたくなかった?」

 申し訳なさそうに持屋が聴く。

「いや、別にやりたくねえとかじゃなくて、なんつうのかな。頭ん中ぐっちゃぐちゃなんですけど——俺がサンタクロースなんですよね?」

「そうなる予定だね」

「俺がサンタクロースになって、子供にプレゼント渡して、ってなんか責任重てえなあって。だって、親父は——親父たちはずっとそれやってきてんすよね? それをなんにも知らねえ俺がやっていいのかなって思うんすけど。職人技って職人だからなせる技なわけじゃないすか。いや、人手不足だから俺みたいなのの手も借りたいってのも分かるんすけど」

 都中井が腕を組んだ。

「あんたは? 責任持てんの?」

 責任、という言葉が引っかかった。九郎は下に目をやった。

 目の前で父親に不思議なものを見せられて九郎は驚きとともに、妙な興奮があった。目の前で非現実的なことファンタジーが起きている——それに酔ってしまったのかもしれない。頭のどこかで何か不思議なことが起きないかと考え続けていた。それをこじらせて今のイベント制作会社に入社したのだ。そうしたらば身近にそんな不思議なことがあったのだ。それを知って胸が高鳴ったのは事実だったし、その勢いでここまでやってきたのもまた事実だった。

 都中井の言葉は氷柱のようだった。ぽきりと折れて首筋に落ちてきた。

 責任なんて考えていなかった。突然目の前に現れたファンタジー湧き水に飛び込んだだけだった。自分は責任を持てるのだろうか。ふと考えてみる。

 たしかに、都中井の言う通りだった。サンタクロースという存在が実在するとして、幼いころ、クリスマスに胸を高鳴らせ、朝目覚めるときが待ち遠しかったあの感覚を——心躍るプレゼントを——くれるサンタクロースに自分はなれるのだろうか。布団、ベッド、そこでわくわくとして明日の朝を待つ子供たちに幸せを与えられるのだろうか。

「わからないです」口から出てしまった。

 わからなかった。JAで働いていると思っていた父親がサンタクロースで、町のおもちゃ屋を営んでいる顔なじみのおじさんがサンタクロースで、毎年毎年、クリスマスに、いい子にしていた子供たちにクリスマスプレゼントを渡し続けてきた彼らのように、幸せを渡し続けてきた彼らのように、自分がなれるのか想像もつかなかった。

「でも、すごく、楽しそうだな、って思います」

 それが率直な感想だった。楽しそうだと思った。大義名分なんてものはないけれど、クリスマスという素敵な時間に、それも多くの子供たちに幸せを渡すというのは、なんだか、おもしろそうだと思った。

 ふふふ、と持屋が笑った。

「楽しそうか。違うなあ。楽しいんだよ。幸せを渡して僕らも幸せになる。”win-win”ってやつだね。相方くんはそう言ってるけれど、都中井くんはどうなのさ?」

「まあ、おもしろそうだとは俺も思います。いや、別に最初からやらねえって言ってねえすよ」

「じゃあ決まりだね。ではさっそく調べものをしてもらおうかな」

「調べもの? なんすか」都中井が窓枠に肘をついて持屋を見た。

「ダッシュボードの中を見てもらえるかな」

 言われたとおり都中井がダッシュボードを開けるとそこには書類の束があった。

「それ、名簿ね。とりあえずこの北国町の分」

「それで?」

「そのリストにある家庭を調べて、子供たちが何をほしがっているか、親は何を買おうとしているのか、を調べてきてください」

「…………」

 都中井が無言で九郎に書類を渡した。九郎は手渡された書類に目を通したが、ざっと三桁後半はいる。ていねいに番号が書いてあるのが逆に苦しかった。

「全員、ですよね」

「全員だよ。といいところだけれど、君たちはまだ新米だからね。その一枚め、五十人いるよね。その子たちを調べてきてくれると助かるな」

「よろしくな」と都中井が言って伸びをした。

「何言ってんの、二人でだってば」

「え、でも俺ほら、顔悪いし」

「強面なだけでしょ」持屋がにこにことしている。

 都中井は見た目は強面で、堅気には見えづらい顔をしている。

「二人でやったほうが効率いいだろうし、がんばれー」

 あはは、と笑って、気づけば車は駐車場まで戻ってきていた。

 到着、と持屋が慣れたようにバック駐車をして、遊覧飛行は終了した。

「それじゃ、よろしくね。あ、帰りはあっちのドアから出ればうちの裏口に通じてるからね」

 とだけ言い残し、持屋は去っていった。

 駐車場に残された二人は顔を見合わせた。

「ど、どうします?」九郎が困ったように笑った。

「どうするって……やるしかねえだろ……」

「ですよねえ。どうやって調べましょう?」

「親父に、聞くのはあれだしなあ。身辺調査だろ? 探偵みてえな感じでやりゃいいんじゃねえか?」

「探偵ですか」

「ああ。コナンとか金田一一みたいな」

「そっち?」

「あ? ほかにあんのかよ」

「シャーロックホームズみたいな感じかと」

「あんなん超能力じゃねえか。参考にならねえよ」

「あー、言われてみれば」

「とにかく、そうだなあ、セールスマン的な感じで訪問してみればいいかもな。今クリスマスの時期だからどういったプレゼントを考えてますかーって感じでよ!」

 名案だ、と都中井はにやりと笑った。確かに強面だ。子供は泣いてしまうかもしれない。

「じゃあ早速行きますか?」

「いや明日のほうがいいんじゃねえか? 夜に突然尋ねられても困るだろ」

 意外と都中井は常識人なのかもしれない。昼間のほうが彼の顔も幾分かは怖くないだろうし。

「つうわけで、よろしくな。俺は都中井赤士となかいあかし。お前は?」

「俺は三田九郎さんたくろうです。よろしくお願いします」

「おう、よろしくな、九郎」

 手を出された。握手をする。見た目通り結構強めの握手だった。

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