映画感傷

七情亡八

第1話 映画感傷

「どう説明しよう、この映画」

 映画が終わって思ったのは、この事だった。普通なら楽しかった、

つまらなかった程度の感想なのに。

 自分が感じた一番の問題点は、この映画は見る人を選ぶことだ。

 それが一番強く残った印象だった。

 暗かった劇場内が明るくなり、観客の様子が判るようになる。

 泣いている人、微笑みながら感想を語らう人達、期待外れなのか憮然として終わった銀幕を眺めている人、それぞれの反応がそこにはあった。


 決して、つまらない映画でなく余程のマニアでなければ文句も出ないだろう。

 そう思って席から立ち上がった。しかし心には何か納得出来ない何かが残っている。

 ストーリーの何か矛盾なのか、少し好きになれなかった男子高校生に対して不満なのか、

なんとなく釈然としないまま映画館を後にした。


 そして何が胸につかえているのか確かめる為に、帰りがてら書店に立ち寄り原作小説を手に取った。


 帰宅するとすぐに小説ならではの表現を期待してページをめくる。

 しかし、一ページも読まずに放り出してしまった。胸に残った何かが急に重さを増し食い込んできたから。


 そう、この映画は見る人を選ぶ映画だった。

 それは、どこかに置いてきた半身を探す旅の物語。

 自分が見るべき人間では無い事を改めて思い知らされた。

 自分の胸の重さの正体は、重さではなく欠けた半身の傷跡の痛みだった。

 それは取り戻せない事を本能的に悟ってしまったあの日から。

 

 この映画見て以来、車のテールランプや信号の点滅が過去の傷を刺激する。

 その明滅は緊急事態を叫ぶナースステーションのコンソールパネルを思い出させる。

 そして、牡蠣殻の様になってしまった彼女を手で掬った時から、手のひらに残る彼女の暖かさと、突き刺さるような感触は忘れることは出来ない。


 辛うじて残っていた一本の前歯は、去って逝った彼女の笑顔をまぶたの奥に浮かびがらせる。

 その時以来、火口から溶岩の様に噴き出していた情熱は冷えて固まり瓦礫の山となり、

いつも自分の行く手を阻んでいる。

 その窪地の水たまりの中で、漂うボウフラの様になってしまった自分は、濁った水面からボンヤリと光る空を見上げているだけになってしまった。


 ただ、この胸に刺さったトゲの形を知るために、どこに刺さっているかを確かめたい。

 晩秋のたそがれ時に、自分の逃げる影を追う様な感覚が胸のどこかで脈動する。

 無性にもう一度見たくなった。

 もう一度見れば、この映画は心の中で平凡な作品に変化してくれるかもしれない。

 

 そして再び訪れた映画館のスクリーンは、まだ何も映していないにも係わらず自分に倒れ掛かる様に迫ってくる。期待ではない心臓の高鳴りが胸を締め上げる。

 しかし、この作品に自分のトラウマの裾を踏まれたことは恨むことは無い。

 忘れかけている何かもう一つを思い出させてくれるかもしれないから。



 そして、スクリーンの上で動き出した世界は、あまりに美しく残酷な物だった。

 もう過去と物となった、若かりし時の青春のときめき、ひた向きさが胸を突いて来る。

 やり直しがきく若さに嫉妬しているのだ。

 自分は何処かに置いてきてしまった半身を必死で探したり、傷を埋め様としただろうか。

 様々な思いが胸の中をかき乱す。

 この物語で野心を理由にして、妻の思い出と忘れ形見を捨てて現実から逃げだす父親の様な度胸は持ち合わせてはいない。

 父親も半身の喪失には耐え難い経験だったのだろう。子供達や思い出はそれを埋め合わせるには足らない物だったのだ。

ただこの父親の地位と協力がない限り、物語は暗い終わり方をしたはずだ。


 物語の後半は、全力で解決に走る主人公達を描いていくが、自分以上の不幸に出来事に見舞われた人や、人生をやり直したいと熱望している人には、ご都合主義な終り方と思われるだろう。

そんな思いでエンディングロールが流れていく様子を見ていた。


 そして再び上映室には明りがともり観客を現実の世界に引き戻す。

やはり、そこには三者三様の姿があり、観客の人生そのものが動いている様子だった。

「ああ、この映画は人生経験がが結果を選ぶのか」



 上映室の出口の帰る人の列に並びボンヤリと考えるのだった。

 自分は何を結果として選ぶのだろう、考える時間は有るはずだ。

 例えボウフラでもここに水が有るうちに蛹になり、そして成虫として空を飛ばないと。

 そして、何かを探そう、見つけるのは日の光の中にある彼女の笑顔か、物陰の中の彼女の、後姿だけかもしれないけれど。




 

 

 


 

 

 

 


 


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