STORY3 オラクル(5/8)


オラクルカード六十二枚の全容は、解説書を通読すれば分かるけど、ヤマガタ鼎の指示どおり、オレは毎日一枚ずつ、ひとつだけの[託宣]に触れている。

一度手にしたカードも戻すので、そのうち同じものも出るはずだ。だから、違うカードをいつまで引き続けられるか……それも実は密かな楽しみになっている。


夜勤明けで昼に起きたオレは、今日もまず、[天の言葉]に向き合うことにした。

……通算十一枚目。いまのところ、「ダブり」はない。

トランプを切る要領でシャッフルして、山の真ん中より少し下のカードを選ぶ。

「Tell the Truth」、番号[9]……「真実を話しましょう」。

両親に会い、取材に同席する日にかなりシンクロしたメッセージ。

イラストでは、掌を重ね、ひとりぼっちで円卓に座る者が顔を曇らせている。

誰かに似ている……あの事故の現場で、花を手向けた女だ。

四月、カツが命を落とした場所にひとりで行った時、その女は片手に花束を、もう一方の手にヴィトンの大きなバッグを持ち、黒のブラウスにジーンズ姿で佇んでいた。バッグは空っぽなのか、使い古した紙袋みたいな凸凹があり、陽射しがブランドの柄模様を薄めていた。人目を引くほどの美人だったが、まるで余命を宣告されたような虚ろな眼差し。

オレが近づくと、女は花束を地面に置き、ハンカチを口元にあてて去って行った。

ガードレールの歪み。歩道に並ぶ自転車。電柱に貼られたチラシ――光景の細部がありありと甦る。

バス停から数メートル離れた標識柱のそばで、モンシロチョウが飛んでいた。


時間に余裕を持って、オレは待ち合わせの改札に向かう。

乗客より広告の方が多い電車の中で、乗車口付近のシートに座り、スマホ片手にブログの再開を考える。きっと、最初にコメントを寄せるのは銀次だろう。

仮面ライダーネタじゃなく、オラクルカードの話を書いてびっくりさせてやるか――そんなアイデアとともに、ふと、カツの無邪気な笑顔を思い出した。

兄のたわいないいたずらにいつも腹を抱えて笑ってくれた弟。


やり場ない感傷を引きずって、オレは、親指、人差し指、中指の順に右手の指を立て、心の中で数字を読む。

親指が一で、人差し指が二、中指が四で、薬指が八、そして、小指が十六。

「タカちゃん、三十一までの数は片手の指だけで表すことが出来るんだよ。立てた指を足していくんだ」

カツが小学三年、オレが五年の夏、キャンプ帰りのバスで、カツは隣に座るオレに言うと、数を数えながら指を動かし始めた。

サムアップの一から始まり、チョキは六で、パーが三十一。

手話さながらに数字を可視化する様子にえらく感心し、オレは「スゲースゲー」と声を上げた。


スマホをしまい、右手で薬指以外の四本の指を立て、左手で親指、薬指、小指の三本を立てる。右手がカツの年齢(とし)で、左手がオレだ。来年もかたちを変えない右手……心の空洞がまた拡がってしまう。

重い気分のまま、駅の雑踏を抜けると、親父とおふくろのシルエットが見えた。

約束の時間より五分も早いのに、二人はずっと待っていたふうに手を挙げる。

「取材なんて、変なお願いしてすまないね」

おふくろはそうつぶやくと、オレのポロシャツの襟に手をかけながら、泣きべそにも苦笑いにも見える表情を浮かべた。レジメンタルのネクタイを着けた親父は、おふくろの動作をフォローするかんじで、襟の曲がりを知らせるジェスチャーを向けた。

この三か月で、二人とも体のシルエットを急に小さくしたが、それがすっかり当たり前の容姿になってしまった。

そうして、二言三言の会話で肩を並べて歩き、駅ビルのファミリーレストランのドアを開けると、空席待ちの椅子に掛けていた女が立ち上がった。

「篠崎さんですか?」

小柄な女はこちらの返事を待たずに雑誌名を告げ、あらかじめ確保していた席へオレたち三人を導いた。

全国展開のファミリーレストランだが、街道沿いのものよりこじんまりしていて、点在する客は年輩者が多い。

四人掛けテーブルのため、オレが取材者と同じ側になり、両親と向き合うかたちになった。

「お暑いなか、お時間をいただきありがとうございます」

オーダーを通すより先に、女は名刺を差し出してきた。見慣れたロゴの下に、[記者 秦陽子]とある。

親父がジャケットの内ポケットに手をしのばせると、「お話をいただくだけで、お名刺は大丈夫です」と、メニューを拡げた。

名刺のないオレは、内心ほっとする。

同席者が篠崎克理の兄であることは親父から聞いていたようだが、ライフスタイルまでは把握してないはず。まぁ、こんな風体で平日の昼間にやって来たくらいだから、想像つくだろうが。

「今日はお兄さまもお越しいただき、ありがとうございます」

こちらの心理を読み取ったかんじで、記者はオレに体を向けて言った。社会に出て、まだ間もない雰囲気。遺族に敬意を表したダーク系のスーツが、むしろリクルート活動を思わせる。

「事故から、もう四か月近く経ちますが、心からお悔やみ申し上げます」

ウエイターが退いた後で、秦陽子と名乗る女は深々と頭を下げた。



(6/8へ続く)

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