STORY3 オラクル(2/8)

つられてデスマス調になったオレに、ヤマガタは頷いた。

野次馬根性の銀次がさらに身を乗り出し、カードの山とこっちをチラ見して、「いけ」と小声を発する。

オレは、服にフィットしたスピリチュアリストの胸の膨らみに一瞬目線を落としてから、[おみくじ]の真ん中あたりを引き抜いた。

手を止めて指示を待つ。

「どうぞ、裏返してください」

文字もイラストもオレとは逆向きだったが、結果的にヤマガタに向けるかたちになった。


人がマッチ棒の半分ほどの大きさで描かれている。井戸から水を汲み出す者。汲み出した水をバケツで運ぶ者。地面に人々の薄い影が伸び、ブルーの空に三日月が浮かんでいた。

夜なのか昼なのか……いずれにせよ、メッセージ性に富んだイラストだ。

カードの上部には[25][Fill the Well]と記されている。


「『愛を補給しなさい』という託宣です」

別人格が憑依したかんじでヤマガタが言う。

オレからカードを奪い取った銀次は「フィル・ザ・ウェル?……井戸を満たす?」と語尾を上げ、「これ、井戸から水を汲み出してんじゃん。補給してないぜ」と首をかしげる。

「この人たちは、自分の心という井戸に水を運んでいるのです。汲み出される側の井戸は涸れることがありません」

左隣の彼氏からカードを回収して、ヤマガタはイラストの一部を指差しながら説明した。

「……隆文さん。あなたの体の中にある光は、いまとても弱まっています。自分ひとりの力では回復できないでしょう。魂の家族や友人の光が必要です」

顔色ひとつ変えず、ヤマガタは言った。完全に、天と自分を同化させている。

タマシイのカゾク?……聞いたことのない言葉だ。

オレはどう応えればいいか分からず、とりあえず、「ヒカリ?」と返した。

「はい。『光』とは、つまり、エネルギーです。魂で繋がる家族や友人たちの光を受けて、あなたは満たされるのです」

スピリチュアリストは前髪を手で払い、次のオラクルを迎え入れるかんじで、おでこに左手をあてた。

[隆文さん]という呼びかけが[あなた]に変わってドキッとしたが、名前で呼ばれるより、[天の言葉]を素直に受け入れられる気がした。

魂で繋がる家族……銀次のおどおどした目線を受けて、オレは灯のないキャンドルを見つめる。


あの日から三か月が経ち、少しは光が回復したと思っていた。実家に帰る回数を減らし、オレ自身は元の暮らしをだんだん取り戻している。

昨日よりも今日、今日よりも明日……明日は今日より救われると信じたい。親父やおふくろもそうだ。まだ時間はかかるけど、遺されたオレたちが生きていく限り、明日の存在を否定するわけにはいかない。


部屋は物音がなく、外の世界から遮断されて、空気が色を無くしている。

事故の夜と一緒だった。

「隆文さん!」

ヤマガタの突然の呼びかけで、オレは我に返り、目の前の二人を直視した。

「……隆文さん、ひとつだけ注意してください。あなたには誰かのサポートが必要ですが、あなたより消耗している人に助けを求めてはいけません」



今朝もオラクルカードを引いた。

「オラクル」は、託宣や予言の意味だそうだが、オレは軽い気持ちで接している。格言付きの日めくりカレンダーみたいに。

一昨日、初対面のヤマガタ鼎は、オレにカード一式を授けた。

最初は「どうぞ差し上げます」と言ってきたが、再会を約束して、おとなしく[借りる]ことにした。

スピリチュアリストの唐突な申し出に驚いたけど、銀次の同意で、断る理由をなくした。

おまけに、「じゃ、ボクはこれを恵んでやるよ」と、彼氏の方は長財布を開けて、「新聞の勧誘屋がくれたんだけどさ」と頭を掻いた。

サーカスのチケットだった。それも三枚。


帰り道、西陽を受けた商店街を歩きながら、熱いものがこみ上げた。

プレゼントの中身が何であれ、オレをどうにかして元気づけようとする態度がありがたかった。チケットが三枚あるなら、銀次とヤマガタとオレでいいのに……「両親と一緒に行け」という無言の指令だった。

銀次ってヤツは、コスプレ好きで、ゲーム中毒で、オレよりマニア度が高いくせに、なんだかホントにやさしいんだな。

そうして、それが、ヤマガタの言った[友人たちの光]だってことに気づき、オレはオラクルカードに親近感を持ったのだ。


六十二種類のカードとは別に、使用マニュアル的な解説書が付いていて、[託宣]が分かりやすく説明されている。スピリチュアリストがいなくても、自分ひとりで[天の言葉]に近づけた。

「隆文さんをけしてネガティブにすることはありませんから、毎朝1枚ずつカードを選んでください。ヤマガタ鼎」

家に着くと、そんなメッセージがスマホに入っていた。


昨日の朝は、「Love Your Body……自分の体を愛しましょう」で、その[託宣]とコミカルなイラストにオレは妙な気分になった。家に篭り、不摂生な生活を続けているため、腹回りに贅肉がたまり、オレはステレオタイプで語られるオタク体型なのに、ラブ・ユア・ボディ……。

で、今日は「Have Fun」だった。

回転木馬に乗った少年が、母親と弟に笑顔で手を振るイラスト。

鼻の奥がツーンとした。

オレは、バスルームに行き、記憶を遠ざけるつもりで顔を洗う。

鏡面に映ったフィギュアの位置を正すと、いっそう胸がつまった。

「Have Fun……楽しみましょう!」か。

それで、オレはスマホでイベントのスケジュールを調べた。

握手会があった。

いまから行けば、それほど並ばないで済む。

夏仕様のカーゴパンツを履いて、シャツに腕を通す。そして、いつものように、スマホとデジカメとハンドタオルと制汗剤をウエストポーチに詰めて、九時ジャストに部屋を出た。



(3/8へ続く)

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