STORY3 オラクル(1/8)

嫌いな世界じゃない。

スピリチュアル、オカルト、霊能力、チャネリング……。

それにしても、現実主義で合理的思考の銀次が、よくもこんなカノジョを見つけたと思う。見つけたのか捕まえられたのか知らないけど、いずれにしても、シアワセそうだから構わない。

しかしまぁ、この世界に傾倒する女は、どうしてこうも分かりやすい外見なのか。それが神秘だ。流行りと無縁のヘアスタイルで漆黒の長袖シャツを着て、どこかの民族衣裳みたいなスカートを引きずっている。ピエロが粗っぽく洗顔したかんじのメイクは、ゴスロリ少女がそのまま成人したかんじだ。


「隆文(タカフミ)さんが信じるか信じないかは、問題ではありません。『天の言葉』がここにあるだけです」

銀次の隣で、その「ヤマガタカナエ」という女は神妙な眼差しで言った。

ほんの十分前に玄関でオレを迎え入れ、「隆文さんのお話は銀次さんから聞いています」と名刺を向けてきたばかりなのに、もう「あなたのことは全部知っている」といった表情だ。

紫色の名刺に白い文字で[ヤマガタ鼎]と書かれ、裏面に[SPIRITUALIST]とあった。[カナエ]と読む漢字が[県]に見えて、「山形県?」って思ったけど、そんなことは口に出さず、オレは促されるまま、他人の家にそそくさと上がり込んだ。

「狭いところで申し訳ありません……」と、家主は頭を下げたが、壁に掛かった気味の悪い絵と外光を阻むビロードのカーテンさえ外せば、シンプルで住み心地の良さそうな空間だった。


「これは、『オラクルカード』と言います」

正座状態でオレたちと対面したヤマガタは、複数のカードを扇状に拡げ、幾何学模様の面と絵柄の面を交互に見せた。

彼氏の銀次も初めて目にしたようで、「タロットカードみたいなやつ?」と、床に置かれた残りの山から一枚めくって、慌てて戻す。

オレは何も言わず、手も出さず、膝を折った姿勢で、ヤマガタ自身が差し出した一枚を見る。スマートフォンよりひと回り大きく、拡大コピーしたカルタみたいだ。

上の部分に英語が書かれ、その下に水彩画ふうのイラストがあった。

草原の羊たちと、群(むれ)から逸(はぐ)れた一頭の羊。

「この英語のメッセージが、ワタシたちの精神を高める『天の言葉』です。タロットではありません。占いではなく、託宣です」

「タクセン?」

銀次がオラクルカードとやらをマジマジ見ながら、オレの疑問を代わりに向けると、ヤマガタは悦に入った笑みを浮かべて、眉上の前髪を手で払った。玄関でも同じ仕草をしてたから、自称スピリチュアリストの癖らしい。

「たとえば、このカードには、『Step Away from the Crowd』と書かれています。『独りの時間を作りなさい』という託宣です」

ヤマガタが言う。

真っ昼間なのに、陽射しのない部屋は異常に冷房が効いていて、蛍光灯がフルパワー状態だった。恋人たちの背中側には、人形を取っ払った雛壇みたいなオブジェがあって、すべての段に大小さまざまなキャンドルが並んでいる。電気を消して、それらに火を点けた方が盛り上がりそうだが、オレは黙ったままスピリチュアリストの言葉を待つ。

「銀次さんがさっき見たカードは、『Turn On the Light』。『明かりを灯しなさい』です」

なるほど……嫌いな世界じゃない。占いと託宣の違いは謎だが、タロットよりも分かりやすい。


「お二人とも足を崩してください」

そう告げて、ヤマガタはカードの束を両手で揃えた。もう何年も陽(ひ)の光を受けていないかんじの肌は妙に透き通っていて、緑色の血管が枯木の枝みたいに指先へ走っている。親友の恋人でなければ、オレからはこの手の人種に近づかないだろうし、あの事故がなければ、銀次もこんな場を設けなかったはず。

正座を胡座に変えて、改めて相手の目を見た。黒々とした瞳は喜怒哀楽の感情を湛えることなく、精巧なガラス細工に似ている。さっき、「お話は聞いています」と言ったが、銀次はどこまで話したのだろう。

弟を亡くしたこと。定職がないこと。趣味に生きていること。あるいは、カノジョがいないことか、ブログの更新を止めたことか……もし、そのほとんどを知ってるなら、ガラス細工に何らかの感情が宿ってもいいのに。


一拍置いてから、ヤマガタは五十枚以上あるカードを腿に乗せ、「今日のメッセージをお受け取りになりますか?」と続けた。

眼鏡のツルに指をかけて、銀次が前のめりの姿勢になる。

オレは腕時計を確認してから「今日のメッセージ?」と尋ねた。すでに午後の二時を過ぎ、「一日分」としては中途半端な時刻になっていたからだ。

「はい。『今日』というより、『いまのメッセージ』と考えていただいて構いません。カードを引いて託宣を受け取った時点で、隆文さんに『気づき』があります」

「おい、タカ、引けよ。天使が降りてくるぜ!」

「天使ではなく、天です……それに、何かが降りてくるわけではありません」

ヤマガタはピシャリと恋人のしゃべりを叩き、息を吐いた。そのやりとりをオレは滑稽に感じたが、過剰な丁寧語を使うスピリチュアリストを笑い飛ばすわけにいかず、付和雷同に頷いてみせる。

神だろうが、天だろうが、予言だろうが、託宣だろうが……そんなことは関係なく、カードのメッセージがちょっと気になるだけ。無料のおみくじ気分。

「中から一枚引けばいいんですか?」



(2/8へ続く)

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