STORY2 じやすたりたでい(3/8)
実家には返信せず、虎太郎はインターネットのブラウザを開き、検索窓に[koichiro Nishikawa]と入力する。
寸座に外国語のサイトが並んでしまい、指先の習慣を打ち消すかたちで[西川晃一郎]と入れ直した。
そして、検索結果のいくつかをチェックした後、ブックマークしている西川晃一郎のブログにログインする。
[本番まで3日! 今日も稽古にカツ!]
短いコメントの下に、カツ丼を頬張る自撮り写真。
100%の確信はなかった。
しかし、母親の…母親だったはずの西川メグミの発言を辿れば、彼女の息子に違いない。何よりも、欧米人ふうの目鼻がそっくりだ。
「私にもね、息子がいるのよ。もうずっと会ってないけど、トラちゃんと同い年なの」
事故のちょうど1か月前、結果的に最後の会話になった電話で、西川メグミはポツリと言った。
寂し気な表情が声色から伝わり、虎太郎は思いがけない告白に言葉をなくしたが、やりとりの最後に、名前をようやく聞き出すことができた。
留学カウンセラーの立場から、西川メグミは古賀家の家庭事情を把握していたものの、虎太郎が知る彼女のプライベートは「離婚経験あり」というだけで、息子の存在は初耳だった。
電話を切ってから、[西川晃一郎]を検索し、半信半疑のまま、ブログのURLを西川メグミにメールで知らせた。
返事は、なかった。
虎太郎は行き過ぎた行動を後悔しつつ、彼女の息子とおぼしき人物をそれからずっとチェックしている。
人気劇団の俳優で、ハーフ顔の二枚目。
憧れとジェラシーを心の秤に乗せながら、今日も、母親の[痕跡]をブログの中に捜した。
西川晃一郎は事故のことを知っているのだろうか?
自分と同じような喪失感に苛まれているだろうか?
虎太郎は、画像の中の瞳をじっと見つめた。
2
留学サービス機関から新しいメールが届いたのは、虎太郎が成田着のエアライン・チケットを取った後だった。
送信者は、事故を伝えたスタッフで、留学経験者のOB・OGと関係者で[西川メグミを偲ぶ会]を行うので、日本に戻っていれば参加してほしいと書かれていた。
日程は帰国後2日目の夜だったから、虎太郎は出席する意思を迷いなく返した。
時差ボケもあって、起きたときから頭痛がひどい。ホテルの枕が合わないこともあり、昨晩はベッドの上で眠れない時間を過ごした。
西川メグミと初めて会った時の会話、今回の留学決定までのいきさつ…そんなことを次から次に思い出し、目をつむれば、事故を伝える新聞記事が懐中電灯に照らされた洞窟画みたいに浮かび上がった。
やがて、ホテル近くのマクドナルドで頭痛薬を胃に流し込んだ虎太郎は、2階の窓際席から歩道を見下ろし、信号を渡る女性に西川メグミの面影を重ねた。
思い出と呼ぶにはまだ鮮明すぎる記憶――最後に会ったのは、去年の5月だ。
休学して留学したいことを西川メグミに電話で告げると、「ご家族としっかり話し合ってから決めなさい」と諭された。
ふたつ返事で賛同してくれると思っていたので、虎太郎はひどくとまどい、なす術をなくしたが、数日間ひとりで悩んだ末、「家族の了解を得た」と言って、西川とのカウンセリングに臨んだ。
高校留学の後、大学に入学した時、成人式の日…1年に1度は彼女のオフィスに顔を出していたものの、今度の再会は「新しい留学の相談」だと思うと、新幹線の中で胸が高鳴った。
きっと、自分の決意を誉めてくれるにちがいない…。
ところが、カウンセリング・ブースに現れた西川メグミは、再会を喜ぶよりも先に、「トラちゃん、お父様の了解はウソでしょう」と、目つきを鋭くした。
虎太郎は耳たぶを熱くして、唾を飲んだ。
「電話でのあなたの声と、その表情で分かったわよ」
学校紹介のパンフレットをテーブルの端に置いたまま、彼女は静かに言った後、「ご家族が反対する留学の仲介は私の仕事じゃないわ。商売第一で学生を海外に送り出しているわけじゃないのよ」と続けた。
虎太郎はこくりと頷き、カリスマ・カウンセラーの物言いに圧倒されながら、自分の安易な嘘を恥じた。
「とりあえず、西川さんに相談して、それから親を説得すればいいかなと…」
苦しい言い訳で顔を上げると、茶色がかった瞳がいつものやさしさを湛えていた。
クリーム色のジャケットが有閑マダムとキャリア・ウーマンの両方をイメージさせ、長い付け睫毛と濃いめのアイシャドーはまったく変わらない。
彼女は「なぜ、留学をもう一度したいのか?」と問いかけ、両手を膝に置いて背筋を伸ばすと、通常のカウセリングの手順で虎太郎の内面を読み取り、穏やかな口調で結論を出した。
「とりあえず、私はお父様を説得する言葉をあなたに預けるけど、その留学理由に縛られちゃダメよ。トラちゃんが社会に出る前に海外でしっかり勉強して、自分の生きる道を見つけるって、私に約束してちょうだい」
黙ったままの虎太郎に、西川メグミは母親の笑みを浮かべた。
「ねぇ、いい?…日本にいようと、また海外に行こうと、大切なのは、あなたが自分の人生をどう生きるか、よ」
(4/8へ続く)
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