第6話 夕方の面会

 8月の中頃に入ったある日。夕方に電話が鳴った。近くにいたお母さんがすかさず電話に応答する。


「もしもし、……えっ!」


 とたんに血相を変える。受話器を置いたお母さんが急いで出かける準備をし始める。


「お母さんこれから急いで病院に行くけど、舞はどうするの!?」


 言葉づかいから焦りと苛立ちが伝わってきた。状況を把握していないが、ただならぬ状況であることは理解できた。


「行く!」


 返事をすると急いで今着ている部屋着を脱いで、近くに置いてあったよそ行き用のワンピースを上からがばっと羽織った。


 車に乗って大学病院へと向かう。病院に行くまでにかかる20分の間に、舞は聞こうと思っていて聞けなかったことをお母さんにぶつけた。


「お母さん」


「なに?」


「…おばあちゃんはいつまで入院してるの?」


「…………」


「…いつになったら退院できるの?」


「…………」


 沈黙。


「退院、できるんだよね?」


「――ごめん、今は黙ってて、お願いよ」


 消え入りそうな声。舞はそれ以上何も言えない。


 はっきり聞かないと分からない。思ったよりも大したことではないのかもしれない。そう思ってきたが、どうしても最悪の方向に考えてしまう。お母さんが病院に泊まる。血相を変えるほど衝撃的な事。行先は病院。考えたくない。考えたくない。



 考 え な い よ う に し て き た の に 。



 大学病院の駐車場に車を停めて、駆け足で病棟に入り、エレベーターで3階へ行く。病室へ駆け込むと、ベッドにおばあちゃんが横たわっている。寝ていることの多かったおばあちゃんが目を開き、お母さんと舞を確認すると体を起して朗らかな笑みを作る。


「よく来たねぇ、どうしたんだいそんなに急いで」


 ここまでずっと小走りで、ノックもせずにドアを開けて入ったことに驚いているようだ。起き上がらないのではないかと思いながら向かっていた身としては、おばあちゃんの普段と変わらない姿を見て唖然としてしまう。お母さんも言葉を失っている。


「そうだ、舞ちゃん。さっきお友達が来たよ。舞ちゃんに会いたいって」


「えっハルが!?」


 おばあちゃんが首を縦に振る。


 ハルとは8月の始めに一緒に図書館で本を読んで以来会っていない。学校の友達とも夏休み中しばらく会っていなくてもそんなに気にならなかったけど、ハルと半月会わないとしばらく会っていないような気になった。7月に会ったばかりなのに、舞にとってハルは友達以上の存在になっている。そんな気がする。


「行ってくる!」


 おばあちゃんに背中を押され、病室を出る。向かう先はいつもの図書室。


 まだ待ってくれているだろうかいう不安と、また会えるという期待を胸に走る。


   ×  ×  ×


 舞が元気な足取りで病室を出ていく。母が舞に「お友達」と言っていたが、病院でお友達を作っていたとは知らなかった。舞が出て行ったことに寂しさと拠り所の無さを抱えつつも、これから話すことを舞に聞かせなくても良いと安心する自分がいた。


「お母さん。お医者様から聞いたよ。……治療をやめるって……」


 母の腕から点滴が外されている。嘘だと信じたかったが、お医者様が言っていたことは本当だったのだと確信せざるを得ない。


「私は病気に負けたりしないよ」


 人の気も知らないような発言にムッとする。


「ほんっと負けず嫌いね、こんな時まで! いつだってそうよ、市民運動会の時だって足を痛めてるのに無理して走って、足を悪くしたりして…、あの後治ったから良かったものの、治らなかったらどうする気よ!いつもいつも……お母さんは良いだろうけど、私は良くないんだからっ!」


 せきを切ったように感情が抑えられなくなる。お母さんの診断の結果、もう長くないと宣告を受けてからというものの、茫然自失の状態になってしまった。もしかしたら回復に向かうかも知れないという僅かな期待を捨てられずにいたが、お見舞いに行くたびに聞くも病状は回復せず、お医者様からは覚悟しておくようにと言われる。旦那には事情を説明しているが、おばあちゃんが大好きな舞にはそのことを話せずにいた。


 これ以上言うと思ってもいないことを口走りそうになり、唇を噛みしめる。それをじっと見ていたお母さんが顎に人差し指を当て、上を向いて考え事をし始める。そして静かに口を開く。


「あんたには話しておこうかね。舞のお友達のことを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る