第5話 友達と過ごす夏休み

 7日の夜、久しぶりに学校の友達の萌から電話がかかってきた。


「もしもし、舞? 明日学校にプール泳ぎに行こうって思ってるんだけど、舞も来ない?」


 突然の誘い。明日はお母さんと一緒にお見舞いに行く日で、一緒について行くつもりでいた。しかし今年の夏休みはおばあちゃんの入院もあり、海にも行っていないし、遠くへ旅行に行くこともできない。だから夏休みに解放されている学校のプールで自由に泳げるという魅力的な誘いに心を惹かれ、行くと答えてしまった。


「お母さん、明日萌ちゃんと一緒に小学校のプールに行くことにしたから、明日お見舞いついて行けなくなった」


 電話が終わり、早速友達との約束をお母さんに伝えた。


「そう、まぁせっかくの夏休みなんだからお友達と遊ばないとね。ここのところずっとお見舞いについて来てもらってたものね」


 夏休みに入ってから、お母さんのお見舞いについて行かないのはこれが初めてだった。




 待ち合わせ場所である小学校の校門へ向かう。久しぶりに会う友達は、終業式に会った時よりも日焼けしている。外によく遊びに行っているのだろうというのが分かった。それに比べて舞は色白ではないがあまり日焼けしておらず、今年はあまり外に出ていないのだと実感させられた。


 プールには思ったより多めの生徒が遊びに来ていて、監督の先生が水着とパーカー姿でプールサイドのベンチに座っている。舞は萌と一緒に水着に着替え、準備体操をする。プールを自由に使う時によくやる、潜ってじゃんけんや水中一回転をしたり、泳ぎが得意な萌はクロールで100メートル泳いだりした。長いと思っていたが、あっという間にプールの開放時間が終わった。


   ×  ×  ×


 プールからの帰り道、水泳鞄を持って通学路を歩く。


「ねぇ、舞は夏休みどこか遊びに行ったの?」


「今年はおばあちゃんが入院してて、おばあちゃんのお見舞いに行くことが多いから中々遊びに行けないんだ」


「そうなの!? 大変なんだね。早く元気になって退院できると良いね…」


 早く退院できると良い。舞もそう願っているが、おばあちゃんが退院したらハルとは会えなくなってしまうのではないかと思い、少し寂しい気分に見舞われた。そう言われてみると、舞はおばあちゃんがいつ退院できるのかを知らない。家に帰ったらお母さんに聞いてみようと思った。


 そんな会話をしている間に分かれ道に差し掛かる。萌にバイバイして、そのまま家の方向に向かう。向かおうとした時だった。


 萌が去って行った方の角にある電柱の向こう側に、白い服を着て長い髪を横に流している少女が見えたような気がした。


(え、ハル!?)


 あわてて電柱に駆け寄ってみるが、付近にそれらしき人影が見当たらない。気のせいか、と思い、家に帰る道へそのまま引き返した。




 お母さんから渡された鍵で玄関を開けて中に入る。そのまま洗面所に向かい、水着を洗って外に干した。


 2階の子供部屋に入ると、まるでサウナのように熱気が籠っていたので、冷房のあるところで過ごそうと思い、DSと夏休みの友と筆記用具を持って1階のリビングに移動する。お母さんが帰ってくるのは大体夕方くらいなので、それまで宿題をして過ごし、飽きたらDSをすることにした。


 パラパラとめくってみると、算数の問題は解き終わっていて、残っているのは理科と社会と、苦手な国語くらい。


 ――国語はね、物語にたくさん触れたら苦手意識も無くなるよ。文字がいっぱいで読みにくいかもしれないけど、物語は楽しむものだよ――


 ハルの言葉が脳裏をかすめた。物語を楽しむ。舞にはよく理解ができなかったけど、国語に対する苦手意識で物語を楽しめていないのだとしたら、勿体ない事なのかもしれないと思った。


 間違えても良いから国語の設問を解いていくことにする。しばらく進めると長文問題に差し掛かる。物語を楽しむ、その意識で長文を読んでいく。分からない漢字が出てきたら国語辞典で調べて読み進めていくと、思ったよりも読みやすくて、内容も頭に入ってきて、宿題をしているとは思えないくらい楽しく読むことができた。問題の答えが分かるようになるまでは至らないが、読むことを楽しいと思えたことが大きな第一歩のように思えた。


 物語を楽しむ。その一言がまるで魔法の言葉のように意識を変えられた。


 長文問題を終えたところで玄関の開く音が聞こえてきた。リビングが開く音が聞こえ、入ってきたのはお父さんだった。


「おっ、ただいまー」


「お帰りー」


「早かったんだな」


「ううん、今日は私お見舞い行かなかったの」


「お見舞いに行ってないなんて、珍しいな」


「うん、今日は萌ちゃんとプールに行く約束したから」


 お父さんは「そうか」とだけ言うと、2階のお父さんとお母さんの部屋へ入って行った。


 リビングの扉近くに置いてある電話が鳴り響く。誰からだろう? と思い電話に出てみると、お母さんからだった。


「もしもし、舞なの? お父さん帰ってる?」


「うん、ちょっと待って」


 保留のボタンを押し、階段の下からお父さんを呼ぶ。


「お父さーん! お母さんから電話ー!!」


 はーい、という返事が聞こえてきて間もなく、スーツの上着とネクタイを脱いだ状態で降りてきて、受話器を取る。受話器越しにお父さんが何やらお母さんと会話をして、1分ほど話したところで受話器を置いた。


「お母さん何だって?」


「ん、今日は帰らないから、ご飯を用意してくれってさ」


「帰らないって?」


 どういうこと? と疑問が浮かぶ。


「病院に泊まるんだってさ。すぐご飯にするよ」


 まだ聞きたいことがあったけど、お父さんはさっさと台所に入ってエプロンをいそいそと身につけ出して聞きそびれた。


「カレーで良い?」


 戸棚から見つけたカレールーを見せる。舞はこくりと頷いた。それを確認してからにんじん、玉ねぎ、じゃがいもを切り始めた。


 特に手伝うこともなさそうだと思い、リビングのテレビのスイッチを入れる。画面に映画が映し出される。何気なしに見ていると、少女の前に魔法使いが現れ、何でも願いを叶える、というものだった。


 少女はまず、大人になりたいと願う。すると少女は20代の女性へと変貌を遂げる。大人の体を手に入れた少女は、次に憧れだったアイドルになりたいと願う。アイドルになった少女は、次に世界中の人から注目されたいと願う。世界の人気を一気に集めた少女は幸せの真っ只中という様子だった。


 カレーの匂いがキッチンから漂ってくる。お父さんが「できたよ」と知らせに来て、途中まで見ていたテレビを消す。お父さんの作ったカレーと付け合わせのサラダを食べ、お母さんのいない夕食を済ませる。カレーを食べながら、プールで泳げて楽しかったなぁと思うと同時に、ハルに会いたかったと考えてしまう。せっかく久しぶりに萌と会ったのに、仲が良い友達なのに、ハルの存在感は舞の中で大きくなっている。


 次にお母さんがお見舞いに行く時にはついて行こう。


 翌日、お母さんが病院から帰ってきた。疲れたのか、顔色を悪くしていた。

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