第4話 ハルと過ごす夏休み
夏休み1日目。舞がラジオ体操から帰ってきてすぐにおばあちゃんのお見舞いに行きたいと言うと、お母さんは目を丸くした。昨日行ったばかりなのにまた行きたいの? ――とでも言うように。
「行っても良いけど、面会できるのはお昼からだから、お昼になったらね」
はーい、と返事をして2階の子供部屋に戻った。早速ポシェットにハンカチとティッシュとお財布と、昨日は持っていかなかったDSを詰める。朝までの時間をどう過ごそうかと思い、終業式の日に配られた夏休みの友をランドセルから取り出し、中を見てみる。
夏休みの友とは、夏休みの宿題がぎっしり詰まっている冊子のことで、友だと思ったことは無い。午前中は宿題を進めることにした。舞は算数が得意だが国語が苦手だ。漢字は勿論、助詞、助動詞、形容詞……ちんぷんかんぷんだった。とりあえず得意な算数の問題だけを解いていくことにして進めていくと、お昼になった。昨日はクローゼットに長い間入れっぱなしだったワンピースを着て行ったが、今日はラジオ体操の時に着て行った動きやすいTシャツに短パンという格好で行くことにした。
お母さんと一緒にお昼ご飯のそうめんを食べてから、お母さんと一緒に大学病院へ向かった。病院に入った時特有の消毒の香りに包まれながら、受付、売店を通り過ぎて病棟へ。エレベーターで3階へ向かうお母さんに「5階に行きたい」と言い、お母さんとは3階で別れて5階へ行く。5階には図書室があり、そこはハルと初めて出会った場所だった。ガラス張りの図書室の中を覗いてみると、児童書のコーナーに白いワンピースに長い髪の少女が座って絵本を読んでいる。間違いない、ハルだ!
舞が図書室の扉を開けて中に入る。ハルは舞の姿を確認すると嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。どちらからともなく手を握り合う。
「舞ちゃんに会えそうな気がしてたんだ。ここに来て良かったぁ」
「私もっ、ここに来たらハルと会えると思ったよ、嬉しい!」
図書室の中ということを意識して、普段より小声で言葉を交わしあう。今度は図書室のお姉さんも険しい顔をしてこなかった。
大声で喋っても大丈夫なように、図書室の外にある長いソファに移動した。
「ねぇハル、今日はハルと一緒にやろうと思ってDS持ってきたよ!」
ポシェットの中からピンク色のDSを取り出して、ハルに見せる。ハルは物珍しげにDSを眺めている。ハルはDSを持っていないようだった。だったらハルにDSの楽しさを伝えようと思い、刺しているマリオブラザーズを遊んで見せた。一通り遊んで見せて、「ハルもやってみて」と言って手渡すと、戸惑いながらも遊んでみてくれた。慣れていないため、すぐ敵に当たったり、穴に落ちたりを繰り返している。何回かしたら止めるかと思いきや、何度負けても「もう一回!」と言いコンティニューを繰り返す。
何度目かのコンティニューでやっとコツをつかみ、無事にゴールまで辿り着いた。するとハルが「やったー!」と言いながら飛び上がって大喜びする。その姿を見て舞も嬉しくなり、一緒に全身を使って嬉しさをアピールし合った。
それからは週に何度か行くおばあちゃんのお見舞いに行く日が楽しみで仕方なくなった。お見舞いに行く日の朝、ラジオ体操から帰ってくると今日はどのソフトで遊ぼうかと考えるようになり、午前中はDSをして過ごすようになった。
しかし、楽しい時間は長くは続かなかった。病院へ行ってはDSばかりしていることをお母さんに咎められた。お見舞いに来てゲームばかりするくらいなら来なくていいと怒られた。病院でゲームをするのはやめるからお見舞いについて行くのは許してほしいとお願いすると、しぶしぶだが了承してくれた。
ラジオ体操の時と同じ服で大学病院へと向かう。病棟に着き、お母さんと一緒におばあちゃんの病室に顔を出してみることにした。ノックをしてから引き戸を開けてベッドに近づいてみると、おばあちゃんの姿が無い。
「検査に行っているのかしら」
お母さんがつぶやく。おばあちゃんが居ないので、お母さんはベッドの横の洗濯かごに入っている洗濯物を持って、洗濯場へ向かおうとする。
おばあちゃんが居ないのならハルに会いに行こうと思い、図書室へ行ってくるとお母さんに断ってから図書室へと向かう。
図書室の前でいつものようにハルと合流する。特に図書室を待ち合わせ場所に指定しているわけではないが、舞が図書室へ行くと必ずハルがいるため、定番の待ち合わせ場所となっていた。
「やっほー、待ってたよ!」
「やっほー!」
軽い挨拶を交わすと、舞は表情を曇らせた。
「今日はDS持ってこなかったんだ。ゲームばかりしてって怒られちゃって…」
DSを持ってくることができなくて申し訳ないと思っている舞を、ハルが困惑したような顔をして見ている。
「そっか……」
「うん…」
今日もDSができると思って楽しみにしてくれていたとしたら、ハルには申し訳ないことをしてしまった。そんな思いでしょんぼりしていると、ハルは明るい笑顔を舞に向けた。
「じゃあ、図書室で一緒に本を読もっか!」
「え? いいの?」
「うん! だって、私は舞ちゃんと一緒にいられるだけで嬉しいもん。さ、行こっ!」
「う…うん!」
ハルが図書室に入ろうと舞に手を差し伸べる。なぜだか差し出された手がとても大きく感じた。その手を取って一緒に図書室の扉をくぐる。
舞が絵本を読んでいる横で、ハルが文庫本を読んでいる。
舞は国語が苦手だ。関係あるのか無いのか分からないが、文字がたくさん並んでいる本を読むのがとても苦手で、読もうとしても内容が頭に入ってこない。大人の人が文字ばかりの本を読んでいるのはそんなものかと思えるが、ハルみたいな同い年くらいの子が文字ばかりの本を読んでいるのを見ると、どうして読めるのかが気になって仕方がない。同じクラスの子で文字ばかりの本を読んでいる子を見ることはあるが、普段よく喋る子ではないため、聞くに聞けずにいた。その疑問をハルに問いかけてみることにする。
「ハルは国語得意なの?」
「国語? …んー、まぁ、苦手ではないかなぁ」
「そうなんだ。私、国語が苦手なんだ。だからかもしれないけど、ハルが読んでるみたいな文字がいっぱいの本が苦手なの。読んだら楽しいのかなぁ?」
そりゃ楽しいよ、とハルが答える。
「国語はね、物語にたくさん触れたら苦手意識も無くなるよー。文字がいっぱいだと絵本に比べて読みにくいかもしれないけど、物語は楽しむものだよ」
心の底から楽しんでいるのを表現するかのように、ハルはにっこりと笑った。
× × ×
夕方近くになり、ハルとお別れしておばあちゃんの病室に戻ったが、おばあちゃんはよく寝ていてお話しすることはできなかった。お母さんが言うには、検査から帰ってきてもずっと眠っているという事だった。
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