第3話 おばあちゃん
ハルと別れてエレベーターで3階に行き、おばあちゃんの病室に戻ると、お母さんが戻ってきていた。ベッドの横で丸イスに腰掛けている。
「お母さん?」
そっと声をかけると、手の甲で目をこすってから振り返った。泣いていたのだろうか。何となくだが肩が震えていたようにも見えた。
「あら、お帰りなさい、舞。どこに行ってたの?」
ニコッと微笑んでいる。いつも通りだ。怒られるものだと思っていたから拍子抜けした。
「うん…、上にある図書室に行ってきたんだ」
「そう」
お母さんが髪の毛に視線を向け、目を丸くする。
「あら、髪の毛下ろしたのね、そっちの方が今の服装に合ってて良いじゃない」
頭を強めにくしゃくしゃと撫でられた。髪がボサボサになる、と思って居心地悪そうにしていると、ベッドの方からゴソゴソと物音が聞こえてきた。お母さんと2人でベッドの方へ視線をやると、おばあちゃんが目を覚ましている。
「おばあちゃん!」
おばあちゃんに駆け寄ると、おばあちゃんが細い腕で抱き止めてくれた。
「舞ちゃん、来てくれたんだねぇ」
おばあちゃんは顔をしわくちゃにして笑っている。それを見て舞も嬉しくなる。どういうわけだか、おばあちゃんは舞のことを「メイちゃん」と呼んでいるように聞こえる。お父さんとお母さんも、始めは名前を間違えて覚えているのかと思ったらしいが、ただ単に「ま」の発音が苦手なだけのようだ。
「わざわざ来てくれたから、お小遣いをあげようかねぇ」
一番上の引き出しの鍵を開き、がま口財布を取り出し、500円玉を舞に手渡す。「ありがとう」とお礼を言って、ポシェットの中のお財布に500円玉をしまう。
「気を遣ってくれなくても良いのに」
「良いんだよ。私がそうしたいからしているのだから」
お母さんが申し訳なさそうにつぶやくと、おばあちゃんがニコニコしながら諭した。
お見舞いの果物を切り分けて3人で食べながら談話をしていると、スーツを着てビジネス鞄を持ったお父さんが病室に入ってきた。時計を見ると5時半になろうとしているところだった。
「こんにちは。お加減はどうですか、お義母さん?」
「お仕事お疲れ様。今日は調子が良いみたいでこの通りよ」
おばあちゃんは元気な姿を見せようとカラカラと笑ってみせた。おばあちゃんはお母さんのお母さんで、お父さんにとっては義理の母に当たる。義理の母を前にしているからか、お父さんは少し緊張している面持ちだ。
お父さんも一緒に果物を食べようと言ったが、お母さんが立ち上がり、「一緒にお医者様にご挨拶に行きましょう」と言い、お父さんを連れて病室から出てしまった。また病室におばあちゃんと2人きりになる。でも今はおばあちゃんが寝てないから2人きりでも大丈夫。何を話そうか考えて、先ほど出会った少女の事を話すことにした。
「おばあちゃん、あのね。今日同い年くらいの女の子と仲良くなったんだよ」
「まぁそう。良かったわねぇ」
「うん! ハルって名前の子で、とってもかわいい子なんだ。私と一緒でお見舞いに来てるんだって」
熱く語りすぎたからか、おばあちゃんはクスクスと笑っている。
「夏休みの間は毎日病院にお見舞いに来てるって言ってたから、それ聞いて私もおばあちゃんのお見舞いに毎日来たいなぁって思ったよ」
「そうかい、それは良かったねぇ」
「うん! 本当に話しやすくて、友達になりたいって思ったよ! 一緒にお外に遊びに行ったり、ゲームしたりしたい! 次会ったら誘ってみる」
「そう」と言い、おばあちゃんは満足そうに笑う。おばあちゃんは舞の話を笑顔でしっかりと相槌を打ちながら聞いてくれる。だからおばあちゃんにならどんな話もできた。学校であった良かったこと、嫌だったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、楽しかったこと、全て真剣に聞こうとしてくれる。それが嬉しいから、お父さんやお母さんに話せないこともおばあちゃんになら話せる。
「お友達に会いに行くだけでも構わないから、いつでも遊びにおいで」
嬉しさのあまり顔をぱぁっと明るくして「うんっ!」と大きく返事をした。
お父さんとお母さんが病室に戻ってきて、お母さんに「もう遅いから帰りましょう」と言われた。おばあちゃんとお別れするのは残念だったが、またお見舞いに行くと約束して病室を後にした。病院から出るまでの間にハルに会えるかもと期待してキョロキョロしてみるが、ハルは見当たらなかった。
× × ×
娘と孫が帰り、賑やかだった病室が急に静まりかえる。
「今日はとても楽しい一日になったねぇ」
旦那を亡くして家で一人になることが多くなると、独り言が増えたように思う。話す相手が居ないから自分と会話しているようなものだ。けど今日は舞ちゃんが話し相手になってくれて本当に良い一日だった。
「さて、ノートを書こう」
入院生活が始まってからノートをつけるのを習慣にしている。書くことが決まっているのは良いが、書きたいことが多く、中々書き終わらないのが悩みの種だ。何を書いていいのか分からない日は、眺めるだけにすることもある。
一番下の引き出しを開けてみると、そこにノートが見当たらない。いつもそこに入れておくようにしているのに。おや? と思い、上の引き出しを開けてみると、ノートがあった。
「変ねぇ」
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