第2話 出逢い

 エレベーターで5階に行くと、目の前に図書室がある。ガラス張りの壁の向こうには本棚と閲覧スペースと検索用PCが見える。自動ドアをくぐり、司書のお姉さんがいるカウンターを通り過ぎ、児童書コーナーへ向かう。「ぐりとぐら」「100万回生きたねこ」「はらぺこあおむし」など、学校の図書館に並んでいそうな絵本が並んでいる。おすすめのコーナーを見てみると、「人体のふしぎ」「むしばばいきん」など、いかにも病院らしい本が並んでいる。とりあえず、手近にあった絵本を手に取り、丸いソファに腰かけてページをめくる。


「こんにちは」


 本を読み始めて間もなく、声をかけられた。本から顔を上げると、同い年くらいの少女が目の前に立っている。白いワンピースを着ていて、腰まである長い髪の毛と同じ長さの前髪を横流しにしている様が清楚な印象を醸し出している。突然のことにきょとんとしていると、少女は舞の横に腰掛けてきた。


「こんにちは」


 今度は先ほどよりもゆっくりと言葉を紡ぎだし、にっこりと微笑んできた。


「こ…こんにちは」


 少し照れながら挨拶を返す。赤い顔をしているに違いない、と思うほど顔が熱くなる。何でそんなに恥ずかしい思いをしているかというと、目の前の少女の笑顔がとても綺麗だったから。


「何読んでるの? 面白い?」


「あ、うん! えーとね、むしばばいきんっていうの読んでるのっ」


 少女がパッと明るい顔をしてみせる。


「私もそれ読んだことある! 面白いけど、怖いよねー!」


「うん、今読み始めたばかりだけど、面白くて怖いねー!」


 丁度開いているページには、ばい菌の姿をした少年が大きな歯の上に立ち、フォークのようなもので歯に穴を開けているイラストが載っている。少女と一緒に談笑で盛り上がっていると、カウンターの方から視線を感じる。見ると司書のお姉さんが険しい顔でこちらを睨んでいた。それをお互いに確認し合って、少女と一緒に人差し指を口の前で立てて「シーッ」と言い、どちらともなくクスクスと静かに笑い合った。「お外に行こう」と少女が言うので舞は図書室から出ることにした。出てすぐのところにある長いソファに並んで腰掛ける。


「私は舞。お名前なんて言うの?」


「舞ちゃんだね、ハルだよっ」


「よろしくね、ハル」


 少女ことハルは名前を呼ぶと照れくさそうに微笑んだ。


「うん! よろしくね、舞ちゃん」


 ハルは、見た目は大人しくて清楚な印象だが、話すと明るくて活発な子のように感じる。今までに会ったことが無いタイプの子だった。だからだろうか、とても興味を引き付けられ、友達になりたいと思った。


「ねぇ、ハルは何で病院にいるの? 病気なの? それともお見舞い?」


「お見舞いだよ、おばあちゃんが入院してるの」


「そうなんだ。私もおばあちゃんが入院してて、お見舞いに来たんだ。けど、ずっと病室にいるのが退屈になってきて抜け出して来ちゃった」


 てへへと言いながらペロッと舌を出してみせる。ハルはクスクスと笑った。


「抜け出してきて良かったの?」


「ホントはダメなんだろうけど少しだけならって思って…あっ!」


 思い出した。少しだけと思って抜け出してきたのに、図書室の中の時計を見てみると図書室に着いてから30分以上は経っている。そろそろ戻らないと。だけどハルとお別れするのは惜しかった。


「ねぇ、良かったら一緒におばあちゃんとこ行かない?」


 しかし少女は首を横に振った。


「悪いんだけど、私も戻らないと」


 残念な気持ちになっていると、ハルが夏休みの間はずっと病院にお見舞いに来ているからと言い、また会おうと約束してくれた。


「またね、ハル!」


 手を振りながらエレベーターの方に歩いていると、「ちょっと待って」と呼び止められた。ハルは舞に近づき、白くて細い手を舞の髪の毛に伸ばして、ポニーテールに縛っているゴムを外した。


「うん、ワンピースにはこっちの方がかわいいと思うよ」


 ハルはいたずらっぽく笑いながら水色のゴムを手渡してきた。下ろしたセミロングの髪の毛が舞の首筋で弾む。


   ×  ×  ×


 お医者様への挨拶と母の容態報告を聞き終えて病室へ戻ると、母がベッドの上でスヤスヤと寝息を立てている。しかし側にいるはずの娘の姿が無い。


「舞? いないの? もぅ、どこに行ったのよ…」


 辺りを見渡しても、窓から下を覗いてみても、娘らしき姿は見つからない。窓から病室に視線を戻した際に、ふとベッドサイドの上に置いてある冊子が目に入る。確か初めに病室に入ったときには無かった気がする。


「さてはあの子――」


 勝手に引き出しを開けて、後で叱らないと――と考えたが、表紙のタイトルを見て息を飲む。「叱らないと」という考えが、頭から離れる。「見なかったことにしよう」と思い、上から2段目の引き出しにそっとしまった。

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