夏の日の思い出

沙羅双樹

第1話 夏休み

 終業式から帰ってきた日の昼下がり。じりじりと容赦ない太陽が窓から差し込んでくる。


 2階の子供部屋のベッドに、学校から持って帰ってきたランドセルと布地の手提げ袋とその他諸々をドサッと下ろす。普段よりも重くなった荷物を受けて、ベッドが「ギィ」と悲鳴をあげた。


 荷物の整理もそこそこに、制服を脱いでハンガーに掛けて私服に着替え始める。Tシャツにジーンズ生地の短パンという格好が一番楽で良いからいつもそうしてしまうが、今回はクローゼットからよそ行き用のワンピースを取り出して袖を通す。防虫剤の独特な匂いが鼻をくすぐる。


 着替えが終わったところで、制服のポケットの中に入れているハンカチとティッシュをポシェットの中に入れて肩にかける。準備が整ったのを、全身を映す細長い鏡(姿見というらしい)で確認してから、部屋を出て玄関へと向かう。玄関から外にでるとお母さんが待っていた。


「お待たせ。こんな感じで良いかなぁ?」


 お姫様がやるように、膝丈まである裾を持って持ち上げて見せる。


「あらっ、良いじゃない。普段からこんな恰好をしてくれたらいいのに」


 お母さんはいつもズボンしか履かないのを良く思っていないらしい。よくスカートにするように言われるが、従わないことの方が多い。足スースーするし、ヒラヒラして動きにくいから。


 ではなぜ今回はスカートにしたかというと、これからおばあちゃんに会いに行くからだ。かわいい服でおばあちゃんに会いに行くと、「舞ちゃん、お姫様みたいねぇ」と言って喜んでくれるので、それが嬉しくてクローゼットの中で一番かわいい服を着ていくのだ。


 おばあちゃんは今、都心にある大きな病院に入院している。怪我をしている様子はないから、病気をして入院しているのだろうということは何となく分かるが、具体的なことは知らされていない。子供に言っても分からないだろうとでも思われているのだろうか。



 お母さんの運転する車の助手席に乗り、入院先の大学病院へ向かう。


 病院に到着し、受付のあるフロアと売店を通り過ぎ、病棟のある建物のエレベーターで3階に向かう。エレベーターを降りると、目の前にナースステーション。そこで看護師さんに面会をする旨を伝えてから廊下を歩き、病室の前で足を止めた。


 お母さんがスライド式の扉をコンコンとノックしてから開けると、目の前にベッドがある。ベッドは1つだけでおばあちゃんは個室を使っているようだ。病室に入ると同時に、おばあちゃんの元に駆け寄る。


「おばあちゃん、遊びに来たよ!」


 そう言って、病院に行く途中で買ったお見舞い用のフルーツの籠盛りを差し出したが、返事は無かった。おばあちゃんはベッドの上でスヤスヤと寝息を立てて寝ている。少し残念に思いながら、傍らにある台の上にそっと置いておくことにした。


「お母さん、お医者さんの所にご挨拶に行ってくるから、舞はおばあちゃんの側でお留守番してるのよ」


 はーいと返事をすると、お母さんは病室を出て行った。


 お留守番しているようにと言われたので、とりあえず近くにある丸イスに座っておばあちゃんの顔を眺めていることにした。普段と変わったところは無いように見えるが、左腕に繋がれた点滴が痛々しい。


 おばあちゃんとは離れて暮らしているが、お盆はよくおばあちゃんの家で過ごした。おばあちゃんの家の近所にある墓地にお墓参りに行くために。おじいちゃんが亡くなったのは舞が小学校に入学して間もない頃だった。その時もこうしておじいちゃんの入院する病院にお見舞いに行っていた。ランドセルをしょった姿を見たいと言っていたおじいちゃんに見せるために、制服にランドセル姿でお見舞いに行ったら、満足そうに微笑んでくれた。しばらくして、おじいちゃんが天国に旅立ってしまった。それからは毎年お盆におばあちゃんの家に行っているが、今年のお盆はおばあちゃんが入院しているため、お父さんとお母さんと3人でお墓参りに行った。




 10分ほど経ったがお母さんは戻ってこない。舞はおばあちゃん子でおばあちゃんと一緒が大好きだが、ずっと寝ているおばちゃんの側でじっとお留守番するのにもそろそろ飽きてきた。


「ねぇ、おばあちゃん」


 スヤスヤ。


「おばあちゃぁーん!」


 スヤスヤという寝息をたてているだけで返事は返ってこない。


 何か退屈を紛らわすものは無いかとベッドサイドの引き出しを開けてみる。1番上の引き出しは鍵が掛かっていて開かない。その下の引き出しには手紙や筆記用具が納められている。退屈しのぎになるようなものは無さそうだ。一番下にある大きな引き出しを開けてみると、大きな教科書サイズの本が入っている。青空の下に若葉の生い茂る樹木を背景にタイトルが大きく書いてある。


「――ノート?」


 ノートというと学校の授業で使っているものが頭に浮かんだが、それとは違うように見える。


 他に良いものは無いかと思い、本をベッドサイドの上に置いて中を探ってみるが、良さそうなものは見当たらなかった。人の引き出しの中を物色するのは世間的に見ればお行儀が悪いことなのは分かっているが、舞は退屈が大の苦手だった。おばあちゃんと一緒なら大丈夫だと思っていたけど、こんなことなら家に置いてきたDSを持ってくれば良かったと思う。


 そんな後悔をしていたときにふと良い場所を思い出した。前にお見舞いに行ったとき、お母さんに本がたくさんある部屋に連れていってもらった事があった。図書室に行けば退屈せずにすみそう。お留守番しているように言われていたが、すぐに戻ってくれば良いだろうと思い、病室を出て図書館を目指す。病棟案内図を頼りにエレベーターに乗り込んだ。

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