11月3日 午前 晴

有篠宮雪子。

通称雪子様。

またの名をユキコ姫、ユキコ嬢、ユッコ様、ユッコ、ユッケ、ユッケたん。

最近の日本人は礼儀を知らないのだろうか。数十年前までは皇族の方を神と崇拝していたのに、戦争に負けて天皇が陽の目を浴びた瞬間これである。

そもそもなんだ、ユッケって。皇族とつまみが同レベルとか昔だったら死刑だぞ。

と私が言いたいのはこんなことじゃない。

有篠宮雪子は現天皇、有篠宮悠介の長女であり生まれた当初からお茶の間を癒すプリンセスとして君臨している。彼女が生まれた時は、日本中が祝杯ムードだったし、皇后が病院から退院して初めてメディアに出た時はそれはそれは大層なカメラと野次馬の数だったそうだ。

そこから、メディアは毎日のように雪子姫の様子を報道。始めて天皇皇后両陛下とお散歩に出かけた際は、生まれた時以上のカメラと追っかけで大変だったそうである。

そして、彼女が生まれてあれから20数年。皇族の方だったら必ず入るという学校に小中高と進んだ雪子嬢は、あどけない子供の顔から一転、可憐で上品な娘として成長した。ただそれだけではなく、好奇心旺盛でおてんばかつとてもサバサバした性格になったみたいである。そんな噂もあってか彼女のファンは中高年のおば様だけではなく、若者の男女にも増えつつあった。そして、彼女が大学入学をしたその年。第二次雪子フィーバーを巻き起こし、数々の彼女を特集した番組が増え、彼女に関する本が出た際は即日完売になる時もあり、そして何より彼女が進学した東京国際文化大学(通称国文大)の志願率がその年で急増、倍率は20倍と過去最高の記録を叩き出したという。他の大学より先に英語教育に力を入れ、外交官やインテリという肩書きを持つ芸能人の3割ほどが国文大出身者ということもあり、元々そこそこ人気のある大学であったにも関わらず、過去最高の志願者を出したのだから雪子様恐るべしである。

そして、彼女が生まれた年の3年後、11月2日に生まれたのが、私、邨山英莉である。

邨山ボクシング教室を営む母、沙奈江の元に生まれ、その影響で小中高とボクシングに通っていた。その甲斐もあってか、心身ともに逞しい女の子として成長し、高校では向かうところ敵なしというアジャコングもびっくりなJKとして(地元に)名前を轟かせた。

…と文章にするとすごい肩書きだが、実際はただの根暗。高校を卒業してからはバイトを転々とし、今だにやりたいことが見つからないまま。変わったことは完全にヤンキーから足を洗い、新人歌手である「志乃」を追っかけるオタクと化したという完全に女として劣化しただけということである。おかげで、彼氏が出来ず最後に出来たから丸3年は経っている。

そんな私が何故こんなにも有篠宮雪子に詳しいのか。言っておくが私は雪子姫のファンではない。かといってアンチユッケでもない。どちらかというと雪子姫は雲の上の存在すぎて手が出ないという方が正しいだろう。そんな訳で今まで気にも留めていなかったが最近になって気づいたのである。

周りが雪子姫と私を比較しすぎているのである。

特に沙奈江は雪子姫が生まれた時から大ファンである。さすがに追っかけまではいかないまでもテレビで特集を組むと作業を止めて見始めるわ、雪子姫が出かけた場所にたまたま自分達が出かけると、「私今雪子様と同じ空気吸ってるのね…」と半ば気持ち悪いことを呟くのである。そして、最後は必ず、「同じ人間なのにどこで間違えたのかしら…」で締めるのである。

いやいやいや。どこも何もまず育て方が桁違いに違うでしょうよ。相手は皇族ですよ。陛下の娘ですよ。そんな方と冴えない元ヤンを比べる方がおかしいでしょうよ。と最初の頃はいちいち反論していたが今ではそれと面倒臭くなってしまった。もういいじゃんか、ほっといてくれよ…これが私の心境である。

と説明はこれぐらいにして。話を戻そう。

今、私は実家のボクシング教室から歩いて10分のとあるアパートの203号室の部屋にいる。典型的な一人暮らしサイズの1DKで、かれこれ住み始めてもう3年になる。そんな庶民的な部屋の寝室にある意味国民的アイドルであるプリンセスユキコが隅で正座しているのだ。

何かの間違いだ。私はお腹をボリボリ掻きながら1人困惑していた。

そもそもなんで皇族の人間がこんな昭島という3年に1回テレビに取り上げられたらいいっていうレベルの地域にいるのだ。私が住んでいる昭島市は市ということもあり、東京の中でも23区外に位置している。この前、私の好きなタレントさんが「23区外は東京じゃない!」という持論を述べていてひどくショックを受けた。確かに、昭島は新宿や渋谷と比べて下の中の下ではあるが、何も東京じゃないとまで言わなくてもいいだろうか。と、昭島市の住民に怒られそうだからこれ以上言うのはやめておこう。

私が言いたいのはそういうことではなく!!

何故、国のお姫様がここにいるかということだ!!しかも相手は私の名前を知っている!!どういうことだねワトソン君!!ベネディクト・カンバーバッチもびっくりだよ!!

「急に驚かしてしまったならごめんなさい…昨日のことは覚えておいでですか?」

私が頭の中でくだらない論争を続けているとお姫様が先に先手を打ってきた。高そうなワンピースを良く良くみると所々土のような汚れがある。もしかして何かしでかしたのか、私。

「あ、いや…ごめんなさい、私お酒を飲むとかなりの確率で忘れちゃうらしくて…あの…有篠宮雪子様…ですよね?」

私がおずおず聞くと彼女は顔をキリッとあげて私を見据えた。

「えぇ。現日本国天皇、有篠宮悠介の長女、雪子でございます。…まぁ一部の人からはユッケ嬢なんて呼ばれてるらしいですけど。」

と彼女はデヘっと口角を上げた。挨拶はもちろんジョークと笑顔まで向けてくるとは……

雪子姫やりよる。

「あ、あのぅ…その…えっと…」

私はひたすら言葉を探した。ツッコミどころが満載だがとにかく姫をここにいさせる訳にはいかない。私はパンッと両手で両頬を叩くと雪子姫に向き直った。

「自己紹介ありがとうございます。私は邨山英莉。何故私の名前をご存知なのかは知りませんが、きっと私が昨晩何かしでかしたのかもしれせんね。それに関しては深くお詫びを申し上げます。申し訳ございません。」

と私は姫の前で深々と土下座した。姫は突然の土下座を見せられおろおろと動揺している。

「そ、そんな…!!英莉様は何もしておりません!!むしろ、英莉様には感謝をしているぐらいです。」

「…感謝?」

「はい!昨日、英莉様は柄の悪い人達から私を助けてくださったんです!」

柄の悪い人達…?もしかして、私が昨日退治した変なヤンキーのことだろうか?勝手に向こうが喧嘩を売ってきて追っ払ったのかと思ったが、どうやらいつの間に人助けをしていたみたいだ。私はもう一度息を整えると姫に問いかけた。

「それでその後は?」

「その後は2人でひたすら逃げて、酔い覚ましに歩きましょうとなってこの家に帰ってきた次第です。英莉様は家に着いた途端、糸が切れたように眠ってしまいましたので私もそのまま寝ることにいたしました。」

私は顔が真っ青になりつつあった。酔い覚ましに歩きましょう?東中神にあるいつも飲みに使う居酒屋は自宅まで徒歩だと4、50分はかかる。ということはお姫様をそんなに歩かせた挙句、家に着いた途端さっさと寝てしまうなんて全く酔い覚ましになってないじゃないか!!むしろ、とんだ非国民である。そんなことを頭で考えながら私は姫に向き直った。

「すみません、ちなみに歩いて家まで着いたのはどれくらい…?」

「そうですねぇ…ざっと30分以上はかかったでしょうか?」

嗚呼やっぱり…。私は頭を抱えざるを得なかった。もうしばらく酒は控えようかな。

「でも、歩いて正解だったと思いますよ。駅には柄の悪い人達がたくさんいらっしゃいましたし、私自身毎朝ウォーキングをしておりますので全く苦ではなかったですし。英莉様から楽しいお話も聞けたことですしね。」

楽しいお話???

「ちょっ…楽しい話ってどんな…?」

「さぁーどうでしょーう?やれ元カレがひどかったのとやれ志乃様?という歌手の素晴らしさを仰っていて大変こちらとしては新鮮なお話でした。」

と姫は楽しそうにペロっと舌を出した。私はますます頭を抱えた。

3年前に元彼に好きな人が出来たと告げられ手酷く別れた後、私はますます何もすることがないままのうのうと生きていた。バイトを適当にこなしつつ、母親が営むボクシング教室の手伝いをしたりたまにスパーリングしたり(逆の時もある)と人として最低限の生活はしていた。(ボクシングをしている時点で最低ではないと思うが。)

志乃に出会ったのはとあるアニメのイベントである。

友達の宮間麗美に誘われたのがきっかけだった。麗美は小学3年生の時に初めて知り合った。当時、麗美は4月に名古屋から転入してきたばかりでクラスになかなか馴染めず、1人で過ごしていたのだが6月に初めて席替えをした際、たまたま隣同士になった。最初は何を話せばいいか分からなかったが、とある国語の授業の時に麗美が教科書の端に落書きをしているのを見つけたのだ。ありきたりなウサギとクマの落書きだったのだがそれがあまりにもリアリティーがあって、当時の私には衝撃的だった。授業の後、私は思い切って麗美に声をかけた。

「絵、上手いんだね。」

麗美はびくっとして私を見ると目をキョロキョロさせて、私の前で初めて声を発した。

「…ごめんなさい。」

「なんで謝るの?すごい上手いじゃん!」

「…本当に?」

「うん!そんなリアルな絵を描く人初めて見たよー。」

そう言うと、麗美はニコッと頰をほころばせた。

それから、私と麗美は共に行動するようになった。麗美も最初はオドオドしていたが、次第に慣れていき、次第に自分の意見をはっきり言う優等生的ポジションにのし上がっていった。ただ、優等生といってもクラスによくいる学級委員っぽい感じではない。休み時間はそろって運動神経抜群の人達が集まったクラス対抗のドッジボールに必ず参加していたし、女子に悪さをした男子がいたら復讐として倍返しのイタズラを2人でしたこともあった。そういう時、決まって麗美は作戦を考える側で実行に移すのは私の役目だった。そして、大概それは成功し一つ上のガキ大将クラスの男子を泣かせた時は2人で声をあげて笑ってしまった。そんな調子だったので、私も麗美も小学校を卒業する頃は男子にも女子にも好かれそれなりに楽しい小学校ライフを送ることができた。

地元の中学に上がった際もそのまま付き合いは続いたが、麗美の方に変化が起きた。小学校の時よりも垢抜けたのだが、会話する内容がだんだんオタクっぽくなってきた。

いつのまにかマンガ・アニメ大好き女子になってしまったのである。

そもそも、麗美はマンガを読むことが大好きで一度家に遊びに行った時もマンガ専用の本棚が3列並んでいた。少年マンガも少女マンガも同じくらい好きらしく、中には思春期の少女が読むにはいかがわしいものもあった。絵を描くのが得意になったのも手塚治虫の火の鳥を幼稚園の頃に読んだのがきっかけらしい。(というか、幼稚園時代で火の鳥を理解できたのがびっくりである。)中学に入ってからの麗美は小学校の時よりもますます絵に磨きをかけていった。そして、それに正比例してますますオタク度も増してきた。小学校時代では興味のなかったはずのアニメも私の知らないうちに見始め、それも夕方子供が見るようなものから、深夜でしか放送出来ないような際どいものまでオールジャンルを見るようになった。ま、基本的になんでもオッケーなのだ、あの子は。

で、なんの話をしてるんだっけ?あ、そうそう、志乃様の話ね!

それはちょうど去年、麗美から突然とあるアニメのイベントのチケットが1枚余ったため一緒に行かないか?と誘われたのだ。イベントは、主にそのアニメの声優さん同士が集まって、アニメの裏話やゲームなどをして観客と盛り上げていくというものである。私はあまりアニメは見ないのだが、原作がとても好きで話さえ知ってればなんとかなるだろうという軽い気持ちで行ったのだった。

そしてイベント当日。例のごとく声優さん達が話をしたりゲームをしたりした後(生憎、そのあたりはあまり覚えてない、というより興味がなかった。)、オープニング曲とエンディング曲を担当したアーティストによるミニライブが行われた。そのエンディング曲を担当していたのが志乃だったのである。オープニング曲を担当した人は某有名な動画サイトの投稿者で、主人公のコスプレをして観客の笑いを取っていた中、志乃は黒い大きなハットに黒のポンチョ、黒のスキニーに黒ブーツという全身真っ黒という斬新なスタイルで登場した。ただ、華奢な体と女性的な顔だちでとてもおしゃれに見えた。それでも、オープニングを担当した人と比べると地味で、おまけに声も小さくマイクで話していでやっと聞こえる程度だったので正直期待していなかった。MCをなんとなく聞きながら、今晩何にしようかなーと呑気に考えていた。だが、ライブが始まった瞬間私は度肝を抜くことになる。

まず、オープニング曲を担当したアーティスト(名前を書けやと思う読者が大半だと思うが、残念ながら覚えてない)から歌い始めたが、正直下手くそだった。腹の底から声は出てないわ、途中間奏で急に叫び始めるわ(本人は主人公の印象に残ったセリフを言っていたらしいのだが、何を言ってるのかよく分からなかった。)で途中から聞き流していた。

そして、志乃の番が来た。さっきのMCが微妙だったから歌もそうだろうとタカをくくっていたが、声を聞いた瞬間体を衝撃が走った。

まず、声がよく通るのだ。あんな細い体のどこから声を出しているのか不思議でならなかった。まるでガラス玉を限界まで膨らましている感じである。今にも割れそうだが、割れずに芯を持ったまま膨らみ続ける。そんな印象であった。

歌詞も文学的で私の心に刺さるものばかりであった。後から聞いた話だと、この曲で彼はデビューしたのだが、実質作った曲は100曲以上ありそのどれもが評価が高いもので、契約に名乗りを上げた事務所も数多くあったみたいなのである。とにかく、私はこのライブで志乃と出会い、追っかける人生が始まったのである。

…とまた話が脱線してしまった。ユキコ姫に戻ろう。とにかくこのままではユキコ姫はおろか今後の私の運命も危ういものになる。私が台所に向かうと姫も後ろからついてきた。

「とりあえず、ご飯でも食べましょう。確か冷蔵庫に…」

「それでしたら、先程私が作りましたわ!」

と私が冷蔵庫を開けたのとほぼ同時に、姫がまたもや衝撃発言を炸裂した。

…作った???確かに、冷蔵庫には久々に見るだし巻き玉子とこれもまた久しく見るトマトとキュウリのサラダがあった。それらを机の上に並べると既にご飯と麦茶と昨日安くて買ったサンマの開きが香ばしい匂いと共にそこにあった。

「すみません、おいしそうな食材がたくさんあったのでつい腕によりをかけてしまいました。今お味噌汁温めてますのでもう少々お待ちください。」

といつの間にか姫が鍋をかき混ぜていた。

ここまでくるとさすがに血の気がひいてきた。ヤバい。これが最後の朝ご飯になる気がする。最後の晩餐ならぬ最後の朝食だ。朝食というよりは朝餉といった方が正しいかもしれないが。姫が味噌汁を運び終えると、朝食にしては豪華なラインナップが並んだ。命の危機が迫っているのに心の中は幸福感に包まれていた。死ぬ間際になると心が穏やかになると聞いたがまさにこんな感じなのだろうか。

「さすがに、勝手に朝食を作るのは気が引きましたでしょうか…?」

「い、いえ、そんな…むしろ、申し訳ないです…相手は国のお姫様なのに…私…」

「そ、そんな!!気になさらないでください!絵莉様には大変感謝しておりますし、私も久々に料理をして心が軽くなりましたし。」

心が軽くの部分で彼女は少し暗い顔をした。国のお姫様のことだ、何か余程のことがあったのだろう。事情は気になったがあまり深く関わってはいけない気がする。私はお箸を持った。

「と、とにかくご飯いただきましょう!せっかく作っていただいたわけですし!」

「そうですね、いただきましょう!」

姫もいつもの笑顔に戻り両手を合わせた。

「いただきます。」

ほぼ同時に言うと、それぞれ各々の皿に手を伸ばした。

どれも味付けは絶妙で、とても箱入り娘(勝手な想像だが)が作ったとは思えない代物だった。味噌汁は濃すぎず薄すぎずとても飲みやすいものだったし、サンマもちゃんと大根おろしも添えられてあった。

「大根なんてどこにありました?」

「野菜室をあさっていたら一本丸々ありましたよ!久々に大根をすって危うく手もすっちゃうところでした。」

「・・・すみません、何から何まで・・・これだけ作ったということは相当時間がかかりましたよね?」

「いえ、一時間足らずでできましたよ!サラダとかは冷蔵庫にあったものを少しアレンジしただけなのでそれほど手間はかかりませんでしたし。」

確かによくよく見たらサラダは昨日私が作ったものと同じであった。変わったところといえば、味が少しマイルドになっている。

「これ、マヨネーズにしては油っぽくないですね。」

「あ、分かります?せっかくなのでマヨネーズも自分で作ってみました!ヘルシーにしようとしたらちょっと味が薄くなってしまいましたね・・・お口に合わないようでしたらすみません。」

「いえ!私どちらかというと薄味が好きなのでこれぐらいがちょうどいいです。」

「本当に?よかった・・・!」

というと姫が大輪の笑顔を咲かせてくれた。

これだけは言える。私が男だったら間違いなく姫に惚れていたことだろう。物語的にもそっちのほうが面白いだろうが、残念!!私は正真正銘女だ。全国に有篠宮雪子ファンの男性諸君!!ざまぁみやがれ!!はーはっはっは!!

と謎の優越感に浸っていた。こんなことを考えている時点で私は女性失格である。

その後は黙々と食事を続け(正直何を話せばいいか分からなかった)、しかし頭ではどう姫を皇居に送ればいいかを考えていた。やはり、ここは宮内庁とかに連絡をすべきなのだろうか。ネットで調べれば連絡先ぐらい載っているだろう。いやいやいや。連絡できたとしても、お前なんで姫と一緒にいるんださては何か怪しいことでも考えてたんだろうあぁん!?的な状況になりそう。でも、ここで私が男だったらそうなりそうだが、私は女だ。私は女だ。(大事なことなので2回言いました。)ワンチャンいけるんじゃないか?しかも、不良から助けてやったと言えば下手したらお礼として何かもらえるんじゃぐへへへへ・・・

「・・・ここにおいていただけませんか。」

頭の中でがめついことを考えていたら予期せぬ言葉を聞いた気がして前を向き直った。姫は真面目な顔をして私をまっすぐ見ている。今ここにおいてくれって言った?気のせいだよね?聞き間違いだよね?って思っていたらまた姫から先手を取ってきた。

「無理を承知してお頼みします。お願いです・・・1週間私をここにおいていただけませんか?」

私は思わず持っていた茶碗と箸を落としてしまった。下に弾力性のあるカーペットを敷いていたため割れはしなかったが、そんなことどうでもよかった。

「え、それは、えっと・・・」

「私実は狙われているんです。」

えええええええええええええええええええ!?

狙われてる!?

何それ、映画みたい!!

まるでスパイやん!!これで私もポンドガールにげふんげふん。

「・・・狙われているって誰に?」

「詳しい話はこの話を受けてもらってからにします。どうか、私を1週間かくまっていただけませんか?全ての責任は私が受け持ちます。あなたしか頼る方がいないんです!」

もう、私はいろいろな意味でKO寸前だった。そんなこと言われたらもう引き受けるしかないじゃないか。雪子姫恐るべし・・・。

「分かりました。話は受けますから事情を説明してください。できれば昨日の夜の出来事を詳しく・・・」

「わぁ!!ありがとうございます!!さすが持つべきものは友人でございますわね!!」

と私の手を両手で持ち上下にブンブン握手してきた。・・・私、いつの間にこんな高貴な友人持ったっけ?と思いながら心は完全に白目を剥いていた。

お母さん、私どうやら今日が人生最後の日のようです。

そう心の中でつぶやき、窓の外を見るといつのまにか東に低く照らしていた太陽がゆっくりと南の空に昇りかけようとしていた。



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お姫様と私 綾乃こずえ @sisasisa17

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