第79話 3秒ルールなんて、誰が言い出したの?

 改めて魔装し直すカオス。


「まあいい、余興は終わりだ! そろそろ本気で行かせてもらうぜ!」

「来なさい!」



[神のしもべたる人よ]


[神より与えられし無垢な魂]



 いきなり詠唱に入るカオス。

 それに呼応するように、アイリスも詠唱を始める。



『罪深き者よ』


『神より与えられし無垢な魂』



 詠唱しつつ、ゆっくりと上昇して行くアイリスとカオス。


「2人共詠唱に入った⁉︎」



[欲、欺瞞、妬み、憎しみ]


『地獄より現れし鬼の如く』



 宙に浮いているカオスの足元の地面に魔方陣が現れる。

 同じく宙に浮いているアイリスの頭上の空に魔方陣が出現する。


「あの詠唱は確か、リーゼルで2人が放った極大魔法⁉︎」



[この世のあらゆる誘惑に身を委ね]


『本能のまま戦う修羅の如く』



 カオスの魔方陣から黒いオーラが、アイリスの魔方陣からは白いオーラがそれぞれに繋がる。



[枷より解き放たれし、自由なる魂よ]


『人の心を失いし、罪深き魂よ』



「前回は2人共完全な状態じゃなかったけど、今回は完全体の2人が放つ極大魔法ニャ。その威力はあの時の比じゃ無いニャ。みんな、防御姿勢を取るニャ!」



[その魂を黒く染め上げ、地獄へ堕ちろ]


『天の裁きによって、輪廻の輪に還れ』



「来るっ‼︎」



[ヘルヘイム‼︎]


『リインカーネーション‼︎』



 互いに放たれた強烈な白と黒の魔力が、2人の中間でぶつかり合い拮抗する。

 その衝撃波は、離れた場所で見ているBL隊にまで影響を与えた。


「魔法障壁を張れる者は全力で防御するニャ‼︎」

「了解です‼︎」

「お任せぇ!」

「今こそ俺の出番だ‼︎」


 各々があらゆる防御魔法で衝撃波をやり過ごそうとするが、魔力の強大さに徐々に障壁が崩れて行く。


「くっ! このままでは保たない⁉︎」

「みんな頑張るニャ‼︎ この衝撃波さえ凌ぎきれば戦いは終わりニャ‼︎」


 ガラにもない事を言う猫師匠を茶化すフィー。


「シャル様がみなさんに頑張れだなんて、何か悪い物でも食べたんですか?」

「フィー⁉︎ こんな大変な時にまでお前は⁉︎ 何もおかしな物なんて食べてないニャ!」


「今朝の食卓にあった肉まんを食べませんでしたか?」

「ニャ⁉︎ あの少し潰れた肉まんかニャ? 確かに食べたけど、別に変な味はしなかったニャ」

「私がうっかり落として踏みつけて戻した奴なんですが」

「戻すニャア‼︎」


「大丈夫です。4秒で拾いましたから」

「1秒過ぎてるニャア‼︎ いや、3秒以内に拾えばセーフという問題じゃないニャア‼︎」


 アイリスとカオスが放った魔法は、未だ2人の間で均衡を保っていた。


「また互角⁉︎」

「あの時の再現だな」


「だがあの時とは違うニャ。カオスは自分本来の肉体を取り戻し、アイリス姉様は完全に覚醒した状態ニャ。万全の2人なら、元々アイリス姉様の方が強かったニャ。だから時期に均衡は崩れるニャ」


 だが、猫師匠の予想とは裏腹に、押され始めたのはアイリスの方だった。


「あれ⁉︎ でも何だかアイリスさんの方が押されてませんか?」

「ニャニャッ⁉︎ そ、そんな筈無いニャ! かつてあの2人は何度も戦っているニャ。その中でカオスは唯の一度もアイリス姉様に勝った事は無いニャ! いくらブランクがあるからって、あの力の差がそう簡単に埋まる筈無いニャ!」


 だが、優勢な筈なのにどこか不満げな表情のカオス。


「おいアイリス! てめぇ、手を抜いてやがんのか⁉︎」

「私は大根は抜いても手を抜いた事はありませんよ!」

「なら何で俺に力負けしてやがる⁉︎ かつてのお前の力はこんなもんじゃ無かった筈だ!」


「寝不足のせいかもしれませんねえ」

「散々寝てただろうがっ‼︎ まあいい、まだ目が覚めてないってんなら、これで叩き起こしてやるよ!」


 そう言って、更に魔力を高めるカオス。

 魔力は完全にアイリス側に偏ってしまう。


「くっ! 堪えきれ……うああっ‼︎」


 カオスの魔力に押されて、地上に激しく墜落するアイリス。


「ぐううっ‼︎」

「ユーキ‼︎」

「アイリス姉様‼︎」

「ユウちゃん‼︎」


 慌ててアイリスに駆け寄るパティ達。


「ユーキ大丈夫⁉︎」

「な、何とか生きてますよぉぉぉ」


 弱々しく応えるアイリス。


「アイリス姉様どうしたニャ⁉︎ アイリス姉様がカオスに力負けするなんてあり得ないニャ⁉︎」

「それがですねえ、どうした訳か思うように力が入らないんですよねえ。朝ごはん食べてないからでしょうか?」

「因みにユウちゃんは今朝ちゃんと朝ごはん食べてましたけどねぇ」


 不甲斐ないアイリスの姿を見て色々な想いが込み上げてきたパティが、アイリスの両頬を思いっきり引っ張る。


「ひはははは‼︎ ひはい、ひはいへふよはひぃはん‼︎ (痛たたた‼︎ 痛い、痛いですよパティさん‼︎)」

「何がパティさんよ! ユーキはあたしにさんなんて付けないわよ!」


 パティの凶行にオロオロする猫師匠。


「や、やめるニャパティ‼︎ 相手は仮にもこの世界を創造した女神様ニャ‼︎」

「だから何よ⁉︎ 神様だって言うなら、同じ神の横暴を早く止めなさいよ! こんなんだったらまだユーキやマナの方がよっぽど強かったわよ!」


 パティの言葉にハッとなるアイリス。


(そうか……私の力が弱くなったのではなくて、もう既に私の力の大半はマナちゃんに……)


「あたしのユーキを返せえええ‼︎」


 更に引っ張る力を強めるパティ。


「ひはああああい‼︎ (痛あああい‼︎)」

「もしかしてパティさん、アイリスさんがラケルさんにキスした事を根に持ってるんじゃ?」

「充分あり得ますねぇ」


「ははいはひは。ははいはひははら、はふあほほへおははひへええ‼︎ (分かりました。分かりましたから、まずはこの手を離してええ‼︎)」


「いい、痛いって言ってるだろ‼︎ パティィ‼︎」


 聞き慣れた口調の声にパッと手を離すパティ。


「ユーキ、なの?」

「そだよ! もう、ほっぺが取れるかと思ったよ! イテテテ」


 両頬を押さえながら涙目のユーキ。


「ユーキいい‼︎ あたしのユーキいい‼︎」


 激しくユーキを抱きしめるパティ。


「アイリスさんが完全に目覚めちゃったらユーキが消えちゃうんじゃないかって、凄く心配したんだからね!」

「パティ……大丈夫だよ。僕はどこにも行かないよ。ユーキもマナもアイリスさんも、みんな僕の中に居るからね」


 そう言って、優しくパティの頭を抱き抱えるユーキ。

 だが急にユーキの両肩を掴んでバッと引き離し、ユーキに詰め寄るパティ。


「パ、パティ⁉︎」

「そう言えばユーキ! ラケルにキスした事、ちゃんと説明してもらえるかしら⁉︎」

「ええ〜っ⁉︎ いや、あれは僕じゃないよおお‼︎ アイリスさああん‼︎」


 アイリスのとばっちりを食らうユーキであった。




 




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