第22話 時には譲れぬものもある

 危うくまた、アイバーンの口車に乗りそうになったユーキが冷静さを取り戻す。


「大体それでアイ君達に勝たせちゃったら、また結婚の権利が発生しちゃうじゃないか〜!」

(いや待てよ? この2人ならトーナメントで闘って権利を取り返す事は出来るし、アイ君のポイントが貰えるならさっきよりお得な状況に……)


 良からぬ事を考え始めたユーキが、邪念を振り払うように激しく首を振る。


「いや、やっぱりダメだ!」

「ユーキちゃん、今またちょっと考えたよね⁉︎ それに団長さんよ! それだと俺はただ予選敗退するだけで、何の利点も無いだろ⁉︎」

「貴様が潔く身を引けば、ユーキ君は大量にゲーム機を獲得出来るんだ。礼として、ユーキ君に色々してもらえるかもしれないぞ?」

「なん……だと⁉︎」

(ユーキちゃんに色々……デ、デートとか膝枕とか、ホ、ホッペにキスなんかも?)


 色々妄想するザウスをたしなめるユーキ。


「ザウス! 惑わされちゃダメだよ⁉︎ そんな事でゲーム機貰ったって、僕は喜ばないからね⁉︎」

「あ、ああ済まない! ユーキちゃん!」



「アイ君、何か揺さぶりをかけてるわね⁉︎」

「アイバーン様は相手の動揺を誘うのが上手いですからね〜」

「目の前でいきなり脱がれたら、そりゃ誰だって動揺するわよ」

「あ、いや……ま、まあそれも方法の1つではありますが……」



「あ! ザウス!」

「うん⁉︎」


 何かを閃いたユーキが、ザウスに耳打ちをする。


「ユーキちゃん、そんな事が出来るのか⁉︎ 分かった」

「作戦は決まったかね?」

「ああ……副団長さんよ‼︎」

「む⁉︎ 何だ⁉︎」


「俺もあんたも同じ炎使いだ! なら、どっちの炎が上か、俺と力比べをしないか⁉︎」

「む⁉︎ 力比べか⁉︎ いいだろう‼︎」

「待てブレン! 迂闊に相手の提案に乗るんじゃない! 何か考えがあっての事だ!」

「何を言う、アイバーン! 男が力と力の勝負を挑まれて、断る理由がどこにある⁉︎ 行くぜ! バーニング‼︎」


 全身から炎を吹き上げるブレン。


「バーニング‼︎」


 それに呼応するように、同じく炎を吹き上げるザウス。



「ブレン選手とザウス選手が炎に包まれたー‼︎ しかし、何か技を仕掛ける訳でもなく、ただひたすら燃えているだけだー‼︎ これは、お互いの炎の強さを競い合ってるという事かー⁉︎」



「こ、この馬鹿者が! 貴様のそういう考え無しの所が嫌いなのだよ!」


「いいじゃない」

「ユーキ君⁉︎」

「力と力の真っ向勝負! 僕は好きだよ? 僕達もやってみない? 力比べ」

「悪いがユーキ君……私はむざむざ相手の策にハマってやるほど、お人好しではないのだよ」

「ええ〜! お願いアイ君……ダメ?」


 両手を口元に付けて、上目遣いで訴えかけるユーキ。


「ぐはあっ‼︎」


 ユーキのあざとい仕草に、鼻を押さえてうずくまるアイバーン。


(む、むう……普段は少年のようなユーキ君だけに、お、恐ろしい破壊力だ……)


 ユーキの仕草を見た他の観客達も、多大なダメージを受けていた。

 そして当然パティも。


「た、大変ですセラさん‼︎ パティさんが気を失っています‼︎」

「ちょ、ちょっと待ってくださいメルちゃん! 私も今回復してますからぁ」



「ま、まあいいだろう! 1度ユーキ君の強さを実感してみたいと思っていたしな!」

「やったー! ありがとう、アイ君!」

「い、いや……コホンッ! では行くぞ! ダイヤモンドダスト‼︎」

「よ〜し! じゃあ僕も、ダイヤモンドダスト‼︎」


 アイバーンとユーキの周りの大気が凍りつき始める。


「ああっとー‼︎ ブレン、ザウス選手に続いて、アイバーン、ユーキ選手の2人も力比べを始めたー‼︎ こちらは氷対決だー‼︎」



 力比べを始めて1分程経過したが、未だ力は均衡したままだった。

 その状況に、アイバーンが疑念を感じ始める。


(おかしい……私とユーキ君はともかく、同じレベル6の炎使いとはいえ、私の見立てでは、ザウスはブレンとここまで張り合える程ではないと思っていたのだが……まさか⁉︎)


 客席のメルクも同じ疑念を抱いていた。


「変ですね……」

「何がですかぁ? メルちゃん。パティちゃんが闇属性じゃない事がですかぁ?」

「それ、どういう意味? セラ〜!」


 セラの頭をアイアンクローで締め付けるパティ。


「痛い痛いぃー‼︎ パティちゃん、気を失ってたんじゃないんですかぁ⁉︎」

「今起きたのよ!」

「痛いですぅ! 私がヒーラーじゃなかったら死んでるレベルですぅ!」

「あんただから手加減なしでやってるのよ」

「計画的犯行ですぅ!」


「で? 何が変なのよ? メル君」

「あ、はい……以前アイバーン様にあっさり負けたザウスさんが、アイバーン様と互角の強さを持つブレン様とこんなにも渡り合えるなんて……」


「ああ、そりゃ属性の相性に依るところもあるでしょうけど、おそらくはユーキがフォローしてるんでしょ⁉︎」

「え⁉︎ フォローって……エターナルマジック⁉︎」

「そう! あたしだってマジックロブで吸収した魔力を分け与える事が出来るんだから、魔力吸収の最上級魔法のようなエターナルマジックなら、当然出来るでしょ⁉︎」


「そうか! それでユーキさんが吸収した魔力を絶えずザウスさんに分け与えてるんですね⁉︎」

「しかもユーキのエターナルマジックは、発動している間は常に魔力が循環してるから、永久に魔力切れを起こす事が無い。闘いが長引けば長引く程ユーキ達が有利になって行く。今頃アイ君も気が付いて、何か対策を取る頃ね」



(エターナルマジックか……確かに敵に回すと、これ程厄介な能力は無いな……いかん! このまま魔力を発し続ければ、確実に我々が負ける)

「ブレン‼︎ 力比べを止めるんだ‼︎」

「何を言う、アイバーン⁉︎ 男が1度受けた勝負を、途中で止められる訳がないだろう‼︎」


「そういう事では無い‼︎ ユーキ君に魔力を吸収されているんだ! 何か他の手を考えてだな……」

「吸収⁉︎ いいねー! ならばこういう時の定番として、相手が吸収しきれない程の魔力を出せばいい訳だな‼︎」

「くっ……こ、この馬鹿者‼︎ ユーキ君の能力は、そんな低次元の代物ではっ‼︎」


 しかし、聞く耳を持たず、更に魔力を高めるブレン。


「でやああああああ‼︎」

「こ……こ……この……大バカ者がああああ‼︎」


 怒りを抑えきれずに、ブレンに飛び蹴りを喰らわせるアイバーン。


「がはああっ‼︎」


 不意打ちのようにいきなりアイバーンに蹴り飛ばされて、気絶してしまうブレン。


「ああっ‼︎ しまったああ‼︎」

「アイ君……バカ……」


 呆れ顔で頭を抱えるパティ。

 いきなりブレンとアイバーンの魔力が消えた事により、ザウスとユーキ、2人分の魔力が一気にアイバーンに襲いかかる。


「ぬわああああああ‼︎ わ、私とした事があああ‼︎ ……がくっ……」


 ブレンに続いて気絶するアイバーン。



「ああっとお‼︎ 永久に続くかと思われた力比べが、いきなり終わりを迎えたああ‼︎ しかも、ブレン選手をケーオーしたのはなんと、仲間である筈のアイバーン選手だああ‼︎ 最後の方、アイバーン選手とブレン選手が何か言い争いをしていたようにも見えましたが、親友である筈の2人に何があったのかー⁉︎」


「……えと……ちょっと予定と違ったけど、まあ結果オーライという事で……」


「そして今、ザウス選手がユーキちゃんを連れてゴールしましたー‼︎」


 しばらくしてから、ようやく意識を取り戻したアイバーンとブレンが2位でゴールする。

 更にその後、気絶していた他の選手達も次々にゴールして来た。

 そして最後に、指示された条件の確認が行なわれる。



「さあ今、ザウス選手の条件の確認が行われます! いくら1位でゴールしても、指示された内容と条件が合わなければゴールは認められません!」


 レフェリーがザウスより渡された紙に書かれていたのは【彼女】だった。


「んなっ⁉︎」


 キッとザウスを見るユーキと、サッと目をそらすザウス。


「何と⁉︎ ザウス選手が指示されたのは彼女! 彼女にしたい娘、ならばザウス選手の想いですので確認の必要はありませんが、彼女となると連れて来られたユーキちゃんの意思確認が必要となってきます! さあはたして、ユーキちゃんはザウス選手の彼女である事を認めるのかー⁉︎」


 レフェリーがユーキに確認を取る。


「ユーキ選手、どうなんだね? 君はザウス選手の彼女であると認めるかね?」

「うぐっ! え、えと……ぼ、僕は……」


 それを聞いた客席のパティが激怒していた。


「何よあいつ⁉︎ 何が彼女よ⁉︎ あたしは絶対に認めないんだからね‼︎」

「僕だって認めてほしくはありませんが、ユーキさん、ゲーム機欲しさに認めるんじゃないですか?」

「ユウちゃんならありえますぅ」


 戸惑うユーキに、後ろからザウスが小声で囁く。


「ユーキちゃんゴメン! 嘘でもいいから彼女だって認めてくれ! そうすれば俺は決勝トーナメントに進出出来るし、君だってゲーム機をゲット出来るんだよ⁉︎」


「むぐぐ……ぼ、僕は……ザ、ザウスの……」


「ユーキちゃん、認めないでくれー!」

「ユーキちゃんはみんなのものなんだー!」

「誰か1人のものになるなんてイヤよ!」


 客席に居る多くの者が、認めないでくれと必死に祈っていた。


「ザ、ザウスの……か、か、かの……彼女……」


「ユーキいいいい‼︎」



「じゃなあああああああい‼︎‼︎」


 全力で否定しながら、逃げて行くユーキ。


「ユーキ選手が認めなかった為に、ザウス選手失格‼︎」

「そんなぁ! ユーキちゃああん‼︎」


「ああっとお‼︎ ユーキちゃん、ザウス選手の彼女である事を認めませんでしたあああ‼︎ ザウス選手、せっかく1位でゴールしましたが、条件違いにより失格! あっと、そしてたった今、2位に入りましたブレン選手の条件確認が取れましたので、2位のブレン選手が繰り上げで1位となります! これにより、総合29ポイントを獲得しましたブレン選手が、決勝トーナメント進出となります‼︎」




 しかし観客達は、ブレンが勝った事よりも、ユーキがザウスの彼女で無かった事を、心から喜んでいた。



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