第21話 人は常に誘惑と戦っている

 客席に戻って来たユーキから、次のレースにも出場する事を聞かされたメルク達が呆れ返っていた。


「ええー‼︎ ユーキさん、せっかく結婚の権利を取り返したのに、また出るんですかー⁉︎」

「だってレトロゲーム機なんだよ? 新品なんだよ? もう手に入らないかもしれないんだよ?」

「いや、そうかもしれませんが……いくら珍しいとは言っても、探せばまだ見つかるんじゃないんですか?」

「無駄だよメルク!」

「レノさん⁉︎」


「マナは1度欲しいと思ったら待つという事が出来ない娘だった。確かに時間をかけて探せば見つかるかもしれない……しかし、すぐ目の前にあるのに、それを我慢するなんてマナには無理だよ」

「その通りなのだ! 無理なのだ!」

「威張って言う事じゃないわよ」


 そうこうしているうちに、最後の第3レースが開始される。


「さあそれではいよいよ、借り物競争最終レースを行いたいと思います‼︎ 現在のポイントは、ゼッケン200番ブレン選手と、ゼッケン353番ザウス選手が19ポイントで共に1位! しかし、この最終レースの順位によっては3位以下の選手にも、充分逆転勝利の可能性はあります! はたして、Bグループの決勝トーナメント進出者は誰なのか……最終レース、スタートです‼︎」


 予定通り、アイバーンを誘いに来たブレン。


「さあ行くぞ‼︎ アイバーン‼︎」

「一応確認しておくが、今回指示されたのは何だ⁉︎」

「ああ、これだ‼︎」


 自信満々にアイバーンに見せた紙には【抱かれてもいい人】と書かれてあった。


「貴様‼︎ やっぱりそういう趣味かああ‼︎」

「あくまで俺様の願望だ! 気にするな!」

「気にするわー‼︎」


 そして同じくユーキの元に来たザウスだったが、何故かユーキに紙を見せようとはしなかった。


「あ、あのー、ユーキちゃん……今回の指示なんだけど……」

「何やってんのさザウス⁉︎ 早く行かないと負けちゃうよ!」

「いや、でも、今回の指示は……」

「そんなのはどうとでもこじつけられるからいいの!」

「あ、ああ、そうだな」


 ほぼ同じタイミングで闘技場に降り立つ、アイバーン達とユーキ達。

 しかしお互いを警戒して、走らずにゆっくり歩いてゴールを目指している4人。


「おっとお? 今回も来ました注目のアイバーン、ブレン組とユーキ、ザウス組ですが、先程までのスピーディな展開と打って変わって静かな立ち上がりだー!」


「アイ君! ブレン! 傷の具合はどう?」

「ああ、ユーキ君に治療してもらったのでね、すっかり完治したよ」

「そう、良かった……」

「俺様もだ! 王国騎士団の中にも、あれ程優れたヒーラーは居ない! 攻撃力、スピードに加えて治癒魔法まで使いこなすとは、素晴らしいな! マナ王女‼︎」

「いや、僕の治癒魔法なんて、セラに比べたらまだまだだよ」


「いやいやそんな事は無い! 君がリーゼルの王女で無ければ、王国騎士団にスカウトしたいぐらいだ! 先程のアローズという技、あれも実に素晴らしかった。だが、今回は使わないのか?」

「あの技は術者自身が加速しないと威力が出ないから、こんなにゆっくり歩いてちゃ使えないよ」

「そうか……だが当然、他にも技はあるんだろう?」

「まあね」

「ハハッ! 決勝トーナメントで闘うのが楽しみだぜ‼︎」


「オイオイ、ブレンさんよ⁉︎ 俺の事を忘れてもらっちゃ困るぜ‼︎ 決勝トーナメントでユーキちゃんと闘うのは、この俺なんだからな!」

「そのセリフは、俺様を倒してから言うんだな!」

「あれ? もう忘れちまったのかい? さっき俺達が勝ったばかりだってのに」

「ちゃんとバトルで、という意味だ」

「へっ! 望むところだ!」


 ピタッと立ち止まる4人。


「あっとお⁉︎ ただでさえゆっくり歩いてゴールを目指していた4人が、とうとう立ち止まってしまったぞー⁉︎ これはどういうつもりだー⁉︎」


「チャンス‼︎ この隙にユーキちゃんを倒せば、ユーキちゃんと結婚出来る!」

「王国騎士団のトップ2を倒せば、有名になれるぜ!」

「馬鹿が‼︎ 無理に闘わなくても、今の内にゴールしちまえばいいんだよ‼︎」


 ユーキを倒して、結婚の権利を獲得しようとする者。

 王国騎士団を倒して名を上げようとする者。

 危険を回避して、さっさとゴールを目指す者。

 他の選手達が、それぞれの思惑を持って動き出す。

 

「馬鹿ね! 今の4人に迂闊に近付いたら、死ぬわよ⁉︎」


「はあああああ‼︎」

「うおおおおお‼︎」

「ふううううう‼︎」

「ずあああああ‼︎」


 パティの言った通り、ユーキ達4人が一斉に魔力を高めると、その魔力により近くに居た選手達は吹き飛ばされ、ゴールを目指していた選手達は、魔力の波動を受け全員失神して倒れて行く。


「何とお⁉︎ 何と凄まじい魔力だあああ‼︎ アイバーン達4人が魔力を高めただけで、他の選手達が全て失神してしまったあ‼︎ これはもう、実質残ったこの4人だけの闘いだあああ‼︎」



 まさにバトルが始まるかと思われた時、ユーキに問いかけるアイバーン。


「ユーキ君、1つ提案なんだが……」

「ん? 何?」

「いくら試合とはいえ、君を傷付けるのは私の本意ではない。他の選手達は既に脱落しているので、君が累計25ポイントを獲得する事はほぼ確定だ。そこでだ……私達を先に行かせてくれたなら、私が獲得したポイントを全て君にプレゼントしよう!」

「え⁉︎」

「そうすればレトロゲーム機は勿論、今回景品に出ている他のゲーム機だって全て貰う事が出来るが……どうかね?」


「……ダメだよ! 試合なんだから、ちゃんと闘って決着付けないと!」

「ユーキちゃん、今ちょっと考えたよね〜‼︎」



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