第32話 愛する妹よ

 どんどん負傷者の治療をして行くユーキ達。

 その中にはパラス兵も混ざっていた。


「マナ! こいつはパラス軍だぞ⁉︎ 何故治療する?」

「関係無いよ! もう戦いは終わったんだから……」

「だが、ケガが治ればまた襲って来るかもしれないんだぞ⁉︎」

「その時はレノが守ってくれるんでしょ?」


 ユーキの笑顔にドキッとなるレノ。


「む⁉︎ も、勿論だ‼︎ 相手が例え何万人だろうとも、どんな強敵だろうとも、マナは必ず俺が守り抜いてみせる‼︎」

「頼りにしてるよ! 王子様!」

「俺が、じゃなくてぇ、俺達が、でしょぉ‼︎」


 少し離れた所で治療をしていたセラが、レノの言葉を訂正する。


「あ、ああそうだな! 今度こそは、俺達でマナを守り抜こう‼︎」




 近場に居た負傷者の治療を一通り終えて、次の場所へ移動しようとした時、林の中から人影が現れる。


「何者だっ⁉︎」


 その男から只ならぬ気配を感じたレノが、すかさずユーキの前に立って警戒する。


「少し下がっているんだ」

「う、うん……」


 小声で、ユーキに下がるよう促すレノ。


「久しぶりだな、アイリス……」


 そこに現れた人影は、引き上げたはずのカオスだった。

 しかし、レノは面識が無いらしく、その人物がカオスだという事に気付いていない。


(アイリス? あれ? どこかで聞いた名前だなー?)


 ユーキがその名を思い出そうとしていると、レノが割って入る。


「ユーキ! こいつがお前の事をアイリスとか言っているが、知り合いか?」

「え⁉︎ ユ……⁉︎ あ、ううん! 知らない人……あ、いや! もしかしたら知り合いなのかもしれないけど……」


 マナ王女だという事を気取られないように、あえてユーキと呼んだレノの考えを察したユーキが、言葉を合わせる。


「だそうだが、お前は何者だ?」

「やっぱり忘れたままか……ああ、別に正体を隠さなくてもそいつの事は全部知ってるからよー! 変な小細工しなくていいぜ⁉︎ マナ王女様‼︎ それとひとつ忠告しといてやる! 戦争している敵国の大将の顔ぐらい、把握しときなっ‼︎」

「貴様っ‼︎ カオスかっ⁉︎」


 レノが危険を察知すると同時にカオスが魔法弾をユーキに向けて放つが、一瞬で具現化させた盾でその魔法弾を防ぐレノ。


「マナッ‼︎ うぐっ!」


 背後から聞こえた声に慌てて振り返ると、既に近くまで来ていたセラが、全身でユーキに飛びつきそのまま倒れ込む。


「セラ⁉︎ 大丈夫か⁉︎ セラ‼︎」


 すぐさまカオスの方に向き直り、完全に魔装して構えるレノだったが、全く反応の無い2人に嫌な予感を感じるレノ。


「奇襲攻撃だと、そりゃ目に見える方にしか気が回らねえよなー⁉︎」


 ハッとなり、恐る恐る振り返り2人の様子を確認するレノ。


「マナ……セラ……ぐぅ……う、ううう……」


 そこには、大量の血溜まりの中で横たわったまま、ピクリとも動かないユーキとセラの姿があった。


「まあ、こんな小細工は俺の本意じゃねぇが、今回はどうあってもマナをブチ殺さねえといけなかったからなぁ!」


「ウオオオオオ‼︎ セラ‼︎ 何だそのザマは⁉︎ お前が必死に修行したのは何の為だああ‼︎ 今こそ、その真価を発揮する時だろうがあああ‼︎」


 レノの言葉にピクリと反応するセラ。


(うるさいですねぇ、ご飯ですかぁ? 今行きますよぉ……あれぇ? 体が動きませんねぇ……何で……)


 うっすらと目を開けたセラが、ようやく今の状況を理解し始める。


(ああそうでしたぁ、私はマナちゃんをかばって……⁉︎ マナちゃんは?)


 うつ伏せに倒れている自分の体の下に、仰向けで倒れているユーキの姿を確認するセラ。


(マナ……ちゃん……傷の状態は……)


 ユーキの体をサーチして、傷の状態を確認するセラ。


(左胸の辺りに……直径3センチ程の穴が……貫通はしていない……良かった……心臓にも当たっていない……これなら、すぐに治せる……)


 動けない為、ユーキに覆いかぶさったままの状態で、治療を始めるセラ。

 それと同時に、自分自身の怪我の状態も確認する。


(私の方は……ハハ……これは致命傷ですねぇ……すぐに治療しなきゃですが……どうやら血を流し過ぎて、もう殆ど魔力が残ってないみたいです……せいぜい1人を治療出来るかどうかってとこですねぇ……それなら……)



 セラが命懸けでユーキの治療をしている側で、レノがカオスの猛攻を必死で凌いでいた。


「ほら、2人共死にきれずに苦しんでんじゃねぇか⁉︎ トドメさしてやるからどきな‼︎」

「やらせる訳ないだろう‼︎ ダイヤモンドウォール‼︎」


 素手のまま攻撃して来るカオスを、対物理用の盾で防ぐレノ。


(こいつ、さっきから防御しかしていない⁉︎ 攻撃技を持ってない訳でもないだろうに……時間稼ぎのつもりか? 時間稼ぎ? 何の為に? 救援を待ってるのか? ……ハッ⁉︎)


「そのガキ! ヒーラーか⁉︎」


 セラがユーキの治療をしている事に気付いたカオス。


「オイ! 勝手に治療してんじゃねぇよ‼︎」


 ユーキを狙い、山なりに魔法弾を放つカオスだったが、ユーキ達の周りに対魔法用のバリアを張るレノ。


「させないと言ったああ‼︎ マジックシールド‼︎」

「こいつっ‼︎」


(しかしこいつ、いくら防御に徹しているとはいえ、さっきから俺の攻撃を完全に防いでやがる……生かしとけば、面白い戦士に育つか?)





 以前、倒れたままの姿勢でユーキの治療を続けているセラ。


(もう少し……あと少しで治療が終わるというのに……もう……魔力が……レノ……)



 カオスと対峙していたレノが、何かを感じ取る。


(……⁉︎ セラ……?)


 ふとセラの方を見たレノが、槍を空に向けて構える。


(ん? ついに攻撃して来るか⁉︎)


 カオスが警戒していると、何故かレノは倒れているセラに向けて、攻撃魔法を放つ。


「ライトニングストライク‼︎」

「何だぁ⁉︎ 仲間の手で楽にしてやろうってのか⁉︎」

「仲間じゃない! セラは俺の大切な妹だ‼︎」


 レノの攻撃を待っていたように、セラが放った羽が空中に魔方陣を描き、レノの魔法を吸収する。


「魔法を吸収しただとぉ⁉︎ ……そうか、足りない魔力をテメエの魔法で補った、という事か……しかし、あのガキは倒れたままなのに、何故分かった?」


「散々役立たずだ変態だと蔑まれても、セラは俺の愛する妹だ‼︎ セラの考えなど、例え言葉が無くても分かるっ‼︎」


「そうかよ! ……妹、か……」


(ンフフ〜、さすがはレノ……私のお兄ちゃんですぅ……)


 更に自分達の周りの地面に羽を撃ち込み魔方陣を描き、流れ出た血液をユーキの体に取り込むセラ。

 セラの技に驚愕しているカオス。


(地面に染み込んだ血液を浄化して取り込んだだとぉ⁉︎ とても人の技じゃねぇな、オイ!)



(さあ、これでマナちゃんの傷は完全に治りましたぁ……レノ……私の役目は果たしました……あとは……レノの番……です、よ……)



「チッ! そんな面白え技持ってんなら、先に言いやがれ‼︎」

「セラ……うっ、うぐっ……」



「そうすりゃ、生かしといてやったのによぉ‼︎」




「見事だセラよ‼︎ 俺はお前の兄であった事を、誇りに思うぞ‼︎」



 レノの頬を、一粒の涙が伝う。




 ユーキに覆いかぶさり、静かに目を閉じるセラの表情は、とても満足気だった。




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