第24話 パティを倒すにゃ、武器は要らぬ

「さてと……どうやら今のが奥の手だったみたいね……でもあたしはまだ闘えるわよ? どうするつもり?」


「ああゴメンパティ……実はもう終わってるんだ」


「え? どういう……」


 パティが聞き返そうとした時、すでにエアバインドに絡め取られている事に気付く。


「エアバインド! いつの間に?」


「へへー、前回のパティの真似させてもらっちゃったー」



 両の手の平を前にして、斜め下に振り下ろすと、背中の羽が6本飛んで行き、ユーキの背後に円を描く。

 その円がまるで、ユーキに後光がさしているかのように光を放つ。



 目を閉じ、言葉を紡ぐユーキ。

「優しき水、哀しき水、力強き水、気高き水」

 ユーキが詠唱を始めると、背後の光の輪がゆっくりと回転を始める。



(詠唱? え? この魔力の高まりはどこから?)

 辺りを見渡した後、空を見上げるパティ。

 先程まで何も無かったはずの空間に、徐々に巨大な水の塊が見え始める。


(マーキュリー? いや、マーキュリーよりも遥かに大きい!)

 前回パティが放ったマーキュリーの、およそ3倍の大きさだった。

(そうか! さっきあたしに当たらなかった水の矢を、そのまま空中に停滞させていたのね? この技の為に……だからいきなりここまで巨大な塊になった)



「静かな水、癒しの水、麗しの水、命生まれし水よ」



「ああっとー‼︎ いきなり上空に水の塊が現れたー‼︎ これはユーキ選手が出した物なのかー?」



(いけない! あんなのまともに食らったら、たまったもんじゃないわ!)


「天地を貫く裁きの光よ」

 ユーキの魔法に対抗すべく、バインドに絡め取られながらも、何とか体制を立て直し詠唱を始めるパティだったが。

(ダメだわ……今からじゃ間に合わない)



「無限の水を宿せし偉大なる星」



 ユーキの詠唱が先に終わりそうなのを察知したパティ。

「彼の者を土へ還せ! グレイヴマーカー‼︎」

 詠唱を縮めて、先に魔法を発動させたパティ。



「ああーっ! はしょったー! ズルイー‼︎」

 つい文句を言ってしまうユーキ。


「別に詠唱しなくても出せるって教えたでしょ?」

(もっとも、その分威力は落ちるけどね)


 ユーキが発動させた水魔法の更に上空に光の十字架が現れ、ゆっくりと下降し始める。


(ヤバイ! こっちも早く発動させないと)

「ええとー! どこまで言ったっけー? ああそうだ! コホンッ!」

「その美しき瞳よりこぼれ落ちし一粒の涙よ」

 両手を胸の前で、祈る様に組むユーキ。



 グレイヴマーカーが当たった場所から、水が四散し始める球体。

(グレイヴマーカーは動きが単調で遅い代わりに、あらゆる防御障壁を無効化する特性がある……このまま貫いて、消滅させる)


 球体が形を保てずに表面が揺らぎ始める。



「我、ユーキ・ヤマトの前に、その力を示し給え」

 球体を掴む様に右手を上げる。



「ユーキさん、早く‼︎」

(ユウちゃん、急いでぇ)



「メルクーア・トレーネ‼︎」

 右手をグッと握り振り下ろすと、球体が形を取り戻し、パティめがけて落下してくる。



「ちょ、ちょっと待ってユーキ‼︎ あんなの食らったらあたし死んじゃうからー‼︎」

「いやあ、パティってワイバーンの攻撃にも耐えたんだから、これぐらいじゃ死なないよね?」


「規模が違うからー‼︎」

「フフッ、お、か、え、し」

 ニコッと笑い、ウインクするユーキ。



「いやああああ‼︎」



 涙目で絶叫するパティに直撃する球体。




「超巨大な水の塊がパティ選手に直撃したあー‼︎ はたしてパティ選手は無事なのかー?」



 少し遅れて十字架が球体を貫き、共に消滅する。

 その跡で倒れているパティ。



「カウントが入ります! ワーン! ツー! ……」



「メルクーア・トレーネか……まるで君に向けた技の様だな? メルク」

「ユーキさん……」


(際どかったですがぁ、何とか間に合いましたぁ……これで立って来たらぁ、パティちゃんは化け物ですぅ)



「よしっ‼︎ 完全に決まった‼︎」

 小さくガッツポーズをするユーキ。

 だがカウントが途中で止まり、騒めく客席。


「え?」


 ユーキが顔を上げると、杖を支えにして何とか立っているパティが居た。

 だが魔装衣は所々破れてボロボロだった。



「な、な、何と立ったあー‼︎ パティ選手! カウント9でギリギリ立ちましたー‼︎ あれ程の技を食らいながら、何という精神力だー‼︎」



「パティ……嘘……だろ?」



「完全な状態で受けていたなら、さすがのパティ君でも耐えられなかったはず……だが発動前にグレイヴマーカーでかなり削られていた上に、パティ君に当たってからもすぐに消滅した……それらの効果で随分威力が半減したんだろう」


「それでも立ち上がってくるなんて、凄いですパティさん」


(さあ、こうなったらぁ、もう最後の手を使うしか無いですよぉ、ユウちゃん?)



「パティ……もう止めよ? これ以上は危ないよ……」


「甘いわよユーキ! あたしはまだ全然闘えるわ! さあ、かかって来なさい‼︎」

「お願いだから、僕にこの技だけは使わせないで、パティ」

「ここへ来て、まだ奥の手があるって言うの? 面白い! なら見せてみなさい!」

「パティ……」


 客席のセラを見るユーキ。

 コクリと頷くセラ。



 目を閉じ、少し考えるユーキ。

 意を決し目を開き、魔装を解いて無防備な状態でパティに近付いて行くユーキ。



「何だ? ユーキ選手、魔装を解いてパティ選手に近付いて行くぞ? 何かの作戦なのか?」



「ユーキ? いったい何のつも……」

 次の瞬間、パティを抱きしめるユーキ。

「え? ちょっ! ユーキ?」



「ユーキ選手、パティ選手に組みついたー! 前回同様、絞め技に持って行こうというのかー?」



「いや、あれは単純にハグだな」

「ハグですよね」

「ハグですぅ」



 少しの間ギュッとパティを抱きしめた後、耳元で囁くユーキ。



「パティ……色々心配かけてゴメン」

「知らない人について行ってゴメン……魔装具を見せびらかしてゴメン……目立つ事してゴメン」



「ユーキ? いったい何を?」



「キツイ事言うのも、みんな僕の為だって事、ちゃんと分かってるから……今回だって、僕を強くする為に、あえて憎まれ役になってくれたんだって、ちゃんと分かってるから……」



「あの時……ヘコんでたとはいえ、つい嫌いなんて言っちゃったけど、嘘だからね……」


「いつも見守ってくれてありがとう」


「でも、僕も少しは強くなったでしょ? これからは、僕が君を守ってあげるからね……」



「大好きだよ……パティ……」




「……‼︎」

 瞬間湯沸かし器の様に見る見る顔を赤くして、ついにボンッ! っとオーバーヒートを起こして、全身の力が抜けた様に膝から崩れ落ち倒れるパティ。

「ふにゃあ……」



「ああっとー‼︎ ユーキ選手、何かの魔法を使ったのかー? パティ選手がいきなり崩れる様にダウンしたー!」

「さあ今、カウントが入ります‼︎ ワーン! ツー!……」




「魔法を使った様子は無かった……ユーキ君が耳元で、何かを囁いていた様に見えたが?」


「ンフフー、正解ですぅ、あれがホントに最後の手段、囁き大作戦ですぅ、でもセリフはユウちゃんのアドリブなのでぇ、何を言ったかは私も分からないのですぅ」


「囁き? ユーキさん、いったい何を言ったんでしょうか?」



「……ナイーン! テン‼︎」

「テンカウントー‼︎ パティ選手、ピクリとも動かずー‼︎ これにより、ユーキ嬢! 見事リベンジ達成ー‼︎」



「やったあー‼︎ ユーキー‼︎」

「ユーキちゃん、おめでとー‼︎」

「スゲエ試合だったぞー‼︎」

「アイ・ラブ・ユーキー‼︎」



 手を振って声援に応えるユーキ。

「やはは、ども……どもども……どもです」




「パティちゃんも凄かったぞー‼︎」

「今度はパティちゃんがリベンジしろよー‼︎」

 未だ顔を真っ赤にして、仰向けに倒れているパティだが、その表情は幸せそのものと言った感じだ。




 客席のセラ達に向かって、ニカっと笑いながらブイサインをするユーキ。

「やったね!」



「おめでとう、ユーキ君! いい試合だったよ」

「おめでとうございます、ユーキさーん‼︎」




「今回色々作戦を考えましたがぁ、結局最後の言葉責めがぁ、パティちゃんには1番効果があったみたいですねぇ……ンフフー……」


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