第17話 メルクの涙とセラの嘘

 メルクに向かって降下してくるガーゴイル。



(そうだ! お前だって攻撃する為には、僕に近付かなければならないはず……さあ来い!)


 弓を構えるメルク。

 ガーゴイルが射程に入った時、水の矢を放つ。

「ウォーターアロー‼︎」


 だがその矢をヒラリとかわすガーゴイル。

 その勢いのまま爪でメルクを引き裂こうとするが、ギリギリでかわすメルク。

「く……早い!」

 また上昇して行くガーゴイル。


「ダメだ! あの距離ではかわされてしまう……もっと引きつけないと」

 その頃、外壁にある見張り台に登って来たユーキとセラ。


「メル君……やっぱり魔装無しじゃ……」

「出来ないはずは無いんですぅ、あとは心の問題なんですぅ」

「そんな事が分かるの? セラ」

「伊達にヒーラーやってないですよぉ、ちょっと体に触れればそれぐらい分かりますぅ」



 再び急降下してくるガーゴイル。

「体は大きくないけど、動きがかなり早い」

 サイズ的にはメルクの約2倍程度といった所だ。



 先程よりも、更に引き付けるメルク。

「まだだ……もっとだ! もっと近付いて来い!」

 お互い、攻撃をかわすのが不可能な距離まで近づいた時、メルクが矢を放つ。

「ウォーターランス‼︎」


 水が槍の形になりガーゴイルに直撃するが、ほとんど刺さる事なく四散してしまう。

「貫けない?」


「メル君、避けて‼︎」

 引き付け過ぎた為、かわしきれずに左肩に攻撃を受けてしまうメルク。

 好機と見たのか、ガーゴイルは飛び上らずそのまま体を反転させ、メルクを追撃して来た。


「くっ!」

 ガーゴイルの爪を弓で防御するメルク。

「生憎と、遠距離攻撃だけじゃないんですよ!」

「ウォーターカッター‼︎」

 弓に纏わせた水の刃で、ガーゴイルの腕を切り裂くメルク。

 慌てて距離を取り、再び空に舞い上がるガーゴイル。


 またしても急降下からの攻撃を仕掛けて来るガーゴイル。

ダメージを受けるのを覚悟した上で、目一杯引き付けてから矢を放つが、体を貫くまでには至らない。

 そんな捨て身の攻防が2、3度繰り返される。



 出血の激しいメルク。

「参ったなー……こんな戦法続けてたら、僕の方が先に死んじゃいますよー」

「死亡フラグって、本当だったのかなぁ?」

「せめて魔装が出来れば……」

 その時、ユーキの声が響き渡る。



「メルくーん‼︎ 自分を信じてー‼︎ 絶対勝てるよー‼︎」


 ユーキの方を見てニヤッと笑うメルク。

(ありがとうございます、ユーキさん……そうですよね、自分が自分を信じてあげなきゃ、ですよね)

 何か吹っ切れた様子のメルク。



(ユーキさんは、絶対に僕が守ってみせます)


「行きます‼︎」

 水の矢を上空に放つメルク。空に魔法陣が現れて、大量の雨がメルクに降り注ぎ、そして叫ぶ。


「魔装‼︎」


 メルクに触れた雨が、小手、胸当て、袴へと変化して行く。弓道の出で立ちを想わせる魔装衣だ。


「やった! メル君が魔装した……カッコイイぞ、メル君!」

 ユーキのペンダントが淡い光を放つ。

「ほらぁ、やっぱりぃ……今まで出来なかった方がぁ、不思議なんですよぉ」



「ウォーターアロー‼︎」

 メルクの放った水の矢が、先程までとは遥かに速く、高く飛んで行き、ガーゴイルを貫く。

「グオオオオオオ‼︎」


 3発! 4発とガーゴイルを貫く矢。だが体が消滅するまでには至らない。

「魔石への直撃だけは、旨くかわしてるようですね」


「フフッ……それなら、数で押し切りましょうか!」

 弓を構えて、魔力を高めるメルク。

 周りの大気から、水が集まってくる。

 急降下してくるガーゴイル。



「サウザンドアロー‼︎」



 その名の如く、千の矢がガーゴイルに襲いかかる。

「ギャアアアアア‼︎」

 魔石はおろか、体のカケラも残さずに貫かれ消滅して行くガーゴイル。



「やったー‼︎ メル君が勝った‼︎ セラ、早く治療してあげて!」

「了解ですぅ」


 見張り台から降りてくるユーキ達。

「もう大丈夫だから、門開けてー‼︎」

「あの少年が倒してくれたのか? 大したもんだぜ!」

「門を開けるぞ! 早く彼氏を迎えに行ってやんな! お嬢ちゃん」

「彼氏じゃないっ‼︎」


(聞こえてますよー、ユーキさーん)

 凹むメルク。



「メルくーん‼︎」

 メルクの元に駆け寄る、ユーキとセラ。

 魔装を解くメルク。


「何とか倒しましたよ、ユーキさん! セラさん! どうです? 死亡フラグなんて迷信だったでしょ?」

「うん、そうだね! 無事で良かったよー!」





 だがセラが、只ならぬ者の気配を感じ取る。



「ハッ‼︎ メルちゃん‼︎ まだ魔装解いちゃダメー‼︎」

「え? ガハッ‼︎」





 メルクの胸を巨大なカマが刺し貫く。その背後には死神の様な姿をした魔獣が居た。


「ぐっ……レイス? な、何でA級の魔獣が……こ、こんな所、に……」


 闇に消えて行くレイス。大量の血を吐きながら倒れ込むメルク。



「メル君っ‼︎」

 絶叫するユーキ。

 魔装具を具現化させるセラ。

 両腕に、盾状の魔装具が装着される。その盾に付いている羽の様な物を4本取り出し、メルクの周りの地面に突き刺すセラ。


「サンクチュアリ‼︎」


 刺さった羽をなぞる様に、魔法陣が現れ光を放つ。


「メル君‼︎」

「触っちゃダメ‼︎」

 メルクの傷口を押さえようとしたユーキをセラが制す。


「何で触っちゃダメなのさ?」

「メルちゃんはレイスから呪いを受けてます! 耐性の無い者が触ると呪いをもらってしまいます!」


「でも早く処置しないと、血が止まんないんだよー‼︎」

「分かっています! でもまだレイスが近くに潜んでいます、先に倒しておかないと私達までやられます!」


 羽を構え、目を見開き気配を探っているセラ。

 「ゴメン、メル君……僕、さっきから治癒魔法使おうとしてるんだけど、全然発動しないんだ……ゴメン……」

 メルクは言葉を発する事が出来ず、ただ首を横に振る。



 魔法陣の端がわずかに揺らいだのを見逃さなかったセラ。

「そこー‼︎」

 持っていた羽をその場所へ投げると、何かに刺さったように羽が空間で静止する。

「ピュリフィケイション‼︎」


 セラが叫ぶと、空間からレイスが現れ、絶叫しながら消滅して行く。

「ウオオオオオ‼︎」

 レイスが居た場所に赤い魔石が落ちる。



 その様子を街の中から見ていた1つの影。

「ブフッ! レイスを一撃で? あいつ何者でフ?」



「ハイヒーリング‼︎」


 レイスが消滅した事を確認したセラが、ようやくメルクの傷の治療を始める。

 みるみる傷は塞がって行くが、依然苦しそうなメルク。

 レイスに刺された場所から、徐々に黒いアザが広がって行く。


「セラ、これって?」

「それが呪いです……その黒いアザが体全体に広がると……メルちゃんは……」

「な、なら早く何とかしてよ! セラはヒーラーだから出来るんでしょ?」

「呪いを解く魔法は使えます、でも……」


「でも何だよ? ねえセラ!」

「無理なんですよ、ユーキさん」

 傷が塞がった事により、何とか喋れる様になったメルクが説明する。

「無理って、何で?」


「呪いって言うのは術者のレベルが、呪いをかける相手より高くないと発動しないんです……呪いを解く場合は、かけた術者と同じかそれ以上のレベルじゃないと解除出来ないんです」


「僕に呪いが発動したって事は術者のレベルは少なくとも4以上、と言う事になります……セラさんは僕と同じレベル3です……だから、セラさんにこの呪いを解く事は不可能なんです」


「そんな……じゃあこのまま黙って見てるしか無いって言うの?」

「私に出来るのは、せめて苦しみを和らげてあげる事ぐらいしか……」


「僕は何も出来ないの? こんな時に手を握っててあげる事も出来ないなんて……そんなの無いよ……うぐっ……ヒック……」

「泣かないでください、ユーキさん……あ、そうだ……僕の魔装、コピーしてくれました?」


 魔装具から水色のカートリッジを取り出し見せるユーキ。

「ほら、ちゃんとコピーできてるよ」

「ああ、良かった……これで、僕が居なくなってもユーキさんを守ってあげられますね」

 優しく微笑むメルク。

「メルぐーん!」



 アザはすでに体の8割程まで広がっていた。


「ユーキちゃん……最後に何か、声をかけてあげてください」

「最後なんてやだよー! 死んじゃやだよー、メルぐーん!」


「ユーキさん……出会ってからほんのわずかの間だったけど、とても楽しかったです……」


「アイバーン様の事、よろしくお願いします……ああ見えて、とてもシャイな方なんですよ」

「ゔん」


「パティさんは怒ると怖いけど、とても優しい方なんです……本当の姉の様に思ってましたって伝えてください」

「ゔん、ゔん」


「セラさん……どうか僕の代わりに、ユーキさんを守ってあげてください」

「はい……引き受けました」





「ユーキさん……僕、ユーキさんみたいな彼女、欲しかったなー…………やっぱり、死ぬのやだなー……」

 泣きながら笑うメルク。

「メル君! 頑張って! メル君‼︎」

 静かに目を閉じるメルク。



 グイッと涙を拭い、精一杯の笑顔で語りかけるユーキ。


「メル君……僕……もし僕が、本当の女の子だったなら……メル君と……」




 だがすでにメルクの意識は無かった。



「う、うぐっ……メル、君……ひぐっ」

 涙を押し殺すユーキだったが。


「うわああああん‼︎ メル君ー! うああああああ‼︎」

 抑える事なく、泣きじゃくるユーキ。









「ふう……ギリギリまで粘ってみたけど、ダメダメですねー」

「え?」

 いきなり明るいテンションで喋り出すセラに、ピタッと泣き止みセラの方を見るユーキ。



 両手に3本ずつ羽を持ち、空に投げるとセラの周りの地面に円を描く様に刺さり、魔法陣が現れ光を放つ。


「魔装‼︎」


 セラが叫ぶと、魔法陣の中に無数の羽が舞い散り、セラの体を覆って行く。

 羽が全て消え去ると、まるで天使を思わせる様な、淡い紫色の衣と翼をまとったセラが現れた。



「き、綺麗……」

 思わず見惚れるユーキのペンダントが淡い光を放つ。



 セラが手を上にかざすと、背中の翼から無数の羽が舞い上がり、メルクの全身に刺さって行く。


「セラ? 何を?」

 いきなりのセラの行動に動揺しているユーキ。



 ニコッと笑い、メルクの体に手を添えて叫ぶセラ。



「デスティニー……ブレイカー‼︎」



 メルクに刺さった羽の個所から、すうっとアザが消えて行き、刺さった羽も消滅して行く。

 メルクの体全体に広がっていたアザが全て消えた。



「あれ? ここは?」

 目を開けたメルクがセラを見て。

「ああ、天使様……そうか、ここは天国なんだ」



「メル君‼︎」

 ガバッとメルクに抱きつくユーキ。

 だんだん我に帰るメルク。


「え? ユーキ……さん? え? あれ? 僕死んだはずじゃ?」


 動揺しているメルクに、魔装を解いたセラが答える。

「呪いはキレイに消しましたぁ、もう大丈夫ですぅ」

「え? 消したって、セラさんが? え、だってセラさんのレベルじゃ消せないはず……」

「ああ、だって私ぃ、レベル7ですぅ、したがってぇ、私に消せない呪いは無いのですぅ、エヘン」

 いつもの細目の笑顔で答えるセラ。


「え、ええー‼︎」


 それを聞いていたユーキがハッとなり、メルクから離れてセラを問い詰める。



「ちょっと待ってよセラ……レベル7って事は、いつでも呪い消せたって事だよね?」

「そうですねぇ」


「いや、メル君が無事だったのは嬉しいし、セラには凄く感謝してる……でもそれなら何でもっと早く……」

「んんー、ギリギリまで追い詰めたらぁ、ユーキちゃんがメルちゃんにぃ、告白するかなぁ? って思ってぇ」


「告っ‼︎」

 顔が真っ赤になるユーキ。




「こ、こ、こ……告白なんかするかあああー‼︎」

 




「ユーキさん……またそんな全力で否定しなくても……」




 涙するメルクであった。








 ーーメルク・トーレーー

 後に『水の魔術師』と呼ばれる様になる。

 アイバーンと肩を並べる程の素質を持つが、今回の件でユーキを落としきれなかった事を、後々まで引きずる事になる。







「やっと僕、紹介されましたー!」







 ーーセラ・フレイルーー

 後に『糸目のペテン師』と呼ばれる様になる。

 ヒーラーとしては最高の能力を持つが、余りの大食いゆえに、ユーキ達は食費に頭を抱える事になる。








「失礼ですねぇー、私はペテン師じゃないですぅ」

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