2・嚏後講釈

 シューリスはイリカド救護隊と冗談めかして言ったが、シューリスとスズキはこの町で救護を生業にしている訳ではない。この町はアイテムが主産業であり、オブスタクルを倒してアイテムを得るハンター、それらの鑑定・買取・販売を行うアイテム屋、アイテムを利用して食料生産や芸術活動をする者などがいる。


 この町ではアイテム屋が産業の中心になっており、多くの人々が利益を求めて集う。アイテム屋は護身用に強力な装備を持っているため、凄腕のハンターでも目に余れば内々に処理できる。また、アイテムがどのような「力」を持っているかを測る鑑定行為は特殊なアイテムや技能が必要である。アイテムを意図的に作成するには強い執念と長い時間が必要となるため、もとからあるものの利用法を心得ている彼らは貴重なのである。

 イリカドという名の由来は「入門」の二文字。この町に生まれついたものはみな秀でた「力」を持つアイテムを容易に手に入れられるが故の名なのだ。町を出る者も多いが、強力なアイテムと戦闘経験から傭兵として働く者は珍しくない。

 シューリスがアイテム屋に入ると、作業着を身にまとった、重い焦茶色の髪を後ろで大きくまとめた少女が声を掛ける。


「おかえり。スズキはどしたの?行くときは一緒だったみたいだけれど」


 危険区域のアラームなど、共通の利益に関わるものは情報を開示する。今回のスズキたちの出向も、たまたま近くにいたからに過ぎない。オブスタクルの退治・民間人の救出はスズキらハンターの役目だ。


 シューリスがアイテムの注文用のカウンターの椅子に腰かけると、焦茶色の少女も隣に座る。


「ただいまー、アガツマちゃん。なんかもう一人危険区域に入り込んでた人がいてね、その人と今ご飯食べに行ってる」


「そういえばアラームが鳴ってたな。ふぅん、スズキが、ね。浮かない顔してるのはそれ絡み?」


「……まーね。あの人、斉覇がらみで何か知ってるみたい」


 シューリスとスズキはもともと斉覇で生まれたのだが、斉覇は多民族国家でありながら情勢が不安定な国柄で、比較的遅くに流入して来たシューリスらが弾圧の対象となった。険しい山々に囲まれた斉覇からどうにか逃げ出し、同じく亡命を図っていたスズキと出会った頃には、両親はオブスタクルに襲われ死んでいた。以来スズキと共にアイテム屋に引き取られ、ここに居を構えているのだ。


「わたしのことは、気にかけてるか分からないけど。放っておいた方が厄介なことになるって思ってるんじゃない?」


「斉覇、か。あそこもいつまでやってるのやら」


 アガツマは目を伏せる。道具戦乱は過去に確かにあったことだが、あくまで過去の話だ。斉覇が民族紛争を何十年と続けているのは決して愉快なことではない。

 国境近くの険しい地形と生息密度の高いオブスタクルにより斉覇はこの町に進んで手を出そうとはしない。しかし、オブスタクルの数が多いということは手に入るアイテムも馬鹿にはできない質と量が担保されているということでもある。大国が装備の改善を図ろうとするならば、この町に手を付ける可能性は十分にある。


「にしても、スズキのヤツの頭突っ込みたがりは年々悪化するなあ?こないだからずっと救出要請に力入れてるじゃん」


 スズキは普段は自室にこもってアイテムの鑑定や道具戦乱以前の文書などを読み漁っているが、自分に解決できそうな問題があるとすぐに手を出す。かつてシューリスが斉覇から逃れてきた時も、彼女の両親の遺体だけでも探しに行こうとして必死に止めることになったのをアガツマは思い出し、苦い顔をする。


「どうだろう?出て行くタイミングが救出ってだけで、あのあたりは取れ高悪くないから入り浸ってるだけじゃない?あ、これ今回の収穫ね」


 ハンターにとってはアイテムの買取価格が収入の大部分を左右する。つまりはアイテムが発生源のオブスタクルをどれだけ安定して倒せるかだけでなく、どんなアイテムを得られるかも重要となる。スズキとシューリスはよく二人でモンスター退治に出かけるが、会計担当のスズキが効率のいい稼ぎ場を推考したのだろうとシューリスは思っていた。


「ありがと。……確かに、貴重なアイテムがちらほらあるね。でも品揃えが良すぎる。商人の遺品だろうなあ、死体漁りっぽくて気が引けるんだよこういうの……」


 アガツマは続ける。


「近頃オブスタクルの力が強まってる気がするのよ。行方不明者が結構増えてるし、奴ら毒蛇だから血清の用意もしなきゃいけない。回復用の修道服で対処するにもあれは一人に一着用意しなきゃだし、在庫も足りない」


「……ってスズキに相談したのが二か月前」


「あー……クロだわー」


 ちょうどそのころからだった。移動用の台車をスズキが購入したのは。



***



「っくしゅっ」


「風邪かね?」


 スズキとエンリンは街の食堂に来ていた。いやに広い食堂だが、客はともかくそれほど多くの従業員がいるようには見えず、エンリンは訝しげにしていたが、理由はすぐに分かった。


「そこの食券を買って、半券を対応する容器に入れてください。先ほど両替をしていらっしゃったようですが、千円札以上は使えません」


 エンリンはかき揚げうどんの食券を購入し、うどん類こちらと書かれた容器に食券を入れる。すると容器の底から湯気が立ち始め、気が付くとかき揚げうどんがひとりでに完成していた。


「なるほど、食事もアイテムで賄っている訳か。しかしこれがあれば、無料で食品を配給することすらも可能なのでは?理想的な共産制すらも可能になりそうだ」


「食料をアイテム頼みにすると、アイテムが故障したり強奪された場合に簡単に飢饉が発生してしまいますから、あまり現実的ではないかと。それに、それをするには先導する誰かがトップに立たなくてはいけません。殺されないためには役に立たないのがアイテムですから」


 スズキは席に着くなりかつ丼をつつき始める。だぼついた服にボサボサの赤毛を揺らす彼はずぼらな中学生のようで、そんな彼が宰相のような口ぶりで話す姿はエンリンには滑稽に思えた。


「先ほどのエリアCでは、モンスターの動きが活発なようで。たしかにあの辺りは危険区域だったのですが……

本来危険区域の設定は多少近づいても安全な場所から設定するもので。本来危険とされていたのはもっと北にあるエリアBなのです。しかし今回は……」


「あの大群が、ということか。ふむ……」


「今はまだ影響は目に見えてはいませんが、このままではいずれこの町は衰退するでしょう。大事になる前に対処したいのですが……」


 餌は撒いた。さて、乗ってくるか?スズキは彼を斉覇からの調査員だと踏んでいた。もっとも、情勢が常に崩壊し続ける斉覇の勢力図など把握するだけ無駄に等しいため、具体的に誰が裏にいるかまでは分からないのだが。殺すにしても説得するにしても、本国に情報を持ち帰られる前に対処せねばならない。

まずは泳がせた上でどうアプローチしてくるかを観察する。


「……それらを解決するためのうまい話なら一つ、なくはない」


「……それは、一体?」


―――乗ってきた。さて、どうやって介入してくるだろうか。人を入れてくるなら内部から崩そうとしてくるだろうし、その口実に特定のアイテムの必要性を説いてくるか。いや、その手はこの町を襲う計画ありきか。ともあれ、目の前の男からできるだけ情報を聞き出さなくては―――。


「私たちの国では、オブスタクルについての知見が多く集まっていてね。その一つが、オブスタクルの形態は何によって決まるかだ。あの場にいたオブスタクルは皆蛇の形をしていただろう?」


「は、はあ。」


 割と有用性の高そうな話が始まって、スズキは困惑した。


「それぞれ妙に角ばっていたり、身体が節くれだっていたりしたが、どれもこれも蛇の形をしていたのは確かだ。ならばこれは何によって決定されている?」


(そいつらから得られたアイテムは確か……立体パズルと棍棒だった……外見の細かいディティールは核のアイテムに影響されるのか)


「それは、信じ難いが……付近に存在する最も「力」の強いオブスタクルに依存するそうだ。我々はこれをアルファと呼んでいる」


「そして、このアルファを倒すことで一定期間オブスタクルがアイテムに戻るそうだ。期間が過ぎると彼らは復活するが、その形はそれまで二番目に強かった「力」のオブスタクルのものになるという」


「……それは……」


 そう言われてみれば、かつてこの辺りに出現したオブスタクルは鷹だったという。当時の面影を残す宿屋では、未だに看板に鷹のマークがあしらわれている。ある日突然鷹のオブスタクルが消えたと思えば、それら全てが蛇に置き換わったという。それは、当時特定のハンターが人知れずアルファを打倒していたのではないか。それが事実だとして、噂にもなっていないということはもうこの街にはいないだろうが。


「おそらく、この地域のどこかに強大な力を持つ蛇が存在している。もしかしたら、そのアルファが成長しているのが奴らの隆盛の原因かもしれないな?」


「そいつは、一体どこに……」


「それを今から調べに行く。宿はここの隣のを使うから、興味があれば明後日の夜に訪れるといい」


「調べに行くってどこに……!」


「いいから君はさっさと食べ終わりたまえ。それとどうやって、については後で聞いても答えないから覚えておくことだ。じゃ」

気付けばエンリンが注文したかき揚げうどんはきれいに平らげられていた。

 「じゃ」を言い終わるかどうかのところで彼はおそろしい速さで店を出た。スズキは追いかけようかと思ったが、走って追ってもまかれるだけだと諦めた。スズキはまだ立ち上がってもいないのに既に入口のドアは閉まっている。

 スズキはまだ半分も食べていないかつ丼をまた食べ始める。なんとなく、通ったこともない小学校の校庭が窓の外に見えた気がするが、これは置いて行かれた虚しさに起因するものだろうか。スズキは微妙な表情で一人首をかしげた。

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アイテム・ドロッパーズ fishift @fishift

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