アイテム・ドロッパーズ

fishift

1.イリカドの街

 道具戦乱。かつてこの世界では、先割れスプーン一つで人を殺せる時代があった。歴史文書はほとんど失われているこの世界では当時の記述は神話めいたものしか残っていないが、現在の状況を鑑みると事実として扱っても差し支えない。


 最初は、家庭からだったという。何年も長く使われていた家電製品の中から、電気の供給なしに動かせるものが見つかった。直後はバッテリーの故障とみなされたが、危険な動作が確認されたという報告は一つもなかった。

 それらは何年も長く、大切に使われてきたもので、家族や配偶者にプレゼントされた思い出の品であることが大半だった。


 次いで、不可解な現象が世界各地で発生した。

 自殺の名所、特に首吊り自殺で有名な地方の付近で、犯人不明の殺人事件が横行した。統計を取ってなお明確に有意な効果が確認された幸運のネックレスが発見された。一切の食材を入荷していないにも関わらず営業するレストランに保健所が入った。


 そうして起こった現象に共通するのは「道具」と「その道具への執念」。謎の現象は必ず何かしらの道具によって引き起こされたもので、その道具は例外なく持ち主の人生に大きな役割を持っていた。

 首吊りに使用された縄はひとりでに人を襲い、幸運のネックレスは最初の持ち主の生まれてからの持ち物だった。


道具は、明らかに超自然的な「何か」によって「力」を得ていたのである。

これは思いが力になる、というような美談ではない。


 世界各地のテロ集団の武器は使えば使うほどに殺傷能力が改善され、10年経てば合衆国を武力制圧するまでになったし、テロ集団に家族を殺された子供は復讐の念を胸に機関銃を磨く。


 凶器はその役割から非常に「力」を手に入れやすく、特定の状況を経ることで格安のコストで兵器を得られる。


 これによりクーデターや暗殺が容易に仕掛けられ、各国の政権はおそろしく不安定になった。武力は容易に得られる一方、政治を維持するための「力」を得るのは難しい。

 政治家のシンボルたり得る「道具」が何なのかも不明瞭なため、政権を崩すための力ばかりが膨れ上がる。


気が付けば、世界は一度滅んでいた。




***




 ゴロゴロゴロゴロ。人が乗れるほどの大きさの台車を引きつつ走る。というか実際に人が乗っている。人が必死に台車を引いてやっている一方で、台車の上の雇い主は気楽なもので、さっきからギターの音がちらほら聞こえてくる。


「はかどってらっしゃいますぅー?ギターの練習は」


「ん」


一文字かてめえ。

走るついでに踵をできる限り地面に叩きつけ抗議すると、台車の上の男、スズキは面倒くさげに弁明する。


「不服だろうがな、シューリス。実際台車の上でお前のためにできることは何もない」


そりゃあそうでしょうけども。仕事はもう始まっているのに、暇ができるとすぐに自分の世界に閉じこもるこの男の態度が気に入らない。ただ、言ったところでこの男は聞きやしないので、別の不満点を述べる。


「もっと別の移動手段無い?コレ恥ずかしいんだけど」


「新しい乗り物か何か手に入ればな。それと、恥ずかしいのは台車の上の俺もだ」


「そりゃ知ったこっちゃないけど……。はーあ。アガツマちゃん早く新しいの入荷しないかな……」


 アイテム屋の看板娘の顔を思い浮かべつつ溜息をつくと、スズキが声を上げた。どうやら保護対象を見つけたらしい。


「そこの低木だ!あそこの手前で降ろせ、シューリス!」


目の前には横転した馬車、その奥でへたり込む中年の男。


 そして、彼らを取り囲む異形の蛇。"アイテム"を核として活動する異形の怪物、一般に"オブスタクル"と呼ばれる連中だ。世界崩壊後にポツポツと現れ始めたとも、世界崩壊の原因の一つとも言われるが、本当のところは分からない。分かるのは"アイテム"―――「力」を得た道具―――が持ち主を得られないままでいると、かつての持ち主の執念によって動き出し、オブスタクルとなるということだけ。


 それにしたって勉強家のスズキに聞かされた話だ。思い出したものの興味はないなあと小声でひとりごちる。ここイリカドの町周辺ではオブスタクルが多く、街の利益となる商人がしばしば命を落とす。襲われるから追い払う、それ以上のことをシューリスは考えないようにしている。


 台車を止める準備をする。なかなかのスピードで走ってきたので、脚を止めるだけでは引いてきた台車に轢きつぶされる。

 

 取っ手から手を放し、すかさず後ろの台車に回し蹴り。


「そーらッ!行ってらっしゃい!」


 慣性の法則でスズキが吹っ飛んでいく。タイミングに合わせてジャンプしているので頭から落ちるようなことはない。スズキの両腕に戦闘用のアイテムが抱えられているのを確認して、シューリスも保護対象の元へと走る。


「シューリスと言います。怪我はないですか?」


「き、君たちは?」


 優しげな顔の、どことなく天然な印象を抱かせる男性だった。


(なるほどなー。馬鹿をやりそうだ)


この辺りは有志によって作成している地図では危険区域に指定されているのだが、男の馬車にオブスタクル対策がされているようには見えない。大方少しだけならと高をくくったか、気が付いたら道を逸れて危険区域に入っていたというところだろう。


「イリカド街救助隊、ですよ。おじさんが侵入禁止区域のセンサーに引っかかったので」


そもそも進入禁止の看板も立っているはずなのだが、この様子だと気付かずに通り過ぎたようだ。


「そ、そうかい。馬が奴らに噛まれたんだ。まだ死んでいないと思うから、治療をお願いしたいんだが……」

 

「あー、ごめんなさい。解毒はすぐにやりますけど、咬み傷の治療は後になります。救護担当が捕まらなかったんですよ」


「そうなのか?しかしその服は……」


 男の視線がシューリスの服に向く。シューリスが修道帽を身に着けていたためだろう。道具戦乱中、医療インフラが麻痺した国では敬虔な修道院が怪我人の治療を行っていたという。転じて、彼ら彼女らの修道服をアイテムとして用いればたちまちに傷を癒す回復魔法を使うことが出来る。


「私の修道帽は治療用に向かないんですよ。服の方はよく見るとウエイトレスの制服をそれっぽく縫い合わせただけですし」


 修道帽だけだと格好がつかないものですから、とシューリスは笑う。


「じゃあ君は何の役割なんだい?てっきり……」


 話の途中で妙に角ばった蛇が跳びかかってきたため、シューリスは尾に近い側の体を掴み力いっぱいに地面に叩きつけた。続いて赤や緑の円盤を糸でつないだような形の蛇が尾を振ったかと思うと、赤い円盤が身体からはずれ放たれた。シューリスは力強く足を振り上げ円盤を垂直に弾き飛ばすと、蛇の体の糸をつかみ引きちぎる。


 そのスピードが尋常ではなかったために男は驚いた顔をしていた。シューリスが苦笑しつつ修道帽の額を叩くと、鈍い金属音がする。「拳骨シスターの修道帽」。かつてのこのアイテムの持ち主は肉体派で、修道院を襲うあらゆる危機を拳で解決した。そのため身に着けた者は身体能力が格段に上昇するが、不器用だったらしく回復魔法は一部を除きまともに機能しない。


「役割は……正面突破ですかね?護衛の時以外は」


 わたしは脳筋じゃないぞ、アイテムのせいなんだからな、と心の中で叫びつつスズキの方に視線を向ける。


「スズキぃ―――!早いとこ終わらせて帰ろうよ――――!」


 スズキはシューリスたちから離れた、視界の開けた場所にいた。


「……簡単に言ってくれるよ」


 危険区域だけあって数が多い。20体ほど既に片付けたが、まだ半数も減っていない。危険区域にアイテムを持ってオブスタクルに殺された場合、持ち主を失ったアイテムは新たにオブスタクルとなる。これだけの数がオブスタクルとなっているということは、気を抜いたアイテム商人が迷い込んで死んだのだろう。


「稼ぐチャンスではあるんだが……なッ!」


 ギターの弦を弾くと、和音と共に前方に青紫色の雷球が飛んでいく。「エレクトリカルギター」。ある映画で、エレキギターの先端からテスラコイルのように電流の波が発生するという脚本があったのだが、CGで済ませばいいものを実際に作ってしまったらしい。雷球を受けた蛇の群れがのたうち回りながら散り散りになっていく。馬鹿みたいな小道具だが、実際役に立っているので文句を言うに言えない。


 後ろにはまだ12、3体ほどの異形の蛇がいるが、目の前にいるのはこいつで最後だ。挟み打ちを気にしなくていいなら退治もはかどる。雷球が直撃した蛇がビクンビクンとのたうつ。スズキはオブスタクルも電気信号で動いているのだろうか、ととりとめもなく思った。

後方で斬撃の音が聞こえた。スズキは一旦思考を切り替え振り向く。


「君、どうやら危険区域に入ってしまったようなのだが、ここから逃れてイリカドの街に行くにはどうすればいいのかね?」


 長身銀髪の男が後ろにいた。身長の割には目が大きく、かといって童顔の印象もなく、見ていてしっくりくる顔立ちの男だった。上半身は胴体だけ見れば着物のように見えるが、肩口には袖が存在せず細く引き締まった筋肉が見えていた。


「あっちに俺の仲間がいるからそっちに聞いてくれ。こいつら片付けたら説明するから」


「承知した。しかしこいつら、とやらはもう片付いているのではないのかね?」


男に言われて周りを見渡すと、蛇たちの姿はほとんど消えていた。わずかに残っていた蛇達も次第に動きを止め、オブスタクルの核たるアイテムへと姿を変えた。


「……分かった。その辺のアイテム回収してくれ。あんたが倒した分は所有権を主張しても構わないけど、これは俺らの生活に関わるからな」


 弱みを見せないように端的な返答をして手伝いを頼んだが、スズキは内心驚いていた。

(あの短時間であの数を……?)


 男の手にアイテムらしきものは見られず、手の甲に入った陰陽紋の刺青が見えただけだった。男と一緒になって周りのアイテムを回収し、倒れた馬に血清を打ち、全員で倒れた馬車を起こす。馬はすぐには動けないので、スズキが乗ってきた台車に乗せ、馬車につないだ。この台車もアイテムであり、乗せたものの重量を無視して運べる貴重品だ。

 それはそれとして馬車も運ばなければいけないため、馬車の動力はシューリスに一任された。

「わたしは一体何奴隷なのさ」

とシューリスは涙目でぼやいたが、帰り道をちゃんと覚えているのが彼女とスズキしかいない。スズキは保護対象の二人と話さなければいけない、と素早く馬車に乗ってしまった。


「いや、助かりました。イリカドから出るつもりだったんですが、いつの間に道を逸れていたようで」


「この辺りは舗装が行き届いていませんから。GPSの類を使うといいかもしれません」


 余裕を取り戻したため中年の男は敬語になり、スズキも相手に合わせて敬語になっている。


「それで、あなたは?」


 流れ上急にため口になるのも悪いかと思い、かしこまった口調で銀髪の男に話しかける。


「このあたりだと……西国の斉覇か、北国のテムジア?商人にも見えませんが、何の目的で?」


 スズキたちの空気が一瞬ピリッとしたのに中年の男は気が付いたが、その理由までは分からなかった。


「いや、来たのはテムジアからだが……それも出身地ではない。もともとは遠い東の出身でね。道楽がてら国々を旅しているのだが、どうも一人だと予定が狂う」


 嘘をついたな、とスズキは思った。確たる証拠はないが、どうもこの男は怪しい。


「では、これも何かの縁でしょう。よろしければ、街を案内させてはいただけませんか?」


「いいのかね?それは願ったりだ、お願いしよう」


 思いのほか軽く乗ってきたが、思い過ごしならそれはそれでいい。そして、もし予想が当たっていれば、―――俺は人生で初めて人を殺すことになるかもしれない。


「私はエンリンと言う。以後よろしく頼む」


「ようこそ、イリカドの街へ」


 スズキは殺意を隠しつつ、エンリンの手を握った。

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