第55話 故郷への遠い道(第一話)泥棒現る… (55話)

 移動初日はハクウンたちがどれくらい自力で動けるかを確かめるためにも、私の超能力による補助は使わないことにした。

 といっても、昼間の間は…という限定条件だが…


 ハクウンもセキホウも賢いので西に街道沿いに進むように指示するとものすごい早さでどんどん進む。

 体長15メートルの巨体で揺れも少ない。

 全力で走っているわけでもないのに馬車を軽く追い越している。


 私はハクウン、お父さまはセキホウにくくりつけた大きめの輿に乗っているが、これなら昼寝しても問題なさそうだ。

 私は夜に備えて昼寝した。


 ハクウンたちの食事中を除くとほぼ一日中移動した。

 クレヤボヤンスで移動距離を確認すると800キロメートルほどの移動ができたようだ。

 移動時間12時間くらいだから時速65キロくらいだ。

 このペースなら、夜も移動したことにすれば、私のテレポーテーションで少々移動しても、速すぎて不自然とは思われないだろう。

 私はお父さまに提案する。


「お父さまは輿の中でお休みください。

 夜もできる限りハクウンとセキホウに移動してもらいます」

「お前はどうするのだ、アイネリア」

「私もハクウンの輿の中で休みながら、時々方向が間違っていないか確認して、ハクウンたちに指示を出しますので大丈夫です」

「そうか、世話をかけるな」

「いえ、これも侯爵家のためです。

 それではお休みください。」


 お父さまにセキホウの輿に入ってもらうと私たちは出発する。


 最初は二頭に本当に歩いてもらったが、30分もすると満腹になったお父さまは眠ってしまったようだ。


 私はあたりに目撃者が居ないことを確認すると国境近くまで一気に1200キロほどテレポートした。


 後は、街道から少し離れた目立たないところでハクウンたちを休ませる。



 翌朝一番で国境を通過し、隣国ムアール王国に入った。



 その後も一日に平均2000キロを移動し、7日で3つの国の証拠品と首都の有名店のスタンプを集め、あと20日で7つの国を制覇すれば目標達成となる状態まで持ってきた。


 そして、更にその2日後の9日目、私たちは4つめのスタンプと特産品を手に入れ、その日は久しぶりに宿に泊まることにした。

 ボワンゴ首長国連邦の首都ボゴワ一番の宿だ。


 贅沢の必要はないのだが、順調な旅にすっかり気をよくしたお父さまが、

「金はある。

 前祝いだ!」

 と気前よく最高級宿を取ったのだ。


 久しぶりの快適な宿と美味しい食事や酒にお父さまはすっかり上機嫌だ。


 ハクウンたちは宿の馬屋をそれぞれ一棟占拠して、おとなしく餌を食べている。

 元々草食中心の雑食なので、出されたものは毒物以外何でも食べる賢い子たちなのだ。

 それにしても、巨大すぎて馬屋に胴体しか入りきれず、頭としっぽは馬屋からはみ出した状態で伏せをしてる二頭は本当に愛らしい。

 宿の従業員は大きな二頭に近づきたがらないのだが、このかわいさが理解できないとは何とももったいない話である。

 とりあえず、二頭はあとでモフることにする。



 宿の酒場では、上機嫌でグラスを重ねてスピリット系の強い酒を旅の男たちと酌み交わすお父さまがいた。

 本当に楽しそうだ。

 

 しかしよく見ていると、やたらとお父さまだけが飲まされているように感じる。

 そういえば前世の小説でも、賭の相手が汚い手で妨害するという話がのっていたが、この世界でも警戒する必要はあるだろう。


 そんなことを考えているとお父さまが幸せそうな表情で酔い潰れてしまった。


 仕方がないので他の酔客に協力してもらうふりをしながら、お父さまを部屋に運んでベッドに寝かしつける。


 もちろん、私一人でも楽に運べるのだが、齢(よわい)11歳のか細い女の子が大の大人を軽々と抱えて二階に上がるのはいかがなものかと自重した。


 翌朝早朝に目を覚まし、出発しようとお父さまを見ると昨日の姿勢のまま、まだ眠っている。


 とりあえずハクウンたちに餌を食べさせていつでも出発できるようにしようと、馬屋に入り切れていない二頭の待つ裏庭に移動する。

 

 するとそこには、昨晩お父さまと飲んでいた厳つい男たちが4人、ハクウンとセキホウの首に縄をかけて、二頭を馬屋から引きずり出そうとしていた。


 それにしても馬鹿な男たちだ。

 体長15メートルを超える二頭がその程度の人数で動くと思っているのだろうか。

 ハクウンもセキホウも気にしていない様子なので、引っ張られていることすら気がついていないのかも知れない。

 しばらくあきれて静観していると、男たちの一人が悪態をつきながらハクウンのしっぽの方にまわった。


「なんて馬鹿でかいんだ!4人で引っ張ってもまるで動かねえ。

 こうなったら後ろから剣で突いて動かしてやる。」


 私は、全力で男の前に走り込むと、突かれようとしていた男の剣を自らの剣ではじき落とした。

「ちょっと!私のハクウンに何するのよ。

 返答次第では、ただではおかないわよ!」


 私は大声で抗議したが、男たちは忌々しげに私をにらみながら、取り囲む。

「ちっ、ガキの方がもう起きてきやがったか。

 暗い内に盗み出そうと思ったが、この際仕方ない。

 ガキごと掠(さら)うぞ!」


 どうやら地竜泥棒、兼、人さらいのようだ。


 さっき剣をはじき飛ばしてやったのに、彼我の戦力差も分からない低レベルな奴らなら、それほど警戒する必要もないだろう。


 私は抜剣したままの剣を中段に構えると、言い放つ。

「ひとの猟犬を盗もうとした上に、人さらいまで企てるとは、人にあるまじき振る舞い!

 この私が天にかわってお仕置きしてあげるから覚悟しなさい!」


 今や、見習い冒険者として実力をある程度認知されているので、弱いふりをする必要もないだろうと思い、相手をしてあげることにした。


 といっても、見た目11歳の少女にしか見えない私に、4人の男たちは怯(ひる)む様子もない。


「やれ!」

 最初に剣をはじき飛ばされた男の合図で、他の三人が斬りかかってくる。

 といっても、人質(ひとじち)にするつもりか、急所を狙った攻撃はなく、必殺の気合いも乗っていない。


 私も宿の裏庭を血の池地獄に変えたくはなかったので、とりあえず男たちの斬撃をひらりとかわすと、剣の腹で襲撃者の足を叩いて機動力を奪っておく。


 瞬く間に地面に転がる4人のむさ苦しい集団ができあがった。

「くそっ何をしやがった。」


 突然のことに、まだ痛みが脳まで伝わっていないのだろうか。

 男たちの内の一人が剣を支えに立ち上がろうとする。


「足の骨を折らせていただきました。

 立ち上がって動かすと変な形にくっついて危険ですよ」


「うるせぇ!

 このガキ!!

 たたき切ってやる!!!」


 口々に悪態をついて私を威圧しながら、何とか剣やダガーで私に斬りかかろうとする。


 これはもう少し痛めつけておくべきか…


 私は剣の腹で男たちの両腕も叩いてまわった。

「ぎゃっ」

「ぐあぁっ」

「ぐげっ」


 様々なうめき声を上げながら男たちは地面に転がる芋虫となった。


 両手両足が折れているのだ、好き勝手には動けない。


 騒ぎを聞きつけて宿の人が出てきた。

「いったいどうしたんだ?」

 宿の主らしき男性が、唯一立っている私に尋ねてくる

「私の地竜を盗もうとしていたので注意したところ襲われました。

 やむなく反撃して戦闘不能にしました。

 以上です」


 私が完結に説明すると主は驚いた。

「これをお嬢ちゃんがやったのか?」


 私は冒険者登録証とビッグラビットの討伐数記録、猟犬登録を懐から取り出すと主に見せる。

「私はサラス共和国で見習い冒険者をやっているアリア・ベルと申します。

 このたび、アルタリア王国までの護衛を引き受け、猟犬の地竜とともに旅の途中でした」


「なんと、その年でこれだけのビッグラビットを討伐し地竜を従えているのか。

 驚いた!」


 宿の主は、かなり驚いたようだったが、それは手足をおられて地面に転がっている男たちも同じだった。

「くそっ!

 男を酔いつぶしておとなしい地竜を盗むだけの簡単な仕事だと聞いていたのに!」

「娘の方がこんなに強いなんて聞いていないぞ!!」

「あのやろう!

 こんな無茶な依頼に10万マールしか払わないなんて!!」

「次に見かけたら絶対100倍はふんだくってやる!」


 口々に悪態をついている。

「お前たちが心配するのは、官憲にどう言い分けするかだと思うぞ!」

 宿の主は転がっている男たちを残念なものを見るような視線で見下ろしながら言った。


 それよりも聞き捨てならないのは、誰かに頼まれたらしい点だ。

「あんたたちに頼んだのはどんな奴だったの!」

 わたしが声を荒(あら)らげて剣を突きつけると男たちはとたんに静かになった。


「もう一度言うわ!

 あんたたちに頼んだのはどんな奴だったの!」

 今度は声を低くして威圧を込めながらいう。


 リーダーらしき男に剣を突きつけると、観念したように男が口を開いた。


「知らねえ奴だったが、身なりはよかったな。

 前金で10万マール渡されて引き受けただけだ。

 上手く言ったらもう10万マールもらえるはずだった」


 どうやら黒幕が居るらしい。


「成功報酬はどこで受け取る予定だったの!」

 私は詰め寄る。

「ここから北にある森の入り口だ」


 ここまで聞いたところで、この国の兵士らしい人たちが到着し、地竜泥棒は連行されていった。 

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