第50話 さよならは突然に… (50話)

 10日の期限を過ぎても現れないローミラール第56艦隊の代表者に各国首脳が胸をなで下ろした。

 ローミラール星人の侵略騒動から1ヶ月後、サラセリアの街はすっかり平穏を取り戻している。

 私とカスミちゃんは壊された赤い月コロニーの再建に余念がない。

 3年前よりも魔力が増えた状態ではあるが、細部にこだわった建築物群は一朝一夕には復元できない。


 私は、カスミちゃんがたてた建築物を保護する方法を考案し、実践しているところだ。

 上手く行けば私のコロニーにも適応する予定である。




 結局9ヶ月かかってカスミちゃんの赤い月コロニーはほぼ元の景観を取り戻した。

 今度は簡単に壊れないように、できあがった粘土の表面を私のサイコキネシスを使い、ケイ酸塩どうしを共有結合させ強度を多少上げている。


 更に、都市をクリスタルグラスのドームで覆う。

 今回のドームはアクリル樹脂とクリスタルグラスの多層構造合わせガラスでつくり、強度を上げている。

 しかし、建造物の風化を嫌うカスミちゃんに配慮し、真空状態はキープしている。




 そして、二人だけの復興完了パーティーを楽しんだ後、サラセリアに帰還した私たちに門の所まで迎えに来ていたジョーイさんから驚くべき知らせがもたらされた。


「お帰り、カスミ、アリアちゃん」

「ただいま、おとうさん。

 どうしたの、こんな所まで迎えに来てくれるなんて珍しいわ」

「実はとても大事な話があるんだ。

 アリアちゃん、君はカスミの一番の友達だからできれば一緒に聞いて欲しい。

 いいかい?」

「はい、かまいませんが…

 いったい何の話でしょう。」

 「それは、家に着いてからにしよう」

 「分かりました」

 私はよく分からないまま、カスミちゃんの家まで一緒に行くことになった。


 ジョーイさんは暗い表情のまま黙々と歩く。

 道中は終始無言だ。 



 30分後、ギルドで報告と薬草の買取を終え、カスミちゃんの家に着いた。


 私たちはテーブルにつくとお茶を飲みながらジョーイさんの話を待つ。

 何から話していいか迷っていたらしいジョーイさんはお茶を半分ほど飲むと説明をはじめた。

「カスミ…

 カスミは死んだお母さんと私のことはまだ詳しく知らないよね」

「はい、お母さんが死んだのは私が4歳の時だから、面影くらいしか覚えていないわ。

 とても悲しくて泣いた記憶はあるんだけど…」

「ああ、そうだったね。

 私たちがどうやって出会ったかはまだ話していないはずだね」

「はい」

「実は私の実家はある程度金持ちで、私はそこの次男坊として生まれたんだ」

「それは聞いたことがあります。」

「かあさんは、私の家に手伝いに来るメイドさんの娘だった。

 カスミのおばあちゃんに当たるメイドさんについて、よくうちに来て、年が近い私と遊ぶようになったんだ。

 それから、二人で絵を描いたり庭で遊んだ入り、いつの間にかお互い好きになっていたんだ。

 けど、身分が違うため私の両親は結婚に反対だった。

 私は、どうせ兄が家を継ぐのだから自分が居なくても大丈夫だろうと家を出る決意をしたんだ。」


「それじゃあ、お二人は駆け落ちしたんですか!」

 思わず私は聞いてしまう。


「そうだ。

 世間知らずだったといえばそれまでだが、趣味で描いていた私の絵が欲しいという人もだんだんと出てき始めて、画家として食べていけると考えたんだ」


「すごいね、おうとうさんたち。

 それで家を出てどうだったの?」

 カスミちゃんが興味深そうに聞いてきた。


「家を出て、隣の国に着いて絵を描きながら生活した。

 書きためていた風景画や静物画を露天で並べて売ったり、その場で似顔絵を描いたりしながら街をまわれば、二人で食べていけるくらいの収入にはなった。

 実家に足取りをつかまれるのが嫌でしばらくは連絡を取らなかったんだが、カスミが生まれてしばらくして、やはりカスミのことを知らせた方がいいと思って手紙を書いた。」


「それでどうなったのお父さん」


「子供まで生まれたということで二人の中は認めてもらえたが、その頃にはすっかり画家として生活することになれていたので、結局実家に帰ることなく旅の画家を続けたよ。

 かあさんが流行病(はやりやまい)でぽっくり逝ってしまってしばらく絵が描けなかったが、カスミが居てくれたから何とか立ち直れた。

 それから、この街でお得意様ができて、気がつけばサラセリアで3年と9ヶ月も居着いてしまった。

 この街は本当に過ごしやすかったよ」


「それで、大事な話って昔話のこと?」


 カスミちゃんが聞くとジョーイさんは首を横に振った。

「いや、違う。

 私たちのなれそめを知らないと説明しにくい話だから話したんだ。

 実は、私の実家の兄が死んだ。」


「えっ…お兄さんが…

 あったことはないけど私にとって伯父さんだよね…」


「そうだ。

 そして私たちは二人兄弟で兄には子供が居なかった」


「それってもしかして…」


「ああ、実家に帰って家を継ぐことになる…」


「それじゃあ私も…」

 カスミちゃんは話の行方が見えたじろいでいる。


 わたしもとても気になる。


「ああ、出発は3日後だ。荷物をまとめておくように。

 馬車を買って家財道具と一緒に移動すれば、私の実家までは陸路で3ヶ月ほどかかる距離だ。

 なかなかここには戻ってこられない。

 挨拶すべき人にはきちんと挨拶しておくんだよ…」


「はい…」

カスミちゃんが元気のない返事をする。


 わたしもカスミちゃんも動揺した。

 精神年齢32歳とはいえ、この3年半、二人は親友であり、仲間であり、ライバルであり、戦友であり、そして姉妹同然だった。


 気がつけば私もカスミちゃんも自然と涙を流していた。




 3日後、ギルドのみんなや得意先レストランのダンカンさん、ヘンリー隊長に別れの挨拶を済ませたカスミちゃんは最後に私の所に来た。


「さよなら、アリアちゃん。

 いままでありがとう」

「さよなら、カスミちゃん

 私こそありがとう」

「しばらく会えなくなるけどあの約束を忘れないでね。

 いつか絶対会いに来て!」

「分かってるわ。

 カスミちゃんこそ、約束の花壇を忘れずに造ってよ!」

「任せて!

 おとうさんの話では、実家はかなり大きいらしいの。

 花壇に花文字を造るなんて簡単よ」

「文字は何にするの?」

「私たちだけにしか分からないように、日本の漢字で香澄と描くわ!

 たて10メートル、横20メートルの大きな花壇よ」

「それならきっとかなり上空からでも見つかるわね。

 かならずクレヤボヤンスで見つけてテレポートで会いに行くわ!」

「うん、待ってる。

 移動に三ヶ月かかるから、それから花壇を作り始めるわ。

 約束は1年3ヶ月後の花の季節よ!」

「うん、分かった!必ず会いに行くね!!」


 私たちは再会と互いの友情の不変を誓いあってしばしの別れを告げた。


 カスミちゃんの実家までがどんなに遠くても、魔獣や盗賊が出ても、カスミちゃんが居れば心配する必要はない。

 私もカスミちゃんも今やこの世界の最強の一角だと自負している。

 護衛を雇うというジョーイさんを二人で説得したのが、私たちの最後の共同作業だった。


 私はカスミちゃんの花壇が完成するのを待つことを誓った。


 しかしこのとき、私にも大きな転機が訪れようとしていることを当時の私は全く考えもしなかったのであった。


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