第14話 王子とお見合いです… (14話)

 ステータス測定の3日後、王宮からの呼び出しでお父様がいつもより早く出立した。

 帰ってきたお父様はやや興奮気味だ。

 その理由は夕食の席で家族みんなに語られた。


「アイネ、第二王子のキャスバル様は知っているな」

「はい、王族の方の新年のパレードで遠くから1度お見かけしたことがあります。

 キャスバル様が何か?」

「おまえが婚約者候補となった」

「なっ!なんでですの?

 私よりもふさわしい方はたくさんいるのではございませんか?」

「いや、ひいき目なしで見てもおまえほど可愛い令嬢はいないと思うが、爵位では公爵家にも年齢の近い令嬢はいる。

 実際今まで候補に挙がっていたのは公爵家から2人だった。

 今回おまえが加わって婚約者候補は3人になった」


 お父様がうれしそうに説明してくれるが、私は納得いかない。

 その上いい知れない嫌な予感がする。


「そんな!公爵家の方と争えば我が侯爵家に不利益が生じませんか?」

「いや、それはないであろう。

 おまえと同じ5歳ながら武芸も聡明さも群を抜いているキャスバル殿下は王太子候補筆頭の呼び声も高い。

 そしてキャスバル殿下は生涯をともに歩むお后候補を自分で選びたいと言っている。

 今回、アイネが候補入りしたのも、昨日の測定会をご覧になられていた殿下のご希望らしいぞ」


 お父様の言葉に『なに、そのませた5歳児は!』と心の声を上げた私だが、精神年齢27歳の5歳児である私が突っ込めた義理ではないので、何とか言葉を飲み込み、普通の反応をしてみせる。


「えっ殿下が見ておられたのですか?」

「そうだ。

 キャスバル殿下はおまえと同い年だが、王族なのでおまえたちが測定する以前に、真っ先に測定したそうだ。

 公表されていないが王子のステータスもなかなか高い数値だったようだ。

 その後、同世代の貴族の子がどの程度のステータスなのか気になって見学していたそうだ。

 おまえのすばらしいステイタスに感動されたのか、愛らしい容姿に一目惚れしたのかは分からないが、測定会後に、殿下直々に父である国王陛下におまえの婚約者候補入りをお願いしに行ったと言うことだ。

 明日は3人の婚約者候補と面会なさるそうで、これからしばらくの間、親交を深めて最終的に婚約者を決めるという話だった。

 よかったな。もしかすると将来玉の輿かも知れないぞ」


 お父様は上機嫌だ。



 しかし私はどこかに何かが引っかかっていた。

 悪い予感がするのだ。

 何か重要なことを忘れているような…。


 確かに王妃に収まることができれば今世での栄華は保証される。

 現在は周辺国との関係も良好で、民意も安定している。

 仮に婚約者に選ばれなかったとしても、王族の婚約者候補だった令嬢は、引く手あまたでそれなりのところに嫁入りできるようになっているらしい。


 しかし、何だろう。

 この胸につかえるような悪寒は。

 魚の骨がのどに刺さってとれないときのようなもどかしさ。


「これからは王子の伴侶としてふさわしい教養を学ぶようにしないといけないな。

 早速、家庭教師の手配だ。

 学園入学までに基本を身につけてもらうぞ。

 なに、まだ7年もある。

 これからしっかりと勉強すれば十分間に合う。

 アイネ、ガンバるのだぞ」


 お父様はとてもうれしそうだ。




 この世界では12歳までに基礎的な教養は習得する。

 平民は7歳から希望者が教養学校に入学し勉強するが、ある程度学費がかかるので、商人や騎士、兵士の子女が多くかよう。

 学校に通わない平民の子は家業などを手伝い7歳から働く者が多い。

 貴族は家庭教師をつけて勉強するが、家庭教師を雇えないほど貧乏な家は貴族でも教養学校に通うことがある。


 そして12歳になると、ほとんどの貴族は王立学園高等部に入学し、3年の間、高度な知識や魔法、剣術を学ぶのである。

 教養学校卒業生も優秀ならば学費免除で王立学園高等部に入学できるので、平民の学生も各学年に2割ほど存在している。


 王子の婚約者候補となった私は教養学校で学ぶ内容に加えて王族教育と魔法の練習などを家庭教師から習うことになるのだろう。

 しかし、実際のところクレヤボヤンスで暇なときに盗み読んでいる王立図書館の書籍や前世の知識のおかげで、私はかなりの学力を持っているのである。

 なぜそれが分かったかというと、2歳年上のロイ兄様の授業を興味本位で一緒に受けたことがあるからだ。

 数学はもちろん前世の小学校レベルからであり、高等部入学までに必要な学力も小学校高学年以下のようなのだ。


 紙が羊皮紙しかなく、とても高価なこの世界では、教科書は存在せず、ひたすら家庭教師の先生の知識を暗記するのみである。

 書いて覚えるため石版とチョークに似た白墨はあるが、基本、書いては消すため文字の保存が利かない。

 そのため、教科書・ノートを見直すことができす、とても効率が悪いのだ。


 その点私は、いつでもクレヤボヤンスで書籍を見直すことができる上に、もともと暗記は苦にしないので、5歳にしてこの世界の歴史や地理はほぼ習得済みである。



 明日の王子との顔合わせとこれからの退屈そうな勉強を思うと鬱が入ってくるのをごまかしきれずぼーっとしてしまい、お母様から注意された。

「アイネ、ぼーっとしていないで明日は王子様と会うのだから、はやく休んで明日に備えなさい」

「分かりましたお母様。お休みなさい」


 私は促されるまま部屋へと引き上げた。




 翌朝、早くからメイドが起こしに来たため朝の訓練は中止である。

 朝から髪と同じ水色のドレスを着込んだ私は王宮へ向かう馬車へ両親とともに乗り込んだ。

 朝の鍛錬代わりに揺れる馬車の中で空気いすを実践した。

 城門の前で馬車を降りたときに、ドレスがしわになっていなかったことを母から訝(いぶか)しがられたが、知らないふりをした。



 謁見の間には私の他に2組の親子がいた。

 金髪碧眼の美少女がナターシャ・ヴォン・ヨークシャー公爵令嬢、赤髪茶目の美少女がイリア・ヴォン・ステットブルグ公爵令嬢である。

 ステータス測定の時に私の前にいた侯爵家の5歳児3人のうちの2人だ。

 私たちはお互い挨拶を済ませ謁見を待った。


 幾ばくもしないうちに王子の来訪が告げられる。

 一段高いところでにこやかにほほえむ金髪の美少年が声を発した。


「婚約者候補のみなさん、本日はよくお集まりくださいました。

 皆様方は我が国を支える名家の出身で、いずれの方が妃となられても立派につとめを果たされることでしょう。

 これから婚約者が決定する15歳までの間、研鑽を積んでもらい、私との相性なども勘案して正式に決定したいと思います。

 また、候補から外れた方にも待遇は保証いたします。

 私とともに励みこの国を支えましょう」


 5歳らしからぬ立派な挨拶を暗唱した王子の顔を見たとき、私は昨日から感じていた不快感の正体に気づいた。

 いや、正確には思い出したというべきか。

 そういえば私や家族の名前にも何か既知感があったのだ。

 それが王子の顔を見て全て一つにつながった。


 この世界は私が中学校の時にはやった乙女ゲームに酷似している。

 私は、友達と話を合わせるためにプレーしていただけで、メインルートしか攻略していなかったが、当時の友達との話でゲーム内容はある程度詳しく知っている。

 そしてキャスバル王子はメインルートの攻略対象者だった。


 ゲームのヒロインは平民出身の黒髪黒眼の美少女。

 ゲーム開始時には男爵令嬢となって登場するその子の名前はデフォルト名でカスミ・レム・ワットマン。


 そして私はゲームの中で他の2人の令嬢と主人公を邪魔する存在。

 悪役令嬢アイネリア・フォン・ヘイゼンベルグだったのだ。



 まずい。このままではよくて修道院、最悪縛り首だ。

 ただでさえ実験動物コースも見えているのにこれ以上破滅エンド増やしてどうするというのだ。

 もはや一刻の猶予もない。

 破滅回避のための準備に入らねば…。


 そんな思いを抱いていると、私が王子に挨拶する番となった。

 爵位の高い順に挨拶していたようだが、考え事に集中してしまいボーッとしていたようだ。

 促されるまま、王子の前に立ち、スカートの裾を持ち上げる淑女の礼をとると王子に自己紹介した。

「アイネリア・フォン・ヘイゼンベルグにございます。

 何も分からぬふつつか者ですが、一生懸命に務めさせていただきますのでよろしくお願いします」

「キャスバル・デル・アルタリアだ。

 アイネリア嬢、こちらこそよろしくたのむ。

 ところでアイネリア嬢の特技は何かあるか?」


 王子の問に、未だショックから脱し切れていなかった私はつい正直に答えてしまった。

「剣と魔法を少々たしなみます」



 言い終わって冷や汗がこめかみに流れた。


 しまった。

 これは令嬢としていかがなものか。

 そもそも魔法は家族にも話していない。


 そういえば他の令嬢は歌とか楽器とか言っていたような気がする。


 やらかした!



 私の動揺をよそに、王子は興味深そうに言った。

「おう、魔法が使えるのか!

 それは是非見てみたい。

 それはこの場でできるか?」



 私は自分のうかつさにめまいがしたが、こうなったら開き直るしかない。

 実験動物コースを回避するためにも差し障りのないものを披露してごまかそう。

 目が泳いでいる自覚はあるが何とか正気を保って言葉を続けた。


「はい。

 ステータス測定で魔力が高かったので、こっそり家にある本を読んで一昨日から練習していました。

 では覚えたてですから、上手く行かなかったらご容赦くださいね」



 何とか言葉を発した私は初心者でも使えそうな風魔法を、周囲にダメージがないように慎重に準備する。

 風を吹かせたいところに気持ちを集中させ、空気の動きを制御し、風の向き、強さ、範囲を明確に意識する。

 本当は詠唱する必要は無いのだが、無詠唱で風を発動させれば更に事態を悪化させると思い、魔法大全の呪文を思い出しながら言葉を紡ぐ。


「真理の探究者たる我が名をもって命ずる。

 万物の真理より風を取り出し、我が前方に風を吹かせたまえ。

 我が名はアイネリア・フォン・ヘイゼンベルグ。

 ヘイゼンブルグ侯爵家が長女なり。風よ吹け!」


 その瞬間、私から王子に向けてそよ風が吹き、王子の金髪が風になびいた。


 上手く行った。

 有り余る魔力量で暴風を王子に叩きつけないかと心配したが杞憂であった。

 この程度なら初心者としても十分使える範囲だろうと胸をなで下ろし、周りを見るとまるで時間が停止したようにおとなたちが固まっている。

 石化の魔法は知らないのだがと思っていると、王子の後ろに控えていた王と王妃から感嘆の声が上がった。


「素晴らしい。5歳で魔法を発動できる人間など、我が国の有史以来数名しか確認されていない。

 しかもそのほとんどが有名な魔法使いや冒険者になったという。アイネリア嬢は国の宝だ」

「本当に素晴らしいですわ。

 ヘイゼンベルグ家は魔法に秀でた家系と聞きますが、まさか本を読んだだけで魔法を発動できる人間がいるなど…

 本当に誰にも習わずに習得したのですか?」


 王と王妃の言葉にまたやらかしてしまったことを認知した私は冷や汗をぬぐいながら何とか答えた。

「はい。

 お父様の留守中に書斎のご本をこっそりのぞきました。

 お父様ごめんなさい」 


 あざと可愛く言い切った私に、やっと正気に返ったお父様は何とか言葉を発した。


「いや、驚いた。

 文字の読み書きは練習を始めたと聞いていたが、まさか魔法書を読みこなすとは、我が娘ながら素晴らしい。

 しかしアイネ、もう勝手に書斎に入ってはいけないよ。

 あそこには大事な書類もあるのだからね」

「はい、分かりましたお父様。ごめんない」


 本当はクレヤボヤンスとサイコキネシスで読んだんで書斎には入っていないんだけど、もう忍び込まないと誓って見せ、父を安心させ、何とか5歳の子供を演じきった。


 疲れた。

 今日一日で10歳は老け込んだような気がする。


 実際10歳老け込んでも、まだ15歳だから老けたとは言えないのだが…


 心の声に一人突っ込みしながら私はようやく王城を退去した。




 謁見は無事に終わったが、帰りの馬車の中で両親は興奮気味だった。

 娘が5歳で魔法を発動できたことがよほど衝撃だったのだろう。

 この調子では、もし私が月の裏に地球型現代都市を建造していることがばれたらどうなるか分からない。

 まあばらすつもりはないが…



 両親の浮かれ具合をよそに、私は悪役令嬢としての破滅エンドを避ける手段を必死に考えていた。

 学園生活が始まるまであと7年。この間に何とかしなければ私の今世に未来は無いのである。


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