第3話 風魔法?を覚えました…(第3話)
次に目を覚ますとどうやら昼食の時間だったようだ。
朝食後に書斎をのぞき見したのだから、地球時間でおよそ4時間が経過したというところだろうか。
昼間は父が不在のことが多い。
仕事に出ているためだろう。
食堂には母と兄に給仕をしてくれているメイドがいるだけだった。
すぐに、私は父の書斎にクレヤボヤンスの視点を移す。
魔法大全は床で広がったままだ。
真ん中くらいのページが開かれており、ページ番号は39になっている。
厚めの紙に手書きで文字が書かれている。
絵本もページ数の割に分厚かったが、どうやらこの世界には薄い紙を作る技術がまだ無いようだ。
早速開いているページの内容を確認する。
風魔法の1と見出しが付いたページには説明と図、そして呪文がかかれていた。
呪文か…。
残念ながら胎児な私は呪文を唱えることができない。
というか声そのものが出せない。
なんせ胎児なのだから。
まあ知識だけでも頭に入れておくかということでそのページを読んだ。
風魔法の1
風魔法は風を吹かせる魔法です。
風を吹かせたいところに気持ちを集中させ、風の向き、強さ、範囲を明確に意識します。
後はその場所に魔力を込めてイメージを保ちながら呪文を唱え念じ続けます。
1度の呪文で発動しない場合は、魔法が発動するまで何度でも呪文を繰り返しましょう。
呪文は個人によって多少変わりますが典型的な呪文を紹介しておきます。
他の属性魔法と同じように、達人級の魔術師は意識を集中するだけで呪文を唱えなくても魔法を発動させることができるそうです。
この本が書かれた現在、風魔法を無詠唱で発動できるのはルーゼンハイト国の宮廷魔術師長だけとなっています。
なお、集中力が切れれば何度呪文を唱えても魔法は発動しません。
10分続けても風が吹かないときは一旦中断し、休憩を取って再チャレンジしてください。
魔力切れに注意しましょう。
【呪文】
『真理の探究者たる我が名をもって命ずる。
万物の真理より風を取り出し、我が前方5メートルの位置に強き北風を吹かせたまえ。我が名はエリットマン。
ヘイゼンブルグ侯爵家が5代目なり。北風よ吹け!』
長っ!
初歩でこれなら中級とか上級はどんだけー!
長さの単位はこっちの1メートルが前世の1メートルと同じとは限らないけどいろいろ問題がありそうな呪文だ。
しかしこれで、この世界が異世界だということがほぼ確定した。
このような実用書的な内容であれば、この世界では魔法が普通にあることになる。
早速試してみたい。
けど今の私はしゃべれない。
さてどうしよう。
思案すること数分。
一つのアイデアがひらめいた。
地球の知識では風は空気中の気体分子の動きがある一方向に偏って起きていると見なせる。
空気は窒素78%、酸素21%、アルゴン1%、二酸化炭素0.3%の混合気体である。
この世界では組成が違うかもしれないが…。
しかし、気体分子の集まりだということに変わりは無い。
気体分子は熱運動によって空中を飛び回っている。
その早さは新幹線程度から飛行機程度まで分子の種類やサイズによって様々だ。
もしこの空気の構成分子の熱運動を同じ方向に揃えることができたら……
それは風という現象を引き起こすのではなかろうか。
分子を動かすのに私の会得したサイコキネシス(念動)を使えないだろうか。
早速私は落ちた本の右側の空気に意識を集中した。
見えるはずのない極小レベルの分子を前世の知識で意識して、その熱運動の方向を本に向かって統一するように念じサイコキネキスを発動した。
瞬間。
分厚い魔法大全が宙に舞った。
部屋の一番奥の本棚前から入り口のドア横の壁にぶつかるまで。
ドンという音を立てて本が床に落ちる。
まずい。
本が壊れたかも。
慌てて私は視点を動かし本を観察する。
背表紙は無事だ。
よかった。
上角の表装の厚紙が少しへこんで角が丸くなっている。
よかった。
この程度なら、ばれないかもしれない。
私はことが露見する前に本自体をサイコキネシスで持ち上げ、本棚の元あった位置へと戻した。
一仕事終えた直後、物音に気がついたメイドが書斎のドアを開け、異常が無いことを確認すると首をかしげながら出て行った。
危なかった。
ここで私の視野がブラックアウトし始める。
そしていつもの音が聞こえてきた。
『ピンポンパンポン サイコキネキス ウインドブラストもどき(風魔法・突風もどき)を習得しました』
なんだ、呪文無くても風魔法できたじゃない…。
サイコキネキスって便利だなあ、もどきって付いてるけど。
なんて思いながら私は眠りに落ちた。
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