第24話 三百年祭7

 舞台の上で、リィナが笑顔を浮かべて立っていた。

 新たな姫巫女が誕生しようとしていた。村中はそのことに驚きと喜びを持って迎え入れ、歓声を上げて沸き立っている。

 ヴォルフは舞台の上で姫巫女としてお披露目されるリィナを、やりきれない思いを抱えながら見つめていた。

 リィナに別れを告げられた後、戻ってきたエンカルトによって、ヴォルフはその場から追い出された。

 拒絶した彼女を連れ出すことは出来ず、そのまま言葉を交わすことなく別れることとなった。

「リィナ!」

 目の前から立ち去ろうとする彼女の名をもう一度呼んだが、返されたのは、彼女の悲しげな視線だけだった。

 リィナはヴォルフの差し出した手を取ることはなかった。

 そして今、リィナは舞台の上で姫巫女として祭り上げられ、いつものような可憐な笑顔を浮かべて村中からの祝福を受けている。その笑顔がヴォルフの目に痛々しく飛び込んできて、村中の歓喜の声がヴォルフの焦燥感をあおる。

 グレンタール中が、姫巫女の誕生にわいていた。

 祝福と歓声が重く耳に響く。あの舞台の上で笑顔を浮かべているリィナには、どのようにこの歓声は響いているのか。

 リィナが笑顔でそれに応えているのを苦々しい気持ちで見やる。

 誰もがリィナがリィナの身の上に起こった力の発現を幸運と思っている。リィナの友人達はうらやみながらも祝福し、仕事先のアヴェルタは急にいなくなっちゃ困ると言いながらも笑顔で送りだそうとしている。

 一般的には栄誉な事なのだろう。なぜ、このことを幸運と思える者の元に起こらず、望まぬ者の元で起こるのか。

 ヴォルフは遠くからリィナを見つめながら、その皮肉さを呪った。


 翌日にはリィナは神殿へと上がる。もう一度とヴォルフはリィナと会う機会を狙ったが、それはかなわぬまま夜が明けた。

 リィナがグレンタール神殿に姫巫女として召される、その日が来た。

 それはグレンタールにとっても名誉なことであるから、村をあげて姫巫女の門出を祝い、祝福と共に送り出される運びとなっている。

 村の中心部には住民が集まり、神殿へと続く道へと花道が作られている。ヴォルフはリィナが運ばれて行くのを、人混みの中から見ていた。

「リィナ!」

 祝福と歓声の中、ヴォルフは目の前を輿にのって通り過ぎてゆく少女に向けて叫んだ。ゆっくりと通り過ぎてゆく目の前で、リィナの肩がびくりと震え、顔がヴォルフに向けて振り返ろうとした。けれど、その動きは途中で止まり、そして、またゆっくりと前を向く。

 嫌なのではないのか。

 その横顔を見ながら、心の中で少女に問いかける。

 このまま諦めるのか。

「リィナ……っ」

 ヴォルフのかみ殺されたつぶやきは、歓声の中にかき消された。

 小さな後ろ姿に焦燥感を覚える。

 ヴォルフは、力のない己のふがいなさに腹を立てていた。

 神殿に直接刃向かうのは危険が多すぎる。ましてやリィナの両親の命がかかっているのだ。無理矢理連れ出そうとしたとしても、リィナは決してそれを望まないだろう。

 また、ヴォルフ自身の立場もあった。神殿にたてつくなど、次期領主が起こして良い反乱ではない。ましてや、首都エルヴァルドの騎士団に出向している身だ。騎士団の信頼を貶めるようなまねもするべきではない。

 言い訳があふれるようにヴォルフの中にわき上がる。

 それでも。ただ一言、リィナが助けを望んだなら、ヴォルフは助けることを選ぶつもりでいた。この場であろうとも、連れ出して逃げても良いと思うほどの覚悟さえ持っていた。

 リィナが嫌だという意思表示さえすれば、難しくても、手立てはあるのだ。確かに危険もあるし、うまくいく保証もない。しかし、コンラートが言ったように、神殿での生活は望まぬ者にとっては牢獄となる。人生の最後に、自分を捨て外の世界と縁を切り、何も望まず人のために生きていく場所なのだ。

 彼女がその意志を示さないことには、ヴォルフにも正当に彼女の生活を取り返す手立てがないのだ。

 リィナ! 俺を呼べ……!!

 ヴォルフは、去りゆくリィナに心の中で叫ぶ。しかし彼女は振り返ることもなく、神殿へと消えていった。

 守ってやりたいと思った少女は、ヴォルフの腕からすり抜けていった。


「……くそ!!」

 ヴォルフは自室で一人、声を荒らげた。やりきれない怒りに、拳を机にたたきつける。

 無理に笑顔を浮かべたリィナの姿が脳裏から消えない。

 ヴォルフの声に気付きながら振り返ることさえ拒むしかなかった、あの姿を思い出すだけで苦しい。

 無理矢理にでも連れ出せばよかったと後悔がこみ上げてくる。

 リィナが助けを求められるはずがないのだ。どんなに望まぬ結果でも、リィナを取り巻く環境全てが、彼女が助けを求めることさえ許さなかったのだ。

 ヴォルフはリィナに出会ってからのことを思い出す。

 純粋な好意をにじませて、笑顔を向けてくるリィナがかわいかった。

 その笑顔を守りたかった。なのに。

 ヴォルフは自分の無力さふがいなさに、ぎりぎりと奥歯をかみしめた。

 なぜ俺は彼女に決断をゆだねた。彼女が行きたくないと思っているのは知っていたというのに。最悪でも、自分ならば彼女の両親を神殿の見張りから救い出し、リィナをとどめることが出来たのではないかと。

 そうしたところで逃亡生活がその先にあることを考えると、思い切れない。

 リィナの後の生活を考えると、リィナが意志を示し、時間をかけてでもグレンタールで安全を勝ち取るために争った方が最善に思えたし、無理矢理連れ去るのは選択肢としてなり得なかった。

 何より、自ら動かぬ者を、他人が力尽くで行えば、必ずひずみが出る。必ず悔いる日が来る。己に責任を持たぬ悔いは消えることはない。それをリィナに背負わせたくなかった。

 だが時にはそれが必要なときもあるのではないか、そして、これこそがその時だったのではないか。

 今となっては、あの時の自分の決断が正しかったのか、間違っていたのかさえ、ヴォルフには判断が付かなくなっていた。

 ヴォルフは何度目かの拳を机にたたきつけた。

「……くそ!!」

 今にも泣き出しそうだったリィナの笑顔が何度もよみがえっては消えてゆく。その度に後悔が自身をさいなむ。

 もっとやれることがあったのではないか。もっとうまくやればリィナを守れたのではないか、と。

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