第13話 神殿の思惑2

「私はしばらくリィナ殿とコンラート殿、それからラウラ殿とお話があります。お人払いを」

 エンカルトが同じ紫泉染を纏っている神官長に申しつけた。

 いつの間にかラウラも瞑想室に来ていたことに気付く。

「しかし、このような大事に席を外せとは、納得がいきませぬぞ」

 状況について行けないのはリィナだけでなくこの場にいた神官達も同様らしく、躊躇っているのがリィナの目にも分かった。このエンカルトという神官は、グレンタールの神官長にすら命じられるほどに力のある存在ということなのか。

 リィナの目の前では、まるで他人事のように事態が勝手に進んでいた。その渦中にある筈のリィナには、何が起こっているのか全く把握できずにいるというのに。

「これはエドヴァルド神殿の意向です。内密にされておりましたが、リィナ殿の力の発露は先読みされていたこと。このことに関する対処は私に一任されております。……よろしいですね?」

 エンカルトの有無を言わさぬ姿勢に押されるように、瞑想室から巫女や神官、守人が出ていく。

 残されたのはリィナとエンカルト、そしてコンラートとラウラに、兵士が二人。

 扉が閉ざされると、すぐに二人の兵士が剣を抜いた。

「コンラート殿、そしてラウラ。動けば安全を保証できません」

 冷ややかなエンカルトの声が、二人の動きを封じた。

「リィナ殿。これからあなたは力を磨き、姫巫女になってもらいます。良いですね」

 リィナは未だに事態がつかめていなかった。

 呆然とエンカルトを見て、そして剣を突きつけられる両親を見る。

「……それは、命令ですか」

「そう見えますか?」

 くすりとエンカルトが笑った。

「脅迫されているのだと、感じています」

 リィナは言葉を選びながら慎重に答えた。

「なぜ、ですか。守石が光ったといっても、私に何かが見えたわけではありません。私は、私に力があるとは到底思えません。たった一度のあの光でなぜここまでするんですか」

 リィナは一気に言ってから、ドクドクとはねる心臓の音を聞いていた。

「なるほど、しっかりしたお嬢さんだ。この場でそれだけのことを言えるとは」

 幾分楽しげに言って、エンカルトはちらりとコンラートを見る。

「エンカルト、どういうつもりだ」

 コンラートが低く恫喝した。

 その声に、リィナがびくりと震える。穏やかな父が、こんな声を出したのを初めて聞いたのだ。

「……もう、あなたは私を呼び捨てにできるような立場にはないはずですよ、コンラート?」

 エンカルトが嘲笑するように笑った。敬称を省いて呼ぶ名は、どこか怒りを帯びている。

「姫巫女の娘を、……それも、これだけ力を秘めた娘を、いつまでも個人の手に置いておけるとお思いか? 私がそれを許すとでも? あの頃とは事情が違うのですよ。姫巫女の跡を継ぐ新たな巫女がいないのをあなたもご存じでしょう。リィナ殿は守石をまぶしいほどに輝かすほどの力を秘めた巫女です。過去の過ちなど些細なこと。リィナ殿の存在は手のひらを返したように喜んで受け入れられるでしょう。今まで好きにさせて差し上げたのですから、リィナ殿は神殿に返していただきましょうか」

「勝手なことを言うな。リィナは私の娘だ。神殿の物ではない。本人が望みもしない物を返せなどと。娘を神殿に閉じ込める気などない」

「あなたの意見など聞いておりません。あなたの言葉など今更塵にも等しい。そしてそのような立場に成り下がるのを選んだのはあなただ。あなたは私に逆らうことすら許されぬ立場なのですよ。あなたに敬意を示しているのは、……そう、お世話になったあの頃への敬意に過ぎません。分かっているのでしょう?」

 エンカルトの言葉が挑発めいてくる。

 リィナは、もうすでに話を理解できずにいた。かろうじて分かったのは、自分が神殿から求められているということ、エンカルトと呼ばれるこの神官と父との間に、以前何らかの確執があったであろう事だ。

 そして自分が、姫巫女の娘、と呼ばれた意味について考えていた。

「ご存じですか、リィナ殿」

「……は……?」

 突然話を振られて、リィナはエンカルトを見た。

「あなたが、何者か」

「私の娘です!!」

 エンカルトの言葉を遮るように、それまで黙っていたラウラが叫んだ。

「リィナは私の娘です。神殿には関わりのない娘です」

 硬い表情でラウラが静かに言い切った。

「神殿に返してもらうなど誰に言われる筋合いもございません。神殿に入るかどうかは娘の決めること。強要などされるいわれはございません」

 リィナは息をのんだ。ラウラがこれほどまでに厳しい表情をするのも初めて見た。優しく朗らかな母だった。それ故に分かってしまう。

 両親二人が必死で隠そうとしている何かが確かにあり、間違いなく自分に関わることなのだと。そしてそれは神殿に深く関わっている。

 リィナの知らないところで、なのにリィナに関わる大きな何かが隠れている。

 状況が全くつかめない。けれど、一つだけ確かなことがある。リィナには神殿に巫女として入りたいという気持ちは欠片ほどもないという事だ。

 だから、このエンカルトという神官が何を言おうと、惑わされてはいけない。

「ラウラ殿。あなたの献身には私も頭が下がる思いです。ですが今回はその忠誠を捧げる場所を間違えているとだけ、言わせていただきましょう」

 にこやかなエンカルトの表情が恐ろしい。体が勝手に怯えて震えてしまう。

「神殿と関係ないなどと、よくぞ堂々と言えた物だ。リィナ殿は、今コルネアに唯一人しかいない姫巫女の、唯一人のご息女だというのに」

 微笑みながら、エンカルトがリィナの目を射貫くように見ていた。

「リィナ殿、これは神殿の未来に関わることです。あなたには巫女となる義務がある。その出生に、その血に」

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