第14話 神殿の思惑3
今、時渡りの神殿は巫女の力の具現が少なく、権威が傾きかけていた。
数多いる巫女の力は微細な物ばかり。明確な時を読めるほどに力を持つのは、先読みの力を持つ姫巫女、唯一人。
とはいえ姫巫女の先読みも自在に行える物ではなく、普段は簡易的な先読みで、曖昧に感じる未来を己が経験で読み解いて行くのみ。彼女が持つ最大の力が発揮できるのは、神託が降りたときにのみだった。
それでもコルネア国内において時渡りの神殿の信仰による影響力は大きく、国としても庇護することで神殿の持つ力の恩恵を受けていた。
しかし国の保護が大きくなるほどに、神殿の発言力は奪われてゆく。それを懸念した神殿側は、新たな力のある巫女の出現を望んでいた。時渡り神殿への畏敬の念を抱かせ、信仰を深める象徴として。
そこへ来て、リィナの力の発露である。
エンカルトはリィナの力を試す日を待ちわびていた。しかしコンラートとラウラによる妨害が激しく、今まで叶わずにいたのだが、ついにリィナを神殿の中に呼び寄せることが出来たのだ。
グレンタール神殿における姫巫女役の修行は、この上なく都合の良い餌となった。姫巫女の血を受け継ぐ娘は、自ら神殿へと足を踏み入れた。神殿の強い意向としてエンカルトが裏から圧力をかけた為に、コンラートも今回の抜擢を防げなかった。
期待はしていたが、あれほどの輝きを放つほどの力をあの娘が秘めているとは、エンカルトも想像だにしていなかった。思い出すだけで、背筋が震えるほどの守石の輝きだった。力が安定していないのか、最初の数日は全く反応のなかった守石に、エンカルトも半ば諦めていたのだが、最後の最後に思わぬ収穫となった。
久しく現れなかった力のある巫女。あれだけの光を放てるということは、すぐにも母姫巫女を超えるであろう力が予想される。
「少し、昔話をして差しあげましょう」
エンカルトがにっこりとリィナに話しかけた。
「十六年前。当時、姫巫女に選ばれることが決まったばかりの巫女が、子をはらんでいることが分かりました」
「エンカルト、何を言うつもりだ」
コンラートが静かにエンカルトを睨み付けたが、エンカルトはちらりと視線を向けただけで聞き流す。代わりに兵士が動き、剣を突きつけ発言を制した。
「その父親が誰かは、今もまだ分かっておりません。一応、ね」
思わせぶりな視線はコンラートに向けられ、そしてリィナを再びとらえた。
「ただ、姫巫女の御子ですからね、表沙汰には出来ませんが、神殿はその子が生まれたら、それなりの保護をし、末は神官か巫女となれるようにお育てするはずでした。ところが巫女に縁談が持ち上がったのです。王家との、ね。姫巫女となれば、神籍に入り、王家との婚姻が許されるようになります。すると、おなかの中の御子は非常にやっかいな存在となりまして。存在そのものが隠されることが決まりました。そして生まれるとすぐに、そこなコンラートとラウラに託され、秘密裏に神殿を出されたのです。といっても姫巫女の娘ですからね。神殿も見捨てるようなことなどしません。そこなコンラートとラウラは、このグレンタール神殿で非常に高い地位についておられたでしょう? あなたをお育てする代償を得ていたのですよ」
「……そのような物言いは、非常に遺憾ですわ、エンカルト様」
静かなラウラの声がエンカルトの言葉を遮った。
「育てる代償などとはよく言った物。神殿から出ようとした私どもに問答無用で押しつけた口止め料ではありませんか。神殿に置いたのも監視のため。娘の心を惑わしたければ、私の目の届かないところでやるべきですわね。私の娘にそのような戯れ言を吹き込むのは、遺憾きわまりない。そのような戯れ言を吹き込まねば連れて行けぬようでは、先がしれているという物。私の娘相手では、そのようなはかりごとはそのうち破綻しましょう。それとも、あなたは、その程度の戯言に騙される愚かな娘がお好みですか」
「確かに、それは失礼した」
くくっとエンカルトが笑う。ラウラの言葉すら楽しんでいるような様子に、ラウラは眉を寄せる。
「そもそも、姫巫女になれとあなたは娘におっしゃっていますが、巫女とは、己が意志でなる物。娘の意志を聞いてないように思うのは、私の気のせいでありましょうか?」
「意志などというそんな建前など、ないも同然であるのはあなたもご存じでしょうに」
エンカルトが楽しげに笑う。
「母親とは子供の幸せを願うもの。子供の幸せの為に存在しているのですよ。娘をこの腕に抱いたときより、私の覚悟は決まっているのですわ。リィナは私の娘です。誰の血を引いていようと。どういう生まれにあろうと。この子は生まれた頃より、私がこの手で育ててきました。誰の思いを踏みにじろうと、誰にたてつくことになろうと、娘が望まぬ事を、選択させるつもりはありません。たとえ、この身が刃で脅されようとも」
「……なるほど、姫巫女様は本当に良い養母を選ばれたようだ。ただ、母親として少しばかり有能すぎましたかな。ずいぶんと板に付いた母親ぶりだ。あれほどまでにあなたが心酔していらっしゃった姫巫女様への忠誠も忘れるとは」
楽しげな声に、不穏な感情が交ざったように聞こえた。
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