第12話 神殿の思惑1

 その時、その場のこわばった空気から解き放つように静かな声が響いた。

「娘の言うとおりでございます、神官長殿。娘は今まで一度も力の片鱗を見せたこともありません」

 リィナはその声に縋るように目を向けた。

「お父さん……!」

 突然瞑想室に現れたコンラートの姿に、リィナはほっと息を吐く。穏やかな表情の父親の姿、そして向けられた笑顔に安心した。

「驚いたよ、おまえがなにやらすごい力を出したとか言うから」

 走ってきたよ、と笑って声をかけてくるコンラートに、リィナはうん、とうなずく。

「私も何のことか分からなくて……何かの間違いだと思うんだけど」

 父娘の和やかな会話は神官によって遮られる。

「間違いではありませんよ。この場にいた者、全てが、リィナ殿が持つ守石が輝くのを見ております」

「……他の誰かの力、という事は……」

 躊躇いがちにリィナが口を挟むと、神官はしっかりとリィナを見つめて首を横に振る。

「その手にある守石のみが輝いたのですから、それもあり得ませぬ」

「でも、何も、見えませんでしたし……」

 困惑しつつもリィナは、まだこのときは気楽に考えていた。

 自分に力があるとは思えない事もあったし、あったとしても自分がどうなるかという発想がなかったためだ。

 だが、それがいかに甘い考えだったのかを、すぐに知ることになった。

「リィナ殿、ですね」

 静かな声がまた新たに割り込んできた。

 その声をした方を見ると、どこか洗練された、紳士的な男が一人立って、リィナをじっと見ている。衣から判断するに、高位の神官のようだ。目の前の神官と同じように、紫泉染の衣を纏っている。けれど、位の割にずいぶんと若い。三十代前半、といった頃か。

「……エンカルト」

 コンラートがぼそりとつぶやいたのが、リィナの耳に届く。

 リィナが父親を思わず見ると、珍しくコンラートが険しい顔をしていた。その視線の先には、先ほどの神官がいる。

「お久しぶりですね、コンラート殿。このたびは、お嬢様がすばらしい力を発現させたようで。神殿としても、うれしく思います」

 若い高位の神官がにこにこと笑いながらコンラートに歩み寄るが、その目が笑っていない。

「神殿には関係のない話ですよ。現に、輝いたといっても一度だけのこと。今まで一度も発現したことがないのに、突然まぶしいほどに輝くのは、何か……」

「あなたが、リィナ殿に力があるわけがないと、そう言いますか?」

 エンカルトがコンラートの言葉を遮るようにたたみかける。

 ひどく意味ありげに放った言葉は、コンラートに向ける視線と相まってひどく嗜虐的に感じ、リィナはこの優しげな風貌の男を、恐いと感じた。

 戸惑うリィナの目の前で、若い神官とコンラートが次第に緊迫感を高めながら対峙していた。

「リィナ殿は、姫巫女として、神殿に迎えましょう」

 唐突にエンカルトが宣言をすると、それに対して、コンラートが「何を」と一笑に付する。

「……このような、巫女としての何の修行をしてない者を、ですか。姫巫女にとは、ずいぶんと突拍子もない。いささか横暴でしょう」

 コンラートが少し首をかしげて「おかしな事を」と静かにエンカルトを見つめる。落ち着いて言葉を交わししているように見えるが、コンラートとエンカルトが言葉を発するごとに場の緊張が高まっていく。

 しかしエンカルトはその緊張感の中にあって、楽しげに笑い声を上げた。

「ずっと、この時を待っていたのですよ。思った以上の功績です。私がこの機会を逃すと思っているのですか?」

 楽しげに響く声が挑発じみていて、リィナの耳にひどく不快に響いた。

「……やはり、君が今回の姫巫女役の選者に関わっていたのか」

 静かなコンラートの声が苦々しく漏れる。

「しっかりと、リィナ殿の力を見極めたかったのですよ。何もなければそのままお返しするつもりでしたが……」

 エンカルトは言葉を切ると、舐めるようにコンラートを見つめた

「分かっているでしょう、コンラート殿?」

 それは、まるで罪の宣告でもするかのように、低く、重く響いた。


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