第11話 修行

 神殿での生活は、思った以上に、良くも悪くも普通だった。

 リィナはその事にほっとする。

 あまりにも両親が神殿を神聖化して話すため、リィナはだいぶ緊張していたのだが、足を入れるところはそれなりに生活感もあり、いろんなところが普通で拍子抜けしていた。

 コンラートとラウラの娘と言うことで、リィナの知らぬうちに守人達もいろいろと気にかけていたことも、緊張を解く要因の一つだったのかもしれない。

 何より向けられる心遣いにリィナが笑顔で答える姿は好感を持たれていた。

 初日は巫女としての生活の説明を受けて、少しだけ修行をして終わりとなった。

 修行している巫女達は、多少世情に疎いとはいえ、普通の女の子達で、リィナはすぐに親しくなった。

 そして村のことに興味があることもあって、リィナを温かく迎え、神殿のいろいろな事も教えてくれた。特に同じ年頃の三人とはすぐに意気投合して、夜には今度の祭りのことで盛り上がっていた。

 少し勝ち気で姉御肌のビアンカ、おしゃべり好きでかわいいローリア、そしてちょっと引っ込み思案だけど優しいベレディーネ。この三人は同室で暮らしており、部屋に一つ開いているベッドを、リィナが借りることになった。

「へぇ、じゃあ、今年も領主様の息子?」

 ローリアが興味津々に尋ねてくるのを、リィナがそうなのとうれしそうに声を上げた。

「うん。ずっとあこがれてたから、すごくうれしかったのよ」

「ヴォルフ様だっけ? あの騎士様は」

「エドヴァルドで騎士をしてるの。かっこいいよね」

 リィナに尋ねてくるのはビアンカとローリア。ベレディーネはにこにことしながら聞いている。

 これから半月は神殿で寝食をし、村に戻れない事になっていたリィナだったが、三人と過ごす時間は楽しく、神殿にこもらなければならない不安も薄れたのだった。



 神殿での修行は、特に問題なく過ぎてゆく。

 夜、いつものように三人の巫女達と話しながら、リィナは、ぽつりとつぶやいた。

「ねぇ、修行って、退屈じゃない……?」

 リィナは修行内容を思い出す。

 守石を持ち過去を思い浮かべて、その時に戻りたい、その時にもう一度行ってみたいと願うのだと言われているのだが、だからそれがなんなのだ、というのがリィナの感想だった。もう一度その時の気持ちをなぞるように……とも言われた事も思い出す。

 これが意外に、なかなか難しい。

 過去見の修行で思い出に浸るのは、最初は楽しかった。先読みの修行で、未来を想像するというのも楽しかった。

 が、それにも限度があった。一日ぐらいなら、それなりに楽しく思い出したり、思い浮かべたりしていた。二日目にはだいぶ飽きたけれど、けれど、まあ、それなりに楽しかったような気がしないでもない。三日目からが苦痛だった。

 だいぶ巫女の暮らしも分かってきて、いろいろ慣れてくるにつれ、修行の瞑想中は、非常に退屈で、苦痛になってきていた。座って、ずっと目を瞑っているのだ。日によっては一日中。

「そうよね、巫女の力がなかったら、きっと退屈よね」

 ビアンカが笑った。それを聞いてリィナは身を乗り出す。

「え、じゃあ、やっぱり巫女の力があると、あの修行って楽しいの?」

「もちろんダメなときもいっぱいあるけど、過去見や先読みが出来たときとか、達成感って言うのかな、もっと出来るようになりたいって思うわよ。見えるときをずっと探っていく感じとか、すごくやりがいがあるし」

 ローリアが誇らしげに言った。巫女達はみんなその力とその立場に誇りを持っている。リィナはそれを肌で感じた。

「へぇ……。やっぱり巫女様ってすごいなぁ。私は何を考えても普通に思い出したりするだけだから、もう飽きちゃって……」

 巫女達が笑った。

「もう少しの辛抱よ! 私達のあこがれの姫巫女役を舞うんだから、見えなくても、ちゃんとがんばってよね!」

「うん!」

 リィナは巫女達の熱い声援にしっかりとうなずいた。

 姫巫女の修行は神殿に泊まり込みで行われる。本来なら家族にも会えないところだったが、リィナの両親は守人である。そのために時折心配してか顔を出して話も出来たし、神殿の巫女達とも仲良くやっているし、格別大変なこともなかった。

 それでもこの修行は、まじめなリィナでも飽きるような物だった。

 正直なところ早く帰りたい。ラーニャやヴォルフに会いたい。だってこんな修行しても、姫巫女の気持ちなんてつかめるとは思えない。

 巫女の修行は舞の練習の一環になるかと思ったけれど、これはラーニャの言ってたとおり姫巫女役をやる儀式の一つでしかないのだろう。

 とはいえ、巫女であることに誇りを感じている彼女たちに恥じないようありたい。だから、もうちょっとがんばろうと心に誓ったのだった。



 修行も残すところあと二日。

 修行の終わりが見えて明日には家に帰ることが出来る事にほっとしつつも、仲良くなった巫女達との別れを惜しみつつ、リィナは修行に励んでいた。

 修行を行う瞑想室で目を閉じて、お祈りの形を取りながら、リィナは内心溜息をつく。

 考える時間があればあるほど、考えることがなくなってくる。半ば眠りそうな状態で、瞑想したままぼんやりと時間をやり過ごす。

 退屈だった。

 けれど、あと二日。明日には修行も終えて、家に帰ることが出来る。そしたら、明後日からは舞の練習を再開できる。

 空っぽになっていたリィナの頭の中に、ヴォルフの顔が浮かんだ。

 ヴォルフ様は何をしていらっしゃるのかな。

 リィナはあこがれの剣士を想う。

 会いたい。

 自分をからかうあの声やあの笑顔がたった半月なのに、懐かしく思えた。

 ヴォルフは騎士として普段は首都にいるために、こうした祭りや用事がなければ、ほとんどグレンタールには戻ってこない。今しか会えない人なのだ。ましてや舞を一緒にやってるからこそ立ち話なども付き合ってくれているが、おそらく祭りが終われば、顔を合わせることもないだろうし、顔を合わせても今のように仲良く話をする機会など持てないだろう。いつかはグレンタールを継ぐであろう領主の息子は、リィナには遠い存在だった。

 今だけ、なのよね。

 そう思うと、なおのことヴォルフに会いたいと思った。

 ヴォルフに会ってから、あこがれる気持ちは強くなった。少し意地悪だけど、強くて、かっこよくて、優しくて、練習の間は当たり前のようにリィナの居場所を隣に作ってくれるヴォルフに、好意を持たずにいる方が難しいという物だ。

 舞の最中のヴォルフを思い出すと、ちょっと頬がゆるんだ。

 けれど修行中なので、リィナは何とか口元を引き締める。

 舞の時のヴォルフは、リィナの目にいつも以上にかっこよく見える。姫巫女を守る剣士の舞が、まるで自分が本当にヴォルフに守られているような気分にさせてくれるのだ。

 初めてヴォルフの舞を見た五年前の祭りを思い出す。

 当時私にはすっごく大人に見えたけど、今の私と同い年だったんだよね。

 今はあの頃より体つきが逞しく、そして幼さの抜けたヴォルフの姿は絵から抜け出した剣士様のようだ。伝説の剣士は本当にこんな感じだったのかもしれないと、想像をかき立てられるほどに、かっこいい。けれど幼心に見た五年前のヴォルフも、やっぱり今思い出してもかっこよかったと思う。

 幼いリィナが衝撃を受けたあの舞。

 リィナの脳裏をよぎるのは、在りし日のヴォルフが舞う、幻想的なほどにりりしく姫巫女を守る剣士の姿。そして、あの日こみ上げた切なさと懐かしさ、そしてえも言えぬ愛おしさ。

 あの日からずっと胸に住みついている、不思議な感覚がこみ上げた。

 その時、突然目を瞑っているのに目の前が明るくなった。

 あれ?

何かが光ったようだ。何だろうと思う間もなく、周りが騒がしくなる。

 リィナはそっと目を開けた。

「……え?」

 くらむような光が、手の中の守石から放たれていた。

 その光はすぐにおさまったが、周りにいた人間全員の視線がリィナに集まっていた。

 怪訝そうにリィナを見つめる巫女達と、そして驚愕しているのか目を見開いた神官や守人達。

「先ほどのは、リィナ殿の力か?」

「……は?」

 ひどく真剣な顔をして、一人の神官が半信半疑の様子でリィナに声をかけてくる。

「……さっきの光のことですか? あの、何が……」

 リィナは周り誰もが真剣な顔で見つめてくることに動揺を隠せない。

 そんなことをたずねられても、聞きたいのはむしろリィナの方だった。

「リィナ殿」

 中にいる神官のうちで紫泉染の衣を纏った最も位の高そうな壮年の男がリィナの前にひざまずく。

「あなたには、姫巫女様に匹敵するお力があるようです」

「……はい?」

 意味が分からずに見つめ返すが、彼はこの上なく真剣な顔をしていた。

「ちょっと待って下さい。どうして私に力があるなんて……。私、何の力もありません」

 少なくとも修行中に未来が見えたり、過去が見えたりしたことはない。

 ひざまずいた神官を前に、リィナの混乱は更にひどくなる。

「いいえ。確かにあなたには巫女の力がございます。先ほどの光り輝いた守石が証拠」

「……守石?」

「……ご存じではないのですか? 巫女の力が発現したとき、その守石が輝くのです。力の大きさは、輝きの強さ。私は、姫巫女様のお力の輝きを見たこともございますが、今ほど強い輝きを見たのは、初めてです。これだけの輝きとなると……リィナ殿、あなた様は……時渡りの姫巫女の、再来やもしれませぬ」

 訳の分からないことばかりを告げられて混乱する。力なんてないのは自分が一番知っている。なんでこんな勘違いが起こったのか。慌てて状況を正そうとリィナは声をあげた。

「待って下さい、力が発現って、私、さっきは別に何か見えたとか、先読みとか、過去見とか何も感じなかったし、何かの間違いです……!」

 騒然とする瞑想室の中で、リィナは必死に悲鳴のような声をはり上げた。

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