第7話 舞いの練習3
ついに、通し稽古の日になった。
つまり、ヴォルフにからかわれるかどうかの瀬戸際である。何より、ラーニャに叱られるような舞をするわけにもいかない。
けれど、どれだけ出来るかが楽しみでもある。緊張半分楽しみ半分で集会所に向かっていると、リィナは最近ようやく見慣れてきた大きな背中を見つけた。
「ヴォルフ様!」
笑顔で駆けよってくる少女に、ヴォルフは微笑みながら手をあげて答えた。
彼女もこれから舞の練習に向かうところだろう。いつも通り元気な少女はにこにこと笑いながら、練習場に向かうヴォルフの隣に並んだ。
隣に並んだリィナを見ながら改めて、かわいらしい少女だ、と思う。
腰まであるまっすぐな金色の髪は、歩く度にさらさらと揺れる。光を透き通しているような、どこか透明感のある髪の輝き。機嫌良く弧を描く形の良い口元。輝くようにヴォルフを見上げてくる緑色の瞳は、澄んだ深い川底を思わせる。
姫巫女役に選ばれた少女である。派手ではないが、やはり見栄えの整った綺麗な顔立ちの少女だ。
ヴォルフはリィナと初めて顔合わせするまで、五歳も年下の少女との舞は、さぞかし退屈だろうと思っていた。しかし意外にも今年の姫巫女はおもしろい少女だった。
姫巫女に選ばれた厭味や当てこすりが当然あるようなのだが、彼女が全く気にする様子もない。鈍いのかと思えば、意外と気にしていて、なのにそれが態度には現れない。その前向きな心意気は気持ちよかった。何事にも一所懸命で、無邪気なようで、どこか一本筋が通った少女は側にいても心地よい。
からかってみれば、ぷんぷん怒りながら、楽しそうに笑いかけてくるところも、ひどく可愛い。なにやらいろいろ考えているようではあるが、真っ直ぐな心根が透けて見える。そんな反応が楽しくて、ついつい余計にかまってしまって、すっかりリィナには意地悪な人認定されてしまった。
けれど「意地悪!」などと言いながら、毎度子犬のようにころころと寄ってくるのだから、余計にからかいたくなるという物である。
場合によっては、今年の剣士役は断る事も考えていたヴォルフだったが、リィナとの舞の練習はむしろ楽しく、また、このかわいい姫巫女に満足していた。
ヴォルフは見上げてくるリィナに笑いかける。
「ちびすけ。今日は俺と初めての通し稽古だが、昨日言ったことに二言はないな?」
リィナの頭をくしゃりと撫でると、「もちろんです!」と意気込んだ返事の後、不満そうな瞳が返された。
「なんだ?」
彼女の反応はいつも予想外だ。おもしろがって促せばリィナの眉間に皺ががきゅっと寄る。
「ずっと思ってたんですけど」
リィナが今日こそ言ってやると言わんばかりに口を開いた。
「ちびちゃんとか、ちびすけとか、わたしをちびって呼ぶの、そろそろやめて下さい」
キッパリと言い放ち、リィナは、ようやく言ってやったと息を吐く。その満足げな顔が妙におもしろく、思わずクッと吹き出した。
「それは無理だな。俺に名前を呼ばれたかったら、もう少し……そうだな、その辺りとか、成長した方が良いな」
そういって彼女のまだ未発達な部分を指をさすと、リィナは一瞬で赤くなって指された胸元を押さえる。
「こっここは関係ないですっ」
「残念だが、それはちびちゃんが決める事じゃない。君をリィナと呼ぶか、おちびちゃんと呼ぶかは、俺の基準で決めるからな」
にやにやと笑いながらからかえば、リィナの頬がぷっくりとふくれる。
「ほら、そんな怒り方してるから……ちびちゃんなんだ」
そう言ってリィナのふくれたほっぺを指でつつけば、リィナの口から、ぽふっと空気が漏れる。そしてそのままつついた手を押しのけられた。
扉でも開くかのような動きが妙におもしろい。
そんなだからいつも俺にからかわれるんだよ、おちびちゃん。
笑いながらリィナを眺めていれば、キッとにらみつけてきて、指をビシリとさされる。
「いつかラーニャさんみたいな大人になったときに、謝っても許してあげませんから!」
「ふむ。そうだな、それはそれで楽しみだ。俺の射程範囲内に育ったちびちゃんに袖にされるのを口説き落とすのもおもしろそうだな。がんばれよ」
口にしてから、確かにそれは楽しそうだと思うと、どうしようもなく笑いがこみ上げてくる。
本当にこの子はおもしろい。
「バカにしすぎですよっ」
頭をわしゃわしゃと撫でれば、リィナが恨めしげに見上げてきた。
こんなやりとりは嫌いじゃない。
ヴォルフは柔らかに目元を緩めた。
こんな事でもなかったら、知り合うこともなかったであろう少女。五歳も年が違うと、接点などは全くない。ましてや、ヴォルフは領主の跡取り息子という立場だけでなく、騎士として首都エドヴァルドに出向している身だ。一年の半分以上をグレンタールの外で過ごしている。
最初は乗り気ではなかったことが嘘のように、今はこういうのも悪くないと結構本気で思っている。
「それから、髪をぐしゃぐしゃにするのも、やめて下さいねっ」
リィナが髪を整えながらにらんでくる。その様子さえ可愛いものだと思うのだから、自分で思っている以上に気に入っているのかもしれない。
ぐしゃぐしゃとだと憤るリィナの髪は、さらさらの金糸のようなまっすぐで、するりとして触り心地良く、少々撫でたぐらいなら、さらりとほどけるように元に戻る。持ち上げると、こぼれるようにさらさらと手から落ちていく感触は気に入っている。
しかしヴォルフはそれをあえて言わず、頬のふくらんだ彼女に、わざと怒らせるようににやりと笑いかける。
「それも無理な相談だ。ちびすけ、残念だが、君の頭の位置は手をおくのにちょうど良い位置なんだ」
「それは、私がちびだからじゃありませんっヴォルフ様がおおきすぎるんです!」
必死で訴えるリィナの顔に、ヴォルフは思わず、ぶっと吹き出す。
「何で笑うんですかっ」
「手の位置がちょうど良いのは、認めるんだな」
リィナがはっとして一瞬黙る。そして悔しげににヴォルフを睨み付けると、ぷいっとそっぽを向く。
「そんなの、知りませんっ」
むっつりと黙り込んでしまった少女に、ちょっとからかいすぎたかな、とヴォルフは笑いながら、むくれたままの少女と一緒に舞の練習に向かう。
「ちびすけ、そう怒るなよ」
「怒ります! ちびすけじゃないです!」
練習をする集会場に着くと既にラーニャが二人を待っていた。
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