第127話 カウントダウン(六)失望

「試しに一回やってくれ」


 霧島教授の懇願で、


「まだ難しいんですが……」


 と竹宮女医は言ってから折れた。

 訓練を積んできたがギリギリの見切り発車で、富士の城野内研究所センターへ俺たちは行くことになる。

 仕事の急な呼び出しは何度もあったので、麻衣は不満を言わず送り出してくれた。


「ぱーぱー」


 俺に抱き着くまな・・をあやしながら、言葉に驚き嬉しくなった。


「すげー、まなが俺をパパと言ったぞ。聞いたよな?」

「意味のない、なん・・語よ」


 麻衣にまなを預けて、希教道のロビーから外へ一緒に出た。


「いや、パパといってる。まなは天才だぞ。将来大物になる」

「はいはい、そうね。じゃあ、まな。パパさん行ってらっしゃいって言おうね。パパさんにすぐ、戻ってきてねって」

「そんな、すぐ言えんよ」

「ぱばあん、ぱぱあん、ていーしゃ、いってーしゃ」


 今度はさすがに麻衣も驚いて、俺と顔を見合わせた。


「車、待たせてる。移動、よろしく」


 付き添っていた鈴が、家族の団らんを乱すが仕方ない、出発時間だ。


「おう。行ってくるぞー。ママも、まなも待っていな」

「ぱーぱー、てーしゃい」


 麻衣とまなに手を振られて、俺は要人警護の森永さんが運転する、ワゴン車に乗り込んだ。




 鈴に竹宮女医と三田村教授の三人が同行して、柳都空港に用意された軍用ヘリコプターで富士の本部まで移動した。

 希教道からでも能力放出は行えるのだが、実際に始動を確認したいとの意向が計画本部にあってのこと。

 進展がないとお金が降りず、カレクシャン修正計画が危ぶまれる話なのだそうだ。

 スペースフロンティア計画も、予定が遅れて頓挫しかけているという。

 用は駄目な計画は、廃棄してお金もスタッフも残りの計画に回したいらしい。

 一番に現実味のあるアンダーグランドエスケープ計画だが、人でもお金も時間も足りないのがネックになっていた。

 いくつかの地下拠点には、早々ともう危険と見た大勢の人々が集まり、大混雑しているという。

 それで政府は、間に合わない計画は廃棄して、一つに絞ろうとプランを変えたと聞かされた。


 富士のすそ野のカレクシャン修正計画本部に着くと、霧島物理学教授、正田官房長官、大脳生理学センターの野末さんたちが出迎えてくれたが、静かな中に緊張した雰囲気が出ていて、それを肌で感じた。

 ご隠居は、体調を崩して欠席とのこと。 


「実際に対峙してみて、感触をつかんでくれ」


 来た早々、すぐ集中イメージ室へ入って始めることを言い渡された。

 今回は初めから正念場になっていることに、俺は動揺する。

 用意された六畳ほどの集中ルームに一人だけ入り、防音ドアが閉まる。

 窓のない密閉空間の中央にある黒皮のソファに座り、マイクとヘッドホン付きの脳デバイスのヘルメットをかぶって、椅子の背にもたれた。

 ヘッドホンは指令室本部とつながっているが、こちらからマイクで話しかけない限り、霧島教授たちは緊急以外答えないことになっている。

 部屋にはカメラが設置されていて、俺の様子を別の指令室からモニターで観察している。

 椅子に座りリラックス後、いつもの練習通りに呼吸法から入り、気持ちを集中させ意識を暗闇に持っていく。


 ――零の聖域へ。


 なれたもので、一瞬にして暗黒のステージへ上がった。

 同時に、首を傾けてポニーテールを揺らしながら、ミニスカートの要幻影が現れた。


 ――来てくれたんだ。

『忍君に居候している身としては、参加は必然です』

 ――要がいると心強い。

『あはっ。私も忍君の側にいると心が休まります』


 そう言いながら、ふわふわと浮かんでこちら側に近づいてくる。

 俺は零翔ぜろかけの遠隔視オブザーバーを試みて、足元の暗闇に本部の司令室映像を映し出す。

 そこから立体映像ホログラフィー様式モードに変更して、光球を映し出しているモニターにシフトすると、真っ赤な太陽が足元に広がった。

 幻影の体も無重力の世界を漂っている感じがしてくる。

 現在の状態が、そのまま再現されている優れもの。

 これも勾玉能力の力。

 前まで零の聖域では視ることはできなかったが、訓練中に開発したことの一つだ。


『まるで、宇宙空間から見下ろしているみたいで、怖いですね』

 ――もう、太陽って言っていいな。業火の炎そのものだ。

『忍君の調子はどうですか?』

 ――いつもの感じだよ。よし、早速やってみよう。


 マイクに「集中します」と合図を送り、燃えたぎる球体を見ながら手を合わせる体制で、消去を唱えてみた。


『あっ、私も。やってみます』

 ――二人でやってみたことなかったな。

『そうです。案外、簡単に消えちゃったりするかもしれませんよ』

 ――そうでなくちゃ、本部に来た甲斐がない。……じゃあ、一緒に唱えるよ。

『はい』


 光球を足元に挟んで、要と一緒に呪文を唱えた。


 ――光球消去。

『太陽、消えて無くなれ』


 耳元のヘッドホンから、「光が出てる」「凄い」「おおっ」とスタッフの音声が入ってきた。

 俺の座っている身体から、いつもの光の粒が見え出したのを備え付けカメラで捉えたようだ。

 勾玉能力は発動しているらしい。

 消去イメージを二十分ほど四回続けたあと、集中が完全に途切れた。

 足元の光球に目をやる。


 ――変化はないか。

『そうですね』


 彼女もがっかりして、空中に体を横にして休みだした。


『長時間は、精神に疲労が溜まりますね』

 ――ほぼ一時間で、集中力は切れるようだから、その後は苦しいよ。


 俺は「小休止」とマイクに断りを入れると、「十分休憩」と声が返ってきて休んだ。

 



 ――別の方法を試すよ。


 北側に居座って大きくなっている光球から移動、地球から遠ざける方法。

 これは遠隔移動の方法で、成功していて現実味があるが、相手は遥かに巨大なもの。

 呪文から移動するイメージ照射に変更して、要と同時にやる。

 二十分ほど三回行うが、なしのつぶて。


 ――はあっ。

『効果でないですね』


 ヘッドホンからも「変化なし」と声が入る。




 空中に浮遊し、休みながら要に話す。


 ――もう一つ、鉄を構築して光球に食わせる方法をやってみる。


 これはまず鉄成分を生成するところからだが……。


『高度になっていきますね』

 ――このやり方の発現は、まだ成功してないからね。

『目の前に成功例があるのに?』


 要が光球の太陽へ片手を広げるが、俺は首を振る。


 ――本当かどうか、わからないから。


 それから発現イメージを淡々と行った。

 続けて四十分集中して唱えたが、ヘッドホンから


「変化なし」


 の声。

 もう一回やり直そうと思ったところに、また通信が来る。


「戻っていいわよ」


 と竹宮女医の声で、一時間の休憩に入った。






 休憩は早めの夕食時間になって、本部センターの食堂で済ませることとなる。

 座って食べていると、うしろ席のグループが今日の俺の能力発現を否定している声が入ってきた。


「ぜんぜん駄目ジャン」

「この計画も、もう解体ね」

「失望するわ」

「所詮、異能頼みが無理だったんだよ」


 俺たち希教道関係者が食べているのを知らないのか、二十代の男たちが言いたい放題である。


「むっ。失礼」


 一緒に食べてた鈴が、ほほを膨らませて、話が聞こえてきたテーブルを睨んでいる。


「無視していい……」


 俺が鈴を諭すが、成果をだせてないので気が参る。

 同席の三田村教授が、話を変えるべく次の指示を話してくれた。


「あの光球。ワームホール仮説が本当じゃないかと言われててね。そっちからやって見てはと、話が来たんだよ」

「次はそちらからですか」

「そう、今度は不安定にさせる方向ね」


 隣に座っていた竹宮女医が言って、俺の肩を軽く叩いた。

 食事中に目が窓に止まり、外の景色が見える。

 雪のかぶってない富士山に夕日の光がかかり、綺麗だったのでしばらく眺めた。

 このまま失敗すると、この眺めも見納めになるんじゃないかと思ったら、体から力が抜けそうになる。




 休憩後、また一人であの防音室に入った。

 ソファに座ったあと、通信用と検査用のヘルメットをかぶり集中する。

 零の聖域へアップすると、要の幻影も暗闇から湧き出てきた。


『光球対応は、ワームホールと解釈しての対応ですね』

 ――そう、なんとしても、不安定にさせないとな。

『じゃあ、ブラックホールのイメージってことで、いいですか?』

 ――ああっ、頼む。


 二人でまた、集中してイメージを始めた。

 しかし、これも九十分ほど集中し続けたが、何も影響を及ぼすことはない。

 さらに、六十分、砕けて圧縮された星をイメージし、呪文にもして声に出した。

 結果は同じで、光球太陽は輝き続けている。


 ――成果がでない。


 失敗続きで、参ってきた。

 ため息をついて、足元の巨大な炎の球を見つめる。


「うーん……無駄か」


 本部のマイクから、誰かの小声が聞こえて沈黙する。


「やはり、立証されてない能力に頼るべきでなかったか」


 霧島教授の不満そうな声が耳元に大きく届き、次の指針が入った。


「上がってくれ。計画を畳むかの会議に移る」

「あの……もう少し……やらせてください」


 目は閉じたまま、口を開けてマイクに話すがヘッドホンからは返事はない。


 ――応答ない……か。


 俺は足元の業火の炎を睨みながら、不完全燃焼のまま自信を失くした。

 身体を横に浮かせ、力を抜いて弱弱しく声を漏らす。


 ――終わったな。

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