第126話 カウントダウン(五)勾玉使い
テレビのニュースは、世界からの超常現象を随時報道して、状況の悪化を憂えていた。
それを見て、俺は自分のせいと思わないようにすることと、早く光球を消すことに尽力することを誓う。
意識して発動、
遠くの物質を遠隔移動、
海の一部を切るように分ける、
栞と同じ風を作り出す能力、
これが今の実力。
段ボール箱数個を移動操作したときは、身近でわかりやすいからか、見ていた希教道幹部とスタッフから多くの喝采をもらえた。
竹宮女医たちは、動かした段ボール箱の周りに沸いた発光体から、エネルギー数値を計測して一様に驚愕する。
それは、日本の電力十年分のエネルギーが、周りに放出されていた。
「力の入れ過ぎ」
女医に言われるが、能力のさじ加減がわからなく首を捻る。
一緒に聞いていた鈴も、同じく首を捻っていた。
あと、あの光の粒が能力始動ごとに俺の周りに生まれるのだが、こちらは発生元の瞬間を捕えようとしたのだが。
「観測できない」
女医たちが悔しがっていた。
常温核融合だの、5次元物理の導入だの騒がしく、富士の本部から霧島物理学教授が調べに飛んでくる始末である。
おかげでそこそこ上達、勾玉使いが様になってきていた。
鈴は教官の名乗りを止めると、俺の言い方を止めた。
「先生。忍先生」
そう呼びだしたので、彼女の鼻をつまんでやった。
「ふんぐ」
「普通でいい。今まで通りでいい。いいな」
そう言って正した。
しかし、光球に対しての消滅方法を試しているが、構築作業の能力が一向に進まない。
与えられた課題は、光球の消滅、またはワームホールの解体である。
身近な小さな物の消滅から始めているが、まったくできていないのが現状であった。
能力開発の休憩時、三田村教授、竹宮女医とベランダに出て、鈴が持ってきた冷えた缶コーヒーを飲みながら雑談をした。
「課題のとっつき方が、中々うまくイメージできないんですよ」
「光球の消滅か?」
缶コーヒーをがぶ飲みする三田村教授が聞き返す。
「業火の炎、発生なら、消失呪文で、パッと、消せない?」
鈴がもっともなことを言ってきたが、俺は首を振る。
「それができていれば、苦労はしてない」
発生が呪文なら、消失も呪文系と思い、
イメージ系に変えて、空間に扉を作って、それを閉めて終わりとか、今まで試してたけど、それも無理と観念した。
「勾玉能力で光球を発現できたなら、消滅もできそうなんだがな」
三田村教授の発言にも、俺は元気なく首を振る。
「線香花火が作れた初心者に、いきなり三尺玉を作れって言ってるようなもんだからね」
海を見ていた竹宮女医がこちらを向き、花火師の例えで語った。
「でも、広瀬。いきなり、三尺玉、撃ち上げ、したよ」
「ふっ、それもそうね。もともと、途方もない話なのよね、これって」
空を見上げると太陽の日差しと別に、もう一つの強い日差しが目に入る。
問題の光球であり、誰の目にもわかるぐらい熱を発していた。
三田村教授もそれを眺めながら言う。
「上空で核融合している光球は、無敵なんだよな」
「冷やす感じじゃ、無理ですよね」
俺が質問すると、竹宮女医が答えた。
「太陽の凍結は難しいね。光球の質量に合った鉄の塊を飲み込ませて、とにかく核融合を止めさせるって手になるかしら」
「それこそ光球をもう一つの光球に移動させて衝突、壊すとかじゃないと止められないな」
「本当、並外れた、話。でも、動かせる、なら、遠ざけた方が、いい」
鈴が目を丸くして言うと、教授は肩をすくめた。
「それもそうだな」
俺は話を聞くごとに途方に暮れだす。
「はああっ……鉄の現出とか、恒星移動とか、めっちゃ難しいです」
「アイデアの一つだから」
「先に、三尺球、上げた、広瀬。できる、はず」
「いや、それは……」
鈴の突っ込みで、できない自分に帰ってきて動揺してしまう。
「ブラックホールを作って、掃除機のように吸収させれば消せるかな」
教授が顔を渋面にして、別の進言をしてくれた。
「えっと、それは、空間に穴を作ることですか?」
「正確には、物質が圧縮して発生しているものだな」
「あの、それだけじゃわからないです」
俺が理解不能とジェスチャーしたら、女医が教授の言葉を引き継いだ。
「よくたとえられるのが、地球という質量をパチンコ玉まで押しつぶすことね。極端に大きくなった重力によって物体が際限なくつぶれていくことで、ブラックホールは誕生するわ」
「それは、星を一つ潰す観念でいいことですか?」
「ブラックホールは、もともと崩壊した星って意味だからね」
「ああっ、なるほど……それなら、いろいろイメージできますね」
「がんばって、構築してくれ。我々には勾玉能力皆無だから、思考のみの協力しかできない」
そういった教授は、飲み上げた缶コーヒーを角にあるゴミ箱に入れた。
「でも、ブラックホール、地球、近くだと、一緒に、飲み込まれ、ない?」
鈴がまた、当たり前のことを言ってきて、教授が自ら頭を叩いた。
「今現在、光球が二つ現れて、重力異常がなく、熱放射だけ影響受けているのも、直視しないとね」
女医が、鈴の素直な質問に現状の状態を加えた。
「んっ、それは?」
俺はわからず、首を振って聞いた。
「超越した意思の力が介在していると仮定するのなら、大丈夫ってことよ。もちろん、どこまで安心なのかは、わからないけどね」
「ああっ。……では、もう一つあった仮説でなら、どう対応できます?」
俺の質問に女医が缶コーヒーをほほに当てて答えてくれた。
「ワームホール仮説ね。それでいくなら、ホールを不安定にさせればいいのよ。異空間なら入り口は潰れて球体は見えなくなるしね。片方が始末できれば、もう一方も非局所的に同時消滅よ。でもこちらは仮説だからね」
「不安定にするんですか?」
「ねじれた時空内に、何か大きなモノを構築すれば潰れるはずよ」
「はあ、具体的なイメージはどんなモノでしょう?」
「新たにブラックホールかホワイトホールなら確実ね」
「うっ」
休憩を終え、それらを元にイメージと呪文を構築してみた。
重量ある物を移動することはできて、拍手をもらったが、消失系、圧縮系となると呪文はまるで効かなかった。
課題の大掛かりなものは無理と感じてきて、能力向上がおぼつかない。
月日が過ぎ去り、何の成果も出せず、俺も周りも焦り出し始めた。
毎日の訓練で精神疲労か、風呂に入ったあとはすぐベッドに直行、寝るようになっていた。
麻衣が
「大丈夫?」
「……んっ。疲れているだけ……問題ない」
「本当?」
俺に顔を向けて聞いてきた。
「能力使って、脳腫瘍とか何か、重大な障害とか起きない……よね?」
「すべて初めてのことだから、データーとかないな。……今のとこ、問題ない。それに俺が起こした光球なら、消失させる力を持たないとな」
俺に向いたままの麻衣の肩を抱いて引き寄せ、大丈夫と笑顔で声をかける。
「うん」
彼女も不安なんだと思っているうちに、意識が飛んで睡眠に落ちてしまった。
***
麻衣と
忍君と直接話がしたいです。
それは俺を喚起させた。
要の書き込みは、零の聖域に二人が意識を持っていくことで、会える可能性があると書かれていたからだ。
指定の時間に零の聖域に潜ると、ポニーテール姿で要の幻影が暗闇の中に浮かび現れた。
懐かしいミニスカートの要イメージと向き合って、手を握って触れ合った。
『忍君のブレザー、まだまだ似合ってます』
気が付くと俺は学生服姿になっていた。
――久しぶりだ。嬉しいよ。
『はい。私もです』
――おおっ、会話が成立した。
『ふふふっ、栞とはできなかったんですが、忍君とはできると前から思っていたことだったんです』
首をゆすってポニーテールを揺らして微笑む要。
――栞とは無理だったのに、俺とはできるのか?
『だって、別人格ですもの。前例を忍君やってたし、できると期待してました』
ああっ……麻由姉か。
――そうか。では、今までにも会えたんじゃ?
『忍君は麻衣さんの相手や、能力開発で忙しそうだったので先延ばしにしていました」
――そうか、悪い。いつでも言ってくれてよかったんだが……では、今回は?
『はい。
――麻衣との生活はまだまだ波乱含みだよ。
『私から見て十分上手くいってますよ。初めてのことだから、そんな風に思えるんでしょう』
――そういうものかな。……それで要に知恵を借りたい。
『天空の光球問題ですか? 忍君は元に戻すことに成功しますよ』
彼女は頬に手を置いて考える姿勢のまま、体を斜めにした浮遊状態で俺の周りをゆっくり回る。
――うん……消滅させないと、地下ドームに逃げても追い出されて、麻衣と
『勾玉能力は、信じる信念で成り立っていると思われます。零
――うん? ……まあ、そうだな。大規模な現象など起こせっこないって、どこかで思っているかもしれない。
『でも、忍君は能力が信念にまでなっているから、あれは発現したと思うんです。自分を信じてみてください』
――そうか。では、訓練を精神や信念に当ててみるのが良いか。
『ええ、忍君は必ずできます。保証しますよ』
――肯定発言ありがとう。これからも頼む。
『もちろん。ただ……私はその後が気になります。成功後にかなりやっかいなことが起こるんじゃないかと危惧しています』
彼女は浮遊状態の体を丸めて、俺の前でゆっくり自転しだす。
――んっ、それはなぜ?
『最近の忍君の仕事を見ていて感じました。異能者を信じない、また憎んでいる人たちの行動です。国単位でも同じでしょう。監禁、封印とか、あるいは他国からは、命を狙われる危険率か上がると思うんです』
――うーん、勾玉能力持ちとしてか?
『はい。今回の状況が知れ渡れば、暗殺とかもありうるし、逆に神として崇められることも考慮に入れた方もいいかと』
――それもやだな。絶対逃げる。行方をくらますしかない。
『彩水たちのように、異能力で対抗、あるいは解決とかしないんですか?』
――麻衣と
『第二のバードは厄介ですね』
――戦わずして逃げることを選ぶ。……それに今は勾玉案件だよ。その後まで頭は回らない。
浮遊状態で自転していた彼女は、俺の前で止まり、真顔で真っ直ぐに見据えて来たあと、意思を決めたように微笑んだ。
『そうですね』
その後も勾玉能力の訓練をしつつ、栞がいなくなったあの夏がまたやってきた。
だが平均40℃の灼熱の夏である。
暴動鎮圧のお手伝いに駆り出されるたびに、街角では職がない、あるいは生きる希望が無くなった人々が、ただ座り込むのを目にすることが多くなった。
そんな中、
「また光球の拡張が起きたそうだ。今度のはかなり大きなものだ」
霧島教授は言った。
「これ以上は待てない」
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