第128話 カウントダウン(七)紅炎

 ――要に頑張ってもらったけど、もう終わりだ。


『いえ。……いえ、いえ、いえ』


 要が速攻否定して、横になった俺に近づいてきた。


『スタッフが、部屋へ忍君を起こしに来るまで、やってみましょう』


 片手を握ってきた要が、声を上げた。


 ――んっ、要?

『私はまだ、忍君の心の中で否定しているところがあると思うんです』


 俺は彼女の幻影をぼんやり見ながら、すぐ自信を失くすから、そうなんだろうなと思った。


『だから!』


 要は両手を広げて力強く拳を握ると、俺の胸元に持ってきた。


『私が忍君のできると言う信念。そうなって見せます』

 ――えっ、それは?

『手を握って、できると唱えるんです。私はその忍君自身のブースターになって、できると声援を送り続けてみます。忍君はできるんです。凄いんですよ』


 俺は起き上がり、彼女の顔を眺めた。


 ――それちょっと、こそばゆい。 

『ふふっ、余裕が出てきましたね。そしたら今度は、できないものでなく、実際にやれてたもので試してみましょう』

 ――何か策でもあるのか?

『ただの案です。移動の能力を使って、宇宙空間のスペースデブリや宇宙塵を集めて光球の近くへ移動させ続けるんです』

 ――光球は大きくなってる。周りを宇宙ゴミのデブリや塵で囲うってことか? それは無理だよ。

『そこまでしません。ワームホールの入り口となる付近へ配置するんです。何かしら変動を起こせるかもしれません。遠隔移動なら忍君にできます』

 ――そのワームホールが眉唾物かもしれない。

『否定はなし。やってみるんです。できます。やれます。救うんです』

 ――ああっ、そうだな。救わないと。


 麻衣とまなの顔が、脳裏をかすめる。

 彼女の元気に押されて、俺もやる気と自信が戻り、気持ちが高揚してきた。

 浮いて漂ってた身体をしっかり立ち上がらせて、足元の光球を眺めると、彼女がうしろから抱き着き手を絡ませてくる。


『再開です』


 足元のモニター越しに、腕を出して指先を一点に置いた。

 まずは、モニターの画像の倍率を上げて、宇宙空間を拡大させた。

 画像のドットを現実の情報に置き換えて、はっきりとさせる。

 立体映像ホログラフィー様式モードは、脳内記憶からの補完なので実在的に見える。


 ――空間にある形あるものは集まれ。


 遠隔移動を遠隔視オブザーバーのモニター越しに行った。

 俺のうしろに引っ付いた要から、信用、信頼が熱く伝わってくるのを感じた。

 彼女が祈ってくれている。

 その一点集中にデブリの移動が始まったのが直感で感じた。


 ――動いてくれている。 


 スムーズにそして勢いよく移動しだし、光球の映像に黒い点が表れ集まってきたのが認識できた。


 ――要。上手く動いている。

『忍君はやれるんです。もっと、もっと、やれますよ』

 ――ありがとう。


 スペースデブリの集中移動を念じていくと、点から徐々にドット型の集まりに変わり出した。


「何かしているのか?」


 霧島教授が少し焦った感じで、ヘッドホン越しに聞いてきた。


「デブリ移動」


 単純報告だけして、移動を続けた。

 ドッドの集まりに大きな物が突然乱入。


 ――あっ。人工衛星も移動させてしまったようだ。

『廃棄されてデブリ化したものが圧倒的に多いんです。そう思いましょう』

 ――小型の隕石もある。これらも宇宙塵と言われるのかな?

『さあ、他に名があるかもしれませんね』


 人工衛星も数十と集まり、けっこうな質量になってきた。

 だが、やはり変化はない。


『光球の方へ移動してみては? ワームホールなら異物を押し入れるってことになりますね』

 ――やってみる。


 炎に飛ばすように集めてみたデブリの塊を移動させた。

 突然、塊の点が見えなくなる。

 うん、消失した?


 ――これは、消えたってことは……。


 俺は驚いたあと、腕を組んでうしろにいた要に顔をむけると、彼女の幻影はうっすらと透明に変化していた。


 ――えっ? あれ、要? 


 どうしてか、彼女の幻影が薄くなってる。

 要も気づくと、俺から離れてこちらをゆっくり見据えながら漂う。


『そう見えるんですね。……忍君はその、何か感じないですか? 暗闇に同化するとか』

 ――同化? 俺は何も。

『あっ、やっぱり、私だけですか。元に戻るって言うか、そんな気持ちが……先ほどから感じ始めてました』

 ――ちょっと待て。どう言うことだよ。


 同化で、麻由姉の消滅を思い出した。


『こういうふうなものをお迎え? って言うんでしょうか』

 ――冗談でも、よしてくれ。

『本当ですよ。役目が終わったのかな? って思い始めてます。あら?』


 眼前の光球に光るものが目に付き始めて、足元の映像を見る。

 そこには、次々に光るものが空間に漂って、数を増やしているのである。


『飲み込んだデブリ?』

 ――らしいな。……いや、話はそれじゃない。

『初めて光球に反応らしいことが起きたんですよ。消えたものが押し出されたことでしょ? これはホワイトホール、そうでなければワームホール確定じゃないですか?』

 ――要のその透明さは、俺が勾玉能力を長時間使ってたから……なのか?

『うーん、どうかしら』


 彼女が薄くなった両手を見ながら原因を考えていると、耳元で声が聞こえる。


「おい。また、何かしたかのか? おかしな反応が起きている」


 ヘッドホン越しに教授が聞いてきた。


「今の排出現象には何も……」

「そうか。では、先ほどのデブリが原因か……うん? 何」


 耳元が騒がしくなりだした。


「まずい。今ので、光球が膨張したぞ!」

「えっ?」


 眼前の太陽が、さきほどより、迫ってきた感はあるが……。


 ――大きくなった?

『ねじれの時間がまた進んだってことですか?』


 幻影が薄くなった要が、頬にてを当てて言った。


 ――らしい。

『地上が大変になります』

 ――まずい。


 俺の不安な声に、要はまたうしろへ回り引っ付き腕を絡めた。


『私が抱きついてれば安心でしょ?』

 ――現実だと困るが、平常心に戻れる。

『これはチャンスです。ワームホールを動かしたんですよ。止められます』

 ――ああっ、そうだった。止められるな。

『はい。絶対です。やれますって、私の忍君ですもの。絶対です』

 ――よし。デブリをもう一度集める。今度は瞬時に行く。

『頼もしいです。もう一度、ワームホールへ放り投げれば、かなり不安定にさせられるんじゃないでしょうか』

 ――また拡大……いや、考えまい。

『ねじれ空間の裂け目が、大崩壊するんです』


 集中して掃除機のようにデブリを一つにかき集める。

 吐き出されたデブリと合わせて、二倍の体積になった。


 ――わくわくしてきたぞ。二回目の特攻だ。


 巨大なデブリの塊を、早急に光球へ向けて落とすと、また消失した。




 彼女が俺から離れて、二人で光球の様子を見るが、要幻影はまた一段と暗黒に透けていた。


 ――ただの能力の使い過ぎで、そんなことになっているんだよな?

『能力の使い過ぎなら、今までにもありました。でも、私は今回のような異常は感知しませんでした。はっきり終わとは言えませんが、覚悟していてください。私も覚悟してます』

 ――いや大丈夫、一時期の疲れだ。

『あっ、いいですね。その肯定発言。そうでなければ』

 ――そうだろう。


 俺は笑って返した。


『これは私が暗闇に融合するのが正解でしょう。矛盾が直されているのかもしれません。私がいなくなれば、勾玉能力が使えなくなるんじゃありません? そうすると、国家から拘束が消えて、命を狙われる危険率が下がります。これ喜ぶところですよ。よいこと尽くめじゃないですか』

 ――止せ。消える前提の話。否定的だ。

『肯定ですよ』

 ――お前……俺が大怪我して麻衣を助けるときに、車の中で自己犠牲はどうたらこうたら言って、俺を止めたことあったな。その信念を自分で破るのか?

『自己犠牲? 役目が終わっただけですよ。それに忍君が相手なら、そんな信念ゴミ箱行です』

 ――おっ、お前な……。

『今は深く考えないで、光球に向かうんです。でないと全員熱風でやられます』

 ――ああっ、そうだが……。

『集中を……ん?』


 二人で、眼前の光球太陽の異常に気付いた。

 大きく波打ち揺らいだとみると、一気に太陽が目に見えて加速膨張で巨大化を始める。

 同時に、光球は直円から左右から押されたように、上下にゆがんだ形に変化しだす。


 ――形が?

『ワームホールの穴が変化したんじゃ?』

 ――先ほどのデブリの塊が、完全に不安定化を起こしたと見ていいんじゃないか?

『成功……でいいのかしら』


 光球が形を崩して膨張する中、小さかった炎の一つが大きくなり、飛び出て高く溢れだした。


 ――何だ?

『炎の爆発?』


 上下にゆがんだ光球の一部から、炎の塊が大きく膨らみ真っ赤な炎が燃え広がり、拡大していた。


 ――俺たちの方向に来てるんじゃ?

『ワームホールからあふれ出た?』


 そこに突然、ヘッドホンから声が上がった。


フレア紅炎が起きた。これはいかん」

「地下へ避難しましょう」

「広瀬君、中止だ。すぐ防音室を出なさい」


 いや、俺はまだ……やる。


「やれます」

「中止だ」


 有無を言わさない教授の声が聞こえるが、俺と要は顔を見あって続けることを確認しあう。


『空間軸も崩れて、時間がまた倍速に進み恒星が一気に膨張、拡大したんですね』

 ――霧島教授が言ってた、高熱の衝撃波が、地上に降り注ぐ奴だ。


 ヘッドホンから聞こえる声も似たことを話している。


「これだと地上は熱砂の領域に変わりだす。それも数分以内に」

「人類は恐ろしい物を見ることになるぞ」


 本部の指令室はパニックに陥りだした。


「すぐ全国に警報を!」

「熱風がすぐ落ちてくる」

「地下に避難。避難だ」

「早く早く!」


 一瞬のうちに騒がしさは消えて、ヘッドホンは静かになった。

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