第124話 カウントダウン(三)勾玉能力訓練
ひと段落終えたビップルームは、それぞれのグループで今までの話を詰め出す。
「広瀬君。プロジェクトとは直接は関係ないが、間接的には問題があるので??をはさませてもらう」
俺と麻衣の前に座るご隠居が、権威を見せずに軽く話しかけてきた。
「はい?」
老師は、俺と麻衣だけでなく、うしろに控える両親たちにも語るように話した。
「彼女、浅間さんとの話だ。いろいろ聞いておる。君は彼女と一緒になりたいんだな?」
唐突なご隠居の発言で、俺は目を向いて麻衣と顔を見合わせる。
「えっ? あっ、はい……そうです」
「ふふん。広瀬君と浅間さんが結婚するなら、わしが仲人を務めてもよいぞ」
「えっ」
俺と麻衣が、同時に声を上げた。
「これからいろいろ大変になる。そうなっては、何もできなくなってしまう。赤ん坊が生まれる前に、式をやってみてはどうかな?」
鈴や森永さんから話が言ってたのだろう、俺をからめとるように話を詰めてきた。
うれしいが、この場では……。
「結婚? まだ早いです」
案の上、麻衣の父親の声がうしろから飛んできた。
「ほっほっほっ、まだ決心がつかんかね」
「娘は卒業もしてないんです。若すぎます」
「こっ、こんなところで、止めてよ。お父さん」
麻衣の父親が立って大きく言うと、彼女も振り向き立ち上がって言い返した。
「学生なのに一緒になるなど、まだ早い」
「もーっ、嘘つき。私の幸せに手を貸すって言ってたのに」
「なっ、いつの話だ……いいか。歳が早いってのは、すぐ破綻が起こるのがわかるからだ」
「そんなことないです」
さすがに俺も立ち上がって、言い返してしまった。
「何だと!」
麻衣の体格の良い父親が俺をにらみつけてきて、少し腰が引けてしまう。
「まっ、麻衣と一緒になっても、破綻なんて……しません」
「簡単に言うものだな。それが若いだけのもろい物だってことなんだよ」
「お父さん、京都の指南役が麻衣の幸せに手を貸してくれるっていうのに、喜びはするが怒ることはないわよ。ねえ、麻衣」
父親の横に座っていた母親が、彼女に加勢した。
「うっ、うん」
「それに生まれてくる孫に会わなくていいの?」
「うっ……それは、えっとだな……うーん」
母親の孫発言で、父親のトーンが急に下がっていった。
そこへ黙って立っていた俺の父親が、ゆっくりやってきて声をかける。
「忍。まだ彼女の両親には、正式な挨拶はしてないんだろ? 今、言っとくべきだ」
「あっ」
俺は、肝心なことを失念していた。
麻衣を伴って彼女の両親の前に行き、謝罪をした。
「報告が遅くなって、すみません。えっと……麻衣のお父さん」
「はっ、今さら何を言っているか」
「お父さん!」
麻衣のひとにらみで、黙る父親。
「彼女、麻衣……さんと一緒になることをお許しください」
あたふたしながら、頭を下げると麻衣も一緒になって頭を下げた。
「お願い、お父さん」
「ふんっ。許すも何も、早かったんだ……もう、勝手にすればいい」
そう言い放つと、ソファに座り込んで黙ってしまった。
「あらら、お父さん、それでいいの? 広瀬君、ごめんなさいね」
麻衣の母親が俺に謝ってきたので、とんでもないと手を振る。
「何よお父さん、わかったわよ。勝手にすればいいんでしょ? じゃあ、もう一緒になるからね」
「……ふん」
「戻ろう」
麻衣が怒り気味で、俺の手を取って戻ると、ソファのうしろに立っていた俺の父親が、麻衣の父親に離れながらも頭を下げていた。
二人でソファに座りかけると、また親父に話しかけられる。
「話は大体聞き及んでいる。私はお前の結婚は賛成する。好きなように行動すればいい」
「ああっ……ありがとう」
ふてくされながら返事をするが、余計な一言を言ってきた。
「彼女の両親に誠意を見せるのに、今入っている希教道はやめなさい。そのせいで彼女……麻衣さんは、事件に巻き込まれて大怪我したんだろ? 結婚を考えるなら、責任とケジメを見せるといい」
「なっ……」
麻衣の怪我を考えると、確かに親父の言っていることは正しいのかもしれない。
だが俺は……。
「親父もマスコミの受け売りを信じて希教道を見てたのかよ」
少し声を荒げて、口をついて出た。
反論されて、父親は銀縁メガネの下から睨んできた。
「ああっ、麻衣は体が弱くて、よく病院のお世話になっちゃう子なのよ」
彼女の母親が、うしろから擁護してくれる。
希教道の幹部がいるからの配慮なのか、麻衣に言い含められてたのか……。
「麻衣を守ることはできなかったけど……それは、希教道の問題ではないんだ」
俺は父親の間違いを正そうと言うが、反論される。
「だがな、結婚を考えるなら、大人として怪我をさせた責任ってものがある。それで丸く納まるものだ」
「ただの大人の屁理屈だ。俺は辞めない。麻衣の怪我はダルトングループと言う金融組織の差し金で、希教道も加害者だ。俺を放り出した部外者は、首を突っ込んで欲しくない」
「……そうか」
難しい顔をしたあと顔を背けた親父は、最初に立っていた場所に戻っていく。
少し背中が寂しそうに見えたが、マスコミに洗脳され既存の立前を押し付けてくる親父には退場願いたい。
「さすが忍っち、見直したわ」
いつの間に来たのか、教祖彩水が俺の肩を叩いて誉めてきた。
「いや、俺は栞と約束してたから……」
「うん? 何か決め事してたのか」
「ああっ」
……約束をしたから。
栞とのあの約束。
『空と大地とそなたの未来を清めるため、はらいの剣にかけて君を守る』
彼女と一族を率いるとキスをして、誓いを立てたシーンを真似た日々がよみがえる。
劇の内容だが子供のとき、確かに約束してそう思った。
彼女の部屋に行ったときにも再現した誓い……要からは指キッスだったけど。
彼女との絆になっていた約束シーン。
――俺は栞を守ることはできなかった。
――だから、栞の立ち上げた希教道は守りたい。
世間から追い出された能力保持者の避難所。
そこから異能力を危害のない、スポーツの一環技能として認知されるように持っていきたいと、竹宮女医と一緒に言っていた。
それを俺は守っていきたい。
栞との絆の約束。
彼女を忘れないために。
『ありがとう』
頭に要の言葉が木霊し、懐かしいメロディの一部がリフレインしだす。
心の中で彼女が歌っているのを感じ取れた。
のちに、この結婚話は、京都の指南役が音頭を取り、俺たち双方の親を黙らせ……いや、説得してくれて、学生結婚は避けるが卒業後に、略式の結婚式を行えることに決まった。
ご隠居の力の入れようにはどうも狙いがあったようで、俺たちの子供までを囲いたいようだ。
力のある能力者が生まれるかどうかもわからないのだが、老師の予知なる能力で何か知っているのかもしれない。
もちろん結婚への力添えは麻衣ともども大助かりで、頭が上がらなかった。
***
バイアウト製薬の名が昔の谷崎製薬に戻り、谷崎元会長が会長に返り咲いた。
そして突然の記者会見で、IIM2の中止、謝罪発表を伝えた。
一緒に谷崎知美さんも付き添っての会見である。
白咲要の死は、谷崎栞の死でもあり、会長の孫の死でもある。
やはり、何かしら思うところはあったと見えた。
また、ロイ・ダルトンに会社を引っかき回されたものを、正常に戻そうということらしい。
IIM2の市販は、バイアウト・ファンドの命令で動かしてたが、城野内老師の指示をほのめかして、政府主導の修正が入ったとも告げた。
脳の促進薬としても役に立っていたが、欠陥製品と認めて停止発表した。
そのIIM2の研究は、秘密裏に城野内研究所に移転することが決まってはいた。
栞の父親が残した遺品になる初期バージョンの資料も、そのとき提出された。
なお、副作用は成人にまれに脳障害、成長途中の子供で、生死を越えた子はかなりの確率で異能の能力を持ちうる。
しかし、その能力を使い続けると脳腫瘍になる確率があることをも認めた。
メジャー企業が超能力を肯定したことで、マスコミが色めき立つ。
逆にインターネットでは、今更感があって至って普通に受け止め、炎上することもなかった。
今は『新円通貨』と『空を見よ』の話でもちきりであり、一般人とマスコミの乖離がかなり起こっている。
百倍ズームのデジカメなので空を見ると、日中にも光球の光が見えて、個人の撮影までできていた。
人工衛星とか、新衛星誕生だとかで持ち切りである。
俺は竜芽学園で、勉強時間の一部を免除された特別待遇学生に変わった。
その代わり、城野内研究所が手配した訓練や実験には強制参加となる。
麻衣は卒業まで竜芽学園に通うが、涼宮鈴と言う要人警護が朝と夜に付き従うこととなり、本人は友達が出来たと笑っていたが、夜の自室までストーカーされるのが一週間続くと、白目をむくようになった。
学校卒業まで、城野内研究所の臨時研究員として雇われることとなったが、休み時間に麻衣に付き従う鈴から初任給を聞いて驚いた。
バブル期の新入社員のようなもてなしとかで、不安さえ感じさせる額である。
「必要とされ、付加価値ある、能力。だから、その報酬額」
「それなら麻衣への結婚指輪を買える」
隣に聞いていた麻衣も驚き、喜んだ。
「本当? やった。……当分もらえないと思ってたから嬉しいよ」
左手の薬指を俺に向けて笑顔で言う。
「7号。前にね、糸を指に巻きつけてその長さを測ってサイズはわかってたの」
「へーっ、でも前だろ? 今だと多少指のむくみとかで、サイズ変わってないか?」
心の中から、
『わーっ』
と驚きの声、そして『失言』と要の言葉が広がる。
眼前の麻衣の顔が、見る見る般若面に変わって声を上げた。
「うーっ。何よ、何よ! 太ったって言いたいの? 太ったって! 失礼だわね」
その勢いに思わず一歩引くと、部外者の鈴も恐れて一歩下がった。
「それじゃあ、宝石店に連れてって測ってくれない? ぜったい7号で間違いないから。いーい!?」
「わっ、わかった……まずは給料が入ってから、な? な?」
「約束よ……まったく忍って」
予定が立つ報酬に素直に喜んだのは言うまでもないが、余計な一言は禁物と心に刻んだ。
城野内研究所が手配した、希教道の新しい三階立て道場に俺は住み込むこととなり、春には麻衣も越して来る予定なので、二部屋を借りられた。
海岸沿いの綺麗な新館のビルだ。
今まで住んでいたマンションの一室を退去することとなり、隣の管理人の夢香さんとも別れることとなった。
夢香さんは、ビップルームに招待されてたから、俺の能力も知ってしまっている。
「弟を麻衣ちゃんに盗られちゃったわ」
彼女は笑いながら餞別代りと言って、俺の背中を激しく叩いてきた。
「夢香さんの平手は、痛いんですよ」
「技として使っているんですから、当たり前ですよ。ふむむむっ」
異能の話は一切してこない彼女は、許容範囲を超えてるのか、気を使ったのかわからないが、怖がられるような面倒がなく、いつもの夢香さんなので心の中で感謝した。
叩かれた背中をさすりながら、笑顔の夢香さんと別れて、一年と数か月暮らしていたマンションを後にする。
希教道新道場の内部は前の道場と同じ広さで、畳の新しい匂いが部屋を包んでいた。
道場当主と教祖彩水も喜んですぐ使い始めだし、また荷物は女医のセンターに移動していた物を含めて運びこまれた。
ここで、竹宮女医と臨時の三田村教授を中心とした能力開発を行うこととなる。
能力開発の測定器関係も大量に運び込まれ、その部屋はどこかの科学機関室に代わっていた。
MRI検査機器とその技師が招かれて、竹宮女医が歓喜していたのが印象的だったが、それが俺一人に使われることとなって驚愕する。
臨時研究員である俺のやることは、勾玉能力が発動させたあと、必ず血液採取とMRI検査を長時間受けることだ。
MRI検査では、撮影を強調させることで、毎回造影剤を血液に流し込まれることとなり閉口した。
鈴の話だと、本人も半年間やっていたとのことで、モルモットの気分がそれだけ続くのかと恐れおののく。
ここで取れたデーターは順次、
そこで光球研究をしている霧島物理学教授と、大脳生理学の部長野末さんにチェックしてもらい指示が来るとのこと。
その鈴が指導する、勾玉力発動練習が、道場の中で始まった。
だが、鈴教官の教えは思った通りで、不安が的中した。
「額、ウンとして、グイっと、腕をこう、動かす、そして、エイ、と出す」
たちまち鈴の腕に光の粒が舞うと、炎が腕を覆ったが、戸惑いは隠せない。
「ウンとして、グイ?」
その鈴の行動通りにやるが、俺には何も反応は起きない。
「違う。こう、指を額に、ウンとして、腕をグイ、あとは、エイッ、なの」
「うん? うーん?」
「もうひとつ、同じく、グゥンとして、バッ、した感じで、ヤァーッ、とやる。わかった?」
「いえ、わからないんですけど、鈴教官」
「もうーっ。……もう一回、ウンとして、グイ、っと腕、動かす、こう、そして、エイ、と……」
一貫してこの調子なので、俺の能力発動は一向に至らず、終いに
「なんでできないの?」
と軽蔑されてしまった。
俺は三田村教授に泣きつき、勾玉訓練に教授が指導参加してくれることとなった。
鈴はいつもの通りに、体の使い方とかを擬音の多用で教えてくるが、それを見て三田村教授が俺にアドバイスしてくれた。
彼女の感覚擬音の一つ一つに、理解できる説明である。
「ウンは、唱えるだね。グイは唱えた力をタメることかな? そして、エイはその力を解放だな」
「おおーっ」
俺が感動して声を上げると、鈴は嫌そうに俺を見ていた。
「グゥンは大きく唱えるで、バッは力を手放すってことかな。で、ヤァーッは送り出して飛ばすだ」
「わかった。やってみる」
その通りにやると、目の前に光の粒と一緒に高熱が足元を駆け巡り、三人とも慌てた。
道場に突風が起こり、越してきた泊まり込みの信者たちも驚いて声を上げ、風で彼らの持っていたレポート用紙の紙が全部外れて舞いだす。
風の勢いは上がっていくと、道場に居た者たちは、壁や近くの物にしがみついて、飛ばされないようにあらがう。
俺はあたふたしながらコントロールするべく、半分開けていた窓ガラスに腕を向けて、
『風よ外へ』
と強く意識する。
道場の中を舞っていた突風は、唐突に意識を持ったエネルギーへと変わり、窓ガラスを割って外へ飛んでいった。
外で轟音を立てたかと思うと、近くの電信柱が軋んで倒れ、大きな音と共に俺たちの足元に振動が響き、天井の蛍光灯の光が消えた。
道場内が薄暗くなり、
「停電だ」
と声が上がり騒然となる。
事務所にいた竹宮女医と道場主もやって来て、道場の宙を舞っていた紙吹雪を体にもろに受けて唖然とする。
「やばい。鈴、止め方は?」
「バン、として、キュン、とする」
彼女も焦りながら、両腕を手元に持ってくる仕草をしたので、その行動で「風止まれ」と唱えた。
道場内の風は緩んで、光の粒も消えた。
窓の外の轟音も止んだが、何かが倒れ落ちる音だけがやけに室内に響いた。
空中を舞っていた紙類が床に落ちて、騒然としていた道場も静かになる。
「ほっ」
「止んだか?」
鈴と三田村教授が、胸をなでおろして俺を見る。
「これは……おおっ」
おのれの発動を止められたので、徐々に実感が沸いてくる。
頭の中からも、
『すっ、凄い』
と要の言葉がしみ出してきた。
「自らの意志で発動、そして停止したぞ。……鈴、凄い、凄いぞ」
「えへん」
鈴が誇らしげに、鼻の下を指でこすっているが、これは教えたことを誇ってもいいと思った。
そんな中、呆けている三田村教授の隣に顔を引きつらせた道場主と笑顔の竹宮女医がやってきて、MRI検査機器のある部屋へ指を指した。
「造影剤をタップリ血液に流し込んでやるから来なさい」
女医が笑いながら恐ろしいことを言った。
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