第122話 カウントダウン(一)業火の呪文

俺の運転する希教道の車に、鈴と森永さんが乗り込んで、柳都のラグジュアリーホテルに向かうことになった。


「ご隠居、会いに、行く」


 今度は京都の指南役からの呼び出しである。

 車内で森永さんから、浜辺の一見についてお詫びと事のあらましを聞いた。

 一言で言うと俺の能力の確認だったそうだ。

 ご隠居が京都から柳都に来て、俺の勾玉能力を見るためでもあり、撮影と中継もその一環であった。

 協力は城野内研究所スタッフが行っていて、今回の海水割れとデーターは収集させてもらったとのこと。


「森永さんは、城研幹部なんですか?」

「私は依頼で、発注させてもらった側かな。公安警察SPに足を置いてますが、最近は指南役の仕事を手伝っている感じですね」


 十人の弁護団は、警察によって全員を一網打尽で拘束したとのことで一安心。

 なお麻衣は、家族と共に今向かっているホテルに招待されたという。


「なぜ麻衣と両親が?」

「昨日の騒動、私、バッチシ報告。ご隠居、喜んで、招待せよ、って」


 鈴が笑って俺に話した。


「おい。そんなことまで報告しているのか?」


 車のハンドルを握る手から力が抜けて、蛇行運転をしてしまった。



 

 ラグジュアリーホテルについて、ロビーに入ると要人警護のSP公安警察らしき人物がいたるところに立ち、いつかのご隠居の隣にいた若いイケメン要人警護員を見かけて挨拶をしてしまう。

 廊下から部屋に通されると、そこは高い天井と広い客室の豪華なビップルームだ。

 大きなモニターが三台セッティングされているのが目につく。

 奥のソファに座ったご隠居が、誰かと話しあっているところだった。 

 対面に座っている相手は、TVでよく見る官房長官だったので驚く。


 谷崎会長も右手末席に座っていて、そのうしろに谷崎知美と萩原夢香さんが一緒に立っていた。

 谷崎さんはいつもの真面目な顔だが、夢香さんは困ったような笑いを俺に向けてきた。

 谷崎会長のうしろのソファには、希教道の白咲当主、竹宮女医に三田村教授まで座っている。

 みんな呼ばれていたのか。

 その大人たちを見ると一応に苦笑いをしていたので、映像を見た反応であろうか? ……恥ずかしい。

 希教道関係者の脇に、教祖の阿賀彩水に城野内緋奈、三島さんが立っていて、前面に置いてある一台のモニター映像を見ていたが、俺に気付くと女子二人は手を振ってきた。


 谷崎会長や希教道関係者と対局の左側ソファに、病衣でなく私服姿の麻衣と、その両親が改まった感じで座っていた。

 麻衣が俺を見て笑顔を向けてきたので安堵するが、隣の彼女の父親が昨日と打って変わって大人しく、考え込むように俺を見てきて困惑する。

 やはり、先ほどの勾玉能力を中継されたモニターで見ていたのだろう。

 麻衣には、要の関係で勾玉使いは話していたけど、能力はあまり見られたくなかったな。

 その彼女たちの座るソファの脇に、銀縁メガネをかけた俺の父親が腕を組んで立っているのを見つけて驚く。

 フラメモ能力を知ってから、遠ざかっていたのだが……やはり、ご隠居に呼び出された?

 俺が入院中でも、母親が来るだけだったので久々の再会である。

 仁王立ちの父親の銀縁メガネから、何も表情が読み取れない。

 母親や弟みたいに、フラメモ能力を使う俺を薄気味悪い反応で遠ざかってくれれば、こちらも心置きなく離れることができるんだが……。

 家を出るときキャッシュカードを俺に渡して、『頑張れ』と一言だけかける無口な父親である。


「ほほう。来たね」


 俺たちが部屋の中央に踏み入れると、ご隠居が声をかけてきて、相対していた人物もこちらを向く。

 乱れた髪の黒メガネをした老人で、俺を玩味するとすぐ顔を背けた。


「さあ、広瀬君。鈴も来て、座りなさい」


 ご隠居は、俺たちに空いているソファに座るように手を向けた。


「あっ、こんにちは。どうも恐縮です」


 俺と鈴が座ると、森永さんは壁沿いに移動して立った。


「勾玉使いを試させるようなことをして悪かった。謝罪しよう」


 俺に対してご隠居が頭を下げてきて驚く……いや、びびった。


「えっ、いえ、そんな、俺に危害もないし、麻衣が無事なら……」


 とりとめもなく乱れた言葉を返すと、隣の鈴が噴出した。

 こいつ、あとでシバキだ。

 二、三度手の拍手があって、俺が音の方に顔を上げると麻衣の席で母親が叩いていた。


「いい彼氏見つけたね」


 母親に話しかけられて、麻衣は顔を赤面させてうつむいた。

 反対にいた彼女の父親は腕組みのまま、やはり考え事をしているように俺を見ている。

 ご隠居は、笑いながら続けて話し出す。


「能力はドローンの中継で、見させてもらった。あれは素晴らしい者の使い方だ。広瀬君の性格の賜物だな」

「あんなまやかし、わしは認めんぞ。今の時代、CG合成で何とかなるからな」


 斜めのソファに座っていた黒メガネの老人が口を挟んできた。


「ふっふっ、教授、あれはCG合成ではありませんぞ。ここでそんな嘘を作って、だますなど、わしらに何のメリットもありませんわ」

「では、彼は海を数十メートルも割るエネルギーをどこから捻出したのか、教えてもらおうか?」


 こちらへ振り向いてきたが、俺はそれに満足に答える術はない。


「ええっと……よくわからないですね」


 首をかしげて知らないと答えるしかなかった。


「ふん。だから仕掛けでもない限り、海を割るなど、それこそありえませんわ。ゆえにCG合成に落ち着くだろ?」


 黒メガネの老人は、俺からまたご隠居に顔を向けた。


「ちょっと教授には、刺激が強すぎたかな。はははっ」

「ふん」


 鼻を鳴らした黒メガネ教授は、矛先を変える。


「谷崎製薬の会長はどうかね?」

「わしは元会長ですぞ。……まあ、見たままかと思います。信じたくないのですがな」


 それを聞いて黒メガネ教授は肩をすくめる。


「あれはCGだ。他は認めん」

「まあ教授、その辺にしておきましょう。今日の議題は異能力を暴くことではないのですから」


 対面に座る、丸顔の官房長官が話に入る。


「君は海を割るなど信じるのかね?」

「たしかに、普通はできるものではないと思います。でも、さきほど見た映像も事実と認識してます。なぜって、ですか? 指南役が嘘などつきませんし、この場でCGを持ち出す意味が、まったくないからです」

「ふん。拝み屋老師にずいぶん肩を持つな」

「政局では、随分と助けてもらっているもので」

「はあっ、よりにもよって異能力とは……ありえん。ありえん」


 相当頑固な爺さんだが、教授ってことはその方面の人なのか?


「おおっ、広瀬君には紹介がまだだったな。彼は政府主導の宇宙開発本部長で物理学者の霧島教授だ。向かいの男が官房長官の正田君。うしろに立っているのが脳科学センター支部長の野末君だ」

「どうも、広瀬と言います。一介の高校生です。すいません」


 なぜが謝りの言葉が出てしまい、隣の鈴がまた笑っている。


「そう緊張せずに、まずは聞かせてほしい」

「あっ、はい」

「緋奈と鈴から報告にあった深夜の光源、太陽の光の話じゃ」


 ご隠居はそう言って、俺の顔を見て微笑む。

 やばっ。

 この話は一歩間違うと、留置所に放り込まれるかもしれない。


「えっと、たぶん、聞いた通りだと思います。記憶はあいまいですが……はははっ」

「うむ。わしがもう少し、世の先を視れればよいのだが……白咲栞君の死は、残念でならん」


 頭にゆっくり『死んでない』と言葉が広がり、要の訂正が俺の心に届いた。

 まあ、そうなんだが、肉体の死は本当だし……あれっ? 今、老師がさらっと問題発言したような。

 白咲栞って誰だと、うしろから麻衣にその父親が小声で質問しているのが耳に届く。


「広瀬君も怒りや悲しみがあっただろう。だから、呪いの言葉を唱えたことに一定の理解はしているつもりだ」


 老眼鏡をかけたご隠居は、テーブルに置いてあるプリント用紙の一枚を眺めてから読みだした。


「拳銃が無くなればいい、命令を下した金融屋は滅べばいい、希教道を貶めた天羽たちや暴力を起こした奴らは死か、刑務所へと、いろいろ興味深い呪いの言葉だ」


 頭の中に、業火の炎で世界が焼かれろが駆け巡る。

 口について出そうになるが、それを駄目だと押える俺がいる。

 

「金融の底が抜けたと株式が騒ぎになっていますのと、銃社会のアメリカや紛争地帯の中東などで、なぞの銃の暴発騒動が起きていますが、それらを勾玉能力発動ととらえると?」

 正田官房長官が、プリント用紙を見ながらご隠居に問う。

「まさに今の広瀬君の呪文に、当てはまるではないか」

「馬鹿な、過去の預言者の言葉を現象に当てはめるだけのものと何も変わらん」


 偏屈な黒メガネの霧島教授が、腕を組んで怒り口調で言葉を吐いた。


「ふおふっ、そうですな」


 ご隠居が笑顔のまま口を開く。


「ただ勾玉能力をあると仮定すると、過去にも謎の例があるでしょう」

「うん?」

「一人の娘が内乱を収めて、衆を惑わして王に着いた霊媒師、卑弥呼。二度に渡る蒙古襲来に、二度吹いた神風。安倍晴明のみそぎを奉仕したところ、たちまち病は回復し、深刻な干魃で雨乞いをすれば雨が降りだす事例」

「ただの逸話と妄想の類だ。神風など偶然に過ぎん」


 霧島教授が反論すると、老師も言葉を返す。


「偶然という言葉は、科学者の逃げ口上ですな」

「ふんっ。大体、その勾玉能力が気に食わん。万物のことわりが意識の一念に通じて変わるなど、あってはならんわ」 

「まあ、最もですな。ですが今は、その不条理を受け入れなければいけないかもしれませんぞ」


 正田官房長官が霧島教授に同調するも、ご隠居の話へ言葉を落とした。

 

「では広瀬君、わしから問おう。報告に上げてない呪文があるだろう? そろそろ言ってみてはくれないかな」


 俺は顔を伏せたまま戦慄した。


「まだ、とっておきの唱えたモノがあるじゃろう?」


 顔を上げると、ご隠居が眼光鋭く俺の目を射抜く。

 目の前の老人が、すべてを知り抜いているように思えて絶句する。

 そしてこの老人、京都の指南役の意味に初めて気付いた。

 予知能力者!?

 少なからず、それに近い異能の持ち主だ。

 だから政府要人に信頼されていた?

 そうなると俺のことも……。

 背中に冷や汗を流しながら、俺は何度か口を開けたり閉じたりしたあと、ゆっくりと言った。


「うっすらした記憶で残っています。業火の炎で世界が焼かれろ……と最後に何度か唱えていました」

「……うむ」


 ご隠居は口を真一文字にしたまま、隣の黒メガネ教授に向く。

 宇宙開発本部長の霧島教授は、少し驚いていたが、首を横に振りだした。

 やはり、この呪文も何か事を起しているのだろうか?

 だが、眼前の要人たちや周りの立っている人びとは、いたって冷静である。

 現状は霧島教授のように、勾玉能力が本当と思われてないから、世界をパニックに陥れたとしても半信半疑のままか。

 俺も全然、自覚ないし。

 ただ、麻衣に目をやると口を押えて驚いていた。

 これはやはり、いただけないか……。

 麻衣との未来が遠退いた気がした。

 隣の鈴はソファからずり落ちそうになりながら、顔を青くしてこちらを見ている。

 うん、勾玉使いならそうなるよな。

 老眼鏡を外したご隠居が、少し大きめに全員に聞こえるように話し出した。


「それでは、こちらからも情報の開示をして、現状を知ってもらうかな。その代わり聞いても、しばらく黙秘に願いたい」


 谷崎会長と希教道関係者たちが、うなずいてから顔を見合わせている。


「緋奈と鈴、教祖ちゃんもだ」

「はい」

「わかった」

「んっ……ちゃんは、つけないでって言ったのに」


 教祖の彩水が、ツインテールを揺らして小声で抗議をしている。

 彼女たちも知らない情報ってことか。


「そちらの広瀬君の嫁さん、その家族の方もお願いする」


 麻衣たち一家に、俺の父親もゆっくり顔を前後させた。

 何気に麻衣の顔が赤面していたので、未来が少し戻ってきたかな。

 ご隠居が首を傾けて横に目をやると、スーツ姿の三十代のイケメン男性がタブレットを片手に出てきた。


カレクシャン修正計画の説明は、私こと、大脳生理学センター支部長の野末が行います」




 その計画の概要が簡単に説明された。

 政府主導のひとつであるカレクシャン・プロジェクト委員会が立ち上がり、ここにいる宇宙開発本部長の霧島教授、正田官房長官、そしてご隠居が中心メンバーらしく、脳科学センターから来た野末支部長がそれを告げ、今問題になっている事案の早急な解決を模索中だと話した。


「問題その一です。それは銃の暴発。世界の銃が腐敗し始め、使うと暴発で危険なものとなり、鉛と火薬を交わらせると新たな化学成分が分泌されたことがわかったところです。カレクシャン計画は、新しい化学成分の分析から暴発が起きなくする方法の模索中です」


 その分泌物質が薬きょうを溶かして暴発を起こしていた。

 銃の引き金を引く自体が死に成り代わることが広がり、重火器の銃声音が世界から消え、日本政府も銃の携帯所持に禁止命令が下った。


「あのー。質問、いいですか?」


 麻衣の父親が挙手して、立ち上がり口を開いた。


「どうぞ」

「暴発が起きればそのままで、銃を封印すればいいんじゃ」

「わからないまま、放置は問題です。どうゆう形で、他に波及するかわからないので、早急案になってます。具体的には、迎撃ミサイルにも問題が出たと報告を受けてます」

「核ミサイルもってこと?」


 城野内緋奈が聞く。


「当然、自爆ボタンになる恐れが出てきてますね」

「ほえーっ」


 隣の鈴が声を上げた。


「まあ、そんなのはどうでもいいんだが」


 脇から宇宙開発本部長の霧島教授が、乱れた白髪をかきだしながら言った。

 咳払いした進行の野末さんが、話を続ける。


「問題その二です。株価の大暴落。事の発端はよくわかってないようです。わかる範囲にダルトン金融の持ち株会社に風評が流れ出たのが始まりかと。インターネット上から、否定的想念が蔓延し始めると、ねらい撃ったようにダルトングループの持ち株物件が軒並み暴落を開始しました。その余波で株式が暴落、各国にも波及して、なかでも中国がバブル崩壊と重なり、国が震撼してアメリカ国債が連絡もなしに大量売却されてしまいました。それがとどめとなって、世界経済が一瞬で凍り付き、アメリカ連邦政府の財政破綻を招いて今に至っています」

「ありえんことがよく起こる」

「これは、アメリカ型資本主義体制の終焉とみなされますね」

「金利ゼロの段階で、資本主義は終わってたんですぞ」

「共同幻想のマネーゲーム終了か。感銘深い」

「全人類が四回輪廻転生して稼いだ額のお金が、吹き飛んでしまったそうです。今回の世界大恐慌で、日本こちらもガタガタになりましたよ」


 中央の要人たちが語っている中、進行の野末支部長が話を続ける。


「アメリカでは各州で暴動が起きて、多くの金利運用ができなくなった金融屋や銀行員は、逃亡、自殺、または関係者市民によって豪邸から引っ張り出され次々にリンチを受け、撲殺されたようです」

「まるで、フランス革命の貴族の末路のようだ」


 正田官房長官が、困った事態だと深刻に言う。


「ひどい」


 殺戮に麻衣が口をついて言うと、反対側にいた教祖彩水が続けた。


「いい気味ね。連中はお金で数字のゲームをして、資本を搾取、国まで動かして戦争をしていたんだから当然の報いよ」


 その殺害された一人に、問題のロイ・ダルトンが入っていたことを野末支部長から告げられて俺たちは驚愕した。


「あの。お願いしていた、グループ・天誅メンバーの情報はないですか?」


 城野内緋奈が進行役の野末支部長に聞くと、タブレット画面をフリックしながら答えてくれた。


「新しい情報は……入ってますね」

「お願いします」

「わかりました。……グループ・天誅メンバーの天羽陽菜、美濃正の両名は、癌の末期状態が分かり、二人ともベッドで死を待つ状態にいると確認してますね」


 俺は目を向いて驚いた。


「突然の末期癌?」

「能力、使い過ぎ?」


 俺と鈴が言葉を吐くと、野末支部長がタブレットを見ながら補足した。


「異能力の増幅薬が癌を増殖させたと、本人たちから言質げんちを取ったそうです」

「そうですか……連中もやっぱり無理していたんだな」


 俺が鈴に言うと、左側ソファの横で立っていた緋奈と教祖彩水が続けて声を上げる。


「あんな連中、情けは無用ですわ」

「ああっ、連中の攻撃がなくなると思うと、肩の荷が下りた感じだわさ」


 一息つくと、野末支部長がまとめに入った。


「あと……精神病院へ送られた芝と言う男性は、室内で心不全で死亡が伝わってます。残った宮本、女性の村山は、バイアウト・ファンド社に暴動が押し寄せて、二人はそのときから消息不明になっているそうです」

「向こうは酷いな」

「敵、消えた。希教道、安泰」


 俺は天誅メンバーを襲った恐怖に戦慄していたが、鈴の安泰の言葉で気持ちが緩み、安堵の溜息が出た。


「ああ、そうだな」


 三台のモニターに、お金の価値が地に落ちて、アメリカ、中国、EUの市民が大混乱しているニュース映像が流れだした。

 モニターの映像に目を向けると、野末支部長が映像動画に合わせて話しを再開した。


「風呂の線が抜けてお金が流れ落ちたに等しく、株の動乱は世界規模に拡大して、いくつもの巨大国家がデフォルトを起こし、アメリカや中国、EUなどが国家破綻を起こしています。これからそれらの国々は、暴動や内乱がかなり広がると予想されます」


 大国が四つ、五つと分かれ、内乱または内戦になり、国々も小さくバラけてしまい、一九世紀なみの世界情勢になっていくと予想を??にした。

 国連も相変わらず名ばかりで何も行動できない状態だが、カレクシャン修正プロジェクト計画の案件に国連内で日本が主導権を取れるように変わったと、野末支部長が朗報と付け加えた。


「しかし、日本も預金封鎖が始まるって噂でてて、あちこちで騒ぎ起きだしているが、デフォルトなんだろ?」


 正田官房長官に黒メガネの霧島教授が聞く。


「今夜、現通貨の廃止を決めるか、緊急議会が開かれますよ」

「もうかよ」


 何気に凄い会話が聞こえてきたんですが?

 俺が目をむいて回りを見ると、鈴も驚いた様子で同じ行動を取っており、城野内緋奈と三島さんもしきりに話し出し、立っているSP公安警察たちも態度が落ち着かないさまを見せだしていた。

 麻衣の父親が焦りながら立ち上がり、正田官房長官に聞き返す。


「通貨の廃止って、本当ですか?」

「うむ。どこも国単位でお金が消えたのだよ。日本も例外ではない」


 ゆっくり座りなおした麻衣の父親は、あ然と言葉を失ったままだ。

 テレビのニュースキャスターが今度の金融崩壊はやばい、と話しているのは聞いていたが、これほどとは思わなかった。


「事態の悪化は、津波のように突然足元にやってくるわね」


 城野内緋奈が感想を述べた。


「問題はそこではないんだよ」


 ご隠居が言うと、野末支部長に先をうながした。


「問題その三です。議題は崩壊序曲といたします」


 何も知らない俺たちは、彼の言動に耳をそばだてた。


「その前に、つい先ほど大きく成長を観測したと報告がありました」

「何!」


 黒メガネの霧島本部長が突然立ち上がったと思うと、白髪を乱暴にかきむしり、進行役の野末支部長は深くうなずいた。

 ご隠居と正田官房長官も渋い顔をしている。


「今、世界の物理学会の幹部と政府高官たちで内密な国連会議がひっそりと行われていますが、会議内は大騒ぎです」

「何ですか、それは?」


 緋奈が我慢できずに聞いてきた。


「それは……可視光を放出する光球こうきゅうです」


 事情を知らない者は、みんな頭にクエッションマークがついた。

 それぞれの近くにあるモニターに、宇宙の映像が映し出された。


「月と地球の間の空間に、衛星光球が二個現れ、次第に大きくなっているのが観測されました」


 宇宙空間のCG映像が、野末支部長の言葉に合わせてアニメーションしていく。


「ちょうど地球のS極とN極の線上を四十五度にずらした宇宙空間に上下に一つずつの光球が、一か月前に現れたのです」

「その光球こうきゅうって、どういう意味ですか?」


 緋奈が腕を組んで、イケメンの野末支部長に聞いた。


「まず二つとも、地球の衛星としてゆっくり上空を楕円形に公転しています。その光球の中心は、二つ同時に一千度づつ上がってます。これは核融合が起きて、熱エネルギーを空間に放出しているんです」

「もっとわかりやすく教えていただけませんか?」


 麻衣の父親が挙手して聞いた。


「小型の太陽」


 ご隠居が言って、全員が注目した。


「それも地球の上と下に同時現出。燃える衛星として少しずつ拡大を続けている」

「えええっ……」


 誰かの口から、小さな震える声が漏れた。

 俺は再び背中に冷たい汗を感じだす。

 あの焼き尽くせの呪文で起きた? 

 今まで聞いてきた中で、最高の驚きを味わい、わけのわからない恐怖心が体を覆ってきた。


「核融合が続けば、二つの小型太陽ができて、地球を公転しながら地球自身の自転も相まって、地上全土を焼きつくしていきます」

「そうじゃ、数年後には人類消滅だ」

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