第120話 華しょく(一)
忍君へ。
まずは、ごめんなさい。
勝手に計画を立てて、死に向かって、過去に向かって実行してしまったことです。
忍君は、私や要を勝手な奴らだと怒っていると思いますが、打ち明けると止められると思ったので強硬しました。
本当にごめんなさい。
無茶なことをしないと思いますが、くれぐれも異能力で体を壊さないようにしてくださいね。
引っ張りこんだ身としては、心苦しいですが、希教道を続けるのも、止めるのもお任せします。
少ない時間でしたが、私と要は忍君と一緒に教団の運営出来てうれしかったです。
数年空いていいですから、たまには少しだけ好きだった女がいたなと思いだしてください。
それと、麻衣さんと末永くいてくださいね。
移動先で目下の予定は、忍君を私好みの恋人にする予定です。
本当にありがとう。
私の忍君でいてくれてよかったです。
感謝しています。
2枚目の栞の俺への手紙を読み終わって余韻に浸っていると、応接室のドアが開いた。
そこに城野内緋奈が立っていて、俺に呼びかけた。
「おはよう広瀬。そろそろいいかしら」
「俺に?」
城野内たちは、昨日のバード騒動のあと精密検査を病院で受けたあと、センターに来て泊まっていた。
「用があるのですわ」
三島さんも彼女のうしろに控えていて、俺は竹宮女医に礼を言って鈴と退出する。
城野内は俺たちを休憩ルームに連れていき、テーブルを対峙してお互いが椅子に座った。
三島さんがカップ式の自動販売機から飲み物をチョイスして、テーブルの上に三人分置く。
「三島、飲んで、いい?」
鈴は俺のうしろに立つと聞いた。
「はい、どれを取ってもかまいませんよ」
一人で先に手を出して飲みだす鈴を横目に、俺は城野内に話を催促する。
「改まって何だ?」
「昨日の続きですわよ。警察や救急隊員の対応でバタバタしていて、ゆっくり話ができなかったですから」
「ああっ、顔に傷もなくて幸いだったな」
俺が言うと、対面の三島さんが補足した。
「病院の医師が、銃の暴発した側にいたのに、暴発者の血痕だけって奇跡だといってましたね」
また奇跡とか聞いたな。
前は森永さんで聞いたっけ?
「ゴホン。それはいいのですわ」
「もしかして、女医との会話を聞いて、そのことでいいたいことがある?」
「うん、何ですの? 知りませんわ。それに私は、盗み聞きの趣味は持っていませんことよ。で、何の会話ですって?」
要のことでないのか。
「また、今度な。俺は逆に城野内が何でセンターに泊まってたのか知りたいね」
「ええっ、現地調査で、寝泊まりしている信者に聞いて回った次第です」
「はあ?」
「太陽の光のことですわよ」
「何だ、また深夜の光源か?」
俺の軽い返しに、眉間にしわを寄せた城野内だったが、気分を変えて紙コップのジュースを口につけた。
「昨日は忠告でしたが、今日は疑念が湧きましたので、質問をさせてもらいますわ」
「うん?」
「太陽の光、
「んっ、ああっ」
そういうことかと、休憩室のガラス張りに映りこんだ俺と彼女の姿をぼんやり見ながら答えた。
「いやっ、それが記憶が定かでなくて……あまり覚えてないかな」
「これは、重要なことですのよ」
彼女はテーブルに両手を置いて、ミディアムヘアーを揺らし顔を突き出してきた。
「少しでもいいのですよ」
「えっと……なんだったかな」
実際、恨みつらみばかりを唱えてたんだが、具体的なのは記憶のかなたなんだよな。
「広瀬、要死んで、怒ってた。その辺、じゃない?」
「ああ、そうよね。痛ましいことだったわ。だから、知っておきたいのよ」
「あれは……怒りに任せて色々と呪いの言葉を吐いていたような」
俺は渋々言うとお嬢様は、鼻息を荒くして次をせかす。
「内容は何なの?」
強引な彼女に押されて、俺は腕を組んで思い返すと、意外とすぐ言葉が口を突いて出てきた。
「うーん。拳銃がなくなればいいと……思ってたかな?」
「ほほおうっ」
城野内は目を見開き、お嬢様らしからぬ声を上げた。
「命令を下したロイ・ダルトンや金融屋はなくなれば良いとも思ったかな」
「ほお、ほほっ」
「希教道を貶めた、天羽たち、暴力を起こす奴らは死か、刑務所とも思ったか……あとは、うーん……否定的なことがあったような……」
色々思い出してきた。
こんないかれた世界……業火の炎で焼かれてしまえとかも、何度も唱えてた気がしてきたが、それは口をついて出ることはなかった。
「いろいろ、考えてたのね」
体を引いて椅子にもたれた城野内が、溜息をして感想を漏らす。
「
「おい、鈴。変なこと言うなよ」
「いえ、もう来ているのかもしれませんわよ」
城野内がそういうと、三島さんに目をやる。
「そうですね。昨日から金融の底が抜けたと株式相場が騒ぎになっていますのと、アメリカや中東などの紛争地帯で、なぞの銃の暴発騒動が起きだしていると。それらは、まさに今の広瀬さんの言い分に当てはまります」
俺はすぐ両手で罰点を作っていった。
「一人の夢想が、世界にかかわっていくなんて、信じられん。みんな、偶然や現象に意味付けをしているだけだよ。はははっ……ありえないって」
城野内と三島さんは、顔を見合わせると彼女が唸った。
「私もあまり信じられませんわね。でも、鈴の報告でお祖父様は、隔離が必要かとか、怪しいことを言ってらしたから……」
「えっ?」
今、さらっと怖いこと言ったぞ、このお嬢様。
「合っている。そう、思う。広瀬、魂、入った、から」
うしろで鈴が、自信ありげに話した。
「魂? 何ですの、それは」
余計な事を言った鈴に、城野内が食いついて俺を見た。
「ははっ……さっきの女医との話し合いは、観察っていうか、質問してもらっていたんだ」
「はあ、何をです」
「俺の中に……白咲要が、存在しているか、かな?」
「はあーっ?」
そこからまた城野内に詳しく詮索され、要の案件を一から話すことになり、驚いたり呆れたりするお嬢様を無視して、横で休みたくなってしまった。
***
炎上した希教道道場は、立て直しをすることになり業者の出入りが多くなった。
二学期に入って、竹宮女医のリハビリセンターに残っていた信者は家へ戻らした。
麻衣の次に、ハサミでみずから怪我を負っていた森永向葵里は完治して、かいがいしく世話した今村陽太と共に学校に通うようになっていた。
退院した彩水は、元気よく臨時の会場を借り希教道の集会を始めて、離れていった信者を戻すべく教祖として振舞いだした。
俺も軽自動車を借りて、当主の小間使いに奔走する。
マスコミは大国がデフォルトを起こして、世界経済が最悪の状態に落ち、日本も深刻な状態になりつつあると随時報道。
世界が色々大変な事態になりつつあり、メディアが希教道にかかわることはなくなった。
インターネットも希教道騒動に死亡者が出てから、同情的な論調が多くなるとその流れが加速して叩かれるのも多少は減ったようだ。
俺は要との会話を成立させるため、栞たちが行っていたことを継承した。
要との通信に栞がやっていたのは、携帯電話の日記ソフトでのやり取り。
俺も日記ソフトをダウンロードして開始すると、彼女も反応してすぐ書き込んでくれた。
『こんにちは。どうしてこうなったかはわかりませんが、勝手に入り込んでごめんなさい。数日なのか、しばらくなのか、わかりませんが御厄介になります』
「居たいだけいればいい。前の住人の麻由姉は零の聖域に同化するまで居てくれたから」
『こんばんは。忍君が昼寝しているとき、体使わせてもらい散歩しました。髪が短くなく、目線が高くて新鮮でした。あと、通り際の学生に、かま、かま、と笑われてショックです。これ忍君に迷惑がかかりますね。ごめんなさい。歩き方から変えていかないといけないようです』
「うむ。なんとなく、夢を見ている感覚で、かまかまと言われたのは覚えている。俺は要が居てくれれば、かまなどどうでもいい。まあ、そんなこと言った心無い相手には、
『おはようございます。
「おい。あれで、過激なら、彩水はどうなんだ?」
日記の内容はたわいない話で終始したが、要とうまく会話ができて一安心した。
要の存在は、日を追って、当主、彩水、麻衣と教えていったが、呆ける反応ばかりだった。
要に入れ替わると、当主は目に涙を浮かべて握手をして、彩水は喜び骨折腕もかまわず抱きついてきた。
二人にとって彼女の存在が、思いのほか大きいのをここで知った。
だが、逆に麻衣はひどく不機嫌になり、黙って睨むだけに終始してしまう。
麻衣と要は、ゆっくり打ち解けてもらうしか方法はないかと頭を抱えながら思った。
その麻衣だが、胸の傷は順調に回復していた。
彼女への見舞いのときは、鈴には同行禁止命令を言いつける。
その代わりに、部屋にいてもいいと妥協案を提示したら、喜ばれて受諾された。
後でわかったが、やりたかったゲームがあってそこから、鈴は俺の部屋に入り浸ることになる。
二学期に入り、授業の進行を教えるため麻衣の病室を通うことにした。
俺も半年ほど前、麻衣や他の人たちに世話になったから、ここで恩返しである。
ただ見舞いのときに一回、彼女の両親が来ているときにバッティング。
体格の良い父親から冷めた目で見られたが、母親には気さくに話しかけられて少し安堵した。
入院は希教道が全てまかなっていたので、経済面では問題ないのだろうが、ときおり父親から刺すような視線が来て痛い。
そのつど父親の態度に麻衣が気がついて、いさめてくれたので居心地の悪さは半減はした。
次からはぶつからないように、時間を調整したことは言うまでもない。
同級の雅治や椎名たちも、何度か見舞いに行くのだが、麻衣は胸傷が残っていると塞ぎ込むように無口になっていた。
椎名たちと一緒に励ますが一向に元気にならない。
二人の時、ベッドから起きている麻衣に傷の話をした。
「胸の傷……気にしているんだろ?」
「えっ、うっ、うん」
少しうなだれる麻衣。
「俺は麻衣の胸に傷があっても問題ないぞ」
「うん……ありがとう。でも、見ると幻滅すると思う」
「そんなことないぞ。なんなら見て試してみるか?」
麻衣は品定めするように俺を見てから、ピンクの病衣に手をかけた。
「じゃあ、見て」
「ちっ、ちょっと待て」
病衣をはだけて胸を出すと、傷口の白いガーゼとブラジャーが見えた。
そこは大部屋で、他に三人患者が寝ていた。
俺は急いでベッドの周りをカーテンで覆い隠して戻る。
抜糸が取れ包帯巻きもなくなっていて、胸のふくらみの上部の傷口に厚いガーゼが張り付けてあった。
彼女の手が、止めてあるテーピングの右側にある固定テープを外した。
「これよ」
言われるがまま、俺はのぞきこんだ。
傷口は全体的に薬が塗られて白くなっていたが、線のように横に引かれその周りの肌は黒ずんでいた。
俺が見たと首を縦に振ると、ゆっくり元に戻す麻衣。
「問題ない。考えすぎだな。それに日が立てば消えていくだろ?」
「担当医は薄れるけど残るって……」
俺はベッドに座り、彼女の胸のガーゼに手をやり『治れ』と念を入れて押した。
「何?」
麻衣が事情がのみこめなく驚く。
「今、傷は全て治るって、願いを送ったんだ」
目を丸くしたあと、小さく笑いだす麻衣。
「くっふふふっ」
「笑うなよ。真面目にやってみたんだ……けどな」
俺はベッドから離れて口を尖らす。
「うん。ごめん。忍らしい、ふふっ」
「まあ、なんだ。麻衣は麻衣だ。俺は全然問題ないからな」
彼女は小首を傾けて、俺を見て言った。
「ありがとう」
元気が戻ったかと思ったが、よく日にはまた静かな麻衣に戻っていた。
要に相談すると、何か一人で抱え込んでいるように見えると言われた。
俺は外出許可書をもらって、彼女を病室から歩いていける湖畔公園に連れてやることを思いついた。
夏が終わり秋を感じ始めた風に当たるだけでも、少し変わるかもしれない。
麻衣は歩けるが、傷の負担にならないように、車椅子に乗せて俺が押して外に出た。
土曜の昼前、晴天日である。
「久々に出て気持ち良いだろう」
「そうね。暑くもなく涼しくなってきたね」
ゆるゆると車椅子を動かしていると、栞を思い出してしまう。
髪を一つにまとめて左肩から前に出した状態の栞の後姿に見えていて、その彼女の首がこちらに振り返るとボブカットの麻衣の顔になった。
「どうしたの? 黙って」
「あっ、いや、ちょっと考え事をね」
「やだわ。一瞬、要が出てきたのかと思ってぞっとしたわ」
「おーい。あんまり嫌うなよ」
彼女が塞ぎ込んでいるのは、これなんだろうな……どうしたものか。
まだ一回しか彼女と会わせてないんだが、悩みどころである。
怒っている風だけで、まだ彼女の意見を耳にしてなかったから、聞いておくべきかな。
公園内の湖畔沿いの歩道をぽつりぽつり話しながら歩いて回り、雑木林に囲まれ湖畔の見えるベンチに行く。
昼食をするため、車椅子から麻衣を抱いて移動させた。
病院の売店で買ってきたサンドイッチと、お茶のペットボトルをテーブルに置いて二人で食べた。
食事も終わり、頃合いを見て彼女に話しかける。
「麻衣は要が嫌いになったのか?」
「うん? そうじゃないけど、忍と一緒にたえず見られている風に感じて、そう思うと無性に嫌になるかな……」
「なれてほしいんだけど……駄目かな?」
麻衣はペットボトルを一口飲んで、俺を見てから湖畔に目をやる。
「うーん。要が嫌いとか、忍が駄目とか、そんなんじゃなくて……今も二人だけど、二人じゃないでしょ? 全て筒抜けなんて嫌なの。忍に触ることさえ、しりごみしちゃう」
話しているうちに声が小さくなり下を向く麻衣。
『完全睡眠できる』
唐突に俺の頭の中に言葉が浮かんだ。
要からのメッセージか?
「まだよくわからないから要に聞いてみるけど、完全に睡眠状態に移行できるかもしれないよ」
「えっ? それって、見ないで寝てくれるってこと?」
突然喜んで、体を前に出してきた。
「ああっ。だから、彼女が寝てればキスやエッチだって大丈夫だろ?」
彼女は口を開けたあと、急にアヒル口になり抗議してきた。
「私、そんな、エッチとか……言ってない。ばかぁ」
「そっか、ごめん」
それを最後に二人の間に沈黙が起こった。
飲み終えたペットボトルを紙袋に入れてから彼女に声をかける。
「戻ろうか」
麻衣を抱き上げて車いすに座らせると、彼女がためらいながら声を出した。
「……あの……もう少し……話したい」
「うん?」
湖畔を見ながら彼女が言う。
「えっと……その……おかしくなったの」
俺を見ないで、落ち着かない感じで話し出した。
「何が?」
「夏頃から……体調がおかしくなったの」
「……希教道の騒動?」
「そっ、そうね……それであまり考えないようにしていたかも」
「んっ?」
麻衣は俺の腕を取って、車いすから見上げて言った。
「忍、どうしよう……あれがないの」
「あっ」
俺は瞬時にすべて納得した。
そして硬直。
「妊娠検査薬で……陽性も出ちゃった」
「あっ……」
麻衣と勢いで一つになったとき、付けずにやったことが最近何度かあった。
でも、当たりなど、まだまだ先と思っていたのだが、案外早く来てしまったわけだ。
「このことは、誰かに?」
俺が聞くと麻衣は眉間にしわを寄せた。
「まずは忍からに決まっているじゃない」
「そっ、そうだよな」
俺は再びベンチに腰を下して呆けた。
「たぶんね。時期的に考えると、五月の試験明けの特訓の日かと」
「ああっ、ホラー映画とか
じゃあ、もし生まれるとなると卒業式の頃になる?
「ねえ、忍はどうしたい?」
「それは……麻衣と一緒になりたい」
「産んでいいの?」
「まっ、まって、性急すぎる」
「えっ? じゃあ……おろすの?」
麻衣は悲しい顔をしたあと、俺から顔を背ける。
「だから、待てって。……俺は麻衣に中絶とかさせたくないし」
「うっ、うん」
「まずは、生活費をどうするかだから。それが……俺にできるかできないかなんだ」
「うん」
しばらく二人は無言だったが、病院内に産婦人科があると麻衣が小声で言ってきた。
「本当にできたのか、調べてみるから……付いてきて」
「ああっ、もちろんだ。これから?」
「うん」
病院に戻り、産婦人科の受付で聞くと、午後から入院患者として診察を受けられるとのこと。
俺は一人になりたくて、診察時間まで別れることとなり、余った時間をつぶすこととなる。
総合受付ロビーのソファに座り、俺は答えが出せずにしばらく呆けていた。
麻衣と一緒に暮らせるようになることは嬉しい。
でも、親や周りを納得させるには、麻衣と生まれてくる子供を食わせていける甲斐性なんだ。
財力か……。
そう思うと、また呆けてしまう。
何気なくニュースの流れるテレビモニターを見ると、金融崩壊からアメリカの二十の州がデフォルトを起こし暴動発生で沢山の死者が出たと告げていた。
「こんにちは」
いつのまにか、隣に森永さんが座っていて、声をかけられて初めて気づく。
この人がなぜ?
そこで監視されていたことに思い当たる。
森永さんは希教道のオブザーバーだと思っていたが、鈴の代わりに来たということか?
「どうしました? 座ってから一時間立ちますよ」
「ああっ、もうそんなに? でも森永さんは鈴の代理ですか?」
「ええっ、色々指示が多くなってきてましてね。無断で申し訳ない」
苦笑いする森永さん。
なぜか、高田さんが思い浮かんで寂しくなる。
「えっと、問題が起きて……つまるところ仕事を早いうちに見つけないと……そんなことを考えていました」
「ほう、それは、卒業したら進学でなく、就職したいと?」
元々俺や麻衣は、同じ大学に入る目標を立てていたのだが、希教道騒動で色々受験勉強に破たんが生じたところへ彼女の妊娠である。
「ええっ、すぐお金が必要になるんで、実入りのいい就職活動を考えてるんです。これからバイトをしてもいいかとも……」
「やりたい仕事でなく、お金が先ですか。何か立て込んだことですか? 借金でも?」
「まだ借金まで行きませんが、卒業したらそうなりそうです」
「働きたいのは、浅間麻衣さんと関係がありますね?」
「えっと、まあ、そういうことです」
「なるほど……ふむ」
顎に手を当てて考える森永さん。
「では、広瀬君しだいですが、涼宮が所属しているところに、就職するのはいかがですか?」
「鈴の?」
そういえば、彼女の組織はどういうものか把握してなかったな。
「彼女と同じような仕事になると思いますが、実入りはいいですよ。実は異能持ちとして、誘う計画はしてあったんですが、本人の意向を尊重していたんです。進学と思ってましたからね」
「諸事情により、進学は封印です」
「では、承りました」
当分の生活費も建て替えられることを聞いて、希望が持ててきた。
それなら、麻衣と生まれてくる赤ちゃんを食わして、一緒に暮らせる。
森永さんと別れたあと、麻衣の病室に戻り、彼女を車椅子に乗せて産婦人科へ向かった。
控室の周りは、年上の女性ばかりで、居心地が悪かったので、離れた場所に車椅子を止める。
麻衣も同じ気分だったのか、何も言わずに待つこととなる。
「浅間麻衣さん」
診察室のドアを開けた看護師からの呼び出しで、俺は麻衣の車椅子を前に出した。
一緒に診察室に入ってから、カーテンの外側で付き添いの俺は待機する。
診察が終わり、しばらく話声が聞こえてから、車椅子の麻衣が看護師に押されて出てきたが、暗かった。
「どう?」
「うん、やっぱり妊娠だった」
「そうか……えっと、お、おめでとう……って言えばいいのかな?」
「ふっ……なんとも、人ごとのような、頼りない返事ね」
麻衣は呆れながら、車椅子を押す俺を見上げた。
「初めてなんだ。どう言っていいかわからん」
「忍らしいのかな。ふふっ」
背中に重い物を背負った気分になってしまったが、俺は迷わず森永さんの話を受ける決意をする。
心の中から『おめでとう』と、要からの祝福の言葉が広がっていた。
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