第117話 仇(一)
天井を見ている。
寝ていたようだ。
気分は……最低。
ゆっくり起き上がると、自室のベッドに寝ていたことを思い出す。
周りは暴風が通ったように、物が散乱していた。
体に暗い重力が乗っているような状態で、胸も重苦しくで辛い。
立ち上がるが、すぐ迎えの椅子に座る。
開けた窓からは、太陽の光がまぶしく入ってきていたが、最近は蝉の声がまったく入ってこなくなった。
机に目をやると、栞からもらった誕生日プレゼントのネクタイピンと、シャープペンが置いてある。
重みがある高級品であるそれは、昨日寝る前に引っ張り出して眺めていたもの。
シャープペンを触って持ち上げると、彼女からもらったときの新幹線の中の一コマが思いだす。
笑っている栞が目に浮かぶと、周りがにじんできて涙があふれていた。
今日は、彼女の死亡宣告を受けて二日目。
白咲栞の葬儀に出席するため、俺は学生服を着て黒のショルダーバッグを背負い、廊下に出る。
通路には黒スーツの鈴と、隣の住人の萩原夢香さんが喪服を来て待ち構えていた。
少し目を赤くしているのは、カフェショコラのウエイトレスで、栞か要と会話していたことを思い出していたのだろうか。
彼女はカフェショコラの
三人でマンションを降りて、希教道の道場跡まで歩き火事現場をのぞいた。
元凶のタンク車は、放置されたままで真っ黒の炭状態。
辛辣な気分で惨状を眺めていると、声がかかる。
「あーっ。広瀬さん、こっちです」
希教道の駐車場に制服を着た有田純子が立って、隣にいる篠ノ井がこちらを呼んでいる。
要の同級生で親友だった純子は青ざめていて、いつもの覇気がなかった。
火事を免れた駐車場の軽自動車、そのバックドアを俺は開けて黒のショルダーバッグを入れる。
他のメンバーは構わず車に乗り込んでいく。
車の鍵は、栞たちとドライブしたあと持ちつづけていたので、女医からみんなを車に乗せて来てと頼まれていた。
車の中は誰もが終始無言のまま、五分ほどで指定の告別式会場に到着、全員参列した。
頭に包帯を巻いた当主が、怪我を押して喪主を務めたのが印象的。
竹宮女医と経理の中村が、彼の補佐をしていた。
杖を突いた谷崎会長と谷崎知美さんも出席していた。
城野内緋奈が、三島さんと三田村教授と一緒に東京から来て参列。
怪我をしなかった浅丘結菜ちゃん、信者の今村陽太やメガネの陣内たちも参列して、しめやかに行われた。
遺影の写真は、髪を下して右肩にまとめ表情が落ち着いた顔が選ばれていたので不満はない。
お経が流れている最中、その遺影を歯噛みしながら見つめ続けていた。
当主の喪主挨拶が終わると、参列者は立ち上がり退出する。
栞の棺には、彼女と関わりのあった出席者がお別れの声をかけて出ていった。
俺は一番最後につき、棺に納まり綺麗に整えられた彼女の顔をのぞく。
白く整えられた栞の亡骸を見ても、死んだとは思いたくなかった。
その彼女の前で、俺は小声で誓う。
『バードの罪は、俺の手で償わせる』
夢香さんは谷崎知美さんと、純子たちは女医の手伝い、鈴は森永さんと一緒になって帰るようなので、俺は一人でちょうどいいと思った。
時間を見ると十一時を回っていて、ロビーへ足を向ける。
マスコミも大量に会場前に来ていたが、シャットアウトされていた。
その中に、見知った記者の小出さんがいたが、話すことなく俺は裏口に周り駐車場に出た。
開祖の殺人事件で、世間ではかなり騒がれているようだが、俺自身、マスコミの否定報道はもうどうでもよかった。
俺は……。
駐車場を歩きながら上着のブレザーを脱ぎ、乗ってきた車の遠隔キーでロックを外すと声がかかった。
「どこ、いく?」
うしろから鈴の声がしたが、そのまま車に乗り込んだ。
彼女も前を横切って、助手席に乗り込んできたので、仕方なく対応した。
「森永さんと帰るんじゃないのか?」
「私、広瀬、見る」
彼女はこの二日、俺について回っている。
火事のよく日、リハビリセンターの運動療法室の布団で目覚めてから、俺の周りに張り付いている。
麻衣や彩水たちに見舞いに行った時も、マンションの部屋に戻っていたときもついてきた。
さすがに夜は部屋に入れられないので、戻れと諭して口論になったら、夢香さんに仲裁されて、彼女の部屋に通されていた。
どうやら栞がいなくなって、監視対象が俺にシフトしたらしい。
栞や要が、鈴に対して面倒臭いと思っていたことを、俺も肌で感じ始めていた。
「監視対象は、俺でなく、彩水になるんでないのか? あいつは教祖だぞ」
「教祖、関係ない。私、広瀬、対象。それに、彩水、頼まれた。何かある、止めろ、と」
「はっ?」
昨日の見舞いのとき、彩水は上半身を起こしていつもの元気さを取り戻していたが、二人でこちらに聞こえないように小声で話していたのを思い出す。
麻衣もそうだったが、彩水も何で人の行動をとがめるかな。
骨折の彩水は一か月の入院、麻衣はしばらく動けないので彩水以上の入院になっていた。
麻衣は寝たきりで、見舞いに行くと、不安そうな顔を向けられた。
俺は横の椅子に座り、「よく頑張ったな」と励ますと瞳に涙を溜め始める。
思った以上に精神に打撃を受けてたようで、片腕を上げて俺の手を握ってきた。
目からこぼれる涙を俺が拭くと少し笑顔になる。
彼女の腕が、俺の胸を積極的に触りだした。
麻衣はいろいろ憂虞していたのか、まるで俺の存在を確かめているかのようにも感じた。
俺も彼女の手を取って、お互いの無事を喜ぶように、無言の共有時間をつくった。
落ち着いた麻衣は、傷つけられて、運ばれたあとのことをゆっくりと語りだし、俺は聞き役になる。
彼女の話す声音は心地よく、暗く辛辣な気分が少し取れたような気がした。
だけど、会話には要や栞の名は出ず、意図的に避けてるようで、話が夏休みの終わりと二学期に出れないことに終始してしまう。
俺は次第に上の空で返事をしながら、窓の外の夕暮れを見つめ続けた。
彼女なりの気遣いなのかもしれないが……寂しくも思った。
「ねえ、いつまで、ここ、いる?」
鈴がうしろの壁に立って、病院の売店で買ってきたのか、ポテトチップを食べながら、聞いてきた。
時間を見ると、来てから五十分を回っていた。
「そろそろ帰るよ」
俺が立ち上がると、麻衣の片腕が俺の手を引き留める。
「また襲ってくるかしら?」
「ああっ。それは今のところ、ないだろう」
彼女は少し安堵してから言った。
「無茶はしないで」
「んっ?」
「今の忍……普通じゃない」
「普通だよ」
俺は、否定したあと、笑顔を作って彼女を安心させると病室から出た。
麻衣が心配した天羽たちの攻撃だが、告別式に出た森永さんからその後を知った。
俺の
ラボを包囲した警官たちに爆発が何度か起こって、一気にパニックになり銃撃戦に突入したらしい。
のちの現場検証で、その爆発した証拠が発見されなかったと報告も上がってきて、今はそこに問題が移っている。
爆散幻覚は芝がよく使ってた手だから、奴が先ばしった感がある。
その銃撃戦で死傷者が沢山出て、世間の注目を浴びラボは即日に閉鎖。
ロイ・ダルトンはTCコーポレーションの社長を失脚。
異能力の独占をしたかったのだろうが、希教道を潰しにきて、逆に潰れてしまった。
自業自得か。
ラボ主任の岡島は、警察との銃撃戦で流れ弾を受け死亡。
天羽陽菜と美濃正、宮本、女子の村山は警察に保護されたあと、バイアウト・ファンドの一企業に迎え入れられたらしい。
芝は麻薬中毒で精神病院へ送られたらしい。
何にせよ、当分向こうから手出しはなくなったと思っていいだろう。
若干、天羽が気になるが……そのときは、もう容赦しない。
今の俺が一番知りたいのは、バードのその後だ。
森永さんの情報では、警察の捜査の網にかからず、情報も上がってこないので、まだ近くに潜伏してる可能性があると聞いた。
告別式が始まる前に携帯電話を取り出して、自分でもバードの情報を少しでも引き出せないか、地元の地図を液晶画面に表示する。
地図に指を置いて
いつもだと、この地区一帯の人々の意識下に情報を送り込むのだが、今回は『殺人犯バードの今』と、
目線の前に画像が浮かぶと、飛ぶように映像が左右にまた、上下に移動する。
凄い、自分でも驚くほどの性能だ。
今までにないほど、異能がイメージ通りに働いてくれている。
アイデアが出ても、できるわけないと思ってた方法も、今やると全部できそうな自信があった。
あの夜のあと、目を覚ましてからだ……。
だが、この検索にヒットするかは疑問、と思っていると、一人の人物の映像を見せてくれた。
そこは暗がりの路上。
――誰の目線だろう?
その人物目線では、薄暗い中、ワンボックスカーのハッチバックを開ける映像が映る。
続いて中型バイクとそれを押して、中へ押し込むアロハシャツを着たくわえタバコにサングラスの男が映し出された。
あの日のバードで間違いないだろう。
この目線主、バードの仲間か、援助者か?
人物目線の今を
どこかの部屋らしいと思いながら、前面の客用ソファに意識を向けると、アロハシャツのバードが座っていて驚く。
――ビンゴだ。
奴はローテーブルに、銃を分解した部品を置いてはめ込んではチェックをしている。
だが、個人情報が読み取れず、この場所の特定ができない。
もっと情報が知りたくて、
うしろの棚に本が見え、タイトルをのぞくと法律関係が並んでいる。
隣の棚にはファイルが並んでいて、二つほどタイトルがあり、去年と今年の数字がついていたが他は真っ白。
いや、奥にもタイトル物がある。
『自殺者救いの会/矢代弁護士事務所』と書かれている。
瞬間に、道場に来たプロ市民団体の押見と、一緒に若手弁護士と十人の弁護団を思い出した。
これは、老人から年金詐欺、架空手続詐欺などの行為を繰り返していた十人のエセ弁護士の一人か?
地元の弁護士がいたのか。
もしかして、他の十人の弁護士連中もバードをかくまっていた?
十分あり得る話だ。
バードとつるんでいる事実は、ロイ・ダルトンに雇われた名ばかりの詐欺集団ってことでOKか。
プロ市民団体代表押見と柳都ベーカリー元運転手の偽金本って、すべて裏で通じていて、こいつらから切られたってことなのか?
押見と金本の溺死は、バードの口封じで、それを嫌った公安の佐々木は自ら刑務所に?
偽の金本と同じで、弁護団員も殺したか、戸籍を盗んで、背乗りとか言うなりすましをした連中かもしれない。
恐ろしいことだが、我ながらいい推理で当たっていると思えた。
***
車の運転で無言の俺を嫌ったのか、隣の鈴は前面中央のオーデッオボックスのラジオスイッチに手をかけると、昼のニュースが入りだした。
希教道幹部殺人事件として、バードが指名手配され、まだどこかで潜伏していると報道していた。
海外のニュースになると、アメリカで銃の暴発が何件も起きて銃協会が銃弾の劣化が早くなっていると、異例の声明文を出し、製造会社が銃弾の回収を始めて騒ぎになっていると伝える。
終わりに株式相場が、全体的に暴落していることを伝えた。
ニュースが終わり、音楽が流れるのを聞きながら、バックミラーで追走する一台のセダン車が気になりだした。
信号停止になり、その車の運転手をじっくり観察すると、三島さんだった。
助手席には、城野内緋奈が三島さんの肩を叩いて偉そうにしていた。
駐車場からついてきているような気がして怪訝に思っていたが、無視を決めつける。
「これ、どこ、向かってる?」
鈴が俺に顔を向けてまた聞いてきたので、冷ややかに告げた。
「決まっている。バード追撃」
「バード? 潜伏場所、わかっている?」
「ああっ。アジトは矢代弁護士事務所だ。奴はそこにいる。奇襲なら勝ち目もある」
首を傾けるが、すぐ両手を握って俺を見る。
「私、行く。あいつ、許さない」
「ほおっ」
俺は片眉を上げて、鈴のやる気を少し意外に感じたが、戦力は欲しいので聞いてみた。
「あの夜のバードに放って、仕損じたリアル炎弾は撃てるか?」
首をかしげる鈴は少し考えてから答えた。
「初めてのこと、どうしたか、覚えない」
案の定か。
異能力の不安定さは俺も知っているので、彼女を戦力に加えられないと思った。
「では、無理だな」
「何でも、やる」
食い下がる鈴だったが、「バードは危険だ。車で待っていろ」と命令口調で言うと黙った。
登録したカーナビの指示で、弁護士事務所のある通り沿いの道路に出た。
そこは街から外れた海岸沿い、雑木林の多い中に家々が点在している場所だった。
家々の裏は砂地で海に繋がっていて、沖に消波ブロックのテトラポットが並んでいる。
その内海に桟橋が伸びて、小型のボートがいくつか設置されていた。
俺は車を歩道に寄せて止め、周りに注意して外に出る。
少し先に電気工事のワゴン車が止まっていたが、人の気配はない。
砂浜から波の音が聞こえてきて、車の通りもなく静かな場所だ。
バックドアから黒のショルダーバックを取り出し、後部座席に座り中身をばら撒いた。
昨日、麻衣たちの見舞いのあとに、ホームセンターと隣の防犯グッズ専門店に立ち寄り購入した物が座席に散らばる。
スタンガンに安物の警棒、人を縛れる紐に、銃対策として、一時しのぎではあるが、煙幕用に花火のスモーク玉を十袋を買ってある。
「今回、使うのに、買ってた?」
鈴も付いて来ていたが、ペットコーナーにいりびたっいて、俺の買い物に興味を示さなかっから初めて見たようだ。
そのスモークボールを、助手席からこちらをのぞく鈴に半分渡す。
「何かあったとき、煙幕として使って逃げればいい」
「煙幕?」
「煙幕は周りの視界を奪うのにちょうどいい。撃たれづらくなる」
「ライター、ない」
「お前、自分で発火できるだろ?」
「そう、だった」
「前々から思っていたが、リアルな炎を出して火傷とかしないのか?」
「うん。しない、熱く、ない。私、能力、凄い。サイコー、なの」
胸を張って自慢げに言ってきたので、よくわからないが、聞くんじゃなかったとは思った。
「一袋に五個入っている。それをいっせいに点けると効果があるが、忍者の真似事はするなよ」
「しない、広瀬、失礼」
鈴はふくれっ面で俺をがん見してきたが、無視した。
「今日は天候もよく風もない。上手く使えるだろう」
スタンガンをポケットへ、警棒をスラックスに引っ掛けて、煙幕用のスモーク玉とライターを手にして外に出る。
目的の事務所を探して、海岸沿いの歩道を歩く。
百メートル先に何件か家があるところまで移動するが、どれも普通の民家である。
だが、外れの一軒が矢代と言う表札があり、入り口ドアに弁護士事務所と札が張られていた。
――ここだ。
事務所らしさのかけらもない、普通の家だった。
敷地内へ入り、窓を眺めるが人の気配はない。
入り口横のチャイムが目に入り、少し躊躇したが、すぐ指を上げて押した。
家の中に呼び出し音が響くこともなく、静かだった。
壊れてる?
もう一度押すが、何も中から音はこない。
ドアの取っ手を回すが、鍵がかかっている。
目線を閉じて、弁護士の矢代目線をもう一度リダイヤルする。
今の状態を確認すると、車、セダンか何かを運転している映像が入ってきた。
留守かよ。
バックミラー越しに後部座席に人は乗っていないのを確認。
ではバードがここにいる可能性はある。
入り口の横は三台置ける屋根のある駐車場になっていて、例のワンボックスカーが一台あった。
中をのぞくがバイクはなかったので、庭に目をやるとシートをかぶったバイクらしい形状物を見つける。
そこに突然ポケットの携帯電話が鳴ったので、急いで歩道に出て、少しイラッとしながら取り出して通話した。
『広瀬は、そこで何をしているのかしら?』
わくわくした女性の声が入ってきた。
「……はあ」
回りに目を配ると、五百メートル後方に俺の駐車した車から鈴が出て、その横に携帯電話を持って立ってこちらに手を振っている女が見えた。
いつの間にか尾行していたセダンは後方に止まり、三島さんも立ってため息をついている。
「ちょっと、待ってろ」
俺は携帯電話をしまって、抗議しに車に戻る。
まったく、車でまいとけば良かった。
城野内も鈴を伴い歩き出して、途中の歩道で話すこととなった。
「で? 何の用だ」
両手を胸に組んで彼女をにらんでやるが、空気を読まない発言をする。
「海岸端に来て、泳ぐわけでもなさそうだし、こんな辺ぴなところで、何を油売ってるのかしら?」
「鈴から、聞かなかったのか?」
「彼女は任務で一緒、としか言ってくれなかったことよ」
「お前こそ、何でついてきた」
振り向いた城野内は、三島さんに「暑いわ」と言うと、彼はすぐ車内からピンクの日傘を取り出してやってきた。
「私が言う前に、気を効かせるのですよ」
「いやーっ、暑いから、すぐエアコンが恋しくなって、車に戻ってくれると思っていましたもので」
日傘を城野内に差しながら言った。
「話がそれましたわね。私はこれでも広瀬を心配して、ついてきたんですのよ。さすがにこの場所の意味が分からず、聞きに来た次第ですわ」
「これ見てわからないか?」
俺は、スラックスのポケットから黒い塊を出して見せた。
「それはスタンガンですわね。まさかと思いますが、それでピストルを持った殺人犯とやり合うつもりでないでしょうね?」
「そのつもりだが、何かまずいのか?」
俺は、鼻を鳴らして不満を表明すると、スタンガンのボタンを押して90万ボルトをスパークさせ空気を弾けさせた。
「うわっ」
その音に一歩下がって怯む城野内。
「私も、これ、ある。ライター役」
鈴が、スーツのポケットから、握り出した煙幕花火のスモークボールをいくつも見せて笑みをこぼす。
城野内は目を細めてから、俺に向き直る。
「あきれました。本当に対峙するようですね。それでは、相手の行先はわかっているんでしょうか?」
「だから、ここに来たんだ。奴の潜伏場所がここだ」
「んっ、ここ?」
城野内が、目を瞬かせていると、三島さんが顔を険しくして口を挟んだ。
「お嬢様、だから彼にむやみに近づいてはいけないと……」
「警察には?」
城野内は、三島さんを無視して俺に聞いた。
「してない。というか、能力保持者なら、警察や一般人は当てにならないことは知っているだろう?」
「私、さっき、した。森永、に」
鈴が何でもないように言った。
「森永さんに?」
俺は鈴を見ながら、彼の行動を考える。
……まあ、あの人なら、信じてくれるが、前の時は警察組織を動かせなかった。
「彼は何と言ってましたの?」
俺が考えていると、城野内が鈴に聞いた。
「早まった、行動、させない、こと」
「そうでしょ。広瀬は無謀すぎますわ。警察に任せなさい」
彼女の言葉で、俺の胸が刺すような痛みを帯び、押し出されるように荒げた声が出た。
「バードを捕まえられない警察には、もう期待など一切してない!」
俺が声を荒げて否定したら、城野内の眼が座りだす。
「今回の殺人者、いえ、暗殺者は特殊な訓練を帯びて、幻覚も一切使えないと聞いていました。そんな人物とやり合うんですか?」
「栞が目の前で撃ち殺されたんだ。俺の命と引き換えにでも奴を捕まえる」
俺が睨みつけると、言葉に詰まる城野内。
「そっ……そうですか」
「止めるなら、無駄だ」
俺は反転して、また弁護士の矢代自宅まで歩き出した。
前まで来て、直接乗り込もうかと思案していると、一台の車がやってきた。
そのまま減速した車は、弁護士の家の前に止まった。
「うちに何か用ですか?」
運転席の男がこちらに声をかけていると驚きだす。
「きっ、希教道!」
「あっ」
車は弁護士の矢代本人だ。
いきなり顔バレもして、なんと間が悪い。
「信者がなぜここにいるか」
車から飛び出してきた矢代は、玄関の方をのぞきながら俺の腕を片手間で取ろうとした。
学生と侮っている。
幻覚を送るには遅いか、なら。
すかさず手にしていたスタンガンを、俺の腕を捕まえた弁護士の腕に当てて電気ショックを浴びせた。
「うっがあっ、あああっ」
悲痛な声を上げて腕を押え、うつぶせに倒れる矢代。
俺は一歩退いて、背中から警防を取り出し、奴の肩にたたきつける。
「くっ、きさ……まーっ」
鈴が駆け寄ってきて、車に置いてた紐を持ってきた。
目で合図を送り、紐をもらい受ける。
立ち上がろうとした矢代に、もう一度スタンガンで太ももに感電させると空気がスパークする音も聞こえた。
「ひいっ、ううっ」
痛みで足を押えて路面に丸まった。
「この人、敵?」
「バードをかくまっていた、仲間だ」
「じゃあ、こうする」
鈴は、歩道で横たわり、俺に腕を縛られだしている矢代の頭を、軽く蹴った。
「うっ」
顔をのけぞらせる矢代。
鈴も栞のことで、かなり溜まっていたらしい。
矢代をうしろへ縛り上げて、一息つけそうと思ったところで、城野内の悲鳴が背後から聞こえた。
振り向くと、駐車していた車の脇で、城野内の首元を押えたバードが立っていた。
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