第116話 道場炎上(八)収束

 マンション側に動きはないか注意しながら、しゃがんでいる鈴のところへ移動して、俺もひざを折り二人を見る。

 直人は気を失ったままで……だが、額の出血がヤバい感じに思えた。

 彩水は意識が戻っていて、左手の骨折が痛むのだろう、体を震わし顔をゆがめてうめいている。

 高田さんにおこなった痛覚遮断イメージを二人にもやってみた。

 意識を集中。

 彩水、直人とイメージを送った。

 意識のある彩水は、苦痛が和らいでくれたのか、表情を緩め、緊張していた体も落ち着いた。

 涙を流しながらも何かつぶやいている。


「……御神体……御神体」


 動く右手を動かして、歩道上を探し始める。

 鈴がすぐ気づいて、近くに落ちていた玉手箱を取り上げて、雨水を払って彼女に渡した。

 彩水はそれをぎこちなく胸に抱くと、口元をほころばせて安堵する。

 だが、そのまま目を閉じると眠るように気を失ってしまった。


「彩水、大丈夫?」

「たぶん……よくないけどな」

「じゃあ、早く、病院」

「いろいろな音がするから、何とかなるだろう」


 救助系なサイレンが騒がしく近づいてきているので、それに任せよう。

 一息ついて立ち上がると、道路上に救急車を筆頭にパトカーが何台も連なっているのが見えた。

 振り返るとすぐ手前に、ストレートロングの髪を前に垂らした少女が立っていて驚く。


「わっ、何だ」

「よくもやってくれたわね」

「お前!?」


 東京の喫茶店で見た、赤のブラウス姿の天羽陽菜だ。


「人の記憶をかき回した挙句、ラボまでメチャクチャにして。憎い」

「ラボを?」


 俺に渾身の怒り顔と低いうなり声をぶつけてきた。


「もうあんたを道連れにしないと、気が済まないわ」


 彼女が腕を上げると短銃が見えたので、俺は一歩離れて身構えた。

 これは幻影! 

 なら消去。

 そこへ彼女の声。


「死ね」


 短銃の発射音とともに、天羽とその憎しみの顔が瞬殺で消滅。

 痛みは……ない。

 間に合った。


「……はあっ」


 打たれることもなく、銃弾も消滅して安堵すると体の力を抜いた。

 ロスの研究所も混乱状態で被害が出たらしいが、それでもこちらに来る天羽の執念は恐ろしい。


「今の、前髪の長い女、何?」


 鈴が座ったまま、俺の裾を引っ張って今の質問をしてきた。


「先ほどの傀儡パペット攻撃してきた一人だ」

「ああっ。また、来る?」


 立ち上がり構えだす鈴だが、集団遮断メデューサバージョン2をかけるから、しばらく大丈夫と話しておく。

 鈴も天羽幻覚が見えたなら、美濃の集団遮断メデューサバージョン2は、いつの間にか効力を失くしていたようだ。

 俺も自己遮断メデューサを解除したままだったことを反省して、新たに自己へかけ直し、この空間にいる人びとに集団遮断メデューサバージョン2をかけた。



 

 一仕事終え安堵しながら、栞の寝ている場所に戻ろうと振り返ると、そこへ銃声音。


「何?」


 わけも分からなく、俺も鈴も頭を下げて危機を避ける。

 先ほどの銃声音の二度目に聞こえた小さくこもった音だ。


「狙撃?」

「わからない」


 また銃声が轟くが、今度のは警官が撃った音と同質だった。


「これは近くだ。庭の奥で撃っているようだ」


 侵入者を縛って寝かせている方から、続けざまに発射音。

 ブロック塀側で寝ていた栞が起きて、上半身を上げて周りを見渡してる。

 彼女を見ていたメガネの陣内が、かがんで庭の奥を見据えていた。

 高田さんや森永さんがいないから、誰かと撃ち合っている?

 そう思っていたら銃声が止んだ。

 音のした方から大きい人影が出てきた。

 アロハシャツを着た金髪の男、くわえタバコに黒の大きいサングラスをかけて迷彩ズボンをはいている。

 バードだ。

 ライフルを持った右手を上げていて、うしろから高田さんが右足を引きづりながら、小型の銃を持って出てきた。


「捨てろ」


 高田さんの声で、バードがライフルを前の地面に投げ捨てた。

 同時に銃声音。

 驚いた俺は、音に反応して体を低くする。


「なぜ撃てる……」


 眼前では、高田さんが胸を押えて体を崩しながら銃を構えようとしたが、もう一発銃声音。

 高田さんは糸が切れたように倒れた。

 すぐバードは前に走りだし、陣内が立つところへ向う。

 いつの間にか右腕に挟んでいた左手を前面に出すと拳銃を持っていた。

 目的はー。


「栞か!」


 それを見て俺も駆け出すが、間に合わない。

 全然、間に合わない。

 バードがメガネの陣内の前で立ち止まると、拳銃の照準を上半身を起こしていた栞に向けた。


「んっ」


 暗がりに光が舞うと銃声音。

 栞の頭が波打ち、上半身が地面に倒れた。


「わあーっ。止めろーっ!」


 俺は絶叫していた。

 近くにいた陣内が逃げ出すと、またバードが銃弾を続けて鳴り響かせた。

 音がするごとに、地面に横になった栞の体が衝撃をうけて小さくバウンド、何かが飛び散っていく。

 ショックで足がもつれたところに、眼前にポニーテールの要が両手を広げて阻んだ。

 驚いて立ち止まり左側によろける。


「来ないで! 逃げ……」


 こちらに向かって身震いする銃声音。

 その一撃で要の声は、かき消えて消失した。


「えっ?」


 唐突に右腕に痛みが走った。

 その衝撃で左後ろへ体が後退する。

 激しく痛む腕に手を当てると、ぬるりと生暖かいものが手につく。

 撃たれた。

 栞の前でバードが、俺に向けて銃を構えていた。

 やばい。

 やられる。

 覚悟を決めて目をつぶってしまった。

 だが、銃声も痛みも来ない代わりに、小さく頼りない言葉が心に届いた。


『……ごめん……な……さい』

 ――栞?


 栞からの念話?

 そう思っていると、後ろから笛の音が響く。

 目を開けると数メートル前で、バードが拳銃のマガジンを素早く取り換えている。

 装着すると栞を一瞥してから、黒いレンジャーブーツで彼女の頭を蹴りつけた。

 栞の頭が蹴った方向から動かないことを確認すると、来た方向へ走りだす。


「きさまーっ!」


 俺は吠えたが、バードはブロック塀に飛び乗ったところに、いくつもの小型サーチライトが照らされた。

 だが、動く光をすり抜けたバードは、ブロック塀の反対側に降りてしまった。

 背後から数人の怒声が聞こえて、振り返ると数台のパトカーが止まっており、小型のサーチライトを手にした警官たちがこちらに向かっていた。


 「うわっ。うわぁぁーっ」


 うしろから鈴の絶叫が響いたと思ったら、バードのよじ登っているブロック塀が歪んだ。

 唐突に炎が円を描くように吹き出てきて、ブロック塀を焦がしだした。

 鈴の能力だ。

 だが、その炎をすり抜けたバードは、ブロック塀の反対側に降りてしまう。

 炎が縮小していくうちに、裏からバイクのエンジン音が鳴り、すぐに遠ざかっていった。


「何てこと、何てことするのよ。要が、あああっ、酷い酷い酷い酷い。酷いよ」


 鈴がうしろで、しゃがみこんで泣き叫んでいた。




 俺は栞のところへ、ふらつきながら近づく。

 彼女の顔は、バードに蹴られた側に真横になって身動き一つしない。

 額が真っ赤で、胸も赤く染まって、恐ろしくなる。

 突っ立っている俺の横を警官が何人も通り過ぎていく。


「君、肩に怪我している。大丈夫かい?」


 一人の救急隊員が声をかけてきたが、俺は答えられなかった。

 気が付くと足が震えて、怖さと痛ましさに、その場にしゃがみこんでしまった。

 目の前に動かなくなった栞が横たわり、赤く染まった顔からは何も感情は読み取れない。

瞳は閉じていて、表情も柔らかく寝ているようだ。

 動かない右手を、恐る恐る触って持ち上げてみるが反応はない。

 声をかけた救急隊員が俺の隣にひざを折り、栞の体を調べ始めた。

 呆けて見ていると、救急隊員はゆっくり立ち上がりうしろにいた警官に通達する。


「女性一人、心肺停止状態」


 そう言ってから、続いて俺の右肩を見てくれ、銃弾がそれて浅い傷と診断。

 応急処置でタオルを巻かれるのを他人事のように見ていた。

 俺の処置が終わると救急隊員は、奥にいた警官に呼ばれて立ち去る。


「君。この子は希教道の信者だね? 名前は?」


 うしろの警官が話しかけるが、答えられず、徐々に周りが歪んで見え始めた。


「うーん」


 警官は、俺から離れて無線のマイクに向かって話しだした。


「庭に希教道の信者と思われる、高校生ほどの女子一人が心肺停止状態」

『女子高生一人、心肺停止了解』


 うるさいやり取りを横目に、彼女へ目を移すとやはり歪んでいて、自分の目がおかしくなっている。

 見入る栞の顔は、額を真っ赤にしているが、目を閉じて苦しんでる表情ではなかった。

 だけど……。

 心肺停止……?

 嘘だ。

 撃たれた時も、彼女の幻覚が現れて俺を止めていた。

 念話もあった……はず。

 まだ、彼女は生きている。


 ――栞。返事をくれ。栞。

 ――要は? 要。返事を。


 念話がない?

 じっ、じゃあ、零の聖域にいるんだろ?

 そうだ。

 意識を暗闇に、回帰の世界なら、また麻由姉のように会えないか?

 暗闇に意識を凝らして、彼女の名を心の中で呼ぶ。


 ――栞。


 何度でも呼ぶ。


 ――要。


 闇からは何も答えがない。

 さらに呼ぶ。

 答えない。

 叫ぶ。


 ――栞ーっ! 

 ――要ーっ!


 何度も叫ぶ。

 叫ぶ。


 ――栞ーっ!! 

 ――要ーっ!!


 返事はない。

 要か栞らしい感覚を暗闇の中を探し回る。

 右の闇へ。

 左の闇へ。

 叫ぶ。


 ――戻ってきてくれ。


 上へ。

 下へ。

 叫ぶ。

 叫ぶ。

 叫ぶ。

 暗闇に向かって叫ぶ。

 やはり返事はない。

 さらに叫ぶ。


 ――あっ。


 一瞬温かくて、懐かしいものが意識をかすめ抜けていった……気がした。


 ――栞? 要?


 急いで捕まえようと、直感でその物を抱え込んだ。

 そのはずだったが……温かい懐かしいものは何も感じない。

 もうわからなくなった。




 肩に強い力が加わって揺すられ、目が開くと栞の右手を握ってうずくまっていたことに気付く。

 前にはいつの間にか、栞の隣にストレッチャータンカーがあり、二人の救急隊員が床に担架ベルカを置いていた。

 それを見ていると、若干この世界の歪みが戻ったような気がした。


「おっ、正気に戻ったかね」


 振り仰ぐと森永さんが、左手が右腕を赤くなったタオルで押えて立っていた。

 うしろには目を赤くした鈴と、顔を青くさせた陣内の姿も見える。


「彼女は……痛ましいことになってしまった。今は我慢して受け入れるしかない」


 森永さんを見上げたあと、俺はその言葉が受け入れられず、無言のまま担架ベルカに移動させられている栞に目線を戻した。


「こちらに竹宮女医が向かっているそうだ。軽症の信者と合流してからセンターに移動、そこで怪我を見てもらうことになる。……それとも、彼女……隊員について救急車に乗っていくかい?」


 俺の背中を森永さんが軽く叩いてきた。


「あ……ええっ……栞……つく」


 俺はまともに返事ができないまま、救急隊員の行動を見る。

 森永さんの隣には、公安の佐々木の部下だった警備第二課の永友がいた。

 また、久保だったか、高田さんと同じ民間保安会社PSC社員もうしろに見えている。

 森永さんがその人たちにバードが来てからの話を語りはじめ、高田さんも心肺停止だと耳に入った。

 バードを見つけるが、ライフルで撃たれて負傷。

 森永さんの銃を高田さんが持ち出してバードと対決、背後を取ったまでは良かった。


「うしろのまま、脇の下から撃ってきたのか」

「バードの目はブレインポートだ。夜でも三百六十度見えるように、メガネは後部までセッティングしていたはず」

「高田さんは、そこを見誤ったんですか」

「たぶん。……残念だ。非常にに優秀だったのだが、残念だ」


 大人たちの会話を何気に耳にしていたら、鈴が俺の前に来た。


「広瀬、立つ。暴漢あった、みんな、救急車、運ばれた。あと、私たち、だけ」

「……そうか」


 ゆっくり立ち上がって、ストレッチャータンカーに乗せられた栞を眺める。

 動き出した救急隊員のうしろをついて行くと、森永さんに止められて、ロサンゼルスのことで報告を受けた。


「ロスのラボを包囲した警察官と研究員の間で銃撃戦になったらしい。詳しい情報はまだないが、中へ突入した際に、両方にかなりの死者が出たようだ」


 うわの空で聞いていたが、体がふらついて自分じゃないように思えた。


「そうですか。では……栞に……ついてやらないと」


 救急車に運び込まれている栞に足を向ける。

 だが、俺はその場で頭が真っ白になっていって、意識を手放した。



 ***



 頭が重く、回るようだ。

 胸も……重い。

 苦しい。

 辛い。

 痛い。

 痛い。

 何でこうなった。


 ――くそっ。


 辛さがいらだちと怒りを誘発する。


 ――すべて暗く重苦しく、不快で最低だ。


 力がなく、止められなかった俺は最低。

 最低。

 最低だ。

 それでも……。

 これもあれもすべて、栞を死に追いやったモノは許せない。 

 

 ――栞を直接死にいたらした拳銃は、この世からなくなればいい。


 殺戮道具など使えなくなればいい、少しは殺し合いも減るだろうに。


 ――トリガーを引いたバードは許さない。


 栞の頭を足蹴りした奴は、俺が天罰を下す。


 ――命令を下したロイ・ダルトンも許せない。


 金融屋、ダルトン・グループ、金の亡者たち諸悪の根源たちは、持ち株をナイアガラに落としてくたばればいい。


 ――面白可笑しく麻衣を傷つけ貶めた天羽と攻撃してきた美濃、暴動を起こした奴らも許せない。


 怒りの感情をまき散らして、暴力で事を収める奴らは死か、刑務所に入っていればいい。


 ――真実を捏造して、希教道を貶めて世間に広めた奴らも許せない。


 自分の理念を情報に混ぜて、先導する奴らは認めない。

 許さない。

 みんな許さない。

 そう、こんないかれた世界、住んでいる全員焼き尽くされればいいんだ。


 ――業火の炎で焼かれてしまえ。


 栞が見せてくれた火災旋風の業火で、みんな、みんな、焼かれればいい。


 ――全部炭になって、なくなってしまえばいい。


 俺は呪いの台詞を、念仏のように。

 題目のように。

 マントラのように。

 暗闇の中で呪文を唱え続けた。

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