第115話 道場炎上(七)打破
希教道の私有地へ入り込んできた暴徒を見て、俺は急いで寝ている要のところへ引き返す。
鈴が要の前に出て、
その彼女の理不尽な炎に、暴漢たちは驚き数人が立ち止まったが、他は脇をすり抜けうしろにいた丸メガネの陣内に殴りかかった。
鈴を押し倒そうとする暴徒は、唐突な熱さに驚いて下がると、背後から来た者とぶつかり倒れていった。
「あの炎、マジだ」
「通さない」
鈴の炎を浴びた両手を左右に出して、前面の暴徒たちをけん制した。
俺は寝ている要を急いで横から抱き上げる。
うしろへ下がるが、鈴の脇から抜けて来た暴漢たちに追撃を受け肩を捕まれた。
何人かの若い暴徒が、俺から要を引き離そうと腕を出してきたので、片足で思い切って払って倒すが、側面から顔を殴りつけられて目の前に花火が散った。
続けて数発、顔や胸に鉄拳をまともに受けてよろめき、口の中に鉄の味が広がる。
そこへまた数人が要に手を伸ばし、俺から引きはがそうとする。
頭突きで応戦するが、浅黒い暴漢者に要の腕を握られ、強引に引っ張られた。
「いっ、いたっ」
要が苦痛で目覚め、声を上げた。
「止めろー!」
彼女の腕を引っ張る浅黒い暴漢者に気を取られていたら、うしろから首を羽交い絞めにされて身動きが取れなくなる。
速攻で息が止まり、意識が飛びそうになった。
周りがスローモーションのようになり、怒号と悲鳴が耳にゆっくりと反響しだした。
周囲が白くなって足がもつれだす。
このままだと、倒れて要を取られてしまう。
どうにもできずに、眼前がまっ白くなって絶望が頭をもたげた。
そこに俺の前を、要をつかんだ浅黒い暴漢者が、真っ白の中をゆっくり飛んでいくように見えた。
続いて首に巻かれた腕が、緩むと消し飛んでいった。
瞬きしていくうちに、白色は消え、現状の危険な騒がしさが戻ってきた。
眼前で暴徒たちが、次々に宙に舞い上がり飛ばされていく。
俺たちの前に高田さんが駆けつけて、狼藉者をつかみ足を引っかけて簡単に投げ飛ばして、地面でうめく暴徒を増やしていった。
俺は激しく咳込みながら、足を踏ん張り、要を抱き直した。
地面でうめく暴徒から離れて、ブロック塀の脇まで移動する。
殴られ倒れていた陣内も立ち上がり、ゆがんだメガネを直して俺たちのうしろに回り人心地つく。
「忍君。こっ、これは?」
要は抱かれてバランスが取れず、俺の肩から首に右腕を絡めて巻き付く格好に変わる。
「要、ごめん。見ての通り、襲われているんだ。能力はロックされて効かなくされている」
「えっ……」
奥にいた森永さんも数人の暴漢たちに襲われそうになっていたが、投げ飛ばして返り討ちにしてからこちらに合流した。
歳がいっているのに、さすが要人警護の
「これはまずいことになりましたね」
「暴動は個人ではどうにもならん」
「集団暴行、酷い、最低」
森永さんに、高田さんと鈴が答える。
暴徒たちは、鈴の炎と腕の強い二人を警戒しながら、周りを少しづつ囲みだしてきた。
その様子を見ながら、森永さんと高田さんがそろって携帯電話を取り出して通話しだす。
救援要請か?
でも、美濃がいたんじゃ……あっ、ロスはどうなっているだろう?
携帯電話の会話を終えた森永さんに、状況を尋ねた。
「ああ、先ほどテロリストが立てこもっているラボを警察官が包囲したと、ネットのニュースに出ていた」
「じゃあ、
美濃と天羽もしばらく、こちらに手出しはできなくなったと思ってよさそうだ。
一つの案件が解決しそうだが、喜べない状態が目の前で今現在も起こっている。
三十人ほどの暴徒がいくつかのグループとなって、あちこちに倒れている信者たちを囲んでいた。
力をなくし倒れて弱った信者の足を一人の暴徒が持ち上げ、引きずって血痕を路面につけながら集団の中に連れていかれる。
引きずられていたAランク信者がうめいていると、何人かの暴徒が怒りの形相でのぞいている。
直人は彩水にかぶさり石のようになって、暴漢たちに殴られ続け、頭が割れ出血して虫の息。
その彩水は路面に丸まって、直人に守られていたが、左腕がありえない方向に向いていた。
それでも胸に大事なものを抱え守っていた。
彼女が持っているのは……御神体。
『私の役目はこれを守ることね』
彼女が言ってたことが頭を過る。
要が寛容に作った御神体だったのに、ここで足かせになってしまうとは。
さすがに三十人規模の暴漢たちの一グループへ近づき、彼女たちを救援するのは高田さんでも難しいだろう。
力尽きた直人は、暴徒たちに彩水から引きはがされると、数人の足蹴りを受ける。
体で御神体を守っていた彩水も、ツインテールが解れた髪を暴漢者の手で引っ張られて、顔を仰向けにされると顔面を強打され意識を失った。
腕に抱えていた御神体は、それでも持ちつづけていたが、引きずられていくうちに、彼女の足元に落ちる。
「止めてーっ!」
目の前で要が叫んでいた。
「酷い。酷い。何てことを」
俺と一緒に彼女も、彩水たちが暴行を受けているのを凍り付いて見ていた。
生暖かい空気の中、エアコンで効いたような冷風が足元に絡むのを感じだす。
「こんなこと、こんなことって……」
横抱きに持ち上げている彼女は、左手を口に当てて震えている。
「許さない。絶対許さない!」
俺の首に巻いていた彼女の握力が、強く絞められてきた。
同時に彼女の体から、小さな光の粒子らしいのが現れだす。
これは、この浮かび上がる天の光……
「栞か?」
目を覚ましていたのは要ではない。
光の粒子が一気に周りに増えだした。
「まっ、待て栞。これは」
「忍君。あれよ。彩水たちが……何であんなことに……酷い。酷い」
「し、栞。てっ、手前を見て」
「えっ? ……あっ」
俺の声をやっと耳に入れた栞は、周りに浮かんでいる光の粒子を見て口を閉ざした。
「これは、あの風の能力でも発動したんじゃないか?」
俺を見つめ、周りを見て、首を縦に振る栞。
「でも、でも、許せない。……彩水たち……他の子たちを助けないと」
「ああっ、わかる」
俺と栞の周りの小さな光の粒子は、増えたり減ったりしているうちに、ゆっくり周りに散っていく。
鈴と丸メガネの陣内が、呆けたまま光の粒子が散って消えるまで見続けていた。
光の粒子が消えたが、足元にはどんどん冷えた空気がなだれ込んできている。
「これは来るかな……」
少し冷や汗が出てきた。
そこへ六,七メートルの風が大きく一回吹いて、顔を叩いていった。
先ほどの栞の懇願の叫びで暴徒たちが集まり、ブロック塀を背にした俺たちを囲むように前に並びだした。
「魔女信者は殲滅だ」
その中から一人が奇声を上げた。
暴漢者の間から、あの体格の良い警官が歩み寄って高田さんに対峙する。
道場が燃えているのに、足元に冷風が通り過ぎていく異常さに、暴徒たちはお構いなしの状態。
警官が持っていた警棒を構えると、高田さんへ唐突に打ちかかってきた。
彼も応戦して、警棒同士で二打三打と打ち合うと、警官が押されだす。
すかさず高田さんは、足払いをかけて警官を倒してしまう。
それを見た暴徒の一人が、鉄の棒で高田さんにうしろから殴りかかってきた。
「このやろーっ」
消防車か、ポンプ車に取り付けてある消火栓開栓器を持ち出して、凶器に変えている。
高田さんは来るのを予期してたようで、鉄棒を単に避けて返す腕で相手の顔を強打する。
「くわっ」
だが、そこへ空間を引き裂く破裂音。
拳銃の発射音が響いた。
さらに音のこもった一発が、空間を貫いた。
暴徒たちが驚き、その場から一斉に散っていく。
「うっ」
高田さんが何歩か下がると、右足を押えて周りを見渡す。
音先を見ると、倒れていた警官が右手に拳銃を携えているが困惑顔である。
高田さんは跳躍して、警防で警官の銃を持った腕と顔面を続けて殴打して倒してしまった。
そこに激しい突風が一回、付近一帯を巻き上げていく。
鈴も手の炎を消して、風で流れだした長い黒髪を押えた。
続けて乾燥した地面から砂煙が舞い上がり、暴徒たちが顔に腕を当てて砂煙を通り過ぎるのを待つと、物陰へ走りだす。
上空は火事の炎で照らされて、夜空にどす黒い雲が渦を巻きだしているのが見える。
誰もが異常な状態になっていると悟って、風を避けるための移動を速める。
高田さんが後退して座ると、周りを見上げたあと撃たれた足を伸ばして上着を脱いで止血しだす。
森永さんがかがんで、止血を手伝う。
俺は高田さんの出血の様子から、痛覚遮断の話をしてみる。
「神経幻覚の能力で、痛みを多少は減らすことができるかもしれません」
「おおっ、本当か。やれるようならお願いする」
高田さんが二つ返事で了承したので、さっそくやってみる。
麻衣におこなった、半信半疑の痛覚遮断イメージを高田さんにもかけてみた。
集中、イメージ、痛覚遮断。
周りが、俺と高田さんに集中した。
「おっ? これは……本当だ。痛みが消えてく」
高田さん本人が驚いて声を上げた。
「かなり楽になったよ」
「痛覚遮断? 面白いことを」
「広瀬、凄い、凄い」
森永さんと鈴が驚き、目の前で目を丸くして俺を見る栞。
「忍君、いつの間にそんな力をつけて。私はできなかったのに、驚きです」
「何でもやってみるもんだな」
今回は本当にそう思った。
「それで、この傷は貫通?」
「ライフル弾だ。幸運にも突き抜けてくれた」
「何、狙撃か? ではサプレッサーライフルか」
「えっ?」
俺や鈴が、頭に疑問符を付けた。
「場所が特定できないが、正面からだから、向かいのマンションの上層階からだろう」
警察官の暴発かと思ったが、聞いてみると警官は脅しで上空に撃ち上げていたと言われた。
「銃声音の脅しは、我々より暴徒たちによく効いていたが」
肩をすくめる高田さん。
それを聞いて隣の鈴とメガネの陣内が腰をかがめて、二メートルほどの高さのブロック塀から離れて突風に当たりながらビルを見る。
向かえって俺の住んでるマンションだが、二人は狙撃者は確認できないと言った。
俺と栞は目を合わせて、嫌な人物を思い出していた。
「狙撃ってことは、やっばり……」
「バードでしょう」
俺の疑念に栞が答える。
「ここならブロック塀が壁になり、大丈夫だろう。突風も出てきたから、しばらくは狙撃はしてこない」
「そう。この風、何? 突然で、変」
鈴が轟音を立てた突風が、右から左へと移動するのを眺めながら言った。
「ああっ、栞はあの能力止めることは?」
抱いたままの彼女に聞くと、顔をしかめる。
あの散っていった光の粒子が、風の流れの元になっているんだろうと思うが、それを制御できないだろうか。
「怒りから来るものは、どうもコントロールできないです」
話している先から、また突風が通り過ぎていくが、砂煙に火の粉も混ざりだした。
「この風で火災が燃え広がらないか? 幻覚のように意識して調節や統制ができればいいんだがな」
「そうですね……何とかやってみます」
栞は集中すると言って、力を抜いて俺に体を預けて目を閉じた。
その間にも陣風がこの辺一帯を回りだして、道場の炎が大きく舞い上がっている。
横殴りの突風は、駐車している消防車やパトカーの車体を、激しく揺らしては過ぎ去っていく。
上空の暗闇に稲妻が雲の中をかけめぐると、大気に雷音が鳴り響いた。
続いて激しい気流音が夜空を響き渡ると、突風が唸りを上げて、砂や葉っぱを上空へ持ち上げていった。
暴徒たちは恐怖で頭を抑え、頭上を見上げていく。
道場の炎が突風で一斉に飛び上がり、生き物のように落ちてくる。
火の塊が隠れていた暴徒たち目がけて、飛びかかるように絡みついた。
「うわわっ」
何人かが火だるまになるが、床に転がると炎はすぐ風に吸い上げられていく。
突風が散らばった炎を拾い上げて、上空に舞い上がると道場の燃え上がる炎に同化していった。
「ええっ?」
その不自然さに驚くと、風が制御されているとに気づき、横抱きしている少女を見る。
栞は額に汗をかきだして集中状態を持続しているが、何か掴んでいるようだ。
道場を中心に回っている突風が激しさを増して、また暴徒たちに襲いかかる。
倒されたり、数メートルを飛ばされる者が続出。
吹き荒れだした風は、渦を巻くと道場の炎を吸い上げだした。
その炎は暗がりを不気味に照して、上空からも風の渦が下りてきているのがよくわかった。
熱風が目の前を通り過ぎていくが、こちらに炎が回ってくることはない。
風の渦が炎を押し上げて、上空高く引き上げられていった。
隣の五階建てマンションを照らしながら、竜のごとく駆け上がっていく。
上空から降りてきた渦に、炎の渦がつながると一気に火柱が立った。
目の前でありえないものを垣間見た気分で、恐怖心が体に刻みつきそうな光景。
「火災旋風だ」
森永さんが絶叫した。
炎の竜巻は激しく回転しながら、一本の柱として夜空を焦がしていく。
火災旋風を嫌った暴徒たちは、散々に逃げ惑って建物の影に駆け込む。
俺たちや、地面や路面に倒れている信者や消防士たちには、計算されたかのように、火災旋風の炎は届かず、緩い風だけが届く。
周りの家々にも火災旋風は拡散していくことなく、炎の柱としてしばらく君臨した。
閃光が何度も起こり、また火災旋風の周りで稲妻が続けて走ると、雷音が激しく響き渡る。
肌に当たる突風が緩んできたと感じたら、雨が降り出してきた。
竜巻は上空から途切れて、火災旋風は地面に降りてくると、雨はしだいに激しくなり炎は小さくなっていった。
数分もしないで土砂降りになると、道場から自宅へ燃え広がっていた火災が鎮火。
タンク車も黒い煙を多少上げるに留まり、落ち着いてきている。
風も緩くなり、見渡すと暴徒たちはかなり人数を減らしていた。
「この嵐で、暴動が治まった? それに火事も。……驚異的だな」
俺は栞が突風をコントロールできたと解釈して彼女を見た。
「あれ、栞?」
俺の胸に頭を預けたまま意識をなくしていた。
首に絡めていた左手は離れて、お腹に乗ったままになっている。
無理をして
彼女を静かに床に下してのぞくと、安らかな吐息をして眠っていた。
改めてよく見ると、顔がやつれていて、抱いていた時も思いのほか軽かった気がした。
なんとか彼女を延命できないのだろうか。
まだ吹く風の音から、遠くから救急車やパトカーのサイレンが聞こえてきた。
栞を見ながら憂慮していると、近くに立つ鈴が言った。
「暴徒、静か。彩水たち、助ける」
走り出したので、焦った。
「待て鈴。スナイパーがいる」
俺の声を無視して鈴は、直人が倒れているところまで駆け寄った。
何事もなかったので、まだ風が吹いているから大丈夫か?
高田さんを見ると、片足立ちで森永さんと何か相談している。
俺は丸メガネの陣内に栞をまかせて、注意しながら鈴の後を追った。
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