第114話 道場炎上(六)活路
居間と確認できるが、生活用品が片付けられてなく、かなり散乱していた。
横にでもなっているのか、目線がかなり低い。
テーブルの上も食事後のままで、放置されている。
これはロスの天羽に侵入できた?
だが、研究所ではない。
蛍光灯が光り、テレビが点いていて午後のワイドショーが流れている。
これは日本の家の生活空間だ。
番組内に見知った芸人が出ているが若い、滅茶苦茶に若い。
過去の番組か?
目線から
二〇〇五年の六月と出ていて、十一年前の映像とわかった。
四,五歳ぐらいの時の記憶か。
では、ここは天羽の家の中だろうか?
天羽の音声から、彼女の記憶に
目線を戻して彼女の焦点に合わせると、見上げて部屋に入ってきた者を確認していた。
そこには母親だろうか、瓶のカップ酒を飲んでいる大人の茶髪女がこちらを見て皮肉気に笑っている。
片手が目線の前に現れると、空中に舞い上がり、先ほどの女に抱き上げられていたことがわかる。
だが、すぐ落下した。
そして衝撃。
えっ?
床に放り投げられたとわかり、目線が涙に濡れて泣き声が響き渡る。
速攻でお茶碗が飛び、体に当たると、泣き声の音量が上げる。
「うるさい! 静かにしなさい」
天を貫くような激しい叱咤と共に、握りこぶしが飛んできた。
たまらず、意識を目線から外す。
場面が変わり先ほどの女がまた目の前に現れ、頭から大袋をかけられて閉じ込められる。
体がもがいているうちに頭が袋から出ると、ドアの横柱から紐で袋ごと中吊りにされているのがわかった。
女がビールを飲んだコップを置くと、こちらに拳が飛んできた。
袋に入った体は、サンドバッグのように殴打し続けられる。
泣き出すと、殴打はさらに増した。
目線を記憶から外して瞬きすると、別のシーンが現れるが、そこでも酔った女に叩かれ、殴られ、むち打たれもしていた。
記憶のフラッシュバックから、偏執的思考にアルコール依存症の母親が見えてくる。
そこはおぞましい児童虐待の現場だった。
彼女の残酷な過去を垣間見て、余りの酷さに「止めろ」と叫ぶ。
映像をたどるごとに、遠くで苦しみうなっている幼女のような声が聞こえ気になる。
その声は次第に大きくなり、天羽の声に変わっていく。
『なっ、なぜ……』
彼女の
『今になって、こんな下らないことを……思い出してくるなんて』
俺が見ていた記憶は、彼女も同時に思い出していたのか?
親に殴る蹴るの暴行を受ける幼女目線から、光の中へ目線が出ていく。
ところどころ光で、まぶしく見えないが、あのロスの
激しいせき込みが起きると、映像が切れて音のみが聞こえるようになるが、彼女が現実で苦しんでいるのが感じ取れた。
吐き気をもよおして、ヘルメット型のマトリックスを外せと怒鳴っている。
それに対応するように、美濃の話声が若干聞き取れた。
天羽は、俺が記憶に入り込んだせいか、超絶不快な過去を思い出して体調不良を起こし様子がおかしい。
これは強運か?
すぐ研究室に向けて、爆散幻覚イメージを送る。
……だが変化は起こらない。
この映像が途切れて音声段階では幻覚攻撃は届かないのか。
――なら。
今の虐待記憶群をランダム再生する心象を思い描いて天羽に送ってみる。
こちらは上手くいったようで、天羽がまた「不愉快」だと言葉を連発して唸りだした。
それなら
上手くいけば、外すのに手間がかかって、しばらく天羽からの攻撃を回避できるかも。
研究室への、美濃への反撃ができないのは仕方ないが、敵の
俺は、天羽の毒づく声を閉じて暗闇に移動した。
闇の中でもう一度、竹宮女医のリハビリセンターへ意識を戻してみる。
有田純子をイメージすると、暗闇が運動療法室に開けて篠ノ井が立っている目線を獲得した。
純子目線から独自に周りを観察すると、先ほどの緊迫感はなくなったが、まだ物の散乱や床に血痕がいくつも見え、立っている信者たちは不安そうに話し合っていた。
今まで寝ていた結菜ちゃんや信者が寝ぼけたまま起きていて、その隣にワン公が寝そべっている。
俺は信者たちと話している純子の前に、現出してこれまでの情報を聞く。
「麻衣……たちは?」
「あっ、広瀬先輩。
「何とか、あの鬼女を振り切って、意識を押し戻してきた。しばらくは大丈夫だと思う」
それを聞いた周りの信者たちが、一様に安堵した様子を見せた。
「それは良かったです」
「向葵里や女医もいないってのは、救急車?」
「はい。あと、今村君も向葵里を気にして、ついて行きました」
「そうか、だろうな。それで、今まで寝ていた者たちはみんな起きれたの?」
俺が布団に座っている数人に目をやると、純子の目線も移動して言う。
「
無理すれば、何とかなるってことか。
「そうか」
俺は、有効とわかった
外科の病院へ向かっている、救急車に乗った麻衣たちにも同じくかけてみてから、あとは純子に任せて自身の体へ引き返した。
***
暗闇から目を開けると、道場が半分燃え落ちていて黒煙を上げている。
自宅側は炎に包まれて燃え続けているのが見え、無惨で残念でならなかった。
背にしたブロック塀から離れてゆっくり立ち上がると、血硫酸の痛みがぶり返して少しよろけるが、持ち直して頭や肩を撫でてみる。
たまに皮膚が酷くヒリヒリするが、まだまだ大丈夫そうだ。
「おっ?」
森永さんが、立ち上がった俺に気付いて声をかけてきた。
「向こうはどうだい?」
「ええっ。何とか、ひと段落しました」
ここで森永さんに、ロサンゼルス全域に
「俺からだと、英語とかわからないし、確認が取れないのでお願いできませんか?」
それを聞いた森永さんは、少し呆けていたが、気を取り直して請け負ってくれた。
「それはわかった、すぐ調べよう。だがこっちは、一発触発の事態になってきていて、まずい状況だな」
森永さんの向いている道路上を見ると、かなりの人が倒れて、その周りに一般の野次馬が怒声を上げていた。
俺が女医のセンターに行っている間にも、後から来た消防車や警察、救急隊の人たちが、美濃の
要、彩水の二人で処理され、意識を刈り取られた者たちだ。
これは失敗したか?
いや、麻衣救出のときは、まだこれだけの消防士や警官は到着していなかったし、その時は新能力にまだ疑心暗鬼だったはず。
仕方ないことか……。
道路は消防車と人で完全に分断され、通る車も立ち往生、中から人が出てきて野次馬が増ていた。
その状況を始めから見ていた近所の住人たちが、「魔女の再来が始まった」と騒ぎ立てて彩水たちに怒鳴り散らしている。
ただ、野次馬の見ていた距離が、かなり後退しているのは、消防士たちの昏倒状態への恐怖心の表れか?
かなり不安をあおっている状況に、悪い事態を感じずにはいられない。
道場主と信者での放水も続いていたが、タンク車があった所は中々鎮火していない様子だ。
美濃はまだ攻撃中か……。
「前に出てみます」
「ああっ、気を付けてくれ」
床に眠ったままの侵入者と森永さんをあとにして駆け出す。
だが途中、庭に信者が一人立っている。
初期からいた向葵里グループメンバーで、最近ランクAに昇格した丸型メガネをかけた陣内だ。
その彼の下で要が地面に横になり、隣に鈴が正座してその彼女を眺めていたのを見つける。
すぐ駆け寄り、要を見ると目をつむったまま動かない。
「彼女はどうしたんだ?」
俺は焦って、隣の鈴に低くうなるように聞いた。
「急によろけて、倒れそうになったから、私、押えた。でも、疲れた、言って、そのまま眠った」
「そっ……そうなのか?」
「要、寝てばかり」
俺はひざを折って彼女の顔をのぞき込み、口に手を当てると軽い息がかかる。
寝てるようで、一安心。
「火事起きた、消火用具取りに行った。そのとき、何度かよろめいた。足、余り良くない、そんな気する」
不安を述べてくる鈴に、要も悪くなって睡眠が必要になっていることを感じ胸が痛んだ。
そんな寝ている彼女を眺めていると、その目が空いてこちらを見だした。
「あっ、起こしちゃったか?」
「……えとっ……忍君?」
ゆっくり上半身を起こした要は、表の騒がしく燃え上がる炎を見て、口を押えて驚愕した。
「ええーっ。燃えてる。何で? 道場が、家が燃えてます。忍君、消さないと」
俺と炎を見比べて、今までの事態をまるっきり記憶から抜け落ちてて焦っている彼女の状況に目を見張る。
「何で、驚くの? 要、寝ぼけてる?」
鈴が首を捻って要を諭すように聞く。
「あっ……ふらぃ……とだった」
彼女は口をつぐみ、失言したかのような仕草で鈴や俺を盗み見ては、炎が強い玄関口に放水をかけている道場主たちを眺める。
何を言ったのかわからず、言葉を頭でゆっくり再生したらすぐ理解できた。
「要じゃなく栞か? それも過去の栞じゃないか?」
俺を凝視した彼女は、小さくうなずいた。
「はい。えっと……
「要、過去の栞? 本当なら、凄い。本当? 本当?」
鈴が、栞になった彼女の顔を失礼なほど玩味する。
俺は今の状況を過去の栞に簡潔に教えて、最悪の状況は脱しつつあると説明した。
「わかりました。要がまだ必要ですよね。ここで私がいても、迷惑かかるだけだし、戻ることにします」
「えっ、もう、戻る?」
鈴が不満そうに、栞と俺に目を配るが、過去の彼女がいても仕方がない。
栞は横になると目を閉じて静かになる。
だがそこで、一人の体格のいい警官が声を上げた。
「こんなことするのは……魔女しかいない」
その警官がさらに声を上げる。
「やはり希教道に魔女どもはいたんだ」
「そうだ」
警官の声に合いの手が入る。
「この道路上の異常さがすべてを現している。何としても、止めさせろ」
「異常なんてものじゃねえ」
「こんなことは、早く止めさせろ!」
「そうだ」
道路上が一段と騒がしくなり、俺と鈴は注目する。
数十人の野次馬たちが声を上げ、警官を中心に騒ぎだして不穏な空気を作り出す。
これは美濃の策略か、偶然になったか判断に困るが、暴動になりつつあることは確かだ。
「あれ、要と彩水、倒された警官たちの残った人、恐怖におののいてた。でも、今は払拭したみたい」
鈴が怒鳴る警官の精神状態を話してくれた。
「同僚を昏倒させられて、怒っているってことか。やるせないな」
その警官に同調したように、声を上げだした。
「おぞましい魔女の効力だ」
「連中がやっている行動を止めないと、こちらも倒される」
「あんなおかしなことは、認めない。絶対に認めん」
「危険行動を取る連中は潰す」
「潰そう」
「始末しろ」
「反抗したら、殴り倒せ」
野次馬たちも狂気の目でこちらを凝視して、道路上の倒れている人々の間を縫って対峙して立っている信者たちに詰め寄っていく。
「くっ、来るんじゃないわよ。痛い目見るわよ」
「そうだ。道場の土地に入ってきたら酷いぜ」
矢面に立っているのは、歩道に尻もちをついてる彩水。
彩水の横に立っているのが、中坊の曽我部とAランク信者。
彼女の片手には、あの御神体の入った小さい箱を抱えていたので、さすが教祖である。
その彩水も能力を使い果たして疲れているらしく、放心状態で頭をふらつかせて話していた。
「魔女信者たちを捕まえろ」
「危険な魔女教団だ。反抗したら殺せ」
警棒を携えた警官が先頭に怪しい言葉を唱えながらやってくる。
右手に箱を持って起き上がった彩水と構えだす信者たちに、暴徒がぶつかりもみ合いだした。
「あっ、熱ぃ」
途中何人かが、腕や顔を押えて離脱する者が現れる。
彩水たちが幻覚を使って、炎弾で防いでいるのがわかったが、効力の効き目が悪い。
大きなバーニングが飛び交ったところは、暴徒たちが逃げ惑う。
だが、その炎は途中で、すぐ消え失せていて、幻覚消去されている。
美濃が裏で細工というか、上書きしているってことか。
「倒れて意識不明の消防士たちは、希教道の仕業だ」
「魔女信者たちを八つ裂きにしろ」
新たに十人の集団が大声を張り上げて参戦してきた。
堤防が決壊するように、二人の信者は暴徒に押し倒されて彩水たちは囲まれてしまう。
急ぎ足で近づくが、俺より早く暴徒の中へ入っていく人物が見えた。
途端に数人の集団が、悲鳴を上げて飛びすさむ。
彩水たちの周りは一斉に大きく円を描くように空間が開けた。
その中心に直人が立っている。
「彩水下がって」
「おう。直人?」
彼の前に道路上から一メートルほどの火炎が放射され、立ち上がった炎で暴徒たちを下がらせていた。
「今度は炎だ」
「突然路面から吹き上がったぞ。やはり魔女教団の仕業か」
「悪魔の教団だ」
声を上げていた警官も、驚いて下がっていく。
倒れた彩水たちをかばうように前に立つ直人は、センターから駆け付けたらしく呼吸を荒げている。
俺も連中に頭を冷やしてもらうつもりで、ファンタジー世界の
だが、反応がない。
「うんっ?」
幻覚が効かなくなった?
もう一度集中してこの空間に送る。
だが、効いてない。
直人の
「おおおっ、消えた」
「どう言うことだ」
消失したが、まだ暴徒たちはいぶかしんで、こちらの様子をうかがっている。
奴か。
暴徒たちに幻覚が効かなくなったのは、美濃がブレインロックをかけたんだ。
これは、道場信者に使った
この怒りの集団を上手く利用して、けしかけているんだ。
「まずいっ」
幻覚が効かないのでは、暴徒たちにいいようにやられてしまう。
幻覚以外、残されている手段は……逃げるだけだ。
しばらくの膠着状態のあと、あの怒れる警官が声を上げた。
「道路の火炎放射は魔女信者の幻影だが、効力が切れたんだ。もう恐れることはない」
「魔女信者たちを捕まえて、幻覚の罪に罰を与えろ」
「意識不明者の報いを与えろ」
その合図で暴徒が盛り返して、こちらに向かって走りだした。
「やばい。逃げるよ」
彩水たちも道場側に踵を返して逃げだす。
すぐ暴徒の先頭たちが、飛びかかって襲ってきた。
曽我部は彩水たちを守るため、背の高い体格で体を張って防御する。
何人かを返り討ちにするが、グループ集団の突撃の圧力で倒され、踏みつけにされて、脇に引きずられていく。
追いつかれた彩水たち三人も、次々に殴り倒されて暴徒たちにもみくちゃにされる。
集団暴徒の間から、彩水が体を丸めて地面に伏せているのが見えた。
すぐ直人が彩水を守ろうと抱きかかえ、体で盾になり、暴徒たちの握りこぶしの殴打を受ける。
だが、足蹴り攻撃は彩水をも追撃していく。
彼女は胸に大事な物を抱えながら、殴打に耐えている。
路上から希教道の敷地内に入ってきた暴徒たちは、放水していた道場主と信者にも襲いかかった。
「うわっ、何をする」
「止めろ」
取っ組み合いが始まるが多勢に無勢で、当主たちもすぐ飲み込まれる。
倒された道場主や信者たちは、複数に足蹴をもらい、血痕が飛び散るほど殴打され、動かなくなっていく。
一方的な集団暴行の様相になってきた。
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