第111話 道場炎上(三)攻防
床に横になったまま、動かない森永さんを見て納得した。
「それで幻覚殺人を?」
「はい」
麻衣目線で見た、要の殺人剣が重くのしかかるが、それは……。
「苦しむのを長続かせると、脳に障害が起きます。ひと思いに幻覚で意識を終わらした方がいいんです」
「そうだったな」
彼女の行動は正しい。
「この原因は強力で強引なイメージが送り込まれているんです。それで幻覚を視だしていくと止まらなくなり、脳がオーバーヒートを起こしている状態です。そこではロックがかかって、イメージ幻覚を消去することも上書きすることもできません」
俺は能力の練習で永久封印したつもりだったが、外部から新たに見せられて嫌な気持ちになった。
「止めるには、バットエンドでゲーム終了させる。だったな」
「はい。上書きは出来ないけど、ゲームソフトにはアップデートのように追加として、イメージを挿入はできます。強迫性障害が強い人は、何度でも繰り返されますので、早く意識を刈り取らないといけません」
「わかった。俺もやる」
幻覚殺人とか尻込みしてしまうが、ここは行動しなければ終わらせられない。
近場で倒れてうなっている曽我部に目線移動してみた。
目の前にバレーボールほどのハエモンスターが現れ、それが複数体をはい回って噛みついている。
「うおおっ」
曽我部は痛みの声を上げて、両手でハエモンスターを叩くが、飛び上がるとその手に噛みついてきて、また苦痛を漏らす。
俺は、すぐ悪の王的な怪物に一撃で倒れるイメージを曽我部に向けてたたきつけた。
すぐに二メートルほどの緑肌ゴブリンが現れた。
手にしたとげのあるのこん棒は、先端にどす黒く染まって肉片や髪の毛がいくつも絡んでいる。
イメージした俺もビビッてしまうほどの、恐ろしい眼力でこちらに凄んでいる。
この迫力、ゴブリンキングか。
ハエモンスターを押し退けたゴブリンキングは、持っていたこん棒を振り上げると、力を込めて目線上部へ落としてきた。
映像は衝撃感を伴うと途切れ暗くなる。
とんでもなく、胸糞悪く不快に陥って目まいまでした。
頭を振って前を見ると曽我部が倒れて動かなくなっている。
隣に立つ要は、彩水を昏倒させると大きく深呼吸したあと、道場主に体を向けているのが見えた。
俺も彼女に習い、一撃イメージを我慢して苦しむ信者にかけていく。
倒れずに幻覚と戦っていた鈴は、ひざに手を置いて顔の汗を拭いている。
高田さんも棒立ちのまま、息を整えていた。
どうやら二人は、
二人の様子から、追加の幻覚攻撃も止んでいたようだ。
俺が幻覚殺人で四人を床に昏倒させると、道場は静かになっている。
他の四人は要が静かにさせていて、ひと段落ついた。
だが要が疲れのせいか、バランスを崩して倒れそうになったので、俺は急いで抱きかかえる。
「足に来た?」
「はい。すいません……」
彼女を胸に抱いたまま見つめ合ったあと、床に座らせて、俺は防御の体制で静かに立ち尽くす。
「恐怖幻覚が来ません」
「そうだな……あきらめたのかな?」
道場は静寂に包まれて、次の幻覚が来るのを待つ体制で、しばらく動いたものを警戒する。
「他の倒れた人、どうなった?」
幻覚の駆除に成功して、落ち着いた鈴が聞いてきた。
「脳がオーバーヒート起こしたから眠らせたんだ。たぶん、今までの経験からしばらくは目覚めないかもしれない」
「オーバーヒート? あの幻覚がそうさせたの?」
「そう。だからロックがかかってしまい、幻覚消去が難しくなったの」
「私、同じ幻覚見た。大丈夫かな?」
「鈴と高田さんは、幻覚クリアしたから無問題」
「そう」
「数分経つ。もう来ないか?」
高田さんがこちらに話しかける。
「たぶん、そうなんでしょう」
仰向けに気をうしなっている彩水の髪を、要はなでながら見上げて言った。
消去攻防を繰り返して、連中もらちが明かずあきらめたのか?
「いやっ。これ、心臓、悪い」
「全くだ」
繰り返しの悪夢を見せられて、冷や汗をかき腕を押えた鈴と首に手を置いた高田さんの弁。
終わったとの認識が全員に共有されると、二人もその場に座りこんだ。
ひとつ思い出したことができたので、要に念話で聞いてみた。
――
『ええ、たしかに。今回の幻覚は、接触から移るぐらいのエネルギーが使われたのだと推測されます。だから、忍君の使った
――なるほど。……そうなると、これは相手の能力が優れているってことになるよな? 昨日の攻撃とまったく違う。
『そうですね』
要も幾分疲れが見える風に答えた。
――強力な
『奪われた研究資料から何かを得て、能力を付けた可能性が強いですね』
――俺や要が取り入れた薬の同型?
『調合開発されていて間違いないでしょう』
――なんてやっかいな。連中はマトリックスとか言う増幅機材も装備しているってのに。
一方的に攻撃をされたことで、ダブルSランク級の土俵に
要も無言になり、考え込んでしまった。
***
幻覚攻撃を受けたあとの午後、気を失っていた者たちが、何人かが目を覚ました。
彩水もその一人で、
道場の状況を知った竹宮女医が、診察に駆け付けて見て回ったが脳にも精神にも問題はなく、痛みを訴える者に鎮痛剤を配るくらいに終始した。
眠っていた他の者たちも、この頃には全員起きて幻覚を「とんでもない」と愚痴り合いながらクリニック室を出入りする。
その後、夕食時まで何事もなく終わって安心した。
リハビリセンターに避難していた麻衣と純子、篠ノ井が、自宅にいた経理の中村さんの軽乗用車とその運転で、ショッピングモールの牛丼屋の持ち帰りを人数分を買ってきたので道場がにぎわう。
麻衣が俺に近づき、持ち帰り牛丼を手渡された。
「はい。注文の大盛りよ」
「ありがとう」
「また幻覚攻撃されたようだけど、大丈夫だった?」
「ああっ、うまく潜り抜けられたよ。だんだん苛烈になってきているから、麻衣たちが避難したのは正解だったな」
「私たちの方は何もなかったけど……ほんと、何とかならないのかしら」
俺の肩についたゴミを軽くはらいながら、見上げてくる麻衣。
「先回のマスコミ攻撃と一緒だよ。ここが我慢のしどころなんだと思う」
道場居残り組に持ち帰り弁当がいきわたり、テーブルにつき食べだしているところへ、純子が持ち帰り弁当をひとつ持ってきた。
「要は? 見えないけど、どこかしら」
「彼女は部屋で休んでもらっていて、女医が見に行ってたけど……あつ、降りてきた」
俺が道場内を見渡していると、廊下の奥の階段から要が下りてくるのが見えたら、純子がお礼を言い彼女のところへ向かった。
「もう戻るけど、危険なことしないでよ」
「それはもちろん」
麻衣は俺の上着の裾をつかんで少し引っ張ったあと、離れていく。
夕食を届け終わった麻衣や純子たちは、竹宮女医とその車でリハビリセンターに帰り、中村さんは経理帳簿を持って自宅に戻った。
麻衣たちを玄関で見送って、道場に戻り夕食の席につくと要が隣に座ってきた。
午後は疲れて部屋で睡眠を取っていた彼女だったが、体が心配で聞いてみた。
「どう、疲れは取れた?」
「はい。ひと眠りしたら良くなりました」
そう言って持ち帰り牛丼を食べだすと、ポニーテールを揺らして笑顔を向けられると気持ちが楽になっていく。
向かいに目を向けるく、彩水が曽我部と鈴に囲まれて、うるさく話しながら食べている。
食べ終わると、隣に座って食後の麦茶を飲みながら携帯電話を動かしていた要に状況を聞いた。
「食事時にまた襲ってくると思ってたけど、静かだね」
「はい。私もそう思って調べていました」
彼女は顔を上げて、周りの食後の雑談をしている信者たちの様子を見てから俺に振り向く。
「それは、時差だと思います」
「時差?」
「TCコーポレーションの研究所はロスにあります。そこからの攻撃なら、向こうはこの時間です」
要は携帯電話の液晶画面を俺に向けてきて、のぞくとロスの現在時刻が秒単位で動いており、午前三時過ぎと確認できた。
「敵は寝ているわけか。考えてみると、今までの攻撃も午前や昼、夜だったけど、午後から夕方はなかったな」
「しばらくは安心ですね」
「俺たちが早めに寝てしまえば、幻覚もかけられないから明日起きるまで安全ってことか」
「うーん。たぶんそうなんでしょうが……」
天井を向いて考え込む要に、昼間の幻覚を聞いてみる。
「敵の
「はい」
「
「前に栞が試してみたんですよ。でも効かなくて……」
「うーん。栞が駄目なら……無理か」
俺は肩を落として頭をかく。
「忍君の力量でやってみてください。私たちの力不足もあるかと思います。他にも、幻覚で受けた神経の痛み解除を行ってみましたが、それも取り除けなかったのです。でも、今の忍君ならあるいは……やってみる価値はあると思います」
「うーん。そうなのか?」
あごに手を当てて考えながら話す要。
「能力の出来不出来はありますから、栞ができなかったことは気にしなくていいと思います」
「ああ、能力の個性が出るのはわかる」
前に麻由姉の魂か、意識かを取り込んで一緒だった頃、
「彩水が練習で、かなり能力を上げてます。忍君も道場で練習は頑張っていたじゃないですか。レベルは上がっているはずです」
俺は希教道のレベルを思い出してみた。
Cランクの霊能体感で、麻衣が該当する。
Bランクは接触感応下級者で、後輩の向葵里や一般信者になる。
Aランクが能力保持者で、中坊の曽我部や上級信者たち。
Sランクに彩水を筆頭に、小六の結菜ちゃんに今村と直人だ。要もこのクラス。
ダブルSランクが俺の到達点だったはず。
「今までの忍君は、
「そうだけど、上にいる栞が
「先ほども言いましたけど、本人の性格に左右されてよい出来と悪い出来があると思います。忍君もそろそろ能力が熟してきていていいはずです」
要は俺の顔を見て、確信するように言った。
「ううん。だといいんだが……。そう言えば栞は勾玉使いだから、トリプルじゃなくて、クワッドSランクに該当しないか?」
「まあ、そうなりますね」
「すげえな。……まあ、能力のランクアップは置いといて、
速攻でと命名してやる気を出した俺を見た彼女は、ポニーテールを揺らし携帯電話をしまいながら微笑んでいた。
結果から言うと、
主要幹部に話して、道場にいる全員に
上手くいくかもと期待してた分、落ち込んで、彩水にも「使えねえ」とやじられて、道場の隅に座布団を枕にふて寝をした。
要も落胆して「ごめんなさい」と謝り、寝てる俺の髪をしばらく撫でてくれた。
時差の話をみんなにしていたので、九時には就寝となり道場の床で全員寝ることにしたが、もちろん要、彩水、鈴の女性陣とは間仕切りの衝立障子を隔てて睡眠に入っている。
なかなか寝付けなかったが、床を歩く物音で目を覚まして寝ていたことに気が付く。
枕の横に置いてあった、携帯電話を取って時間を見ると二四時を指している。
照明はもしものために、一部が点いたままで、体を起こすと森永さんが起きて立っているのが見え、窓から外を眺めていた。
俺が起きだすと森永さんが、「全員起こした方がいい」と提案してきた。
すぐランニングスタイルから作務衣に着替えて、周りの信者を揺り動かして起こす。
衝立障子から、要も夏の普段着に着替えながら出てきた。
「忍君。これは?」
「わからないけど、外に人の気配がする」
「高田さんの報告で、駐車場に一人、玄関付近に一人、裏の勝手口にも一人いたそうだが、勝手口は気絶させて捕らえたらしい」
「捕まえた?」
「早い」
彩水と鈴も赤のジャージー姿で顔を見せると道場主も起きだした。
「では、これは幻覚でなく、物理的な何か?」
「普通の一般人で簡単に眠らせることができたが、簡単過ぎて引っかかっている」
高田さんが、玄関口から戻ってきて話した。
「それは高田さんだからでしょ?」
「普通と言うと、前みたいなストリートギャングとは違うんでしょうか?」
俺と要が続けて聞くと、彩水が答えた。
「それなら、捕まえた奴に聞けばいいわ」
「台所に縛って寝かせてある」
高田さんの言葉で俺たちが見に行くと、見覚えのあるおばさんが寝間着姿で腕を縛られて眠っていた。
「このばあさん知ってる。裏の家の住人で、私に石投げてきた奴だわ」
「表の人たちと示し合わせて、仕掛けてきたのかしら?」
要が高田さんに聞くと、このおばさんは単独で勝手口から侵入を試みていたとのこと。
「何でこんな近所のばあさんが、深夜に平気で出てきたりするわけよ?」
彩水が腕を組んで首を捻る。
隣の要が口を押えると、俺に振り向き念話で語りかけてきた。
『この状況だと、遠隔操作で
――
『この人たちは、もう乗り捨てられた状態ですね』
――精神の遊泳術に長けてるな。
『私が暮らしていた時間軸で、一部で使われてた難易度の高い技能です。昏睡、あるいは寝ている人間の意識となり、
一瞬、麻由姉と体を意識交換したことを思い出したが、あれとは少し違うようだ。
――そんな技能を連中が。では表の住人も……。
「そうですね。表も
要は俺への返事を、普通の会話に戻していってきた。
「
彩水が聞くとうなずく要。
「近くの住人を無意識操作で夢遊病のように
「今度は、物理的な力押しで来たわけね。しつこい連中は嫌いだわ」
「右に同じだ」
突然、道場の方で大きなガラスの割れる音が、静かな空間を響かせた。
俺たちが顔を見合わせていると、高田さんが廊下へ走って出て行くのを見送る。
遅れて俺たちも走り出して、道場へ戻った。
一人の男が金属バットを手にして、玄関の扉を壊して道場内へ乱入。
森永さんと道場主と争っているところへ、高田さんが応援に入りすぐ侵入者は捕らえられる。
ひもで縛っているうちに、暴れていた侵入者は動かなくなり、気を失ってしまった。
廊下の明かりで顔がわかり、一様にみんなが顔を見渡す。
居残りマスコミグループの森本記者だった。
「何でこいつが?」
「たしか、スタッフの一人に、すぐ近くに実家があるとか聞きましたよ」
「そこを根城に毎日カメラ担いで来ていたのか? ご苦労なことだ」
道場主と森永さんが会話している中、屋根に重いものが乗り柱の軋み音が天井から降ってきて、誰かが頭上を歩いていくのを体感する。
「今度は屋根かよ」
「これは複数で使い分けていますね」
ガラスの割れ二階の廊下に何か投げ込まれる音が響き、何人かの信者が憤って階段へ上がろうとした。
そこへ外が丸見えになった玄関から、ディ-ゼルエンジン音が大きく響き、全員が天井から外へ意識が向かう。
ギアチェンジの音からエンジン音が大きく勢いを増して近づいてきた。
嫌な思いを抱きながら壊した玄関に目を凝らしていると、小型の灯油タンク車がバックでスピードを増して突っ込んできた。
玄関にいた俺たちは、すぐ廊下の奥へ退避。
足先に激震が走ると、タンク車は廊下の上まで上がり込み、車体を三〇度ほど傾いて止まった。
タンクの一部は天井に届きへこんで破損、亀裂が入って、中の灯油が漏れ出した。
「これ、やべー」
道場から見ていた曾我部の一言で、これからの事態が想像される。
運転席から出てきたのは、ガソリンスタンドの制服を着てくわえタバコをしたおやじだ。
それを見て俺は、相手にクロスボウの弓矢が当たる
幻覚が聞かないのか。
「冬に配達に来る、ウォーム灯油のおっさんだわ」
彩水が思い出したように小さく言う。
そのウォーム灯油の男が声を出した。
「ほら……これで仕上がりだ」
火の点いたくわえタバコをぎこちない動きで手にするが、高田さんと森永さんが特攻してウォーム灯油の男を組み敷いた。
だがタバコはそれより早く、零れ落ちた灯油たまりへ投げ込まれた。
床に着火すると、一瞬のうちに炎が舞い上がる。
灯油についた火は、タンク車に燃え広がり爆音とともに振動が足元に響く。
炎が天井を焦がし、黒い煙が廊下に広がりだす。
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