第110話 道場炎上(二)急襲
麻衣たちに駆け寄りたいが、今は元を止めないと攻撃が止まない。
襲ってきた芝の目線へ意識を戻して、チャンスをうかがう。
ディスプレイの前で見ていた数人の白衣の研究員が、手を叩いて笑いあっている。
英語で話していてよく内容がわからないが、喜んでいるのはよくわかった。
「はははっ、まるで映画だな。上等、上等、道場の方はパニクっているのが半端ねえーっ」
その中で目線主側へ日本語で話しかけている者が一人いて、それは東京組の男子、たしか宮本だ。
右隅に岡島主任が移動しているのが視え、大きな精密機械の操作レバーも目に入る。
前回、あのレバーを上げられてリンクが途切れたんだ。
俺たちの
よく見ると、むき出しのコイルがあり磁気を使った複雑そうな装置で、この辺一帯を磁力で覆うようなものか?
個人での
希教道が受けた爆発を、そのまま返させてもらおう。
俺は集中して、この空間にいるラボの住人に幻覚イメージを施行した。
研究室。
破裂。
破壊。
威力あり。
硝煙。
発動ーっ。
「わっ」
目線映像に研究室のいくつかの精密機械が、大きく破裂して炎が上がった。
近くにいた者たちは、その爆風で一斉に倒れてうめいている。
東京組の宮本やTCJコーポレーション主任の岡島も幻覚に翻弄されて、倒れて悲鳴を上げていた。
目線主の芝も、頭に装着していたヘルメットを脱いで椅子から立ち上がる。
『なんだ?』
「落ち着きなさい。すぐ外したマトリックスを装着し直して」
茶髪女子の村山が芝の肩を捕まえる。
気が付くと、空中に炎が漂いだして、起き上がった研究員に襲い掛かった。
続いて研究室の空間に、いくつも炎が浮かびだすと、人々に特攻していく。
あれ? これは俺でない……要か、彩水が来たのか。
『侵入されている!』
「敵の攻撃だわ。すぐ防衛をしなさい」
村山の発言に、目線主が急ぎヘルメットを装着し直したあと、見ている方向には白衣の岡島主任が体を引きずっているのが目についた。
例の精密機械に取り付き、操作レバーを上げているところだった。
俺はすぐ、もう一打の幻覚をラボの研究員たちへ送ったが、その隙に、光が入ってすぐリンクが遮断される。
目線に光が入り状況が分からなくなった。
だが、声がしばらく残り、芝と村山の絶叫が響いていたので、最後の爆風幻覚は受け取ってもらえたようだ。
前回より全体を把握できたし、今回は打って出れるのも知った……痛み分けか。
意識と目線を希教道の応接室へ戻すと、彩水が腕を上げてほくそ笑んでいた。
「やっと一発お見舞いしてやったわ」
「敵、やった?」
それに鈴が質問している。
先ほどの攻撃のことを言っているのかと思いながらまわりに目をやると、倒れていた幹部たちは目を覚まし起き上がっているが、声を押し殺して苦痛を我慢していて痛々しい。
辛さが長引いているようで、麻衣もその一人に入っていて焦った。
「麻衣、大丈夫?」
「うっ、うん……あまり大丈夫……じゃない。……ううっ」
涙目で痛みを我慢している彼女を見て、何もできないもどかしさに唇を噛む。
隣の純子や篠ノ井も、目をつぶって苦痛をこらえている。
「これは救急車呼んだ方が……」
俺は立ち上がって言うと、部屋にいなくなっていた要がプラスチックの白い箱をもって廊下から戻ってきた。
白い箱をテーブルに置くと、中からカプセルの錠剤を取り出して倒れている幹部にひとつづつ渡していく。
「幻覚用鎮痛剤よ。竹宮女医がもしものときに置いてもらってた調合薬。即効性あるから飲んでみて」
「おおっ、ありがたい、配る」
「私も配る」
鎮痛剤カプセルを俺と結菜に渡した要は、すぐ薬箱を持って廊下に出て行く。
「応接室だけでなく、道場にいたメンバーにも波及してます。誰か手伝ってください」
「えっ、道場の信者もやられてたの?」
「私、行く」
彩水と鈴が、要のあとを追っていった。
俺は受け取ったカプセルを、麻衣に飲み込ませると、純子、篠ノ井と体を起こして飲ませていく。
応接室に取り付けてある自動給茶機から、冷えた麦茶を紙コップに入れて一緒に配って飲んでいくうちに、メンバーたちは鎮痛剤が効いてきて落ち着きだす。
道場内で苦しんでいた信者たちも、十分ほどで痛みが引いて床に座ったまま平常心を取り戻した。
この新たな難問に対して、要が応接室で一息ついている幹部たちに話し掛けた。
「遠まわしの方法をやめて、直接仕掛けてきました」
「バーニングで敵を沈黙させたから、しばらくは襲ってこないんじゃない?」
要と彩水がそれぞれの立場で物を言うと、他のメンバーも色々と声を上げた。
「きっと、あきらめてくれたのよ」
「それ、どうか、わからない」
「また仕掛けて来たら、相手と和解をする方法は?」
「向こうはその気がないから、裏の能力使って解散させるように仕掛けているんだ。無理だ。受けて立つしかないな」
「そうよ。こちらが相手に痛手を負わせて、断念させるまでは終わらないわ」
今村の発言に彩水が付け加えた。
「今の怪訝は……次もあるなら
要が静かに不安要素を言うと、周りのメンバーは、先ほど幻覚で痛んだ体の一部を摩りながら考
え出す。
「難しいことだな」
道場主が言うと向葵里が案を出した。
「前回のように、信者を道場に集めるってのはどうですか?」
要はゆっくり首を振って否定した。
「今度は逆です。どこにいてもやられますが、今回の目標は道場内の主要幹部でしょう。今までのマスコミの行動を見ても、希教道をつぶすのが目的なのでしょうから、主要メンバー以外は道場から離れるのが一番かと……」
「幻覚のストレートな攻撃は、やばいよ。精神に来るわ」
純子の一言で、場が一瞬静かになるが、俺が一番に宣言を示す。
「そうかもしれないが……ここは、俺は残る」
「教祖の私がいなきゃ、話にならないね」
「補佐します」
「要いるなら、私、いる」
「俺も」
「僕も」
俺、彩水、要、そして鈴に今村と直人が名乗りを上げて、道場に残る有志幹部が決まる。
それと初期メンバーSランク者とオブザーバーの森永さんと高田さん、道場当主に背の高い曽我部、幻覚を遮断できたAランク能力保持者たち四人となる。
さすがに幼い浅丘結菜や能力の少ない向葵里に幹部スタッフの純子、篠ノ井、麻衣たちは道場には置けなかったので、リハビリセンターへ彼女たち一行は柴犬のワン公を連れて移動、二日は泊まり込みをしてもらうことに決まる。
何かあるといけないので、能力のある者がついている必要があると要が進言した。
前日にお世話になった今村と直人が、彩水に「怪我人だからね」と配置を言い渡されると、二人は渋々承諾する。
向葵里が今村によろしくと言うと、「任せてください」と彼だけやる気を出したが、直人は無感情にしていた。
「残った者で、相手を待ち受けて殲滅よ」
最後に彩水が宣言して、集会は終了した。
一息つくと、米がまだ痛むのか腕を抑えたまま話しかけてきた。
「ねえっ。忍は残って大丈夫? 私とセンター、一緒に来なよ」
「俺は能力保持者だから……道場を守るよ。麻衣こそ、気を付けてくれ」
「ううん。それはわたしの台詞。あの能力でやり合うんでしょ? 忍こそ気を付けて」
道場主の運転でワゴンに乗った麻衣たちは、リハビリセンターに移って希教道の教義と看護師見習いをすることになる。
要の案で、大事な書類や道具も一緒に持って行ってもらうことになり、かなりの量のタンボールが運ばれた。
彼女は詳しく言わなかったが、この処置は火事の懸案事項だろう。
俺たち居残り組は、その日から道場で泊まることになるのだが、食事を作れる者がいないことに気付いた。
「私が料理の一つでも作れるなんて思ってないわよね?」
彩水が勝ち誇ったように言うと、隣の要に目をやる。
「ほほっ、私は忍君専用シェフですから」
「何よそれ。作れない、見え透いた言い訳だわ」
「ほほほっ」
彩水の返しに要は笑うだけで、本当に作る気はないようだ。
栞だったら作るって言うかな?
うしろに待機していた鈴は意外性で作れるかと、注目して顔を向けると睨まれた。
「私、肉じゃが、中学の時、作って父に食べさせたら一日腹下りしていた」
場が一斉に固まった。
どうしてそうなった?
「文句言いたそうな、忍ちんはどうなのよ? ちなみに直人はなんでも食べさせてくれるわよ」
胸を張って言う彩水に引き気味になる。
「変な自慢するな。俺は食べ専だ」
作る者がいないので、昼は宅急ピザで済ませることになった。
道場主が麻衣たちの送迎を終えて帰ってくる頃には、お昼時になっていて道場で食事タイムとなる。
私服から作務衣に着替えた俺たちはテーブルに座って、並んだ数枚のピザを居残った全員が手で取って騒がしく食べた。
食べ終わった頃、道場主が目の前で手を振り出した。
「当主、何をしている?」
向かいに座っていた森永さんが声をかけると、周りの幹部たちは麦茶を飲みながら道場主に注視した。
「いや、ハエが入ってきてうるさいだろう?」
天井を見たり、横に視線を動かしたりして、何かを追っている様子が目についた。
「ハエ? おっ、いるな。素早いのが来ている」
他の数人も目で追うようになっていたが、俺は確認できず周りを見渡す。
「どこから入ってきているんだ? どんどん増えてる」
「なんだこれは。うるさい」
道場主に森永さん、曽我部に鈴、そして信者たちが、顔の前で片手をしきりに振り出して異変を知らせる。
「私にはハエは見えてない。幻覚よ」
彩水が声を上げると、見えてた者たちは一斉に立ち上がりそれぞれが叫んだ。
「巨大化だと」
「わっ、破裂した」
「汚い」
立ち上がった道場主たちが状況を言ったあと、自らの服を見て顔を引きつらせている。
「服が解けてきた」
「何これ。何、何」
今度はそれぞれが、体についた何かの幻覚を手で振ったり叩いたりして、騒ぎ出して異様な状態となる。
高田さんは離れたところで立っていたが、腰から警棒を取り出し周りに注意しだす。
――また来た?
俺はすぐ、隣で落ち着いて座っていた要に顔を向ける。
『そのようです』
二人同時に立ち上がり周りを注視する。
俺はもう
「あれ? 体液、消えた」
「うわっ、またやられたのか?」
鈴、曽我部が声を上げる。
「
要がメンバーに言うと、今度は当主が驚いて立ち上がるが、バランスを崩して倒れてしまった。
「うわわっ、ゾンビだーっ」
彩水が幻覚消去と声を上げて手をかざすと、道場主は落ち着きを取り戻していく。
「……ごほっ、目を閉じても見えてくるって、何なんだ」
「恐怖よ。恐怖の幻覚攻撃が始まってるわ」
彩水も冷静に状況を把握して、防御を備えだして頼もしくなってくる。
全員が立ち上がって道場を見渡していると、信者の一人が恐怖な声を上げて一人うしろへ下がると、ほかの信者たちも続けて下がりだした。
曽我部が先頭スタイルになり、「消去」と言いながら腕でパンチを空中に繰り出す。
中々消えてくれてないらしい。
高田さんも警棒を出して、何かの幻覚と格闘しだした。
今度は幻覚が一斉にやってきた感じだ。
彩水が声を上げると、信者たちが明らかに安堵した表情になるが、またすぐ怯えに変わった。
敵の上書きか。
「出たな!」
鈴が声を上げると、何かと格闘しているような体の動き方をし始め、腕を十字に組んで気合を上げて手を激しく広げた。
すると、何かが飛んで行った……気がしたのだが気のせいか?
鈴は警戒するように黒の長い髪をなびかせて周りを見渡すが、勾玉使いの気合で幻覚を吹き飛ばせることができるようだ。
「すげえな」
そのおかっぱ少女と目が合うと、俺に向けてニタリと笑い力を込めた片手を見せてくる。
うん。鈴は大丈夫そうだ。
俺は先ほどから、前回同様に攻撃相手へリンクして相殺を図ろうとしているが、
俺は少し焦り隣の要を見ると、彼女も同じ状況らしく考え込むように声をかけてきた。
「攻撃相手へつながりますか?」
「いや、駄目だ」
「私もリンクできません。もう少し粘ってみますが、忍君はみんなの幻覚を」
「わかった」
向かいの彩水の横にいた曽我部と森永さんが、首を押えて激しく苦しみだして次々に倒れだした。
「消去」
すぐ彩水の声が聞こえたが、曽我部、森永さんの痛みは消えてない。
「えっ、どうして?」
驚く彩水を後目に俺も排除イメージを送るが、彼らは和らぐことがなく苦しみが続いている。
「消えない?」
焦りだした俺と彩水が何度も、「抹消」と繰り返しているが、二人の苦痛は止まらない。
彼女と顔を見合わせるが、原因はわからないので首を振り合う。
「どういうこと?」
「原因不明だ」
「まったく。何なの全然聞かなくなって。まるで幻覚にロックがかかったようだわ」
幻覚にロックってありえるのか?
とにかく消去できないのは致命的だ。
「じゃあ、上書きならどうだ」
俺は彼に、安らかな病室のベッドに寝ている幻覚を送ってみた。
だが、曽我部の上のゾンビは依然と居座り、うなり声を上げて彼の首に手を回す。
「駄目なの? 次は私が」
彩水が続けて上書きをやり始めるが、落胆の声が聞こえてくる。
上書きも効かない。
なぜだ?
信者の一人がテーブルをひっくり返して倒れると暴れだした。
俺はその音で疑心暗鬼から戻ってくると、すぐ不安を払拭するように彼へ消去イメージを上げる。
すると信者は静かになった。
「おっ、効いた?」
「クリーチャーに首を絞められるなど……さっ、最悪だ」
信者が独り言を愚痴っているが、俺は正常になって安心する。
だかこれは、能力の効き目が悪くなっていることなので、それがわかってショックを受ける。
他に苦しんでいる数人の信者たちに、消去イメージをやってみるがまた効かなくなった。
あきらめず、続けて送るが変化がない。
先ほど消去が効いた信者も、また幻覚攻撃が始まったようで、道場の隅へ逃げていくと倒れて苦痛を上げる。
駄目なのか?
今回はやばい。
消去イメージの効き目が全然悪い。
一二人中、立っているのが俺、彩水、鈴、高田さん、要の五人になり、対応策がなく追い詰められた気分になってきた。
そこに彩水も首を押えて、苦しみだして床に倒れた。
彼女が抹消能力を使っていたので、
まずいな。
攻撃相手のリンク先に何度試みてもつながらず、対象が見えないのに幻覚消去まで使えないと、手の打ちようがなくなってしまう。
「うぐぁ」
床に倒れてせき込んでいた森永さんが、悲痛な声を上げると死んだように動かなくなった。
えっ?
要が胸に手を当てて森永さんをみていたので、状況を聞いてみた。
「森永さんはどうしたの?」
彼女は俺に振り向くと、一呼吸置いて言った。
「幻覚で、私が殺しました」
「なっ……」
一瞬、要が何を言っているのかわからなかったが、次の一言ですべて納得した。
「忍君のあの問題な能力が使われてます」
瞬時に嫌な思い出が頭を駆け巡り、体に鳥肌が立った。
俺の口づけや指キスを通じて、麻衣に三度も強力ホラーゲームソフトを強制インストールしてしまったあの能力。
「これは
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