第109話 道場炎上(一)攻撃

 ドライブから帰ってきて駐車場に車を止めると、目を覚ました要が外に出ようとした俺を手で制した。


「ん? どうした」


「岬でした私の話は、彩水たちには内緒にお願いします」

「うん……わかった」


 要は前を向いたまま、何かを確認するかのように話を続けた。


「それと、道場では、普通に、接して欲しいです」

「……善処する」


 俺は正面を向いたままゆっくり答える。


「かわいそうにとか、思わないでください」

「そんな……今は、悲しい気持ちで一杯だよ」

「ごめんなさい」

「……いや」


 心の中で、謝るなよ、と思ったが口を噛むだけになる。


「……あと、何かしたいって言ってくれましたが、追加です」

「うん?」

「私のこと……覚えていてください」


 俺は前を向いている彼女の横顔を凝視してしまう。


「……ああ。もちろん……忘れるか」


 彼女の最後の言葉が不安を誘ったが、先の話で早いとか、まだ頑張れるとか、言い出しかけたが、余命を知っている彼女に失礼だと思えて口にはできなかった。

 隣の少女が死を完全に受け入れている精神力の強さに驚き、自分とは違うと自覚すると畏敬の念が沸き上がる。

 同時に、少し肩の荷が下りた気もした。

 軽自動車から外に出てポニーテールを揺らす要には、高田さんのセダンから降りていた麻衣と鈴がうしろについてきた。

 二人とも彼女に話かけることはしなかった。

 俺もそうだが、要にどう接していいかわからないのが正直な感想なんだろう。

 その彼女が立ち止まり振り返って、麻衣たちに声をかけた。

 道場では内緒にして普通に接して欲しいと、俺に言ったことを反復して伝えると、麻衣と鈴は首を前後に揺らして同意する。


「そうね。普段通りにするわ」

「息が詰まるから、同意」


 鈴がまた余計なことを言ったが、要は少し笑うだけで歩き出す。


「じゃあ、お願いします」


 そのまま一緒に道場に入り、応接室で幹部たちと合流した。




 中へ入ると純子や向葵里たちいつものメンバーが立っていて、ソファには彩水が憮然と座って、うしろに長身の曽我部が立っていた。

 俺は周りを見渡してから、いつもの二人がいないので質問してみる。


「怪我したのは、ここにいない直人と今村ってことか?」

「そうよ」


 一足先に戻ってきていた彩水が、足を組み直して面倒臭そうに事の成り行きを話しだす。

 

「私たち四人は、モール街で昼食をしたあと、息抜きを兼ねてゲームセンターへ出向いていったの」


 四人とは、彩水、直人、今村、曽我部たちで、ゲームをしばらく楽しんでいたらしい。


「近くで他のグループ五人が、突然私たちに声を荒げて突っかかってきたのよ。最初は、メディアの影響を受けた連中が絡んできたと思って無視してたんだけど、殴りかかってきたわけ。すぐ直人が私をかばって、自ら顔面に数発くらったんだけど、曽我部が殴った相手に割って入ると取っ組み合いになってしまったわ」


 話しながら興奮した彩水は、ソファから立ち上がって怒りのポーズを取り、「ああーっ」と一声出してから座りなおし話を再開した。


「頭に来たので、まやかしイミテーションを使い信者を三倍の人数に増やして、相手のグループを威嚇してやったわ。直人を殴った相手も、いきなり私たちの人数が増えてたから、曽我部から離れると腰を抜かしていて傑作だったわね」


 俺はまた彼女らが、行き過ぎた行動をしたと不安に感じて聞いてみた。


「もしかして、そのまま零翔ぜろかけの能力を使い過ぎてトラブルになったのか?」

「私もマスコミがまた騒ぎ出すかと頭によぎったから、それ以上のまやかしイミテーションは止めたわよ。でも、バーニングをぶつけてやりたかったわ。まあ、私の出したまやかし信者イミテーションを今村が動かし恫喝に使い、連中をゲームセンターから追い払ったから面倒はなくてね、そこまではよかったのよ」


 一息ついた彩水は、俺や周りに立っている幹部を見ながら話を続けた。


「連中が出ていったら、突然閃光よ。ゲームセンター内で爆発が起こったの。バーンって激しい音とともに爆風の熱と物が飛んできて、私たち四人は吹き飛ぶように倒れてね。痛みでしばらく声が出なかった」

「あれはきつかったッス」


 彼女のうしろにいた曽我部も感想を述べた。


「今村が運が悪いっていうか、倒れた背後が窓ガラスだったので、割って腕を切って2重に苦しんでたわ」

「幻覚攻撃の負傷ってそれか?」

「そうよ。でも襲撃は続いていてね、センターの天井も砕けて煙の合間にコンクリートの破片が細かく落ちてきて参ったわ。最初はテロか? と思ったけど、周りのゲームをしていた野次馬の客たちが普通に立っていて、怪訝に、あるいは驚いて、煙の中から私たちを見ていたから、これは幻覚? と瞬時に思ったところへ、頭上の天井が亀裂しだして崩れてきたわけ」


 そう言ったあと、彩水は言葉を切ってから肩を落とした。


「私は突き飛ばされたのよ。直人にね。その彼は飛ばされた私の前で見えなくなって、落下したコンクリートの破砕と一緒に粉煙が激しく舞い上がって……」


 彼女は話しながら、元気なく言葉を途切れさせた。

 さすがの彩水も、相棒のやられた状況はショックだったらしい。


「直人は、その崩れてきたコンクリートの下敷きになってしまったわけか?」

「……そうよ」


 彩水がまた、いら立ったように言葉を吐いた。

 幻覚での死の痛みはしばらく回復がいるから、直人が心配なのだろう。


「私と曽我部、怪我をした今村は、練習していた自己への幻覚消去と自己遮断メデューサをすぐ構築してみたわ。すると改めて凄いと実感したわね。破壊されたコンクリートは元に納まり、粉煙も消え普段のゲームセンターに戻っていて、床に直人が倒れていたわけ」

「そうッス」


 彩水の話に曽我部が同調した。


「そのあとは、痛みで呆けていたら警察が素っ飛んできて、器物破損の現行犯とか何とか言って、私と曽我部をパトカーに監禁してくれちゃって最悪だったわ」


 彩水の顔のふくれっ面が二倍増しになった。


「腕を怪我した今村君と、失神して倒れた直人君は?」


 麻衣が心配そうに彼女に聞いた。


「二人は、救急車に移動して車内で治療のあと、連絡を取った竹宮女医に指示されてリハビリセンターに移動したわ。その後は、事情聴取で東警察署に連れて行かれてから、道場主と坂上弁護士がやって来て、今村が割ったガラスの修理を負担することでゲームセンターの主任と示談。私と曽我部もやっと解放されて戻ってこれたわけ。若干、マスコミがかぎつけて警察署の前に何人かいたけど、ほら、あの毎朝新聞の森本記者も来ていて呆れたね」


 一連の幻覚攻撃の話を終えた彩水は、ソファに深く持たれて溜息をした。




「これはやはり、幻覚イリュージョン攻撃を仕掛けられたのに間違いないですね」


 いつもの書斎机の椅子に座った要が言うと、ソファから体を起こした彩水が渋面顔でうなづく。


「そうでしょう。まったく、この借りは絶対に返さないと気が収まらないわ」


 聞かずとも見当はついたが、俺は相手を特定したか聞いてみた。


「仕掛けてきた相手の確認は取れたのか?」

「そっ、それは急だったから、直人は気を失うし……わからなかったわ。でも、やったのは、どうせあのグループ・天誅とか言う希教道にあだ名す連中でしょ?」

「たぶん……いや、連中以外いないか」


 俺はそう言ってうなずく。


「狡猾に仕掛けられたのですよ」


 要の発言に彩水が乗っかってくる。


「そうよ。他のことに目を向けていたところに、突然別口で二段攻撃よ。防ぐのに手一杯だったわ」


 その言葉でその場に集まった幹部は、防御が難しい幻覚攻撃に思案に暮れて静かになる。


「結局、自己遮断メデューサは上手く機能しなかったのですね」


 要が落ち着いて原因をついた。


「まだ、なれてないのよ。……たぶん、能力を使ったあととか、かけてから時間が経ってしまうと解除されてるみたいだね」


「異能使って解除。時間が経って解除。役に立たない」


 鈴が茶々を入れると、彩水が渋い顔になって振り向いた。


「お前が言うか」

「とにかく、能力行使後には自己遮断メデューサをかける習慣を徹底することですね」

「麻衣や純子たちは、自己遮断メデューサをかけている信者と一緒にいることを心がけてくれ」


 俺が彼女たちに言うと、ボランティア女子たちはうなずいた。

 竜笛りゅうてきのソロ音が流れてくると、彩水が急いで携帯電話を取り出した。

 彼女の呼び出し音にしては、月夜に似合うおだやかの物だったので、性格から感じ得ない気がした。

 通話先は竹宮女医からで、佐々岡直人が意識を取り戻し問題がないことを告げられて、彼女は安堵する。

 あっ、竜笛の呼び出し音って、もしかして直人の笛音じゃないか? そうなら、ふふっ、後で彩水をいじってやろう。

 その後道場主が、坂上弁護士事務所から戻ってきて対処法を繰り返し話すだけで、その日は過ぎていった。

 要がドライブ疲れか、早々に部屋に入りかけたので、お休みのキスを廊下でして別れると、麻衣がうしろで眺めていた。

 だが、そのことには何も追及せずに、「家に送って」と帰りの送迎注文をするだけだった。





 よく日、ベッドで目を覚ますと最近日課になっていた、まやかしイミテーション要から『おはよう』の声を掛けられていたのだが、今朝はなかった。

 顔を洗って薄グリーンの麻シャツを着たあと、心配になって彼女の部屋をのぞくが、暗闇のまま寝息が聞こえていたので、寝坊と判明した。

 寂しくなったので、今度は麻衣へ遠隔視オブザーバーをかけると、目線は鏡の前でピンクのシャツを着て髪をクシでとかしていた彼女が視えたので、まやかしイミテーションでお邪魔してみる。


「おはよう」

「あっ、忍? おはよう。朝から来るなんて珍しいわね」


 彼女も俺の部屋への乱入は慣れてきたので、もう驚くことはない。


「昨日ここに送ったとき、あまり話さなかったからね」

「幻覚騒動がまた始まるのかと、私もモヤモヤしていて、要のこともあって黙ってしまったわ」

「ああっ、その要なんだけど、普通に接していいと言ってたけど、ドライブだけじゃなく、何かしてやりたいと思っているんだけど、どうかな?」

「うーん。彼女が普段通りって言ってるから、何もしない方がいい気がするけど……わかんないわ」

「旅行とか連れていきたいんだ……場所とか聞いてないけど、日本の世界遺産辺りなんか考えている」


 麻衣目線が思考するように床に向いた。


「うん。それなら……いいと思う。連れてってやって」


 元気なく答えたので、彼女の勘違いに気付いて焦った。


「ああっ、ええっと、俺と要で行くんじゃなくて、昨日のドライブのように行くんだよ。麻衣も一緒だ」


 彼女目線が、まやかしイミテーションの俺に焦点を合わせて近づく。


「えっ、それは駄目よ。二人で行かなきゃ意味ないわ。……私としては嫌だけど、我慢するよ。彼女……要は決して嫌いな子じゃないから」

「そっ、そうか……考えてみる」

「そうして」

「麻衣の行きたいところも教えてくれ、近いうちにドライブしよう」

「うん。行く」


 明るく返事をした麻衣は、太陽の反射が窓から部屋を照らしているのを見て「今日も暑くなりそうね」と言った。




 午前九時にマンションの前で合流した麻衣と一緒に、希教道の玄関に入り道場にいた信者たちに挨拶を交わしてから、エアコンの聞いてる応接室に入る。

 中には、いつものポニーテール姿の要が薄青のシャツと白のミニスカート姿で書斎机の前に座っており、目を合わせると笑顔が返ってきた。

 その彼女を筆頭にオブザーバーの森永さんと幹部が全員揃っていて、鈴も前日の夏服でなく黒のネクタイに白のブラウスを着込んでいた。

 また、三角巾で腕を釣っている今村と頭に包帯を巻いている直人も、ソファに座っている黄色のワンピースを着た彩水の両側に立っていて、俺たちが最後だったらしい。


「ちょうど忍ちんたちも来たから、集会を始めるよ」


 彩水が宣言するように言うと、向かいに座っていた道場主が言葉を添えた。


「今日は、昨日の話の続きをしたいと思う。外での幻覚対応について、話を詰めて欲しい」


 いつになく真剣な道場主だが、急に立ち上がった。


「誰だね。笑っているのは?」


 全員が顔を見合わせていると、道場主がしきりに顔の頬をかく仕草を始めた。


「どうだ、取れたか……うん? なんだ……おかしいな」


 道場主の様子が変だと感じていると、隣の麻衣がうしろに一歩下がりだす。


「きゃあっ」


 近くにいた純子が道場主を見ながら、小さく悲鳴を上げた。


「どっ、どうしたんですか、その肌は?」

「いやっ、道場へ来てから、頬に違和感があって……何かついてるんだろ? うおっ」


 頬に手を当てる道場当主は、何かに気付き手を目の前に持ってきて、凝視し愕然としている。

 ソファに集まっていた、ほかの幹部たちも動揺して後ずさる。

 俺は道場主が普通に見えてたので、周りを見渡すと、要と彩水、小学生の浅丘結菜も普段の状態で首をかしげていた。

 まやかしイミテーションか? 自己遮断メデューサで状況が見えてない。

 俺はすぐ、声を上げた純子へ遠隔視オブザーバーを使い目線移動した。

 彼女の目に道場主は、顔の頬をしきりに手で擦っていて、そこから血が流れ肩や床に滴り落ちていたが、やがて筋肉やら頭蓋骨が見え始めて、俺は驚き一歩うしろへ引いてしまう。

 周りもそれを見て、一斉に下がりだした。

 知り得たことを伝えようと、要に向くと彼女はうなずいて念話を入れてきた。


『忍君も気付きましたか?』

 ――侵入されている?

『ええっ。これは、彩水たちを襲った相手でしょうか?』

 ――グループ・天誅の仕業だろう。

『飽き足らずにも、また仕掛けてきたんですね』


 俺はすぐ、部屋にいる全員へ能力を使う。


 ――今、幻覚を消し去るイメージを送る。

『私は忠告を』


 要は椅子から立ち上がり、みんなに注意する。


「幻覚の遠隔攻撃です。当主に怪我などありません。信じないように!」


 純子目線から道場主の怪我や服の血痕が消えて、元の状態に戻ったことを確認。


「わっ、治った!」

「相変わらず、凄い。一瞬なのよね」


 何人かが同時に、道場当主を見て言った。

 俺は続けて、グループ・天誅のメンバーで前回のぞいた芝を思い浮かべてたどってみた。

 暗闇から、目の前が開けると見覚えのある広く白い室内。

 彩水たちが幻覚バトルをやっていた時に、のぞいた研究室だ。

 前面の壁に張り付いている二枚のディスプレイには、希教道の応接室と幹部たちが映っている。

 もう一枚のディスプレイには、道場と信者たちが瞑想している様子が見て取れた。

 当たりか。

 ディスプレイの上には円刑の時計が配置してあり、針は五時を指している。

 前面に見える広い室内には、ディスプレイを見ている中に見知った人物、TCJコーポレーションの白衣姿の岡島がこちらを向いていて確認が取れた。


「おい、遊びすぎだ。気付かれているんだ。さっさっと発光させろ」

『へへへっ……こいつら劣等人種。弱っちいから…問題なく……終わる』


 目線主は命令する美濃に言葉を吐くが、倦怠感が漂うような妙な話し方をしていた。

 芝って子だったが、こんな奴だったろうか。


「さっさとする。それとも、薬物ドラックお預けになりたい?」

『……わかった』


 隣に立っていた、ショートカットの茶髪をした村山って女子にせかされると素直に返答する。

 薬物投与でもやっているのか? 

 こいつらも、いろいろ都合がありそうだな。

 目を瞬かせていると、向かいのディスプレイが発光。

 耳の後ろで叫び声。

 ディスプレイ中に映る希教道の応接室がパニックになっていた。

 これはやばい。




 応接室の中央の空間で発光が起こった。

 光とともに風圧が幹部に襲い、吹き飛ぶように一斉にうしろへ倒れ伏す。

 問題なかったのは、俺を含めたさきほどの四人と、例の力技で手を十字に組み空をにらんだまま立っている鈴だった。

 その彼女に急ぎ目線移動すると、部屋は爆風でテーブルやソファが吹き飛び穴ができ、空中は硝煙らしいもやで充満している。

 いたるところに倒れた幹部たちの服は、破け皮膚が焼けただれていた。

 奥に控えていた、高田さん、森永さんも壁に寄りかかり痛みをこらえている状態。

 怪我をしていた今村と直人も、対処できずに巻き込まれ倒れている。

 麻衣も倒れていて、焼けた体を丸めてうめいていた。


「また、爆殺幻覚を送られたんだわ」

「幻覚消去やってみる」


 彩水が言い、結菜が能力を使うと、鈴目線は一瞬にして元の応接室に戻り、怪我人も消えた。

 だが、痛みは持続して麻衣や純子、向葵里たちは立ち上がれてない。

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