第108話 休日

 希教道前の野次馬がいなくなり、マスコミも数を減らしてグループが点在する感じに戻ると、警察の警備も終わりになりパトカーも消えた。

 新しい事件でいじめ自殺問題が話題になり、学校側が隠蔽していたことで視聴者の怒りの対象が移ってしまっている。

 希教道騒動の下火のあと、ネットでは能力保持者は本物では、と一部が信じだして、嫉妬と畏敬、それに対しての排除の書き込みが多くなった。

 また希教道は、異能を扱うまじめな教団として見られるようにもなり、図らずも今回のメディア宣伝でネットファンが増えて、希教道への問い合わせが多くなるが信者を増やす状態ではなく、元からの信者や老人信者たちも含めて道場閉鎖は解いてなかった。

 





「夏が終わる前に、ドライブいかない?」


 俺は五月から通っていた免許書をやっと取得して、道場主から希教道の白の軽自動車を借りる了解を取る。

 そして、要を誘った。


「私、行きたい」


 要より先に声を出したのは、うしろで風船ガムを噛んでいた鈴だった。

 書斎机で携帯電話の日記を読んでいた要は、笑顔で言った。


「魔女騒動の前に、教習所通ってましたね。それで取得したんですか?」

「そうだよ。二人でドライブしたくてね。それで行きたいところない? どこに行きたい?」


 鈴には、「今度な」と軽く釘を刺して要に話を促した。


「ふふっ、そうですね。今は海がいいな。もう泳ぐわけにいけないけど、海。青い海。見たいです」

「じゃー、行こう!」

「どこ行くの? 二人でかしら?」


 応接室のドアを開けて入ってきた麻衣が、耳ざとく聞いてきた。


「忍君運転のドライブですよ。麻衣さんもどうですか?」

「ドライブ? 行きたい!」


 書斎机にやってきた麻衣は片手を上げて返事をした。


「おっ、おい要。いいのか?」

「あら、三人で問題ありまして?」


 要が言葉を返すと、隣に立ち止まった麻衣が、不満でもあるのかしらと顔が主張してきた。


「いっ、いや……いいけど」

「忍が運転か。何かスリルあるね」


 麻衣がはしゃいで言うので、俺は不満を返した。


「スリルってなんだよ。俺は初心者マークだが、ジェットコースタードライバーじゃねえ」


 結局、麻衣も同席。これは要の要請で通すことに……俺としては二人だけで行きたかったんだが。


「私、役割、忘れてない。だから、付いて行く」


 もちろん鈴も、抱き合わせ商法のようにくっ付いてきた。

 最後に、高田さんがセダンに乗り後続車として護衛を兼ねることになった。




 翌日の朝、快晴の空の下で出発。

 マスコミのいくつかのグループが、こちらにカメラを向けていたが、乗り入れた車を追跡するようなこともなかった。

 国道を南下し、海岸通りに入り青い海原が見えてくると、女性陣は大はしゃぎになる。

 なお助手席は、三人が休憩ごとに交代していたが、鈴が一番うるさく、運転に興味がありハンドルにまで手を出してきて焦る。


「忍の運転なのに、まともだ。忍なのに」


 麻衣の俺への運転技術評価だが、褒め言葉と受け取っておくことにした。

 山が大きく存在感を出すと要たちから、「山もいいね」「行きたい」と注文が入り、山林道からスカイラインで上った。

 休憩所に車を止めて、クライミングカーに乗り頂上の展望台公園へ行った。

 クライミングカーから降りるとき、要が足をふらつかせたので、うしろについてた俺が両手で肩を捕まえて抱きかかえる。


「あっ。忍君、ごめんなさい」

「足場、気をつけて」


 前に出ていた鈴が、口笛を吹いて冷やかすと、麻衣が彼女の頭を軽く叩いてくれた。

 女性たちは日光対策で、要はリボンのついた麦わら帽子を、麻衣は白のボーラーハット、鈴はサンバイザーとかぶっていたが、俺は帽子を忘れてしまい、地肌をさらしてハンカチで汗を拭く羽目になっている。

 見晴台に着くと、麻衣がふもとを見て、あの木々の深い辺が昔の家があった場所と指差す。

 その近くに向葵里の親戚筋があるとか、語りだし女性三人ははしゃぐ。

 俺はその真下に広がるパワースポットの森林をぼんやり眺めながら、竹宮女医の話を思い出した。




『脳腫瘍が進行して栞は眠りについている状態が多くなっている。そして要にも腫瘍が確認され、検査するごとに大きく肥大化していて、足の痛みも確認されたわ。要も一ヶ月しないで車椅子に座ることになるかも。栞の余命はあと少し……持って三ヶ月』

「三ヶ月って……もうそれだけなんですか?」

『そうね。覚悟して』


 椅子に座った俺の前で腕を組んで仁王立ちする女医は、淡々と告げてきた。


「……では、栞と一緒に要も?」

『今の状態だと栞の死で、要の意識も同時に消えることになるわね』

「治る見込みはないんですか?」

『……あったら、やっているわ』

 



 それを思い出すと、悲壮感が頭をもたげてきたので首を振って彼女たちを見た。

 平野の絶景を見て、笑っている要の明るさは救われる。

 知ってしまった俺は、共有すべきか、知らない不利を通すべきか迷ったままでいた。


 休憩所で昼を取ったあと、山を下って海岸沿いへ出る。

 遊泳地の駐車場に車を止めて、外へ出ると海水浴場の砂浜にまだ泳いでいる者が数グループあった。


「クラゲいる。それでも入る?」

「泳がないで、水遊びでしょ」


 鈴の質問に要が、日差しを手でさえぎりながら言った。


「まだまだ暑いからね」


 麻衣が二人のうしろをついて行きながら話す。

 砂地の松林を通ると、山沿いにキャンプ中のテントがいくつか見える。

 遊歩道から整備された洞窟をぬけると、海が眼前に現れ磯の岩場に出ていた。

 ここは岬の先端に位置する絶壁の場所で、洞窟の道は崖沿いに細い通路として続いており、冒険心をくすぐる場所になっている。

 潮の香りが漂い、足元に海水の波が緩く当たって音を響かせた。

 俺たち以外に人はいず、水平線を眺めると、遠くに島が薄く見える。


「カニがいる」


 鈴が、下の岩間をのぞきながら、足元から拾った小枝を手につかんで突っつき始めた。


「止めなさいよ、かわいそうよ」


 うしろからのぞいた麻衣が、カニに感情移入して言う。


「ん? カニに感覚とか痛み、あるかな」

「熱湯につけると暴れるから、神経とかあるんじゃない?」


 そんな二人の前を、要は歩いて滑落防止用の柵がなくなった先の細い道へ出て行く。

 海を眺めながら、麦わら帽子を片手でかぶり直す彼女の後ろを俺は着いていく。


「俺は、ここ来たの初めてだな」

「私、小さいとき両親と洞窟のところまで来たことあったよ」


 そういいながらゆっくり歩き出すが、岩のへこみに足を取られてよろける。

 俺はすぐうしろから、彼女の肩と腕を取って支えた。


「わっ、柵ないから気を付けないと」

「ありがとう。……ううん、駄目ね」

「足痛い?」


 俺がうっかり聞くと、要は目を大きく見開いた。


「べっ、別に……」


 俺の腕を取ってゆっくり離れた要は、何事もなかったように前を歩き出す。

 だが、すぐ壁沿いに体を持たせて海を見ながら、追従してくる俺に言う。


「麻衣さんがいるときは、いつも横にいるのに……今日は私のうしろばかり、ついてきているね」

「うん……それは、たまたまだよ」

「そうかしら……」


 俺は答えないで黙ると、波の音だけがその場を静かに響かせた。

 黙ったままでいると、要はゆっくりと俺を真っ向から見据えてくる。


「聞いたの? ああっ……女医から聞いていたのですね」


 瞬間しまったと思った。

 彼女を支えたときに、瞬時に残留思念抽出サルベージされていた。

 俺は彼女の顔が見れなくなり、下を向いて口をゆがませる。


「……偶然、聞いたんだ」

「うん。そうよね。……知られずに終わりたかったんだけど……足が悪くなっているのは、わかっちゃうよね。……忍君、泣いてくれてありがとう。でも涙は早いです。私……まだここにいるもの」


 彼女からの乾いた感想に、俺は口をついて言葉が出た。


「俺は何かしたい。要や栞がやって欲しいことを……したい」


 要が沈黙すると、しばらく波の音が響いた。

 俺は彼女と向かい合うため、そして、彼女の真意を知りたくてもう一度聞いてみた。 


「要のために何かしたい。栞に何かしたい」


 壁から体を起こした要は、振り返って俺に言う。


「希教道を守ってください」


 俺はうなづくと、彼女は目の前に寄ってくる。


「栞だったら……好きでいてくださいかな。だから、抱きしめてください」


 要はそう言いながら、麦わら帽子を片手に持って俺に抱き付いてきた。


「ふふっ、ちょっと役得」


 対処に躊躇していると、うしろで声がした。


「あーっ」


 麻衣が声を上げて近づいてくると、要は甘えるように少し顔を俺の胸にこすりつけてから、ゆっくり離れて麦わら帽子をかぶりなおした。


「ちょっと目を離すと、抜け駆けしているし……」

「忍君をよろしく」


 麻衣が怒って話している途中に、要が言葉をかぶらせて言った。


「何? どういうこと」

「わっ。三角関係。ドロドロ勃発」

「変なこと言わないの」


 うしろからついてきた鈴に、麻衣が頭にチョップを入れる。


「何か変だわ。また私に隠れて、こそこそするつもりなの?」

「ちょっと、黙ってくれ!」


 俺がうっかり声を荒げたことで、麻衣と鈴を驚かせてしまった。


「……ごめん、今は静かにしてて欲しい」

「なっ、何でよ。私には関係ないってことは、全然ないでしょ!?」


 少し荒げて、麻衣のボルテージを上げてしまった。


「二人で密談しているから聞いたのよ? それが悪いなんてありえない。黙れとか、逆切れって言う恥ずかしい行為だわよ」


 麻衣は憤慨して、俺の隣に来ると思いっきり顔を近づけさせた。


「もーいいですよ」


 海に横顔を向けて立っていた要が、俺たちに振り向いて言った。

「私、もうすぐこの世からバイバイするんで……彼が私に願い事を聞いてくれたんです。それに答えてもらってました」

「はっ? この世からバイバイって……悪質な。何ふざけたこと言ってるの」


 麻衣が眉間を険しくして、要に対峙した。


「本当です。私もついさっき知ったのですが、竹宮女医は私を余命三か月などと診断していたそうです」


 しまった。

 彼女もまだ具体的なことは、告知されてなかったのか?


「死期は、だいぶ前から知ってはいたのですが……実際にそれが近づいてきたら、考え深いものですね」

「何それ? 悪ふざけじゃないの? 本当? ……真面目な話なの?」


 麻衣が俺に顔を向けて聞いてきたので、頭を下げて了承した。


「本当だよ。道場主と竹宮女医から、かん口令を言い渡されてる」

「えっ……」


 本当の話と自覚した麻衣は、衝撃を受けたのか茫然自失になり、うしろの鈴は腕を組んで顔を渋くした。


「本当? 要、死んじゃう?」

「みんないずれは死んでしまいますよ。ただ私は……少し早いだけ」

「私の対象、消えるの、絶対困る。また行く当て、なくなる」

「じゃあ、鈴は忍君に鞍替えするといい。彼は希教道で一番の異能力保持者だから、彼をよろしくね」

「うっ、うん」


 要の達観しているのは健在だが、痛々しくも感じた。


「なっ、……何言ってるの」


 黙っていた麻衣が小さい声で話し出す。


「……それでいいの? あなた、要はそれでいいの? 本当にそれでいいの? 私は駄目。思い切って駄々こねて暴れるわよ。忍を連れまわして隠遁生活送って、好きなことして、彼に見送らせるわ」


 少し驚いた要だが、すぐ微笑んだ。


「ふっ、強いですね。私はそんな行動は取れないです」

「言ってよ。言いたいんでしょ? 私なら言う。死にたくない。助けてって……死にたくない。一緒にいてって」


 麻衣は目に涙を溜め声を荒げて、要の前で言った。

 顔を背けた要は、海と青空に顔を向ける。


「迷惑かけるの……苦手だから」


 笑顔で話す彼女だが、その目から一筋の涙が出ていた。






 帰ることになった四人は、重苦しい空気を背負って洞窟を出て駐車場に戻って来た。

 だが、五メートルほど離れて護衛をしていた高田さんに、麻衣は近づいて何やら話しだす。

 希教道の白の軽自動車で待っていた俺たちのところへ、麻衣が戻ってきたら鈴を捕まえて言った。


「私たち、高田さんの車に乗せてもらいます」

「はっ?」


 俺と要は驚き顔を見合わせた。


「二人で話したいことあるでしょ? それに今のまま全員が、車に乗るのはよろしくないわ」


 一方的に言った麻衣は、鈴を引っ張りながら高田さんと合流する。


「麻衣さん、気を使ったんですね」

「あいつにしては、大サービスだな」


 あとで、それ相当の要求を絶対回収されそうだ。

 乗り込んで先に軽自動車を出すと、うしろのセダンも張り付くようについてきたので、付かず離れずの高田さんの信条を麻衣たちはいとも簡単に壊したようだ。

 隣に乗り込んでいた要は、「少し疲れたかも」と言うと深呼吸したあと静かになった。


「要、寝たの?」

「……私は、起きましたよ。忍君」


 要の言葉に違和感を覚えていると、彼女はこちらを向いて俺の腕に手を伸ばし触れてきた。


「ふふふ。久々の忍君の感触だ」


 彼女の久々発言にすぐ気づいて、助手席に目をやる。


「栞か?」

「……はい」

「出てきて大丈夫?」

「少しならいいです。要も疲れてたようなので……ふふっ、途中で寝ちゃうかもしれませんけど、その時はごめんなさいです」

「休んだり寝てたりして全然構わないから」


 彼女の手は、俺の顔を指で確かめると腕をひっこめて語りだした。


「……要だけいい思いしてたから私も触ってみました。でも、彼女は私なのにわかってないですね」

「わかってないって?」

「私が忍君に要求するのは、思いです。夢ですね。……忍君に私が揚げた天ぷらとか、オリジナルカレーなんかを食べてもらうこと。そういうことです」


 夕日の光が車の側面から中を照らしだして、室内と彼女をオレンジ色に染める。


「そんな、嘘だろ? 栞なら、零の翔者を極める夢とか、勾玉使いを使いこなすことを望むことになるんじゃないか」

「能力向上じゃなくて、私が箸でつまんだ料理で、忍君がアーンしてもらうことが大事なんです。それに、食べてもらう料理の素材の買い物をすることを考えるのが好きなんですよ」

「じゃあ、今度作ってもらえる? 食べに行くから」

「……来てください」


 栞は話したあと、自重するように黙ると、エンジン音だけ室内に響いた。

 しばらく無言で俺たちは、走り行く道路上を見やる。

 彼女の膝に置いてあるリボン付き麦わら帽子を指先で触ったりなでたりしながら、栞は静かに言葉を紡ぎだす。


「もう少しゆっくりできたら良かったのに、もう海岸が見えないですね。……私もいろいろ見たかったです」

「栞と要の交代で、また、車で来よう。……いや、いろんなところへ行こう」


 それを聞いた栞は、俺に顔を向けて微笑んだ。


「はい。ぜひ。行きたいです」


 彼女が案外普通なので、俺は続けて聞きたかった倒れた原因を質問してみた。


「えっと、広範囲幻覚ファントムシンドロームだけど、あれで栞は悪くなってしまったの?」

「……ああっ、あれはきっかけに過ぎないんです。でも、まあ、意外とダメージはあったのかもしれませんけど」

「きっかけ?」

「はい。倒れる前日に視た時空移フライトが、原因かと。……問題は、小さい時の脳の後遺症に負担のある時空移フライトを女医から禁止を言い渡されてからも何度も使ったことで、進行を速めてしまったようなのです」

「それは時空移フライトを使って、最悪な未来を細かく訂正していたってこと?」

「そうです。前に言ったように、悪い未来を変えるために行動すると、別の未来が現実になって起こるので対処に困るのですが……」


 未来の情報から交通整理するように、けっこう無理してやりくりしてきたのだろう。

 やはり、それが死期を早めてしまったのだと思うと悲しくなる。

 彼女の頑張りを何とか報われるようにしないといけない、そんな責務のような気構えが頭をもたげていた。

 

「これから道場炎上か、それに類することが起こって厳しくなると思います。私はすぐ眠りについてしまう状態ですので、要とともに全員で事に当たって欲しいです」

「わかった。それは近いのか?」

「首相官邸進入とか知らないフラグを立ててしまって、未来情報から剥離しましたので、予期せぬことがあると推測します。でも、今のところ回避しているようです」

「んっ……起きるのか」

「これからは、何が起きるのか……もうわかりません」

「みんなで希教道……守りたいな」

「はい」


 それっきり彼女から返事がなくなり、横目で見ると背もたれに頭を預けて寝入っていた。

 やはり長くは起きていられないのだろう。

 彼女が落ち込んでいることもなく普通だったので、竹宮女医の話が嘘だったんじゃないかと勘違いしそうだ。

 でも栞に対して、少し緊張が解れた気分になっている自分に気付く。

 彼女の髪に左手を当てて、軽くさすりながら延命の手段はないのか考えるが、一学生の頭では空虚だけ広がるのみである。




 車が柳都市内へ入ってきたとき、携帯電話が鳴ったので取り出し液晶画面を見ると有田純子だった。


「ドライブ中に悪いけど、大変よ。彩水たちが幻覚攻撃にあって、負傷したわ」


 彼女から、緊迫感のある連絡を受けた。

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