第103話 魔女狩り(十)解明

 応接室に意識を戻すと、視ていただけの今村たちが、先に他の幹部に成功したと告げて喜び合っているところだった。

 要もこの状況に微笑んで、目を覚ました彩水は、案の定、すぐ一緒に騒ぎ出し始める。

 城野内もその場に現出すると一緒に喜びだしたので、彼女も希教道の一員になっていると思えた。




 問題の翌日は、連日の猛暑も何のやらで、警察とSP公安警察の森永さんたちが来て『希教道騒動』の強制捜査をやらされた。

 今度は俺が事情聴取を受ける番かと緊張したが、そんなこともなく、例の公安部長の佐々木も来なかったので安堵する。

 まだまだ能力保持者に対して知識がないというか、まるで問題にしてないと感じる調査になっていた。

 知らない証拠物件が出ることもなく、ダンボール箱二つ分の資料を持ちだされただけで終了。

 経理担当の金庫番である中村さんが、幹部たちに銀行口座の凍結解除を聞いてきたがわからなかったので落胆させた。

 俺がSP公安警察の森永さんを呼び止めて話を聞くと、明日から希教道の口座取引はできるだろうと請け負ってくれたので、中村さんが安心して胸をなでおろす。

 それを聞いた要が念話で、『これで擁護番組をゴールデンタイムにまた突っ込めます』と言って笑って暴露した。 




 警察の出入りがなくなり道場が落ち着くと、一呼吸するように幹部たちは応接室で涼んだ。

 それを見計らったように、要がみんなの前に出て話しだす。


「京都の指南役に、話が上手く言ったことをこれから報告に行きます」


 彼女が宣言するように言ったので、礼儀としてそうだと俺と彩水も挙手した。


「一緒に行くぞ」

「そうよね。指南役を尊顔したいわ」


 城野内緋奈に仲立ちを頼み、指南役の顔を知らない彩水には、俺から老師の残留思念抽出サルベージをして覚えてもらった。

 城野内から了解を取れると京都へあわただしく挨拶に向かう。

 行くのは首相官邸に行った三人で、それぞれが椅子やソファに座り、リラックスして集中した。

 遠隔視オブザーバーを通してご隠居の老師目線は、首相と同等の背徳感が非常に高く、唾を飲み込み拝礼する気分になる。

 見えてきたのは下町で歩く旅行客が行き来している風景で、そこは一杯茶屋の前らしく、城野内老師は畳ベンチに座り入道雲を見ながら冷えたお茶を飲みくつろいでいる様子。

 まやかしイミテーションで現出した俺たち三人はその老師の前に歩み出た。

 城野内緋奈は先に来ていてご隠居の脇に立ち、その近くにいつかの若いイケメン警備員もいる。


「このたびは、良きご助言を頂き感謝にたえません」


 要が話したあと俺たち三人から一歩前に出て、ご隠居へ頭を下げた。


『うむ。うん、うん、それはお主たちの行動の成果じゃよ』


 そう言ったご隠居は立ち上がり歩きだすので、全員ついていくと一杯茶屋の裏に流れる小さな川の土手に出た。

 今度は旅行者たちの慌しさが消えて、小川のせせらぎで静かになる。


「勾玉使いの壮大な能力を持ったなら、すぐ行使をして問題を起こすと思って警戒をしておった」


 城野内老師が小川を背にして話し出した。


「しかし勾玉力は使わず、逆にマスコミに手品のような防戦ばかりしておるから、感心しておったぞ」


 それに要が答えた。   


「TV局の失敗がありましたが、うちの主治医や超心理研究の教授に、勾玉使いの力に駄目出しをもらいましたので、極力避けています」

「ふーむ。いい心がけじゃ」

「ありがとうございます」


 要がまた頭を下げて、場が和んできた。


「だが希教道の奇跡か? あれはいかん。色々の方面によくも悪くも効き過ぎた」


 急に話題が俺になり、顔が引きつり怖じ気づいて、目線主をイケメン警備員に鞍替えした。

 脇から俺たちとご隠居を視る構図に変えるが、彩水が俺の顔を見ていて、希教道の奇跡の犯人はこの人ですと教えていた。

 おい。


「ほう、お主があの広範囲の能力マジックを行使したのか?」


 質問されて、おれは焦りながら答える。


「はっ、はい。し、信者の救援に使ってしまいました」

「うむ。報告どおりか。その能力とは幻覚イリュージョンと言われておるようじゃな」

「はい、希教道では……」

「お主たちを希教道首脳部として聞く! 海外に幹部や力のある信者を派遣しておるのか!?」


 緩い声が、突然叱咤するような声に変わったので、三人とも酷く驚いた。


「いえ、それはないです……ただ」

「ただ?」


 俺が言いよどむと、城野内老師の声に凄みが増したので、すぐ言葉を続けた。


「能力保持者として希教道に入らず、たもとを分かれて日本から出て行ったグループはいます」

「それは、例の天羽陽菜たちだな」


 俺と要がうなずくと、あごに手をやる老師に凄みが消えていた。

 この際だから、天羽たちのことを聞いてみよう。


「彼らグループ・天誅は、日本に来ているのでしょうか?」

「んっ、聞いておらん。だが、ダルトングループの御曹司は来日している。それは知っておろう?」

「はい。ではロイ・ダルトンは何をしに来ているのでしょうか? 企業の視察だけとも思いません」


 それを聞いたご隠居は笑う。


「希教道と言う、大きくなってきたライバル組織を潰しに来たのじゃろう? まあ、それはお主らが一番わかっておろう。今回の奴、いや、奴ら金融メジャーが来日したのは、厚生労働省や大臣を動かす画策が最重要案件だろう」

「それは?」


 俺たち三人は緊張して聞いた。


「もともとお主たちも被害者だから、話を聞く権利はあろう。連中は、谷崎製薬の申請しているIIM系新商品をスピード認可させたがっている。だが、政府は逆に、谷崎製薬のIIM薬品の停止に向けて動きだした。なぜかは希教道の奇跡といえばわかるだろ?」


 俺は驚いて、それからすぐ要を視ると、彼女は呆けもせず真剣にご隠居に顔を向けていた。


「あの大規模幻覚のおかげで公安も動いたが、わしも阿南総理に根本を正せと発破をかける気になった」

「IIM停止はあきらめかけていた宿願です。時が動き出したようで、まことに嬉しいことであります」


 要が心根を真摯に語った。


「能力保持とIIM薬品との関係は不明瞭だが、幻覚や金融メジャーの行動など、現実に起きていることを見据えて看破したもの。だが希教道に『徳』があるとは見定めていないから、そこは見間違えないで欲しい」


 政府や城野内老師は、あくまでも中立ってことかな?

 それを聞いた緋奈は笑って言う。


「お祖父様はやっぱり素晴らしいですわ」

「ふむ。緋奈が言うか? わしの忠告を無視して希教道につきおって」

「でも良かったのでは?」


 笑顔の緋奈にあごを摩るご隠居。


「国や民をないがしろにして、私心にあふれメジャーの金で動いた大臣や官僚のばかどもを、政府はこれから掃除していくことになる。だから、お主らの周りも少しは静かになるじゃろう」


 俺たちはそれを聞いて、確約したような安堵感を覚え、とくに彩水は手を胸に置いて安堵していた。


「確か、希教道は政府から監視員が入ると聞いておるが、わしも勾玉使いに鈴を付けさせてもらうが、いいな?」

「えっ、鈴と言うと?」


 要が目を細めて怪訝な声で聞いた。

 ご隠居は、懐から取り出した数珠腕輪を要に見せて渡そうとする。


「おっと、今渡しても物は流通できてないんだったな? では、のちほど届けるのでお主はこの腕輪を持っておいてもらおう」

「それには何かあるのですか?」

「数珠が切れたら、勾玉使いとして能力発動をさせたことになる。それはこちらの共鳴数珠で、すぐわかる仕組みだ」

「えっと……持ってなきゃいけません?」


 久しぶりに要の嫌そうな声を聞く。


「教団存続には、数珠腕輪の持参が条件だ。勾玉使いの隔離自体無意味と思っておるので、一般市民の安全が不可欠のための案だ」

「わかりました」


 要は俺に顔を向けて苦笑いをすると、なぜかご隠居も苦笑いをしていた。

 緋奈も何かに気付いて含み笑いをしているが、身内ネタだったのかよくわからない。


「そもそも、勾玉使いと言うのはなんですか?」

 黙ってやり取りを聞いていた彩水が質問をしてきたが、俺も聞きたいと思った。

「ふむ。一霊四魂いちれいしこん説ってものがあり、それは神から分かれた魂のこと。勾玉使いは、荒魂あらみたま和魂にぎみたまの二つの魂を持っていると言われておる。その魂の核をなすものが“直霊なおひ”で全ての森羅万象と繋がっている」


 ご隠居は周りが付いてきているか確かめながら話を続ける。


「あれじゃ、エーテルいや、暗黒物質ダークマターでよいか。直霊は、かいつまんで言うとダークマター、ダークエネルギーの窓口ってことじゃな」

「ほおっ」


 彩水が手を打って理解し、俺も零の聖域への別の攻略方法と知った。


「二つの荒魂と和魂は、分裂と合成を起こせる。その和魂もまた二つの幸魂さちみたま奇魂くしみたまに分かれて合成を促進するため融合を起こす。直霊を覚醒させて分裂融合を行い、この世にエネルギー、あるいは物質を構築させる技を編み出すものが勾玉使いだ」


 ぼんやりと分裂、融合、合成と聞いていたが、常温核融合みたいなことをしてエネルギーを引き出しているのかと心の焦点が合うと戦慄した。

 これは、零の聖域の異同な活用法だ。

 あごを摩るご隠居は、要に向いて尋ねる。


「勾玉を使いこなす者は、幸魂と奇魂の二つの勾玉の巴を持つ和魂の持ち主でもある。お主が本物なら、二つの魂と巴を持っていることになる……お主が2つの人格者なのかどうか、問おう」


 あっ、これは要も驚いている。 

 巴ってのは、零の聖域そのものか、それへの道のことだろうと推測。

 首をたれた要は、すぐ顔を上げて答えた。


「はい、そのとおりです」






 次の日、道場主が警察から処分保留で釈放された。

 道場に戻って挨拶したあと、信者数人を連れてスーパー銭湯で休憩しに直行。

 起訴まで行かず安堵したが、SP公安警察の森永さんが話せる範囲の内情を語ってくれた。

 公安の異能肯定派は、連鎖自殺の犯人を天羽陽菜とTCJコーポレーション主任と断定していたが、異能否定派は無視していた状態のときに、地元の佐々木から捏造証拠品が上がってきたので、色めきたっていた。

 だが証拠品が疑わしいことがわかり、上層部から破防法棄却と道場主への起訴はしない方針との命令が下りて現場は混乱状態だったようだ。

 ちなみに森永さんが一人応接室で俺たちに語っているのは、教団内の常駐監視員として来ているからで、県警公安の佐々木でなくて良かった。

 問題なのは、一緒にやってきたもう一人の背の低い少女である。

 森永さんと同じで、黒のネクタイにスーツを上下に着込み、ストレートロングのおかっぱ髪の凛々しい十七歳の高校生である。

 こちらはご隠居に持たされた数珠腕輪を自らスーツの腕に巻いて、要の座っている書斎机の隣に立哨していた。


「宅急便じゃなかったのね?」

「私、勾玉使いの監視役。任命されただけ」

「その数珠腕輪は私に付けるんじゃ? 受け取りにサインするから京都に戻っていいんですよ」

「私、運び屋でない。監視役と何度も言った。それと私、東京から」


 名前は涼宮鈴で、本当に要に鈴を付けたことになった。

 要はたえず俺に顔を向けて、疲れた顔をする。

 それを見て、頭の包帯が取れた彩水がにやついた声で聞いた。


「鈴さんよ。老師の命令で来たのなら、何か異能を使うのかな?」

「異能、そんな目くらましの術、持ち合わせずとも、私、精神鍛練には遠く及ばない」


 彩水がソファに座ったまま、小さなバーニングを彼女の周りに公転させだした。

 鈴は驚くこともなく、大きく深呼吸したあと眼を伏せたかと思うと、一声上げて片手を上段に構えると、回ってきたバーニングを叩き落して生滅させた。


「わっ、気合でバーニングイミテーションを粉砕したぞ」

「すごっ。あんなこと出来るんだ!?」


 俺と隣の麻衣が続けて、目を丸くして声を上げた。


「精心、鍛えていれば、幻覚、物の数でない」

「そうか、そうか。物の数じゃない? じゃあこれはどうだ」

 彩水が、立ち上がり胸を張って対決姿勢を見せたので、とばっちりはゴメンと、麻衣を俺の後ろに下がらせた。

 すぐに炎玉が空中にいくつも現出、戦闘ジャンキーモードに突入したので、周りは呆れて観戦モードになる。


「きっ、君。教祖さん、落ち着け」


 唯一、森永さんが驚愕して彩水をなだめるが、聞く耳など持たずに鈴へ炎玉を個別に攻撃させた。

 鈴はさすがに緊張した面持ちで、飛んできた炎玉を叩き落すが、連続は落としきれずに何発か顔面に直撃してよろけた。


「すきあり」


 彩水が、残りを一斉に鈴にぶつけた。

 が、それは見事に粉砕されて生滅したので、一同が驚愕して鈴を見た。

 彼女は数珠腕輪をつけた左手で空を斜めに切って止まっていたが、やがて腕につけた数珠腕輪の数珠が一斉に床に落下していく。

 それを見て鈴は固まり、要も呆気に取られた。


「数珠腕輪壊れたぞ」


 俺が彩水に目を向けると、立っていた彼女は座ってそっぽを向く。

 純子がひざを曲げて腰を落とした姿勢で、バラけた数珠を一つ取って要に見せる。


「壊れるとまずいんじゃなかった?」


 それを聞いて、鈴が再起動して声を上げた。


「わーっ。どうしよう。どうしよう。ちょっと力使っただけなのに。また老師に叱られちゃう。あっ、みんなは、こっ、これは見なかったことにして、ねっ。いいわね。いいね。ねっ。ねっ」


 慌てて、落ちた数珠を拾い集め、純子の手からも奪い取りポケットに隠すと、冷ややかに見ていた幹部たちへ口止めを要求してきた。

 鈴の突然の行動と早口の急変に、周りは言葉をなくしたが、彩水だけ口を尖らせて聞いた。


「……でも、その数珠って老師に繋がってるんじゃなかった?」

「あーっ。そうだった。もうばれちゃった? どうしよ。どうしよ。わっ、わっ」


 また騒ぎ出した鈴の変わりように彩水も引き気味である。

 変貌した彼女に要がゆっくり聞いた。


「あなた、ひょっとして二つの魂を持っている?」

「えっ、えっ? ……何で、何でわかるの?」


 鈴も二重人格の勾玉使いだった。

 それを聞いた周りの幹部も、言葉の雰囲気で二つの人格の鈴に納得する。


「二つの魂って、解離性何とかって奴か?」


 彩水が腕を組み頭を傾けながら聞いた。


「私は、だから勾玉使い。それ以上でも以下でもないの。その解離性何とかではないわ」

「うん? 要するに鈴のような奴を勾玉使いって言うことか?」


 首を下げて肯定する鈴だが、数珠がなくなった左手を見つめて唸る。


「ううっ、どうしよ」

「電話したら?」 


 純子が声をかけると、鈴は目を開いて硬直したあと、大きく深呼吸して落ち着き払い立ち上がると、元の引き締まった状態に戻っていた。

 取り出した携帯電話で何度も西の壁沿いに頭を下げながら謝罪報告をすると、要のうしろへ移動し立哨を始める。


「どうなったの?」


 要が振り返って聞く。


「私、継続、問題なし」

「数珠腕輪は?」

「私、いる。問題なし、とのこと」


 全員が苦笑いする中、要は鈴自体が数珠腕輪の役割だと、遅まきながら気付き天井を仰いだ。





 

 夕方になると女医がやってきて、スーパー銭湯から帰っていた道場主と話したあと、要をクリニック室に押し込めて検査を始める。

 そのクリニックの入り口を少し開けて、ドアと背中合わせで中をのぞいてた鈴が、道場主に見つかり「女子がはしたない」と怒られて応接室に戻されていた。

 俺と麻衣はそれを見て肩をすくめてから、一緒に帰ることにする。

 道場裏の勝手口から出てから、俺は麻衣を自宅まで送るのに自転車で一緒に行った。

 彼女との別れには、無言のキス。

 笑顔の麻衣が家の玄関へ消えるのを見送ったあと、俺は折りたたみ自転車に乗りマンションに戻る。

 その途中で自転車後部に人の気配で振り返ると、両足を片側にそろえてポニーテールの少女が座っていた。

 すると重さまで感じ取れて、瞬間バランスが悪くなりペダルに力が入ったが、それは彼女に申告しないで話しかけた。


「要が移動途中に現れるって、鈴が何かした?」

「彼女は、私について回るだけで大きな実害はないのですが、検査を終えて私が自室へ入ると侵入してきたので、廊下に追い出したところです」

「可愛い猫みたいだな」

「とんでもない。ただうるさいだけですよ。……それでどうでしょう、これから始まるゴールデンタイムのTV鑑賞をご一緒しませんか?」

「やばい番組でも放送されるのか?」


 俺が振り返ると、ポニーテールを風になびかせる彼女は悪事の顔をしていた。


「臨時特番、突っ込ませてもらいました。第二段です」

「ああっ、なるほど」


 要の話では、高田さん経由で、E電広の広告スタッフへ話を進めていた企画の一つが三日前に放送されたもので今回が第二段。

 視聴率はタイムリーな話題性があって30パーセントを超えていたようだ。


「E電広経由のゲリラ報道番組でやられたんだけど、その同じE電広ってのは?」

「E電広内も一枚岩でなく対立派閥ができていて、谷崎製薬を広告主としたプロデュースグループと、別個の対立派閥にプロデュースを打診したら、乗ってきてくれたんです」


 前までは、メディア支配が上手く機能して運営していたらしいが、昨今の庶民の電波離れで支配が崩れて内部闘争が始まった話だとのこと。

 だから競合する広告主相手でも、平気で受けて別々にプロデュースしてしまうらしい。


「―って言うか、これも罠とかじゃないよな?」

「内部闘争は本当で、E電広はそこまで狡猾じゃないわ。調べもつけてますから」

「そっか。しかしE電広のプロデュースなんてよく考えたな。って言うか、よく大企業を動かしたよ」


 俺は素直な感想を要に告げると肩をすくめて見せた。


「今まで朝野大臣や中山代議士に付いていたお礼と、あと株と競馬で溜めてた富がありましたから、それを半分ぐらい排出しました」

「えっと、危ない金?」

「どうなんでしょう。朝野大臣のスキャンダル辞任の未来予想は喜ばれて、高い情報料を頂きましたけど」

「そっ、そうか」


 結局朝野大臣たちは、希教道騒動で足をすくわれているんだよな。


「あと、東京支部の渋谷さんと雑誌『怒!』記者の小出さんが、一緒に特番作りの情報発信を手伝ってくれていますよ」

「へーっ、小出さんも支援してくれてるのか。嬉しいね」

「さあっ、急ぎましょう。番組始まります」


 俺の部屋でまやかしイミテーションの要と二人でTVの鑑賞会となった。


「反撃の狼煙になるかしら?」

「今回も十分に話題になるだろう」


 先回を引き継ぐ感じで、スピリチアルの芸能人たちと、インターネットを介してネット住人との生放送になっていた。

 道場主逮捕から釈放の流れを追ったが、異能肯定派も、「連鎖自殺と希教道は関連性はない」、「警察が誤認逮捕をやっちゃった」、そんな発言を流していた。

 そこへ同じ番組を見た麻衣から携帯電話の着信があり、しばらく彼女と実況中継を交わしていたら、隣にいた要が生々しく体を押し付けてきた。


「お、おい。よせ」

『ん、何忍?』

「こっちの話」

『はっ?』


 やばい、またいらぬトラブルが起きる。


「いっ、いや、TVのネット住人発言にまずいのがあったんだ。ははっ」

『ああ、あれね。男の魔女っ子書き込みね』

「うっ」


 別ベクトルで、嫌な言葉を耳にしたと思っていると、要がしきりに顔を近づけ携帯電話を止めろとジェスチャーをして口づけしてきた。


「わわわーっ、おい」


 やばい、うっかり声を出してしまった。


『……あーっ、わかったわよ。……ごめん忍。これから食事、また明日ね』


 麻衣から夕食だからと言って、一方的に携帯電話が切れた。

 携帯電話の通信を切ると、要からの生殺し状態からも開放され一息つく。


「はーっ、ばれるところだったぞ。また修羅場はごめんだからな」


 舌を出して謝った要は、面白いことを言ってきた。


「今度、私と忍君のまやかしイミテーションだけで、えっちをやってみませんか? 実験です。上手く官能し合えれば、いつでもどこででもできちゃいますよ」


 いつでもどこででもって、俺は性欲魔王か?


「いや、俺は要や栞を生で堪能したいぞ」


 そう言うと、あからさまに不満顔で俺に唇を尖らせてきた。


「私だって、同じですよ」


 それで話が途切れ、やっと番組に集中できた。

 番組の話題は『希教道の奇跡』を中心に進行していて、明らかに希教道の信者の意見が、ネットからいくつも取り上げられて会話がなされていく。

 能力擁護とその者の保護、モール街の魔女は愉快犯の陰謀、巨大熊は本当、ストリートギャング団はどこそかの暴力団からの指示だったとか。

 後半になると、自称能力者がなぜ増えているのか、薬の問題を示唆までしていた。


「まずまずかしら」


 そう言って要は、まやかしイミテーションで俺の頬にキスをすると帰っていく。

 その彼女の消える寸前の背中越しに、「さっきの実験受けるぞ」と声を投げておいた。  






 翌日、麻衣と合流して希教道へ裏から入ると、道場では泊り込み信者や彩水たちが昨夜放送した異能肯定番組の話で持ちきりだった。

 応接室に入ると、中にいた三人の人物がTVの液晶画面を見ていた。

 書斎机の椅子に座った要と、横に立っている森永さん二人に、俺と麻衣は挨拶を交わす。

 手前のソファに鈴が疲れたようにうなだれて座っている。

 道場主は、希教道の弁護士事務所に行くといって忙しく出て行ったとのこと。

 液晶画面はニュース番組を流していて、プロ市民代表の押見に例の十人弁護団が、連鎖自殺の補助をした希教道を集団訴訟するとマスコミのインタビューに答えていた。 


「十人の弁護団がビジネスになるって、遺族とその関係者をかき集めますよと宣言してますね」

「無駄なことです」


 要が俺に人ごとのように話すと、森永さんも同意見のように言う。

 得意の印象操作で、またマスコミと一緒に騒ぎ出すようだ。


「道場主が今度は民事で引っ張られるってことにならない?」

「彼らの騒いでいるだけで証拠品など持ってないですから、裁判まで行けないだろうと希教道の弁護士は言ってました。だから、今までどおりマスコミ対応は突っぱねることになりますね」


 捏造でなければ、無理だろうってことか。

 無言のようだった鈴から、声が聞こえたので近づくと小声で何か言っていた。

 ――これは?

 鈴を見てから要に念話で聞くと、朝から彩水と衝突して能力戦を先ほどまでやっていたことを聞く。

 彩水にやられて、呪いの言葉でも吐いているのか?


『おかげで彼女の能力数値がわかりました』

 ――ほう、彼女は能力保持者で零翔ぜろかけなの?

『直人君並みのSランク。使い慣れてはいないようで、昨日のように気合で異能をイメージ化してます』

 ――そう言うことだったのか。じゃあ勾玉使いとしてはどうなの?

『それはまだ知りません……本人から聞いては?』


 俺は声を出して鈴に質問してみる。


「涼宮さんは勾玉使いできるの?」


 それを聞いた彼女は、すっくと立ち上がると言い放った。


「当たり前。老師、お褒め頂いた」

「そっ、そう。じゃあ、見せてもらえることできる?」


 俺の一言で、要が立ち上がり、麻衣が俺のTシャツを引っ張った。


「こんなところで駄目よ」


 二人の声がハモって部屋に響いた。


「なぜ?」


 それに異を唱えたのが本人の鈴である。

 腰高窓に歩いていくと、窓台に置いてあった小さな鉢を取って戻ってきた。

 鉢には、夏の暑さで元気のない葉っぱだけのミニバラが頭を下げている。

 それを書斎机に置いて、ゆっくり手をかざした。


「はあっ!」


 彼女の一括が部屋に響いた。

 鉢植えに向かって鈴の手が伸びしたり縮めたりすると、頭をもたげたミニバラがゆっくり日差しに向かって成長すると、蕾が大きく開き春に咲く赤いバラが咲いた。


「うわっ、植物動画の早回しのようじゃないか」

「すごっ」

「これ、私、勾玉使い。最高の技」


 俺と麻衣の驚きに、鈴は胸を張ってご機嫌になる。

 勾玉使いが、また二つの魂と常温核融合が頭にもたげてくる。

 そうなると、今の植物の光合成が化学反応レベルでないことの証明になるんじゃないか?




 そこで、どこかで聞いたフレーズのメロディが聞こえ始めた。

 森永さんの携帯電話の呼び出し音で、廊下側の壁に背中を向けて話し出す。

 フレーズの曲が思い出せないと考えていたら、ソファに座った鈴が同じフレーズを歌っていた。


「あら、涼宮さん知っているの?」


 麻衣も気になっていたのか、彼女に聞いていた。


「初音ミク、非情のライセンスよ」

「いやいや、森永さんは初音ミクを呼び出し音にしないだろ。大昔の曲だぞ」


 俺が言うと、鈴はおかっぱの頭を傾げる。

 携帯電話を切った森永さんが、振り返って俺たちに言った。


「またモール街の魔女が起きたそうです」

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