第102話 魔女狩り(九)首相官邸

 俺がバッグを奪われた顛末を話すと、彩水にこってりしぼられ、今村の嫌味攻撃が炸裂したのは言うまでもない。

 ロイ・ダルトンの経過報告でやってきた城野内にも、「取り返したバッグを最後に持っていかれるなんて……真正馬鹿?」と一刀両断の感想をもらった。

 なおロイは、到着してから谷崎製薬の主催パーティを過ごしたあと、ホテルに向かうが怪しい人物の接触や素振りはなかった。

 しかし、携帯電話で短いやり取りの仕事の呼び出しが何度かあって、そこに少し引っかかりを覚えたと言う。

 その時間帯を聞くと、バッグを奪われる前後に当てはまったので、指示を出していた可能性があるが、いまさら確認は取れない。

 再度取り戻すにしても、ロイ・ダルトンからのバッグの特定は難しそうだ。






 夜九時になって竹宮女医が道場に戻ってくると、前もって要が指示してたことらしく、ギャング団の一斉検挙でひと段落したと認識して、道場での泊まり込みを止めることにした。

 家族が心配しているから、帰れる人、帰りたい人は家に戻って良いこととなる。

 とくに女性陣、結菜ちゃんを始めに純子や麻衣たちも戻ることになり、タクシー数台を借りて順次送ることにした。

 路上はだいぶ減ったと言ってもマスコミや、若い野次馬はまだ大勢いて、タクシーが来ると怒声が鳴り響く。

 もう石は飛んでこなかったので、さすがに警察が仕事をしたようで、タクシーの周りにも幾人かの警備警官がついた。




 俺も一端マンションの自室に戻ることにしたが、黒いバッグの奪還に失敗したことを要に報告することがあった。

 階段の横で寝ている柴犬をまたいで、ニ階に上り廊下の奥へ行く。

 彼女の部屋にノックをするが返事がない。

 寝ているのだろうが、ちょっと起こして報告だけはしておこう。

 悪いけど、ドアノブを回してゆっくり開くと電気が点いており、机の前で車椅子に座った彼女が何か書いている。

 起きてた? もうばれてて怒ってるとか思ったら、冷や汗が出そうになるが、最初に謝っておこう。


「要さ~ん、いや、栞さ~んかな? エーとですね。その、黒バックを佐々木から奪還したんだけど、バードによって奪い介されてしまった。ゴメン!」


 かなり端折って話しかけたが、やはり返事がない。

 零翔ぜろかけでも使ってのぞき先に集中しているのか?

 隣まで近づきもう一度話しかけようとしたら、彼女は両手で頬杖をつき寝巻き姿で居眠りしていた。

 脱力した俺は、風邪を引くぞと彼女を揺り動かすと、生返事で見上げてきた。


「おっ、目が覚めた?」

「あっ、うっ、うん」


 最近見かけない、彼女の無防備な表情に心を奪われたが、ここは抱きしめたい気持ちを我慢。

 疲れて居眠りしてたのだから、紳士として彼女をベッドに送るだけにする。

 俺は彼女を車椅子から、お姫様抱っこで持ち上げて、ベッドに移動するが、唇にチュウだけはさせてもらった。

 なぜかやけに焦って可愛かったのだが、欲情しそうな気持ちを抑えて、その場を去り自宅の部屋に戻った。



 ***



 翌日の朝、入道雲を見ながら裏通りを歩き、希教道裏口から入って道場内をのぞくと、泊まり組みが朝食を終えてテーブルを片付けていた。

 その中に彩水や今村などの居残り組みがいて、応接室に行くように言われる。

 室中に入るとポニーテールの要が書斎机の椅子に座り、まやかしイミテーションの城野内が隣に立っていて話しをしていた。

 俺は要の横につき、奪還に失敗したことを改めて謝罪するが、「よく動いてくれました」と逆に誉められて萎縮する。

 バッグがもう渡ってしまったなら、悪い状況になる前にどうしたらいいかと、彼女は次を考えていた。

 彩水たち幹部が応接室に入ってくると、再度、黒のバッグ奪還計画を実行すると言った。


「もう無理しなくていいのよ」

「取り戻さないと希教道の面子がないわ」


 要がやんわりと否定するが、佐々木をバーニングで殲滅したのに、怒りは収まっていないらしい。

 俺もそうだし、何より要の時間軸世界にこちらも変わっていくのが怖い。

 黒のバッグはロイ・ダルトンに渡っていると断定して、城野内の情報を元に、ロイ・ダルトンが谷崎製薬の製造工場や実験場を回って東京に戻るまでに奪回することを話しあった。

 昨日のように、彩水がそれぞれに指示を出しているときに、応接室に高田さんが入ってきた。

 その手には、今話し合っていた黒のバッグを持参していて、要のいる書斎机に置かれた。


「これは?」

「見ればわかる」


 高田さんに言われて彼女が調べると、例のファイルやDVDがそのまま入っていて、周りは喜ぶというより、ただ驚きだけである。

 高田さんは、昨夜からバードのアジト候補を当たりをつけて探りを入れてたら、今朝になって子供に「おっきい外人のおじさんに頼まれた」と言って、バッグを渡されたとのこと。


「もう用が済んだから戻されたのね」


 要は話しながら、ファイルにかかれた字を愛しそうに指で追っていた。


「それってどういうことよ」


 彩水が呆けながら聞いた。


「たぶん、もうスキャニングか、写真撮影でデジタル化されて、DVDのデーター共々、ネットを介してアメリカサーバーに送られたってことです」

「元のものは、用済み。要らないってことか」


 俺が納得して言うと、彩水が憤慨する。


「わざわざ送り返してくるとか、馬鹿にしてるわ!」

「我々に粘着されるのを嫌ったふしもあります」


 高田さんが要を見ながら助言するように言ってから、改めて彼女に告げた。


「……戻る途中で要人から連絡を受け、忠告をもらいました」

「はい?」


 要は首を傾げて耳をすませた。


「公安調査庁、いや政府が動きました。破防法が希教道に適用されるとのこと」


 破防法の適用と聞いて、周りがざわめいた。

 俺が隣の城野内に目をやると、俺の意図に気付いてささやくように言う。


「私も知らないですわ。お祖父様から連絡もなかったんですのよ」

「昨日の希教道の奇跡で、政府が事態を重く見て決めたようです。警察と公安、そして自衛隊と共同で希教道に向かう予定と。一時的にせよ、希教道の行動で数百人もの幻覚被害者を出してしまいましたから」

「早急ですね」


 要が額に手を当てて力なく言った。


「自衛隊って……要は何とか大臣と仲良かったんじゃないの? どうなるのよ」


 彩水が毒づくと要がポニーテールを揺らす。


「朝野大臣は、私たちの中を火消し中ですから意味がないです」

「朝野大臣は法務大臣です。今回の政冶判断は首相と法務大臣ですから無理でしょう」

「ははっ、火消しって言うか、切られたんじゃないのさ」


 彩水が要に毒づくが、高田さんの話で俺はもう一人、京都の指南役がいると思った。

 そうだ。SP公安警察の森永さんが来ていたのは、適用するかどうかを調査していたんじゃないか?

 要は事情聴取で留守。希教道の奇跡は俺が現した幻覚。まずいのは俺じゃね?


「やべえ、幻覚を能力肯定派重人に重く見られて、国の危険物になったってことか」 

「国の危険物って、クソな政治屋ども、何を血迷っているんだ」  


 彩水の隣に鎮座していた今村も毒づいた。


「破防法って解散命令に等しいんじゃない?」


 普段無口の直人も口を出したが、彩水が反対する。


「そんなことがあってたまりますか」

「解散っていうか、自衛隊が出てくるから、この辺一帯通行止めにして、俺たちを外に出られなくするんじゃないか?」


 俺が要に聞くと答える。


「それは今も似たような状況ですから……私たちが隔離されるのでしょうね。その移動手段のための自衛隊でしょうから」

「隔離って何よ!? 移動って何よ!? 完全敗北じゃない、断固反対」


 俺と要の会話に、彩水が割り込んで騒ぎたてる。


「要は何か止める手立てないの!?」


 彩水に言われた要だが、椅子に座ったまま無言のまま俺に目を向ける。

 彼女の意図は俺と同じ考えのようだと思い、改めて城野内に聞いてみた。


「京都の指南役に会えないかな? 俺たちがまやかしイミテーションで出向いていって、話しを聞いてもらうやり方」

「お祖父様にね……どうだろう」

「あっ、そうだ。京都の指南役か! 城野内のところの爺さんって凄いんだろ? 歴代の首相と仲がいいんだったな」

「じっ、爺さんじゃなくてお祖父様ですわ。ゴホン、それは凄いですのよ。そうね、希教道の存続の危機ですもの、頼んで上げても良いですわよ」

「おおっ、城野内。頼れる悪友だ。お願いするわ」

「あっ、悪友なのですか? まあ、いいですけど」


 ツインテールを揺らした彩水が、まやかしイミテーションの城野内に近寄り握手を交わす。

 城野内は俺や要に笑顔を振りまいてから、京都の指南役に連絡するためまやかしイミテーションを消滅させた。


 高田さんに民間保安会社PSCから連絡が入り、新たな詳しい情報を受けて周りが緊迫状態になる。

 法の施行が決まれば、早くて、明日早朝から公安と警察が行動を開始するそうだ。

 希教道へ破防法の通知書を渡し、希教道幹部全員を確保。

 そのとき公共の安全の確保に、自衛隊の特殊装甲車で護送の予定。


「ご、護送されるのか?」

「そう言う存在認識なんでしょ。ふざけてるわ」


 今村は不安に、彩水は苛立たしく言った。

 移動後に調書取った先から、六ヶ月間ほど幹部は教団の活動は出来なくなり、場合によっては少年院行き。

 残った信者も全員事情聴取になるらしく、たぶんそのまま解散させられ道場にいられなくなる。


「六ヶ月間の行動禁止って、一方的な解散命令だよな」

「あーつ、ふざけているわ」


 烈火のごとく怒った彩水は、地団太で床を踏みつけて音を立てる。

 それを眺めてた幹部全員が頭を抱えた。

 そんな中、空間に城野内のまやかしイミテーションが現出した。


「おおっ、城野内ちゃん。待ってたよ」


 彩水の笑顔に迎えられて、少しヒキ気味の城野内が話し出す。


「ボルテージ上がってるところ悪いんですが……。先ほどのお祖父様にお会いになる話ですが、誠に申し訳ありません。駄目でした」

「ええっ!?」


 聞いた者の何人かが声を上げる。


「それは筋違いだ、と言われましたわ」

「何でだよ……」


 彩水や直人、今村が落胆した声をそれぞれ出した。


「そのかわり、政府に話をつけたいのなら、お祖父様の名前を出しても良いそうです」

「直接、政府に乗りこめと?」


 俺は直談判かと城野内に聞く。


「希教道への適用会議をまだしているだろうから、同席して異議申し立てをしてみろとのことでした」


 要が椅子から立ち上がり、周りを見渡してゆっくり言葉を吐いた。


「どうなるかわかりませんが、行ってみますか?」






 彩水と要、そして俺の三人で飛ぶこととなった。

 今村、直人、結菜ちゃんは、のぞいてもいいが、絶対に口も能力も出さないこととした。

 だが、相手はこちらを知らないので、共通の有名人で固めてトラブルを防ぐ処理を行う。

 政治家や官僚が知っている人物は、高田さんに掘り出して付けてもらう。

 名前は知っているが、何か質問されたら答えられないと、俺が口にすると、ポーズを取って立っていれば大丈夫、視てる側が補完して質問などない、といつもの要の弁。

 純子と直人に、ネットから首相官邸と阿南総理大臣の写真をプリントしてもらい、他に会議に出席しているメンバーもわかるように高田さんからピックアップしてプリントとしてもらう。

 プリントを幹部六人に配られて写真を見てから、要の合図で集中を開始した。




 俺は零翔ぜろかけを使い、暗闇から首相目線のラインへ繋ぎ映像を開く。

 一国の首相の目線に忍び込むのは、普通の人に無断で視るより背徳感が高い。

 震えが起きそうな気分で、のぞいた映像の周りを見渡す。

 広い会議室らしく高級会議テーブルを向かい合わせ何人かが座っており、品格のあるおじさん担当官が立って話中のようだ。

 壁に液晶モニターが設置されていて映像を流して、それに併せてのプレゼンテーションらしい。

 その手前に電子黒板があり、希教道と書かれて、俺を含めた幹部の顔写真が並んで映っている。

 これは別人に成りすますことをせずに済んだと思ったら、要からの念話。


『共通の有名人は廃棄、各自の名で登場しましょう』


 そう言ってきたので同意した。

 室内にいる全員に自己のまやかしイミテーションをイメージ照射をする。


「誰だ!」


 俺が作務衣姿で現出すると、離れたところにいた黒服の要人警護SPが駆け寄り、周りの要人からも注目された。


「どこから入り込んだ。警備員はどうした?」


 すぐ数人の黒服も加勢してきたので、消去して別の離れたところへ自身を再度現わした。


「うおっ、消えた」

「あそこだ」


 瞬間移動になってしまったので、完全に会議室の全員を驚愕させてしまった。

 黒服の要人警護SPが止まり、座っている要人たちも呆けてしまっている。


「遊んじゃ駄目ですよ」


 声の主の要が俺のうしろから作務衣で現れ、ポニーテールを揺らしながら隣につく。


「いやっ、そんなつもりでなかったんだが……」


 そして俺たちの前に彩水が千早を羽織って巫女装束で現れた。

 彼女もまやかしイミテーションで着せ替えが出来るようになり成長を見せ付ける。

 要人たちは驚いて立ち上がる者が続出、要人警護SPも要人たちをかばうように前に出て、ドアの外からも黒服の警護員が数名入ってきた。

 またこちらを取り押さえるため、要人警護SPが駆け寄るが、空中に炎玉が出現して驚き立ち止まると、熱の感じないところまで下がった。


「何だ? 本物か?」

「ありえん」

「だが、熱くて近寄れない」


 要人警護SPたちが、盛んに話し合いながら、胸のマイクで連絡を密にし始めた。

 要が一歩前に出て彩水の横につくと話し出す。


「お話をさせてください」

『なんだね。君たちは?』


 目線主の阿南首相が落ち着いた声で聞いてくると、要が答えた。


「京都の指南役から、同席の推薦をもらって来させてもらいました」

「何? 城野内老師からだと」

「同席とは、まさか、教団の魔女か?」

「ちがーう、希教道だわよ」


 彩水が両手で罰点を現して広げると、炎が一回大きく燃え上がり主席者一同がざわめいた。

 要人の中で、すぐポニーテールの要に気がついて顔を背けた人物がいたので、よく視ると最近TVで見かけていた朝野大臣だ。


「同席の御許可を頂きたいのですが、よろしいですか?」

「ここまで勝手に上がり込んだ進入者に許可など不用。つまみ出せ」


 要が丁寧にうかがうが、会議室では比較的若く長身の要人が椅子から立ち上がり怒るように要人警護SPに言った。


「追い出されても居座るわよ」


 彩水はそう言って首を傾けると、炎が移動して要人警護SPたちを下がらせた。


「何をふざけたことを! 大体お前は中学生じゃないか? ここに来る資格などないわ」


 黒縁メガネをかけた初老の要人が、椅子に深々と座ったまま怒鳴った。


「私は高校生ですし、教祖として来たんだけど」

「はあっ、教祖?」


 無意識の記憶が教祖彩水を先に怒鳴った本人に視せているのに、意識が電子黒板の幹部写真を見て、ようやく理解して驚いている。 

 この怒った黒メガネの初老の男は、予備知識のプリント写真で覚えていた一人で公安審査委員会委員長の島津だ。


『それなら座りなさい』


 首相が一つ空いてる席に手を差し伸べたので、彩水が率先して席についた。


「いいのですか?」


 それを口にしたのは、会議テーブルを挟んで首相の向いに座っている体格のいい要人だ。

 俺も知っている、TVの国会シーンでよく見かけていた因幡防衛大臣で、非常に落ち着いている。

 首相目線はその因幡大臣から、また彩水と俺たちに向けられた。


『一つうかがおう。なぜ突然現れたのか?』

「私たちは3DTV電話だと思って、対峙してもらうくらいでよろしいかと」


 要が彩水のうしろに立ち、両手を広げて言った。


「でも、また押さえつける行動をするなら、今度は痛い目に会うから注意してよ」


 彩水が言うと空中に燃えていた炎が消失して、何人かが息を呑む気配をさせた。


「学生の分際で、大人に恫喝とか片腹痛いわ。こんなのが教祖とは、やはり教団への破防法適用は必要ですぞ!」


 島津委員長が気色ばんで彩水を下げてきた。


「話が進まないから、忍ちん、ちょっと能力刺激お願い」

「そうだな……」


 俺も不快に思い始めてたので、島津委員長本人へ密室で拘束衣に、拘束マスクに縛られて、椅子から動けない状態の幻覚イメージを送るとすぐ大人しくなった。

 室内の人々全員には、島津委員長がいない、聞こえないとイメージを送ってやると、初老の男は椅子から消えていた。


「おっ」


 目の前で人が消えたのを目の当りにした要人たちが、恐れて俺たちから下がりだした。

 だが目線主の首相と、会議テーブルの向いに座っている因幡防衛大臣は動じない。

 ただ、お願いした彩水まで驚かせてしまって、「第三者の消失って……あとでやり方教えなさい」と小声で技術請求された。


「ありえん。ありえん。お前ら長官に何をした!」


 今度は最初に驚き、立ち上がったままの長身男が怒鳴りだした。


「静かにしてもらったんですよ。あなたも……えっと」


 彩水が頭をかきながら思い出そうとする。


「私は公安調査庁長官の有田だ。わからずに来るとは何事だ!」

「では有田長官。お静かに」


 彩水に変わって要がゆっくり静かに言うと、有田長官は難しい顔をして黙った。


「島津委員長には、何一つ手を出していませんので安心してください。見えませんが今もそこに座っていますから」


 俺の安全宣言にまた、室内がざわめいた。


『老師の言ったとおりだな。君たちが来るんだったら異能力に学のある、物理学の教授が必要だったか』

「総理、あまり耳を貸さないようにお願いします。今現在も、妙なマジックを使って集団催眠術に陥れていると推測されます」

「集団催眠術はニュアンスとしてあってますが、言葉の意味では、ぜろの聖域を使った物と全然意味合いが違ってきます」


 要が補足を入れた。


ぜろの聖域? また滑稽な言葉を出してきたが、ペテン師の常套手段だな」


 長身の有田長官が会議テーブルを叩いて難癖をつけてきた。 


「ペテン師だと言うなら、そのペテン師教団に破防法とか笑わすわ。そうだろ? 希教道を処罰することは、能力を科学的に肯定することになるじゃない」


 業を煮やした彩水が言い返すと、要が話しを戻すように言う。


「破防法の内容をお聞かせ願いますか」

『うむ』


 首相の首振りで、プレゼンテーションをしていた担当官が、テーブルに置いてある書類のファイルから用紙を取り出し読み上げた。


「公安審査委員会、委員長の島津弁護士により発行予定の破壊活動防止法の通知書です」


 俺たちは担当官に向いて、話す言葉に集中した。


「一つ、連鎖自殺殺人の首謀者とともに、希教道は共謀及び陰謀を図った。

 一つ、希教道周辺で、度重なる一般市民への精神的被害、混乱を行った内乱予備及び陰謀を企てた。

 一つ、希教道前で、一般市民への大規模な無差別洗脳などの内乱等または幇助を行った。 

 よって、それらが希教道の内乱及び共謀罪に規定する行為を示したことで、破壊活動防止法を施行する。以上」


 担当官が微笑んで俺たちを見た。


根拠エビデンスがない物ばかりです」

「そうよ。連鎖自殺殺人の犯人は道場主でなく、捏造逮捕よ」

「一般市民への精神的被害を内乱や幇助とかは、行き過ぎだ」


 俺たちは、無理解な内容に一斉に反論した。


「ここはお前たちの申し開きの場ではない。少年院から弁明せい」

「精神的被害の定義は何でしょうか? 法律が曖昧です。それ以前に我々の行いは、物理学では否定されていることですので、刑罰にすら該当しません」

「はっ、なんとふてぶてしいことを」


 要の訴えを有田長官が吐き捨てるように揶揄した。


「それなら精神的被害や無差別洗脳は、集団催眠術として確認は取れるのですか?」 


 場は静かになる。


「でっ、できるに決まっている。科学で解明されるものだからな」

『そこはまだ曖昧なのではないか? 報告は聞いていないぞ』


 考えながら首相が言った。


「希教道を解散させたいのなら、希教道の異能を一般に浸透させて始めて法案が選出され、それから罰則をかけたらよろしいです」

「そうですわ。非科学的な案件を法で裁くのかしら? 希教道を刑罰に処しても、法が異能を肯定するのはナンセンスだと物理学会から抗議が来ますわよ」

「えっ?」


 気が付くと俺の隣に城野内が現れていた。

 突然の参加で驚いたが、一人増えて周りの要人たちも驚愕している。


「まったく、ここまで追っかけて来るか?」

「おや、応援に駆けつけたのに、つまらない顔を寄こさないで欲しいものですわ」

「力強いです。応援続けてください」


 彩水と城野内の言い争いに要が肯定して閉めた。

 

「教団の魔女への破防法は、首相官邸まで勝手に進入したことに対しても、十分脅威に値して適切だとわかる」


 長身の有田長官が、また話しを切り出した。


「だから希教道だって言ってるでしょ」

「物理的に来ているわけじゃないですよ? 3DTV電話もどきですから」


 彩水と俺が反論する。


「3D? 下らない。現にそこに厳然といるのだから、脅威以外の何者でもない」


 有田長官の言葉に要が丁寧に答える。


「携帯電話の相手の声が部屋に響いたから脅威と言って、法を適用させるんですか?」

「話のすり替えだ!」


 プレゼンテーションの担当官が怒って言うと、有田長官も反論を続けた。

 

「意味のない話だ。大体死者もでて事件にもなっている」

「道場主は冤罪ですし、連鎖自殺の件では希教道は白ですわよ。私が言うんですから間違いありませんわ」


 城野内が両手を合わせて祈るように言ったが、相手に反論させないような作戦だと信じたい。


「そうです。道場主が殺人の指示など出してないし、実行犯すら特定されていないじゃないですか? 誤認逮捕ですよ」


 有田長官や担当官は、俺たちの抗議したことには一切反応を示さず無視した。


「先ほどの通知書は、マスコミの教団の魔女と言う、始めから悪いレッテルを貼られている状態を根底にした調査結果です。マスコミの鵜呑みは中世の魔女狩り、魔女裁判と同じレベルです。それとも、何か別の力学が働いているんでしょうか?」


 要は話しながら、有田長官、朝野大臣をめ付けると、二人とも腕を組んだまま下を向く。


『法務大臣としてどう思う。朝野さん?』


 首相が尋ねた。


「いや、私は希教道との件で不正報道をされているので、言葉は控えさせてもらう」


 首相目線は目を伏せた朝野から、すぐ会議机の向かいに据えられた。


『では因幡大臣は?」

「私は若い彼女らの話も一理あると考えます。だが、出現時のパフォーマンスで改めて危険も感じました」

『ふむ。私も同じで、処罰の前の法の整備、その前の思想に科学的解明と、結論ありきだったらしい。そして私心がなければ、メディアの騒ぎに当てられて流れに動かされた傾向もあり、良くないことだ』

「では総理、どうなさるつもりかな」


 因幡防衛大臣が首相に聞いた。


『希教道の能力を判断するのは我々の仕事でないが、不明瞭な事件を断定して法を適用するのも悪手だ。今回の政冶判断は取り下げよう。有田長官もいいかな?』

「そっ、それは、政府の責任回避ですか? 梯子を外すのですか!」


 明らかに不服な有田長官が言った。


『もともと、この会議は政冶判断として表明するかと、自衛隊出動の是非を問うはずだったが、違うのかな?』

「そうですが、判断を変えてもらっては……困ります。私一人の意見では法が執行できなくなる……」


 有田長官が不平を言うが、法の執行に否定意見があったことを匂わせ、全会一致でなかったことを知った。


『それとも、無理に法を教団に適用させたいのは、何か私心・・があるからかな?』 

「委員長、朝野大臣もそうだが、破防法の適用が、何かと引き換えなどありませんよな?」


 首相と因幡防衛大臣に詰め寄られると、有田長官は冷や汗を流しだした。


「私心など、めっ、滅相もありません」

「そっ、そうだ」


 名指しの二人は一緒になって焦っている。


「実際問題として、根本で科学の証明ができないのなら、法の適用自体が困難でなかったのでは?」

「いや……その、魔女教団の催眠術は科学的かと、TVで……」

「今回のマスコミ御用学者の催眠説は根拠がなかったと聞くが?」

「ですが……いえ」


 有田長官も声が小さくなった。


『では、もう一人、消した島津委員長を呼び戻してくれないか? 彼からも聞かないとな』


 彩水が俺に首を振ってきたが、意識は島津委員長を消した逆のイメージをそれぞれに上書きした。


「おっ」


 いなくなった席に黒縁めがねの島津委員長が戻り、いきなり咳を連発した。

 近くの黒服の要人警護SPが駆けつけて、何か怪我はないか調べだした。


「ぐほっ、ぐっ、こっ、拘束具が外れた?」

『大丈夫かな島津委員長?』

「ああっ、総理、これはいったい? 私は?」

「少し静かにしてもらうための処置だったので、すみません」


 要が丁寧に話してから頭を下げたので、俺と城野内も習って頭を下げた。

 座っていた彩水は、口許がゆるんで薄笑いをしていたが。


「……はあ?」


 島津委員長は、仕切りに目を擦って周りの要人を眺めて呆けている。


「君のいない間に、破防法適用が不要と話は流れてる」


 因幡大臣が簡略に議題を話した。


『早速で悪いが、君自身の意見はどうだ?』


 首相が聞くと、島津委員長はすぐ俺たちを見渡したあと、息を飲んだ。


「そ、そうですね。私は適用には内乱罪には基準を満たしてないと思考していました」


 黒メガネを指で上げる委員長は、なぜか周りを見渡して俺たちを見ると体を小さくしていく。

 拘束具イミテーションを付ける前の威厳をなくしていたので、まやかしイミテーション体験のショックを引きずっているようだ。


『ほう、法の適用に賛成かと思ったが、心根はそうだったか。では破防法は?』

「……み、見送りになるかと」

『それが妥当かな』


 立ち続けていた有田長官が、首相たちに慌てて言い募る。


「委員長も見送るとおっしゃるなら棄却と言うことですか? ですが、適用の施行日は明日と通達している……」

「もう動かしていたのか? 勝手なことを……見送りになったんだ、中止指示を出しなさい」


 因幡大臣が不快をあらわに、有田長官に申し伝えた。


「はっ……そうですか」


 有田長官がうなだれて小さく応えた。


「やったーっ」


 彩水が両手を上げ立ち上がると、城野内が拳を握り片手を掲げ、俺と要は向かい合って微笑んだ。

 法の適用寸前から、監視対象にランク落ちしたので全員が安堵した。


『だが、希教道へは危険も感じたので、常時監視体制を強化させてもらおう』

「へっ?」


 それを聞き彩水が、呆けた声を出す。


「そうです総理。破防法調査対象団体として公安が監視するだけでなく、教団内に監視員を常駐させてもらうのがよろしいかと」


 有田長官が苦言した。


『そうだな。そうしたまえ』

「それは……いえ、わかりました」


 要が声を下げて応えた。

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